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第1章
13話
しおりを挟む大きなテーブルの上に沢山の料理が並んでいる。いつのまにか当たり前になったバージル様との夜ご飯。
温かい料理をお腹いっぱい食べて、毎日毎日ほっぺは蕩け落ちそうになる。ついこの間まで硬いパンひとつだったのに、私の当たり前は劇的に変わった。
バージル様のおかげでこんなに贅沢な生活をさせてもらえてるけど‥こんなの普通じゃないよね。
ダンが外に出してくれて、たまたまバージル様の元に運ばれて、バージル様が当たり前に私を受け入れてくれて‥‥これは、ぜんぶ偶然の組み合わせ。私が祝福の子じゃなかったら今ここにはいないし、何も始まってもいなかった。
「‥‥どうした」
フォークを握る手が止まった私に、バージル様が問い掛ける。
「‥‥バージル様、私が祝福の子じゃなかったらこんなに良くしてくれないよね」
「‥‥なんだ急に」
「あ、でも、祝福の子じゃなかったらそもそも地下にいなかったかな‥‥?!」
「‥‥‥」
バージル様はワインを口に含んで静かに私に視線を送ってる。たぶん私が何を考えているのか探っているんだと思う。
「‥‥‥私、祝福の子でよかった。じゃないとバージル様にもリュカにも‥みんなにも会えなかったよね?それに、たぶんこんなに美味しいご飯一生食べられなかったよ!!」
「それはよかったな」
バージル様は考えるのを放棄してお肉を口に運んだ。伏せ目になるとバージル様の長い睫毛がよく見える。
「‥‥でも世の中、みんながこんなに素敵な暮らしをしてるわけじゃないよね」
「‥‥」
バージル様の視線がお肉から私へと移った。
「ダンのお家ももしかしたら、毎日パンしか食べられないのかもしれない。だからやっぱり、仕方なかったのかもしれない」
「‥‥」
私が何を言いたいのか気付いたみたい。心底呆れているような、いつもよりももっと冷たいバージル様の目。
「‥‥‥私、いま素敵な思いをしてるだけなの。ただただ、バージル様の側で幸せに過ごしてるだけ。すごい贅沢してるの」
「‥‥‥だからなんだ。お前がずっと虐げられてきたことには変わらないだろ」
「そうかもしれないけど‥エラのこともエンベリー家のこともよくわからないけど、でも、祝福の子は5つの国にそれぞれひとりずつしかいないんでしょ?でも私は今何にもせずに幸せな思いしてるだけだから、誰かの力になれるなら頑張りたいと思うの」
バージル様の視線が鋭い。その形の良い唇から吐き出されるため息に、思わず体が縮こまってしまう。
「‥‥‥その祝福の子という、絶大な力を持つ立場を自分らの利益の為に利用してたんだ。むしろお前が筆頭になってその非道を訴えるべきだろ」
よく分からない。バージル様の意見が世の中の大多数の人々に賛同されるんだと思う。私の脳みそがおかしいのかもしれない。でも私は‥
「私、恨んでないもん、エンベリー家のこと」
寂しくて、暗くて、寒くて、お腹も空いて、涙も出たけど。
そんな生活だったからこそセシルとの思い出が私の宝物だった。何度も何度も頭の中で繰り返したし、セシルの言葉を何百回も真似して口に出した。外から聞こえる音に集中するのも楽しかった。
ただ苦しいだけの時間じゃなかったんだよ。
「‥‥恨んでないだと?」
バージル様は静かに怒っているみたい。こめかみに青筋が浮き出てる。
理解してもらえないのは仕方ないと思う。けど‥
「私、馬鹿なのかな」
「‥‥‥」
怒りを鎮めようとしているのか、沈黙が続いた。
「寒かったから、いま温かいのが幸せだし、暗かったから明るいのが幸せなの。セシル以外の顔を見たことがなかったから、みんなと関われるのが嬉しいの。だから悪いことだけじゃなかっーーー」
私は言葉を途中で止めた。バージル様が席を立ってしまったから。
「バージル様‥」
「お前が今を幸せだと言う度に、俺はエンベリー家の奴らが憎くて仕方なくなる。何故お前の代わりに俺が怒らなければならないんだ。お前があいつらを憎めばこんな感情にはならないのに」
「‥‥ごめんなさい‥」
バージル様が食堂から去ってしまう。私はバージル様を追いかけて、バージル様のシャツを掴んだ。
「バージル様、」
「‥‥‥俺は俺にも腹が立ってるんだ」
バージル様は私を見ないまま言った。どういうことか分からなくて、私は言葉が出なかった。
「‥お前が好きに利用されていたことを裁きたいのに、俺もお前を利用してた。政務室に閉じ込め、食事も一緒にしていた」
「っ、それは、痣が痛いんだから仕方ないじゃん‥!私が近くにいれば痛くないんでしょ?!それに私はバージル様のお部屋にいるのも、一緒にご飯を食べるのも、すごくすごく楽しいんだよ!」
「‥‥‥痛みを理由にお前を縛っていたんだ。悪かったな。せっかく地下から開放されたのに。
‥まぁもうすぐこの生活も終わる。数日のうちに迎えがくる筈だからな。
安全の為にも、それまで屋敷からは出せないが‥明日からは好きに時間を過ごしてくれ」
「‥‥‥ダンにもお話してたけど‥私はどこかに行かなきゃいけないの?」
「あぁ」
バージル様は一度も振り返ってくれなかった。シャツを掴んでいた私の手は力を失くして落ちた。
地下にいた時よりも、何故かいまの方が“寂しい”と思った。
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