軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)

江田真芽

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第3章 

53話

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 バージル様と寝る前のハグはするけど、それ以外ではバージル様は不用意に私に触れたりはしない。たまに頬を触られたりはするけど、それくらい。

 そんなバージル様の姿に、マリアとユリアはうっとりしながら「紳士ですね」と呟いてる。‥紳士もなにも、これが当たり前なのでは‥と思うけど、マリアとユリアが読んでいた恋愛小説では婚前の男女がキスすることもしばしばあるみたい。

 好きだ好きだと言われるたびに、私も好きだと言いたくなる。でも、言ったら結婚がすぐ目の前に迫ってしまいそう。

「そんなに結婚が嫌なんですか?」

「うーん‥嫌っていうか‥‥知らない世界すぎて‥。私、まだまだ子どもなのに」

 資料を届けにきてくれたエラと、女の子同士の会話を楽しんでる。エラが目を輝かせながらバージル様とのことを聞いてきたから、私も遠慮せずに話すことにした。

 世の中のご令嬢たちは、私と同じ歳くらいには婚約をしているのは普通のこと。
 でも私は、ずっと地下に軟禁されていて、体だって小さくて細い。保護された当初よりも随分人間らしくなれたと思うけど、エラと比べるとまるで同い年には見えないの。

 エラは可憐な美少女。私はどう見ても、痩せてる子ども。

 バージル様が栄養たっぷりのものを沢山食べさせてくれるから、体はやっと大人に向かって成長を始めた。背も毎月少しずつ伸びてるし、皮と骨だけだった体がそうじゃなくなってきて、この前やっと初めての月経もきた。

 確実に、大人に向かってる。

 ーーだけどバージル様の隣に、こんなお子様の姿で並べない。歳は7歳しか離れていないのに、親子に見られてしまうかもしれない。

「‥‥国中の男性たちから、ドロシー様にラブレターが届いていると聞きます。子どもに求愛はしませんよ。ドロシー様は愛らしく、美しいです」

 そう言うエラは、ふわっと柔らかな薄ミルクティー色の髪や、淡く桃色に染まるぷくっとした唇が凄く女の子らしい。胸もふっくらと柔らかなんだろうなと、服の上から見ても思う。

 一方の私は、やっぱりどこをどう比べても子ども。胸だって、ほんの少しだけ膨らんだ程度。

 ちなみに、マリアとユリアは2人ともバインバイン。‥なにがって‥そりゃあ、胸が。


「‥‥私はね、保護された時に見た絵本で初めて結婚って言葉を知ったの。絵本の中のお姫様は綺麗だし、王子様はすごくかっこよかった。‥それから、呪いを解いてほしくて来る人たちも、付き添いの旦那さんとか奥さんとかいたり、時には子ども連れの人たちもいたんだけど、なんだかみんなすごく大人だったの。私は、まだまだその人たちみたいになれる気がしないの。みんないろんな経験してきたんだろうなぁって、思うんだ」

 もしかしたら私と然程歳が変わらない人も、中にはいたのかもしれない。
人は経験を重ねることで滲み出るオーラみたいなものがある。年を重ねることで得る聡明さや洗練されたものがある。

 ーーそうやって他の人たちを見た時に、自分がいかに全てにおいて経験も知識も年相応じゃないのかを思い知った。

「ドロシー様‥」

「‥‥結婚が早い歳じゃないって分かってるけど、今の私にはまだやっぱり、できそうに思えないんだ」

 赤ちゃんはコウノトリが運んできてくれるんだと絵本で見たけど、いまバージル様と結婚しても、私たちの元にコウノトリは来てくれないと思う。
 私のことを見て、「何だ子どもじゃないか」って帰っていっちゃうと思う。

 だから、今の私にできることは‥祝福の子のお仕事を精一杯こなしながら、色々な経験を積んで大人に近づくこと。そうじゃないと、バージル様の隣には並べない。

「あの‥ドロシー様、それでしたら‥。私と、素敵な大人になる為の経験を沢山致しませんか」

「な、なにそれ‥」

 一瞬で目が輝いてしまった。
素敵な大人になる為の‥経験‥?!

「私も経験すべき事を全てすっ飛ばしてきたので、一から一緒に楽しめると思うのです。ひとまず今日の業務が終わった後、チェスをしませんか‥?」

「チェス‥!!」

「どうやらメルヴィンがルールを知っているようなのです。もしよろしければ、共にやってみませんか?その、別邸にチェスがあったものですから‥」

「や、やってみたい!」

 見たことはあるけど、やったことはないから‥やれるようになったら凄く楽しそう。

「明日の仕事終わりには共に歌を歌ってみましょう。これまた、メルヴィンが上手なんです。明後日は、そうですね‥刺繍を少し教えてもらうなんてどうですか??」

「ど、どうしよう‥全部魅力的だよ‥!!」

「お仕事中も、お仕事終わりも、沢山経験を詰め込んで、より充実させましょう!そのうちお休みが取れて、外出の許可も取れるようになったら‥観劇を見に行ったり‥お買い物に行ってみるのもありですね!!」

 エラの提案は最近の私の悩みを全て掬い上げてくれるようなものだった。能天気さが売りだった私が、バージル様との将来を思い描いたことで自分への自信を失いかけてしまってた。

 バージル様も“焦らなくていい”と言ってくれていたし、沢山経験を積んで、自分を誇れる自分になって、バージル様の元に飛び込みたい。

 “祝福の子”として精一杯頑張ることだけが全てだった私は、この日を境に業務終わりに“エラと何かを全力で楽しむ”ことが毎日の日課になった。

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