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第3章
39話
しおりを挟むメーベルの街で1日目の仕事を終えたとき、バージル様が集会場まで迎えにきてくれた。
朝の馬車の中でなんだかとてもドキドキしてしまったからか、バージル様を真っ直ぐに見れない。
つかつかと私の前まで歩いてきたバージル様は、どことなく息が上がっているように見えた。‥どうしたんだろう?何かあったのかな?
「‥‥これを」
そう言ってバージル様が私に手渡してきたのは、コンパクトのような形状のガラスのような、宝石のようなもの。
とりあえず手に取りながら首を傾げると、バージル様はこれについて説明してくれた。
「‥これは映像記録の加護保持者が街で売っていたものだ。実際に起こった出来事を映像として視認できる、まぁ高級な夕刊みたいなものだな。一応これはrecordと呼ばれてる」
へぇ‥そんな便利な加護もあるんだ‥?
ということは、なにか私に見せたい内容だったのかな?
「どうすれば見れるの?」
「ここのスイッチを押すんだ」
バージル様が少し屈んでrecordのボタンの位置を教えてくれた。すぐ目と鼻の先で白銀の髪が揺れたことに驚いて、無意識に足が一歩後ろに下がる。
「‥‥なんで下がる」
一歩下がったとはいえまだまだ近い距離で、バージル様は怪訝そうな顔をした。
どうしよう。なんて言えばいいんだろう。どっどっどっ、と胸がうるさくなって、耳が熱くなる。
「‥‥近くて、恥ずかしい」
「‥‥っ、‥いつもハグしてるだろ」
バージル様の耳も段々と赤く染まっていく。普通が普通じゃなくなっちゃったみたい。バージル様の近くに入れることはすごく落ち着くことだったはずなのに、今は心臓がずっと煩い。
ーーーこほん。
誰かの咳払いが聞こえて、私とバージル様は同時に我に返った。リュカが少し離れたところで咳をしたみたい。‥早く確認してくださいってことだと思う。‥‥なんか恥ずかしいな。
「スイッチ押したよ‥!」
「あぁ」
コンパクト状の下側からは女の人が現れて、上側には背景らしきものが見えた。手乗り人間‥‥え?本物‥?!
「これはただの立体映像だから、手乗り人間とかじゃないからな」
さすがバージル様‥!私の考えがわかったみたい。
「そ、そっか。じゃあ‥この女の人はだれ?」
薄いミルクティー色の鎖骨までのふんわりした髪に、可愛らしく丸っとした水色の瞳。まるでお人形さんみたいなその女の人の両頬には、見慣れた十字の傷があった。
「‥エラ・エンベリーだ」
「えっこの人が??」
驚く私に、バージル様がコクリと頷いた。
「これは先刻、王都で撮られたrecordだ。それをコピーに長けた加護保持者が何十個も複製し、テレポートなどの加護保持者が主要な街に配ったもの。エラ・エンベリーは王都に姿を現した」
「生きてたんだね‥‥!じゃあ、ダニエルさんの嘘が世間にバレたってこと?」
エラが生きていたのなら、ダニエルさんの主張はすべて覆される。
「‥まぁ、続きを見ろ。この映像では音声まで拾えないから、エラが何を言って、何を言いわれているのかまでは分からないんだが」
何を言われてる‥‥?
映像には民衆の人たちの前で何かを訴えているエラがいた。ダニエルさんはエラが亡くなったと嘘をついていたし、こうして民衆の前にエラが現れるということはダニエルさんと完全に敵対したということ。
たぶん、民衆の人たちにダニエルさんの悪事を訴えているのかもしれない。
「えっ?!」
映像を見続けていた私は思わず驚きの声を上げた。
石のようなものが、次々とエラに投げつけられている。
「‥‥‥‥民衆からすれば、エラはとんだ裏切り者になるからな。エラを信用し、エラに縋ってきた者や、一向に呪いが解けずに家族が死んだ者も沢山いたはずだ」
エラは石をその身に受けながらも、まだ民衆に何かを訴えていた。
民衆といっても、エラは高台のようなところにいて、周囲の人々の後頭部だけが見えている状態なんだけど‥。
ふらふらと、エラの足がもたついた。そんなエラを支えてくれる人はいない。やがて、矢がエラの右肩に刺さった。
「ひどいっ‥!」
エラへのあまりの非道な攻撃に、私はもう画面を見ることもできなかった。これは今日既に起こった映像だから、もちろん止めに入ることもできない。
「‥続きがある」
‥‥続き?
目を薄らと開けて映像を確認すると、そこにはエラの姿はなく、右肩に矢が刺さったダンの姿があった。
「ーーえぇ?!ダン?!どういうこと‥?」
「‥ダンの加護は、恐らく誰かに化けるもの。その能力でエラに化けていたんだ」
ダンはフラフラしながらも、踵を返してその場を離れていった。
ーーこんなにも一方的に攻撃されて‥ダンはなにをしたかったの‥?
「‥‥なんでこんなこと‥」
「エラが出てきて苦しむのはダニエル・エンベリーしかいないだろ。恐らくそのままダニエルを処理したかったんだろうけど、矢が刺さった拍子に変化が解けてしまった‥ってこところじゃないか」
「なら‥‥たぶん、今頃‥‥ダニエルさん、すごく怒ってるんじゃ‥?」
「あぁ。ダンを保護する為に騎士を何人か送ってる。こっちが先に見つけられるか、ダニエル側が先に見つけるかだな。‥まぁ、誰にでも変化できる能力ならば早々捕まらないとは思うが」
突然の出来事に、私はただ戸惑うことしかできなかった。
ダンはそこまでの覚悟を持って、ダニエルさんを討とうとしていたんだ‥。
ーー本当に、本物のエラが生きていたらいいのに‥‥。
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