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第3章
51話
しおりを挟む突然バージル様に愛を囁かれる日々が始まった。
人前では素直になれないと言っていたはずなのに、まるで何かが吹っ切れたみたい‥。
「‥‥使用人たちが皆、バージル様が“王子”になったと口にしています」
今日も支援希望者のヒアリングを行ってくれていたエラが、書類を持ってきたついでに頬を赤らめてそう言った。
「‥‥そりゃあ‥噂になるよね‥」
それにしても、”王子”になったって‥すごく良い表現。まさにそんな感じだもん。
「噂では‥その、プロポーズまでされたとか‥?」
「‥いやぁ‥‥うーん。でも、私まだ結婚とか全然考えてないの」
だって、地下から出てきたばっかりだよ。
バージル様のことは好きだけど、私はもっともっと祝福の子として働きたいし‥。
「そうなんですね‥。でも‥多分、バージル様がドロシー様に求愛しているという噂はあっという間に屋敷の外にも漏れるかと思います‥。そうなると、恐らく‥大変な事態に‥」
「‥‥大変な事態??」
「国中が、バージル様とドロシー様の結婚お祝いムード一色になるかもしれませんね‥。‥もしも求婚を断られたという噂が広まれば、バージル様も誰かを愛すのだと知った令嬢達が女豹になるかと‥」
令嬢達が女豹に‥!
グルルルルと喉を鳴らす真っ赤な唇の令嬢達が目に浮かぶ‥。
バージル様が他の人を好きになるのを思うと心が苦しくなる。誰か他の女性が、バージル様に愛を伝える姿を想像するのも心がざわつく。
バージル様も同じ気持ちだったのかな。だから、プロポーズしてきたのかもしれない。
「噂って厄介だね‥。考える時間がもっと欲しいのに」
「まぁ、言わせておけばいいんですよ。バージル様がドロシー様以外に靡くわけもありません。2人でじっくり考えるべきです」
「‥‥焦っても仕方ないもんね」
エラは少しだけ切なそうに眉を下げながらも、柔らかく微笑んだ。そのエラの些細な表情に、生まれて初めて私の“第六感”が働く。
「では、私はこれで失礼しますね」
にっこりと微笑むエラの腕を掴んだ。私、何をやっているんだろう‥と思いながらも、口は止まってくれない。
「もしかして‥エラ、バージル様が好きなの?」
エラが祝福の子をやっていた頃、バージル様は呪いを解くためにエラと会ったりしていたと聞いているし、何もおかしなことじゃない。
エラは目を見開いた後に、首を横にぶんぶんと振った。
「違います‥!!‥‥た、確かに、好きでしたけど、今は違います」
「そ‥そうなの?」
というか‥こんなこと普通に聞くのもおかしなことだったんじゃ‥。エラは私とバージル様の話を聞いて、複雑な気持ちになっていたはずだし‥。私、デリカシーが全くないのでは‥。
「‥‥好きと言っても、憧れの気持ちが強かったんだと思います。今はバージル様を見ても、胸がときめいたりしません。なので、私はお2人を邪魔したりしませんので、安心してください」
自然と眉が下がってしまう。エラに無理させちゃってないかな‥。うまく言葉が出てこなくて言い淀んでいると、エラはまた口を開いた。
「ーーそれに、そもそも‥バージル様は大貴族です。名家のご令嬢や、それこそ“祝福の子”であるドロシー様でなければ、バージル様のお相手は務まりません。‥‥‥‥‥あのぅ‥ドロシー様、もしかしてすっごく落ち込んでます?」
エラが困ったように私の顔を覗き込んでいる。
すっごく落ち込んでいるかと聞かれたら、すっごく落ち込んでる。
「ごめんね、エラ‥私余計なこと聞いたよね。それに、いまもう好きじゃないとしても、私とバージル様の話を聞いて複雑だったよね」
「なにを言ってるんですか!気にしすぎですよ。私のことなんて気にしないでください!それに‥なんだか、こうしてプライベートな恋愛の話ができて、私むしろ今嬉しいです」
「えっ」
嬉しいの??
頭の中が一気にハテナだらけになる。
「私は礼拝堂と屋敷の往復しかしてこなかったので、他の人とこうしてお話する機会も少なかったんです。世の中のお嬢様達はお友達とお茶をして、世間のことや恋愛のことなど、沢山のお話をされているそうで‥。ーーーーーあっ!えっと、ドロシー様を決してお友達扱いをしているわけではなくて、そんな自分の立場もわかっていない痴がましいことを考えているわけではないんですが!その!!なんだか、こう‥女性同士の会話が楽しいと言いますか!!!」
エラがぶわっと汗をかいて顔を真っ赤にしながら、早口でそう捲し立てた。目までぐるぐると回っているようにも見える。
お友達‥。私にはいなかった存在。
マリアとユリアは生活面でも仕事面でも補助をしてくれる存在だし、お友達ではないよね。エラの口ぶりから、エラにもお友達がいないんだと思う。
「‥‥‥‥ねぇ、エラ??あの‥」
「ひぃ、すみません!自分の立場を分かっていないような発言をしました!大罪人の娘の癖に、本当にすみません!そもそもドロシー様にプライベートのお話や質問ができるような立場でもなかったのに!!すみません!!」
「あのぅ‥そうじゃなくて‥」
「‥‥な、なんでしょう。クビ、ですか‥?」
「私とお友達になってくれないかな」
エラは喉を「ひゅっ」と鳴らして一瞬白目になった。まるでオバケを見たような反応だけど‥
「な、な、何を言って‥‥」
「大罪人の娘とか、そんなの知らないよ。フラットでいいよ。エラだって私と同じ、被害者なの。だから畏まらないで、お友達になってよ。そして沢山お喋りしようよ」
「っ‥‥‥」
エラは首を静かに横に振った。‥どうしてもお友達にはなってくれないみたい。
「えぇ~」
「わ、私はそんなこと、許される立場じゃありません」
「‥‥じゃあ、せめてお話相手になって?」
「‥‥それでしたら‥喜んで」
「やったぁ!」
「でも‥私に気を使わないでバージル様の話もしてくださいね」
「う、うん」
エラはやっと自然に微笑んでくれた。
お友達にはなれなかったけど、距離はぐいっと近づいた気がする。
いつかちゃんと、お友達になれたらいいなぁ‥。
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