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第1章
12話
しおりを挟む伝令の人たちが王宮へと旅立ってすぐのこと。
私は応接間という部屋に呼び出された。もちろんバージル様もリュカもいる。
私が応接間に入った時には、既に黒いマントで全身を覆ったガタイの良い人が床に蹲っていた。黒々しいこのマント‥どこかで見たことあるような‥?
「‥‥この男に見覚えはあるか」
バージル様が冷たい声で私にそう問い掛けた。
「‥‥‥あるような気はする‥」
私の言葉を聞いてバージル様は小さく頷いた。
黒いマントの人が私を見上げた。そして目を見開いた。まるで何かに驚いたような、そんな表情だった。
「この男の名前は、ダン・ペリー。お前を運び出した男らしい」
バージル様はそう言った。
私はもちろんダンという言葉に反応した。バージル様にも『ダン』という人物によって地下から連れ出されたのだと伝えている。だからこそバージル様はこの人を応接間に連れてきたんだと思う。この人物はお前が言ってたダンと同一人物か?って。
私はあの時ダンの顔を見ていない。だけど声は聞いてる。
「貴方があの時連れ出してくれたダン?」
私がそう問うと、ダンは小さく頷いて口を開いた。なんだかげっそりしていて、元気がなさそうに見える。
「‥‥はい、俺が連れ出しました」
小便漏らすなよ!とか言っていた人と同一人物には思えないくらい丁寧な言葉使い。だけど声は間違いなく、あの日聞いたダンの声だった。
私はあの日まで『耳』で得る情報以外に楽しめるものがなかった。だからこそ覚えているの。ダンの低い声を、鮮明に。
「バージル様、この人だよ。声が同じ」
私がそう言うと、バージル様は改めてダンを見据えた。
その瞳がやけに冷たくて鋭いことに、何故かハラハラしてしまう。
「‥‥‥ダン・ペリー。エンベリー家について知っていることを全て話せ」
ダンは終始ムッとした顔をしてる。素直じゃなさそう感じ。だけどダンは簡単に口を開いた。だから多分生まれつきこういう顔なんだと思う。
「‥エンベリー家は成り金一家で‥エラを祝福の子に仕立て上げたことで大金を得ました。当主のダニエル・エンベリーはそれまで裏稼業で日銭を稼いでたゴロツキです。俺の父親はずっとダニエルの下っ端だったから、俺も自然とダニエルの下で働いていたんです」
「何故ドロシーを連れ出した?」
バージル様がそう問いかけると、ダンは小さく頷いてからまた口を開いた。
「俺の妹が呪いのせいで今にも死にそうなんです。体を起こすことも難しいのだと実家から手紙が届きました。エラの元に行けるわけもないし、仮にエラの元に行けたとしても根本的には治らない。だからどんなリスクを冒してでも、本物の祝福の子であるドロシーを連れ出そうと思ったんです」
ダンは真剣な顔をしてた。やっぱり表情はムッとしたままだけど。
私を連れ出してくれた理由は分かったけど‥それならどうして私はバージル様のお屋敷にいるんだろう??
「でもドロシーを連れ出そうとした時に先輩から呼び出されて‥。とりあえずドロシーを入れた箱を置いてその場を離れたら、箱がなくなってて‥慌てて周りに聞いたら、ここら辺の荷物は全部セレスト辺境伯邸に運ばれたって言われて‥」
「セレスト辺境伯?」
初めて聞く言葉に首を傾げると、リュカがすかさず耳打ちしてくれた。
「バージル様はセレストという領地を統べる領主様ですので、セレスト辺境伯とも呼ばれるのです」
「‥名前がたくさんあるんだね」
「まぁそのようなものです」
バージル様はバージル・ロペスという名前だって聞いたことがあるのに‥他にもセレスト辺境伯っていう名前があるって、なんだか不思議‥。リュカが私の顔を見て少し困ったように笑ったから、思わず私も釣られて笑った。でもすぐに空気がピリピリしていることに気が付いて、私は口元を緩ませるのをやめた。
バージル様から漂う冷気がすごい。たぶん、なんかとっても怒ってる。
「お前はドロシーを呪いの子として非道な扱いをしていたんだろ?だが自分の妹は助けて欲しいと?笑わせるな」
「っ、ダニエル・エンベリーの元で‥裏の世界で生活するしかなかったんです。親父が死んだあとも、実家の家族を養うにはそうして働くしかなかったから‥‥仕方なかったんです」
「そうか。ではお前の妹が死ぬのも仕方ないことだから諦めろ」
「なっ」
「あと数日で王宮からの使いがこちらへやってくる。直にドロシーの存在は公的に認められ、王都にでも居を構えることになるだろう。お前の妹のところに行く時間などない。残念だったな」
「そんなっ‥!そこをなんとかお願いします!!妹を、助けてくださいっ‥‥!!」
「とっとと消えろ。目障りだ」
ダンは泣きそうになってた。泣きそうになりながら、兵士たちに抑えられていた。
私は「妹を助けてあげるね」と言葉をかけたかったけど、バージル様の瞳は「余計なことを言うな」と言っているみたいで、口を開くことができなかった。
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