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第2章
21話 ダニエル視点
しおりを挟むドロシーが王宮に来たその日の夜、ダニエルは別邸に帰ってから長いため息を吐いた。危ない橋を渡ることは何度もあったが、ここまで生命の危機に脅かされたのは初めてのことだった。間一髪だった‥、と思わず本音が漏れる。
辺境の領地にいるバージルが王宮に使いを送るよりも早く、ダニエルはエラを殺す作戦を検討していた。エラが逃亡したことが判明してからは直ぐに王宮に「エラが死んだ」と舞台役者も舌を巻くような泣きの演技で報告したのだ。
その泣きの演技をしている最中、バージルの使いが王宮へとやってきたのである。
「ドロシーは真の祝福の子であり、エラ・エンベリーは偽物である」との内容だったが、エラが死んだのであれば「バージルがそう誤解しても仕方がない」とシラを切ることができた。
「エンベリー家の礼拝堂の地下に閉じ込められていた」という内容には、弟のジェームスが怪しい‥!とまた名演技をし、国の憲兵と共にエンベリー邸に向かった。バージルの使いの者にも、細部を知ってから帰った方がいいのではないかと同行を求めると、少し考えたあと共に着いてくることになった。主人により多くの情報を届けたいのだろう。
エンベリー邸に着くと、ジェームスはすぐに事態を把握したようで顔を青くしたが、ダニエルからの耳打ちで更に魂が抜けたような顔をした。
「嫁と娘を殺されたくなければ“ハイ”とだけ言え」
ジェームスはどう足掻いても無事に済むわけがないと悟った。ジェームスは昔からダニエルに精神的にも支配されてきた男なのだ。
ダニエルはジェームスを見て、驚愕したような声を上げた。
「ジェームスよ‥!!お前、まさかここで少女を軟禁していたのか?!」
「‥‥‥‥」
ハイと言いたくなかったが、ダニエルの狂気に満ちた顔に震えながら、唇が勝手に動いた。
「‥‥‥ハ、イ‥‥‥」
「お前が祝福の子に憧れを抱いていたのは分かっていた‥!!
その少女の頬に十字架を彫ったのもお前だな‥?!」
バージルの使いが「祝福の子の印は保護した頃からある」と発言していた。しかし、ジェームスに掘られた十字架の上から、真の十字架が顕著したのだろうとでも言えば、なんとでもなる。
「‥‥っ‥‥」
ジェームスは恐怖とも絶望とも言えぬ顔で、涙を目にいっぱい溜めていた。ダニエルが自身に銃を向けていることにも気付いていた。だが、こんなクソみたいな人生の中で、唯一の宝は嫁と娘だった。
裏社会から足を洗えず、大人になってもダニエルに支配されていたままだったが、せめて二人だけは守りたい。
「‥‥‥‥ハイ‥‥」
「‥そうか、残念だよ。我が弟よ‥」
ーーーーパァン!!
エラが祝福の子なのだと国王に告げたその日から、ダニエルは国王の信頼を得られるように必死だった。15年間、ダニエルが必死に積み上げてきた信頼は、この日やっと功を奏したのだ。
「娘が亡くなり‥実の弟もその手で殺めざる負えなかったとは‥お主の悲痛はどれほどか」
「‥‥‥これも神の定めなのでしょう‥‥。我が愚弟が軟禁していたという少女が‥‥次の祝福の子であるとは‥‥。恐らく身よりもないのでしょうし、突然のことで戸惑いも多々あるでしょう‥。私は祝福の子の父をしておりましたので、彼女の役に立てることも沢山あるのではないかと思います」
「おぉ‥なんと!それは心強い」
「‥誠心誠意、彼女に尽くしてみせましょう‥」
こうしてこの場を乗り切ることに成功したが、問題はこれだけではない。
よりによってドロシーを保護していたのはバージルなのか、とダニエルは気を揉むことになる。
ジェームスを処分して王宮に戻った頃には既に夜遅く、王の計らいでバージルの使いも一晩王都で休んでから帰ることになった。
何を言われてもシラを切れるよう手配したが、エンベリー邸にそろそろやってくるであろう“ダン”がバージルに事実をペラペラと話している可能性がある。
その場合、あの冷酷な男が完全に敵に回るのだ。
バージルの使いは騙せても、バージルは騙せないだろう。
だから、バージルの使いをすぐに帰らせるわけにはいかない。せめてドロシーを完全にこちらの手中に収めるまでは‥。
ダニエルは自分たちの手下に、バージルの使いが宿に泊まっている間に様々なトラブルを起こさせるよう命じた。
使いの馬を道ゆく荒くれにプレゼントしたり、超ド級の美女であるネルが酒場でバージルの使いにハニートラップをしかけている間に持ち金を全て盗んだり。そうこうして、バージルの使いは足も金も失い、途方に暮れることになった。
ーーよって、バージルの使いが屋敷に戻れたのは、ドロシーが王都にきてから数日経過した頃だったのである。
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