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第3章
44話
しおりを挟む屋敷に帰ってきたバージル様は、出迎えた私を見るなりぎゅっと抱き締めてきた。
「お?!お、おかえりなさい!どうしたのバージル様‥?」
こんな風に抱き締められたことは初めてで、私の声は戸惑いを隠せなかった。
バージル様が演説している姿をrecordで見たよ、と伝えたかったんだけど一瞬で頭が真っ白になっちゃった。
「‥やっとこの日が来た」
「バージル様‥」
人前だと素直になれないって言ってたのに、よっぽどの達成感だったのかな。使用人の人たちの温かな視線が気になって仕方ない。
「ダニエルは王宮の地下牢で拘束されてる。国王は明日テレポートの加護保持者の力でこの屋敷にやってくる」
「こ、国王様が?」
「あぁ。エラの姿を確認する為にな」
ふぅ、と長く息を吐いたバージル様は私の体をそっと離した。‥私は家族も友人も、ましてや恋人もいたことがない。だからいまいち、私とバージル様の関係がわからない。
バージル様がこうして私を抱き締めてくれるのは、どうしてなんだろう?家族‥じゃないし、友人でも、恋人でもないのに。
「とにかく、今日はゆっくり休め。近いうちに屋敷を出ての活動もできるようになるだろうから、心配するな」
‥いまこの状況で、バージル様にとって私はどんな存在なのかを考えていたことはバージル様には言えない。
やっとダニエルさんを捕らえることができてバージル様が安堵しているのに‥私、なんでこんなこと考えているんだろう。
なにもかも、わからない。
ダニエルさんを裁けることにホッとしているのも事実、エラの心情を考えるとエラの味方でいたいと思うのも事実、ダンの身を案じているのも事実。
なのに、どうしてこんな時にも‥私はバージル様のことを考えているんだろう。
「うん‥ありがとう。‥バージル様、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
氷が静かに溶けたような、ほんの少しの柔らかさを含んだバージル様の笑み。そんなバージル様にひらひらと手を振って、私は自室へ戻った。
明日国王様がきて‥エラの姿を確認したら、ダニエルさんの罪は確実なものになる。
セシルを殺して‥私のことも私欲のために軟禁して‥実の娘であるエラのことすらも、手駒にしていた男。許されるわけがない。
そういえば‥エラのお母さんはどこにいるんだろう。バージル様はダニエルさんのことしか話してなかったけど‥今日エンベリー家のお屋敷でダニエルさんを拘束した時、その場にはいたのかな‥?
明日、確認してみよう。
ーーー*
エラとメルヴィンはバージル様のお屋敷にいるけど、2人とは食事の時間も違う。私はバージル様と朝食を食べながら、今日このあとの展開にドキドキしていた。
わざわざ国王様がこのお屋敷まで来るなんて、本当はあり得ないことだけど‥ダニエルさんの手下の人たちがどんな動きをするかわからないから、馬車の長旅でエラを王宮に送るのを避ける為に、国王様自らが提案してくれたみたい。
「ダニエルさんの奥さんは、一緒に拘束されてるの?」
バージル様はコーヒーカップをテーブルに置きながら、首を横に振った。
「ジェニファー・エンベリーは長期海外旅行中だ」
「長期海外旅行‥?」
なにそれ‥。すっごく楽しそう‥。
というより、奥さんの名前初めて知った。
「こうなることを見通していたわけではないだろうが、このまま逃亡される可能性もある。他国の正確な情報は流石にそうそう手に入らないからな」
「そう‥なんだ‥」
「‥‥昨日エンベリー家にいた組織の奴らは片っ端から拘束したが、残党も各地にいるだろうし、ジェニファー・エンベリーもいる。まだまだ気は抜けないな」
誰かが誰かを騙して、傷付けて、裏切って、殺して‥‥、そんな暗く恐ろしい話は、物語の中だけじゃなくてすぐ身近に潜んでる。
そんな世の中だから、たぶん“呪い”は尽きないんだと思う。
誰かが誰かを憎んだり、妬んだり、嫌ったり。そんな気持ちがきっかけで“呪い”は起きるのだと、リュカに教えてもらったことがある。
バージル様は先代の領主様を継いで、いまこの地を治めているけど‥幼い頃からその身を狙われたり、領地を守るために他国と戦をしたり、内戦に参加したり、沢山の“負の感情”を向けられてきた。
その負の感情が一定値を超えた時に、“呪い”が発生してしまったんだと思う。
呪いを解いていると“呪った人”の黒い感情が流れて込んでくる。だから、目の前の人がどうして呪われてしまったのかを察することができてしまう。
不倫や浮気をしてパートナーに恨まれてる人や、誰かから羨まれて妬まれている人、誰かを傷付けてしまったり、逆恨みで呪われている人もいる。
せめて今よりも‥みんなの心にもう少しだけでも余裕ができたら、呪いは減るんだろうけど‥私がそんなことを願ったって、きっと何も変わらない。
だから、今回ダニエルさんを裁けることで‥少しでも苦しむ人が減ればいいな‥。
「不安か?‥珍しく眉が下がってる」
‥不安な気持ちももちろんあるけど‥。でも不思議‥
「私、バージル様が近くにいてくれたら何も怖くないんだ」
「‥‥‥俺も」
「え?」
バージル様はプイッと目を逸らしてしまった。食事を終えて立ち上がったバージル様は、私の髪をくしゃくしゃと乱した後に部屋を出て行った。
い、今から国王様が来るのに‥!髪ボサボサだよ!!
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