軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)

江田真芽

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第3章 

40話

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 ーーーーダンのあの姿を、私たちと同じようにrecordで見たという彼女は、突然頭の中で何かが弾けたのだと言った。



 夜、バージル様のお屋敷を訪ねてきたのは、本物のエラと綺麗な顔の男性だった。

 突然の、予想もしなかった来訪者。
バージル様に呼ばれた私が来賓室に入ると、エラは私を見るなり勢いよく床に頭を付けた。

「えっ、えっ?」

 マリアから「エラが来た」と聞いてからこの部屋に来たけど、私の目の前に飛び込んできた彼女はまるで旅人のようなマントを纏って、がたがたと震えていた。

「本当に、本当にごめんなさい!!謝って済むことじゃないって分かってますけど、本当に、長い間ごめんなさい」

 頭を床につけたまま叫ぶように並べられた言葉。

「‥‥あの、顔を‥顔を上げて‥?」

 恐怖からかガタガタと震えるエラに釣られてか、私の声まで弱々しくなった。

 ゆっくりと顔を上げたエラ。青白い肌に、真っ赤に染まった目の淵。こんなにも間近でエラの顔を見ると、彼女の頬の十字傷は、どこか痛々しかった。

 よく見ると、人工的なのがわかる。
たぶん‥まだ何もわからない赤子の頃に、無理矢理削られたのかもしれない。

 こんな傷を背負って‥エラが逃げ出せるわけがない。

 

 私はそっとエラの頬に手のひらを当てた。エラの体がビクッと跳ねたのがわかった。

 ーーー彼女は、被害者だ。

 私はエラと同じ顔をしていたと思う。エラのように、ぼろぼろと大きな涙の粒が何個も何個も零れ落ちた。そんな私の顔を見て、エラは更に顔を真っ青にしたけど、私はエラを責めたいわけじゃない。

「ほ、本当に、ごめんなさいっ、死ぬ、死ぬ覚悟は、できて、ます」

 ひくひくと泣きじゃくるエラの頬に手を当てながら、私はなんとか一言、言葉を絞り出すことができた。

「‥‥‥‥‥頬、痛かったね」

「っ‥‥ぅっ、‥うぅっ、ううあああああっ」

 壊れたように大声をだして泣き叫ぶエラの心情は、エラにしか分からないけど‥。たぶん、簡単な言葉では言い表せない。複雑で、根深いものーー。

 ーー暫く時間が過ぎたあと、エラは漸く落ち着いた。バージル様は私の側で、ただ見守ってくれていた。
 ダンが訪れてきた時のことを思い返して、てっきりエラに冷たい言葉を掛けたりするんじゃないかと思ったけど、バージル様は時折私の背中を摩るだけだった。

 私も、無意識に涙がずっと流れてたから、そんな私を支えてくれていたんだと思う。

「‥‥‥‥‥本当は、recordを見るまで‥‥いつまで逃げればいいんだろう、どこまで逃げようって‥そんなことばかり考えてたんです。でも、recordを見て‥‥。私はあんなにも非難される対象なんだって、目の当たりにしたとき‥‥なんか、脳の奥がプツンと‥」
 
 ダニエルさんの元から逃げ出して、どうしたら生き延びられるのか、いつまで逃げ続ければいいのかを考え続けていたエラ。ーーそんな彼女は、ダンの行動で意識を変えた。

「‥‥‥こうやって会いにきてくれるのも、すごい勇気だよね‥」

 私がそう言うと、エラは涙で溢れる目元をごしごしと擦りながら口を開いた。

「‥‥パ‥、‥父と母がどれだけ悪だったとしても、抗って、裁くなんて‥そんな風には思えませんでした。‥‥‥でも‥あんなに非難されたを見て‥‥‥“あぁ、パパがいなけりゃ‥私はこんな風に非難されなかったのに”って思っちゃったんです」

 ぼろぼろと何度も何度も溢れ出す、エラの涙。
彼女は“死ぬ覚悟はできている”と言いながらも、やっと自身が父と母を“裁こう”と思えたのだと口にした。

 どこか絶望しながら‥、だけど少ない選択肢の中、懸命に生きようとしていた。

「‥‥‥‥もっと欲を持っていいと思うよ」

 綺麗で可憐な顔をぐじゃぐじゃと歪ませるエラに対してこぼれた言葉はそれだった。

「‥え?」

「‥‥‥私もつい最近までダニエルさんと一緒にお仕事してたけど‥‥エラ、貴女もダニエルさんのだったんじゃない?‥道具として生きてきて、道具で生きるしか術がなかったんじゃないの‥?」

「っ‥‥」

「だから、普通に幸せを求めていいと思う。世間はすぐには認めてくれないかもしれないけど、私はエラの味方でいたい」

 エラはぼろぼろと、相変わらず綺麗な大粒の涙を溢した後に連れの男の人に視線を向けた。

 エラと同じように頭を下げ続けていたこの人は、たぶんエラの絶対的な味方なんだと思う。

「ーーーーーーーーーードロシー様、私はセシルの息子のメルヴィンと申します‥」

 真っ直ぐに届いたメルヴィンの声は、セシルという言葉を用いたことでもちろん私の心臓を鷲掴みにした。

「‥‥セシルの‥?」

「はい。‥‥私の母セシルは、貴女様とエラの身を‥ただただ案じながら、ダニエル・エンベリーに殺されました。‥‥‥どうか、私たちと共に、ダニエル・エンベリーを討って頂けませんか」

 泣きじゃくっていた私とエラとは違い、メルヴィンの言葉はただただ真っ直ぐに、淡々と落ちていった。

 私はバージル様を見てから、エラを見た。

 セシルをも、殺めていたんだ。
そう思ったら、ストンと何かが心に落ちた。

 私もダニエルを討ちたいと、心からそう思った。



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