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第2章
29話
しおりを挟むバージル様は領主様だから、とても忙しい人。私の為にもう既に何日間も王都にいてくれたらしいけど、本当はすぐにでも領地に帰らなくちゃいけない。
だから私たちはこの足でそのままエンベリー家に行くことになった。
ダニエルさんは不気味なほどに無表情だったから何を考えていたのかわからないけど「‥‥いつでもいらっしゃって構いませんので」とすんなり受け入れてくれた。
エンベリー家の屋敷に馬車がついた。
沿道に生えた木々は揃えられていて、門も柵も割と新し目な豪邸だった。
敷地に入ってからも馬車は進んでいった。
屋敷から離れたところに、私が日中を過ごしていたような礼拝堂に近い作りの建物があった。
そんなによく見れていたわけじゃないけど、礼拝堂の周りを囲むように周囲が少し掘り下げられていた。
もしかして‥‥この掘り下げられた部分は、私が軟禁されていたときに見上げていた空気孔だったのかな‥。あの部分から、外から聞こえてくる僅かな声に耳を傾けていたのかな‥。
「‥大丈夫か」
バージル様の声に頷いて、大丈夫だよと笑った。
‥本当は、なんでかわからないけど叫びたかった。幸せな時を知ってしまった今、幸せじゃなかった頃が怖くて仕方ないのかもしれない。
溢れそうな涙は、ひたすら外の景色を見ている間に引っ込ませた。
この広い世界を知った今ならわかる。ーーつい最近まで、私はあそこにある地下が私の世界でしかなかった。そのあまりにも狭い世界の中で、私は私なりに幸せを見出そうとしてた。‥そうじゃないと、とてもじゃないけど耐えられなかったから。
みんなが暗闇で生きているのだと本気で思っている時期があった。でも違かった。私みたいな人はきっと滅多にいない。
だから‥‥、やっぱり私はダニエルさんを信用出来ないし許せない。
ダンの言葉を信じたいっていうのもあるけど‥私がジェームスさんに軟禁されていたのなら、なんで私を軟禁する必要があったんだろう。
ダニエルさんからジェームスさんの話を聞いたことはあるけど、ジェームスさんは祝福の子に憧れていたから物心つく前の私に十字の傷をつけたんだって。
でも、それなら‥どうして私はジェームスさんを見たことがないの?
ジェームスさんが頬に十字傷の女の人をもし敢えて作り出したのなら、その姿を見にくるのが普通じゃない?私の記憶にないほど昔に、もしもこの十字傷を私に追わせていたのなら、そのあとも私の姿を確認しにこなきゃ不自然だと思うの‥。私の姿を確認しなくていいのなら、わざわざ人員を割いてまで私を軟禁し続ける意味がない。
‥エンベリー家の礼拝堂を見て一瞬で心が翳ったけど、いまは私が心を押しつぶされている時間はない。
ダン‥‥本当にちゃんと生きてるのかな?
エンベリー家の屋敷の玄関が開いた。
ダニエルさんは私たちを貴賓室まで誘導してくれた。
「ダンを呼んでまいりますのでお待ちを‥。といっても、妹の件でショックを受けていて、お話できる状態じゃないかもしれませんが」
「‥‥」
ダンが部屋から出てくるまで、私はどうすればダンの妹を助けることができていたのか考えてた。
バージル様が最初にダンを追い返したときは、やっぱり王宮のお迎えの人が来る間際だったし、ダンの妹は悪くないけどバージル様がダンに怒ったのも納得できる。
私は王宮に来てから、国王さまにダンの妹を治したいとすぐに頼んでた。‥他に私にできたことがあったのかもしれないけど、やっぱりダニエルさんを許せないと思ってしまう。
貴賓室の扉が開かれて、ダニエルさんとダンが現れた。
ーーよかった、生きてた‥。元気はなさそうだけど‥。
ダンは眉を顰めて下を向き、青白い顔をしてブルブルと震えていた。まるで、何かに怯えているように。
「‥ダン」
私がダンの名を呼ぶと、ダンの肩が跳ね上がった。俯く目の焦点も合っていないし、瞳孔が開いているようにも見える。
「‥‥まるで拷問を受けていたような怯え方だな」
バージル様が目を細めながらそういうと、ダニエルさんは「ご冗談を」と笑った。
「ダンをこの場で脱がせてもいいのですよ。ダンには傷のひとつもないでしょうから」
ダンは私を連れ出した人。ダニエルさんの怒りを買うのは当然だけど‥確かにダンには怪我した様子もないし、見た感じ痣も確認できなかった。服を脱げばあるのかもしれないけど、ダニエルさんは自信満々にそう言ってたから本当にないんだと思う。
「‥‥ダンをうちで雇いたいんだが」
バージル様の言葉に、私もダニエルさんも目を丸めた。
「何故でしょうか」
「“祝福の子”の近くで過ごせば少しは心が癒されるかもしれないからな」
「それはそれは。こんな従者にまで優しいのですね。ではダンに直接聞いてみましょう。‥ダン、どうだ?素晴らしいお話を貰ったぞ」
ダニエルさんがダンにそう尋ねると、ダンは震えながらも首を横に振った。
「‥‥そうか、せっかく素晴らしいお話を頂いたのに‥」
ダニエルさんにまだ何かを脅されているのかな。ダンの様子を見てそう思った。私は結局、ダンの妹のこともダンのことも何も救えていない。
だから、せめて‥
私はダンの元へ近寄って、ダンの手を取った。
「‥ドロシー様、なにを‥‥」
驚いた声をあげるダニエルさんの横で、私はダンの手の甲にそっと口付けをした。
どうか、ダンに‥素敵な加護がありますように‥。
ダンの体が一瞬光に包まれた。この場にいた誰もが、ダンに加護が授けられたのだと理解した瞬間だった。
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