軟禁されてた呪いの子は冷酷伯爵に笑う(完)

江田真芽

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第1章 

15話 その頃のダニエル

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 祈りの子‥こと、エラ・エンベリー。
彼女はメイドと姿を消したが、エンベリー家当主のダニエル・エンベリーは然程取り乱してはいなかった。

 むしろ“人形”であった娘に、聡い部分があったのかと感心した。いや、聡いのはあのメイドの方か、とダニエルはすぐに思い直す。

 彼は物心ついた頃から常に悪人である。殺しや強奪など、裏では死ぬ程やってきた。ドロシーが姿を消した時には相当動揺したが、娘が消えても揺らがない。

 理由はひとつ。死んだことにすればいいだけだからだ。

 エラが生きていくには、エラ自身も自分がエラ・エンベリーであると隠して生きていくしかない。自分の立場を危うくしてまで「私は祝福の子をやらされていたのだ」と声をあげることはないだろう。

 ドロシーの存在が世に知られるのも近いかもしれない。すぐにでもエラは死んだと泣いて公表しよう。だけど元祝福の子の親としてドロシーのことを全力でバックアップすると宣言すれば、また金が入り込むかもしれない。

 葉巻を大きく吸って、煙を撒き散らす。煙がゆらゆらと漂いながら消えていくと、ダニエルの視界の先にはぐったりと倒れる少女がいた。


 ドロシーが生まれる前まではメラニアという女性が祝福の子を務めていた。それ故、その頃はこの国にも加護保有者が毎日誕生していたのである。

 ダニエル自身も加護を保有しているが、今回はダニエルの右腕であるゼロという男が力を発揮した。彼の加護は“隼”と呼ばれるもの。時間は限られているが、彼は大きな鳥となり空を駆けることができる。

 そのゼロの力でエンベリー邸に連れ去られたのが、ダンの妹である。

「この娘がいる限りダンも手出しできまい」

 今頃ダンは自宅にて、妹の代わりにベッドに置かれた手紙に絶句しているだろう。

『互いの幸せを考えよう』

 それだけ書かれた手紙。
ドロシーをよこせ、とは書かない。足がつくようなことはできないのだ。

 だがこれで、もしもドロシーの存在が世間に知られても、ダンもこちらに都合の悪い情報は流せない筈だ。妹を殺されないよう懸命に取り繕うだろう。そのうえ、妹を連れ戻す為にもエンベリー家に戻ってくるしかない。

 ダニエルはニンマリと笑いながら煙を吐き散らした。
そしてぐったりと倒れる少女を見る。

「酷いもんだ、もう死にそうだな」

 ダニエルの言葉にゼロは頷いた。

「死ぬか、顕現するか、ですね」

「‥‥」

 ダニエルは隣国の仄暗い噂を思い出した。

 呪いに完全に支配されて命を失うと、稀に呪いの負のパワーの集合体が顕現されることがある。それはヘドロのような質感らしいのだが。

 顕現されて物質としてこの世に生み出されたその“呪い”は、意図して誰かを呪う道具と成り得る。そして、隣国ジレでは敢えてその道具を作り出している、という仄暗い噂。

 そんなもの誰が得するのだ、と流石のダニエルでさえそう思うのだが、顕現させたそれを大量に使って一気に誰かを呪えば、呪われた人物は即死する可能性もあるかもしれない。やり様によっては誰にもバレずに誰かを殺めることができるのだ。

 ダニエルが祝福の子が持つ“正”の力を利用して儲けたように、”負”の力を利用して儲けを企むやつもいるのだろう。ダニエルは自分以外にも悪人がいるな、と厭らしく笑ったのだった。


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