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第2章
30話 エラ視点
しおりを挟むメルという名のメイドがメルヴィンという名の男性を装い、偽祝福の子のエラだった私がジェーンとなり、逃亡劇を始めて数日‥。
パパは新聞の内容を事実にするべく、私を殺そうと必死みたい。もちろんパパ本人じゃなくて、裏社会の見るからに怖い人たちが私たちを追う。
最初こそ信じたくなくて何回も涙を流したけど、もう涙も出なくなった。私を支えてくれているメルヴィンの存在がなかったら、私は間違いなく命を諦めてたと思う。
そんなメルヴィンは今、怖い人たちと戦ってる。がっちりとした黒いスーツに、顔面傷だらけの強面の男たち。どうして悪役の人たちって、こうも見るからに“悪役”なんだろう。‥って、ドロシーや世間一般の人たちからすれば私も“悪役”でしかないか。
「メルヴィン!うしろっ!」
メルという名の、すらっとした中世的な美人。そんなメイドだった筈のメルヴィンは何故か剣の技術が物凄い。どっからどう見ても、どこかの騎士。
‥一体いつの間にそんな技術を磨いていたんだろう‥。
「ジェーン、ありがと」
もうお互いが呼び捨てで呼び合うことも、タメ口で話すことも、カップルの役をするのにも慣れた。
メルヴィンは軽々と3人の男たちを倒した。顔についた血飛沫を拭って、剣をしまう。‥たぶん、倒れたこの3人はもう死んでる。
‥命を狙われて逃げているから、殺さなければ殺されてしまう。もしこの追っ手を生きて返せば、私たちとどこで遭遇したのか、どんな見た目だったのかも共有され、襲われやすくなってしまう。
だから仕方のないことなのだと‥そう思っていてもやはり心は陰る。
「行くよ、ジェーン。人目についてはいけない」
「う、うん!」
私たちが襲撃されたのは今回で2回目。
恐らくパパはいろんな街に何人もの追っ手を送っていて、追っ手たちは私たちの特徴を元に私たちを探してる。
例えば“2人組”で、片方は“顔を隠している”が私たちを探すポイントなのかもしれない。
今回もたまたま路地を通った私たちを、待ってましたと言わんばかりに男たちが襲ってきた。
どこに行っても、追っ手がいる。
じゃあ一体どこまで逃げたらいいんだろう。というか、逃げ延びた先に何があるんだろう。
私には一生、この傷があるのに。
「ジェーン。不安になってる?」
私を見るメルヴィン。爽やかな切長の、中世的な人。最近では逞しいところしか見ていないから、今のメルヴィンはすっかり男性にしか見えない。
「‥‥どこまで‥いつまで逃げればいいんだろうって‥」
「‥‥どこまででも逃げよう。きっと大丈夫。ドロシー様だって、ドロシー様を保護していたというセレスト辺境伯だって、きっとエンベリー家がおかしいと気付いてる。決して仲間ではないけど、敵は同じ」
メルヴィンがそう言って笑った。
‥セレスト辺境伯‥。バージル様がドロシーを保護していたという新聞記事を見て、胸が押しつぶされそうになった。
バージル様は驚いただろうな。そして、私に騙されていたことに本気で怒っていると思う。
偽祝福の子として生きていた頃、私はバージル様を見て一瞬で恋に落ちた。彼の存在だけがあの灰色の日々の唯一の光だった。
そんなバージル様は、ドロシーを救っていた。私なんて、憎む対象でしかないことを考えると、胸が苦しくなる。‥やってきたことを考えれば当然なのだけど‥。
「‥はぁ」
「まだ不安?」
「‥‥バージル様に恋をしてたの」
誰にも教えたことのない秘密。女の子同士だし、もうあの家にいるわけじゃなくて自由なんだし、開放的になったっていいわよね。
「‥‥ジェーン、それは浮気?」
メルヴィンが眉を下げて困った顔をしている。
「えっ、‥‥メルヴィンは設定に染まりすぎじゃない?」
「設定とか言っちゃったらダメでしょ」
「あはは」
もうバージル様に恋はしていない。‥たぶん。一目見たらまた一瞬で恋に落ちちゃうかもしれないけど、いまは味方でいてくれるメルヴィンの為にも、乙女でいる余裕なんてないって分かってる。それに、こんな私が誰かと恋に落ちてはいけないとも、ちゃんと理解してる。
宿屋を転々としながら、どこに向かっているのかわからない旅を進めていこう。
終わりが見えなくて怖いけど、立ち止まるのも怖いから。
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