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第3章
41話
しおりを挟むエラはぼろぼろだった。ダニエルさんという仄暗く分厚い壁に囲われて生きてきたのは私もエラも同じ。
もう地下にいた頃になんて戻りたくないけど、あの頃の私はただ外の世界に憧れているだけだった。
でもエラはその頃、偽の祝福の子であると自覚しながらも、祝福の子を演じなくてはならなかった。泣いて縋られることもあっただろうし、逃げたくても逃げれない環境だった筈。
だから、私はエラの手を取った。
どこかで吹っ切れたとしても、実の親を地獄に落とすなんて、相当勇気がいるはずだ。震え続けるエラの手は、細くて冷たかった。
「‥‥俺の名義でエラが生きていることを世間に公表する。数日の間、ドロシーとエラはこの屋敷の中から出ないように」
バージル様はそう言って、リュカに警備を増やすよう指示をしていた。ダニエルさんがエラが本当に生きているのだと知れば、何が何でもエラを抹殺しようと企むかもしれない。
エラを王宮に護送する間にエラが襲われる可能性もあるし、たぶんこれしか方法はない。
でも‥
「どうした?」
「呪いを解けないのがちょっともどかしいかな」
たぶん、ここから数日はエラだけじゃなくて私の身も危ないんだと思う。ダニエルさん達が何をするかわからないから、念の為に備えることは必要なんだろうけど‥
「数日の辛抱だ。もしお前に何かあれば、呪いを持つ人々は更に困ることになる」
「‥うん、そうだね」
今はこうするしかないかぁ。
まずはバージル様の騎士団の人たちが、ダニエルさんを包囲して逃げられないようにしてから世間に発表することになった。
それぞれの部屋に戻り、眠れない夜を迎えた。
今回の件でバージル様は忙しくて、今日はたぶんハグもできない。
エラの側に行きたい気持ちも、メルヴィンにセシルの話を聞きたい気持ちもあるけど、もう夜更けだし今から会いに行くのは流石に非常識だろうな‥。
ダンは大丈夫だったのかな。ちゃんと逃げられたかな。ダニエルさんの罪は、ちゃんと暴けるかな。民衆たちは、エラのことを理解してくれるかな。
ーー考えることが多過ぎて思考がまとまらないまま、気が付いたら朝だった。
「‥‥お屋敷の中でゆっくり過ごすの‥久しぶりだなぁ」
睡眠不足からか頭がぼうっとする。朝の日差しを浴びながら紅茶に口をつけると、マリアは「そうですね」と笑った。
「むしろこうして休める時間は貴重なのですから、この機会にゆっくり休んでください」
「‥‥でも、本当は今日も明日もメーベルで呪いを解くはずだったから‥きっとみんなガッカリしてると思うんだ。苦しんでる人たちに、悪いなぁ‥」
私の言葉に、ユリアが声を上げた。
「‥‥では、“モノ”に力を込めて配ってはどうでしょう?」
「モノ??」
「例えば、バージル様がエンベリー家から取り寄せていた“祈りの女神像”などと同じように、ドロシー様の力を込めたモノです!」
あっ‥その話、バージル様からも聞いたことがある。そっかぁ、その手があった!
「そうしよう!何にしようかなー。すぐ用意できるものがいいなぁ‥。セレスト領で手に入るものだったら、もう今日のうちに力を込められるよね!!」
「直ぐに手に入るものでしたら‥既存品ですよね。宝石などはどうでしょう?」
マリアはそう言って目を輝かせたけど、ユリアがすぐにマリアを制した。
「宝石だと原価が高くなってしまうわ!ドロシー様、お人形などはどうでしょう?セレスト領にはセレー人形というちょっとしたご当地人形があるのです」
「セレー人形?」
「はい!毛糸で編まれた手のひらサイズの可愛らしい人形です」
人形なら原価もそんなに高くないだろうし、セレスト領に貢献することもできる‥!
「いいね!!その、セレー人形にしよう!!」
私とユリアがハイタッチをしていると、マリアが腕を組んで唸り声を上げた。
「‥‥セレー人形、とても良い案だと思いますが‥セレー人形に限りませんが、偽造防止のために何か工夫をする必要がありますね」
偽造防止‥。
確かに、何の力も込められていない人形を祈りの人形として売られてしまうかもしれない。
「‥‥後付けで何かをつけるにしても、それも真似されちゃうかもしれないもんね。あ、祈りの女神像とかはどうやって偽造防止してたの?」
「エンベリー家から直接届けられていましたし、女神像は市販されていないものでした」
エンベリー家専用で用意された女神像を使っていたのかぁ‥。
でも今は既存品を使うしかないしなぁ‥。
「ーーーそれなら、セレスト領内のセレー人形を全て買い取ってしまえばいい。セレスト領内の人形製造者や販売元に今から通達し、“祈りのセレー人形”にはその印としてロペス家の白銀のリボンを首に巻けばいい」
突然バージル様の声が聞こえた。半開きだった扉の隙間から、私たちの会話が聞こえていたみたい。
「バージル様っ、おはよう!」
部屋の中に入ってきたバージル様は、今日も変わらずかっこいい。
「‥‥おはよう」
ロペス家の白銀のリボン。
バージル様のお家に古くから伝わってきたそのリボンは、バージル様のお部屋で前に見せてもらったことがある。シルクでできた、バージル様の髪と同じ色の美しいリボン。
これは、バージル様が誰かにプレゼントや書簡を送るときに、バージル様から送られてきたものだという証明として使われてきた。
「‥‥セレー人形、ぜんぶ買い取るって‥‥いいの?セレー人形って、ご当地人形なんでしょ‥?」
「ご当地人形といっても、人気が高いわけではないから売り手も作り手も貧しい者ばかりだ。その者たちにとっては救いでしかない。ーーロペス家のリボンはあくまでも、セレスト領伯公認という意で使えばいい。リボンはロペス家専用に作られているものだから、ここまですれば偽造もされない」
「‥‥ありがとう!!バージル様!!」
「早速セレスト領内のセレー人形を買い占めさせよう。リボンを首に巻く人員も必要だな。人形が届き次第忙しくなるから、今のうちに休んでおくといい」
バージル様‥なんて頼りになるんだろう‥。さすが若くしてこの地を納めているだけある‥。
「あっ、お人形は私がぜんぶ買い取るよ!」
「‥‥いい。セレスト領にとって良い話でしかないから、俺が出す」
「‥‥じゃあ祈りのセレー人形の売り上げはバージル様が受け取ってね」
「それは要らない」
「えぇっ!そんなのおかしいよ」
「その売り上げで、セレー人形の作り手を専属で雇用してやってくれ。今後も継続的にこの活動も行っていけば、職のない領民の助けにもなる」
‥バージル様は、とことん領民の人たちのことを想ってるんだなぁ。私も、みんなの為になるように行動したいな。
「‥‥わかった。じゃあ、よろしく‥お願いします!」
私がそう言うと、バージル様は静かに口角を上げて部屋を出ていった。
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