軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)

江田真芽

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第1章 

17話

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 その日私は2日ぶりにバージル様と一緒の時間を過ごした。バージル様はいつも通り机に向かってお仕事をしていて、その間私は絵本を読んだり文字を勉強したり。

 これの何がいいんだ、とバージル様は戸惑ったように言うけど、私はこの空間が落ち着いて仕方ないんだ。

 バージル様がキャッチしてくれたけど、一応2階から落ちたから、と屋敷の中にいるお医者さんという人が来てくれた。どこも痛くないけど、バージル様曰く見てもらわなきゃダメらしい。
 やっぱり体は何ともないけど、お医者さんは私の心を心配しているみたいだった。

「いくら神の恵みを一身に受けている身だとしても‥やはり、人の温かさを知ってしまったからこそ、人が恋しくて仕方ないのだと思いますよ。‥‥抉れた状態でカチコチに凍っていた心が、温められたことで溶け出したのでしょう」

「‥‥凍っている間は平気でも、溶け出すと抉れていた部分が痛むってことか」

 お医者さんとバージル様は難しい話をしていた。
心って凍るんだ‥。怖いなぁ。

「温かさを知ってしまった今、彼女は孤独が恐ろしくて堪らなく感じるはずですよ。ただ存在を肯定して側にいるだけでも、彼女の心は満たされるはずです」

「‥そうか」

 私にはよくわからないそんな話をしたあと、夜ご飯の時間になった。

 夜ご飯も、やっぱり一緒に食べる方が何倍も美味しく感じる。
バージル様は口数が多い訳じゃないから、会話が弾むわけでもないけど、それでも一緒にいるだけで楽しいの。

 この日の夜、私は最後のわがままを言った。

「‥‥は?今なんて?」

「一緒に寝たいの」

「‥‥あのな、お前は何も知らないだろうが、男女が同じベッドで寝るということは」

「ベッドは別でいいから、同じ部屋で寝たいの」

「‥‥」

 最後の恩返しをさせてほしいから、どうしても同じ部屋で過ごしたい。

「私はソファでいいから。お願い‥」

「‥‥あぁもう、わかったよ。好きにしろ」

 バージル様は頑固そうに見えて、案外お願いを聞いてくれる。それがちょっとだけ意外だった。

 バージル様の部屋には私の為の臨時のベッドまで運ばれて申し訳なくなった。でもこの恩返しを決行するためには仕方ない。

 あらかじめリュカにも伝えて、協力してくれるようにお願いしてた。お医者さんも眠り薬でバージル様をしっかり眠らせてくれるんだって。私が恩返しをするつもりなのを知らないのは、バージル様だけ。

 明日の朝バージル様は怒ると思う。それも、ものすごく。

 だけど私は呪いに苦しむバージル様を放って遠くに行くのは嫌だし、このお屋敷のみんなもご主人様に元気になってもらいたい。だからみんな、喜んで協力してくれることになった。


「‥‥悪い。最後の夜だから、色々と話をしたかったんだが‥疲れが回っているみたいだ‥。今日は、眠くて仕方ない‥」

 枕元の灯だけがこの部屋をぼんやりと照らしている。
バージル様の部屋で夜を過ごせるなんて嘘みたい。どうしてバージル様の側は、こんなに落ち着くのかな。

「大丈夫だよ。これだけで、十分幸せだから」

「‥お前は大袈裟だな‥」

 バージル様の声が段々小さくなっていって、お医者さんの眠り薬がよく効いているんだなと思った。

「おやすみなさい、バージル様」

「‥あぁ‥おやすみ‥」

 バージル様がしっかり眠りについたのを確認してから、私はそっとバージル様の元へ近付いた。床に膝を立てて、バージル様の手を取る。

 バージル様の手は温かくて大きかった。男の人の手って、逞しいんだね。

 バージル様の手を両手で包み込むように握りしめる。痣がある部分に直接触れるんじゃなくて、体のどこかに触れるだけでも効果があるみたい。

『お前のせいだ』『‥許さない』『消えろ、消えろ、消えろ!』

 ‥これは知らない誰かの感情。どろどろと、黒い感情。

 目眩がしそうになった。だけど一気に吸収するんじゃなくて、少しずつ吸収するようにすれば耐えられるんだと気付いた。

 一晩時間をかけて、ゆっくりと。バージル様の体に降り注いだ呪いを、私の体に吸収して消していく。

 鼻血がぽたぽたと垂れた。汗もたらりと垂れた。

 でもバージル様の痣が消えていってると思うと嬉しくて仕方がなかった。




「‥‥はぁ。朝か」

「おはようございます、バージル様」

 メイドのマリアがそう声をかけると、バージルはいつも通り時間をかけて体を起こした。体の痛みを紛らわせながら、息を吐いて起き上がるのが日課なのだ‥が。

「‥‥?」

 ーーー体が嘘みたいに軽い。‥まさか。

 バージルは寝巻きを勢いよく脱いだ。鍛え抜かれた綺麗な体には忌々しいあの痣はない。きめ細やかな肌が露わになると、マリアは突然のことに動揺して頬を赤らめた。

 部屋の隅に臨時で置かれたドロシーのベッドに目をやるが、ドロシーの姿はない。

「あいつはどこだ」

「あ、ド、ドロシー様でしょうか?」

 うっとりしながらバージルの半裸を見つめていたマリアは、怒りを滲ませるバージルの低い声で我に返った。

「ドロシー様はお部屋に帰られました!」

「‥‥」

 バージルは寝巻きをもう一度着ると、そのまま部屋を出ていった。
寝巻きのまま部屋の外へ出るのは、この日が初めてだった。

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