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第1章
7話 エラ視点
しおりを挟むいつもと変わらない朝。外の景色をぼうっと見ていると、メイドたちが私の身なりを勝手に整えていく。“祝福の子”らしく、厳かに、神聖に。
「エラ様、この後は朝のお清めの時間です」
「‥」
毎日毎日、私は体を清められる。
山の麓からわざわざ運んで来た清らかな水で行われる水行。びしょ濡れになった体を、世界樹の葉(そんな物この世にはない)で散々叩かれる。
それもこれも、世の人々に私を“祝福の子”だと認識させ続ける為のもの。だけど私からすれば滑稽で馬鹿馬鹿しいものにすぎない。だって私は、頬に十字を刻まれただけのただの人間なのだから。
祝福の子を演じ続けたままもう何年も経った。本当は地下で過ごす可哀想なあの子が本当の祝福の子なのに、世間は私を崇めることで忙しい。
こんな生活に唯一希望を見出してくれたのはバージル様だった。氷のように冷たいあの瞳と目があった瞬間、心を貫かれた気がした。
パパは毎日金勘定に必死で、ママは毎日札束片手に商人を呼びつけてる。もちろん2人とも祝福の子の親であるという設定だから、世間にはそんな姿見せてないけど。
私はひとり、今日も信者たちに泣いて縋られながら、ずっと礼拝堂にいるの。全てを投げ出したくなることも沢山ある。いっそのこと世間に全てを打ち明けて逃げてやろうかとも思う。
だけど私には頬に消えない傷がある。“私が祝福の子なんだ“とアピールしている十字架がある。どこにも逃げられない。誰にも見つからずに過ごすことなんてできやしない。見つかったらすぐに迫害されるでしょう。本物の祝福の子を幽閉し、私腹を肥していたのだから。
幸せそうなパパとママの姿を見ていると、たまに泣きそうになる。
きっと私がただの人間だと知れ渡れば、私は殺されるに決まってる。重罪で、処されるに決まってる。だけど、だけど私も被害者だ。赤ん坊の頃に頬を削られて、祝福の子を演じ続けるしか生きる道がない。
私こそ、本物の祝福の子に救われたい。
唯一心に光をくれたバージル様だって、忙しくてなかなか来てくれないし。なんだかとてもやるせ無くなって、大きなため息がでた。なんでだろう。ここ数日、ぜんぜん疲れが取れない気がする。心も体もずっと疲れていて、気力がない気がする。‥こんなこと今までなかったんだけどなぁ。
突然パパと従者の人たちが礼拝堂に入ってきた。私は教祖様のように居座りながらも、その光景に圧倒されていた。まさしく緊急事態と言っていいのだろう。従者たちが礼拝堂の中で並んでいた人々を外に追い出している。一体なにが‥‥
「エラ!!大丈夫か!!」
パパが私の前にずいっと立った。恐らく人々たちから私の姿を隠そうとしているんだ。
「ああ!!大変だ!!一刻も早く休ませねば!!!」
パパはあえて大きな声でそう言い放った。なんとなく直感が働いた。
もしかして、ドロシーに何かあった‥?
礼拝堂から人々を追い出したあとに、私は屋敷の中に誘導された。まるでよほど具合が悪い娘を心配するかのように、パパは私の腰に手を当てていた。私は、どんどんどんどん心が冷えていくのを感じた。
きっと私はもう祝福の子を演じなくて済むかもしれない。
でもそれはイコール、私の死を意味するもの。私だけじゃない、パパもママも死んでしまうだろう。
冷たくなった指先に息を吹きかける気力すら生まれない。
ソファに座った私の前で、パパは突如ガタガタと震え出した。先程まではなんとか取り繕っていたんだろう。
「‥‥‥消えた」
「‥え?」
「あいつが‥ドロシーが、消えたっ‥!!!」
パパはそう言ってテーブルを強く叩きつけた。酷く動揺して、酷く震えている。そんなパパの姿は見たことがなかった。けど‥まぁそうなるのも当然だよね。
倒れたならまだしも、消えた。それは一番厄介なパターンだ。だって、誰か協力者がいないと地下からは出れないだろうし、今頃色々な人々に“自分が本物の祝福の子”だと言って回っているかもしれない。
地下から溢れ出るドロシーの力に頼っていた私と違い、ドロシー本人が誰かの呪いを解いたり加護を授けたりすれば、ドロシーが本物の祝福の子であることなんて簡単に証明されるでしょう。
ここ数日間、気力が生まれずに心身とも疲れて仕方がなかったのは‥ドロシーが消えていたからなのかもしれない。礼拝堂に残っていた僅かなドロシーの力が無くなったのかもしれない。
だからこそ、ただの一般人になった私を‥具合が悪いという設定で屋敷に入れたんだろう。
「‥‥いつ頃消えたのが分かったの?」
「今朝のメシ当番が気付いたらしい。扉前に食べ物が溜まっているのに気が付いて、扉を開けたら姿がなかったそうだ‥‥!くそッ!!」
「‥‥そうなんだ。一体誰が‥」
「恐らく、ダンが絡んでる。ここ数日間で突然失踪したのはダンくらいしかいないし、ここに勤めてるやつじゃなければドロシーを外に出すことは難しいと思うからな」
ダン‥‥っていうのは、たぶんパパの手下で働いていた人のことだろう。
「‥‥‥これから、どうしたらいいの」
「‥‥ダンを全力で見つけ出す。アイツがドロシーを連れて何処かへ行ったんだ。だがまぁ、多少行き先には検討はついているが」
「え?」
あまりにも予想外な一言に、私は思わず目を丸めた。
「ダンの実家だ。呪われて死にかけた妹がいる筈だ。恐らくドロシーを連れて出たのもそのせいだろう」
「じゃあ‥妹の呪いさえ解ければ‥」
交渉次第じゃドロシーを返してくれるんじゃないの?と心の中で生まれた言葉。
ただの操り人形として生きてきて、心底うんざりしていた癖に。やっぱり死ぬのは怖いんだ。死ぬくらいなら、ドロシーを幽閉してまでも祝福の子であり続けたいんだ。自身の本心があまりにも汚なくて、ズルくて。思わず小さく自嘲した。
そんな私の心境になど全く気付かないパパは、当たり前だ、といった風に力強く頷いた。
「ダンを追いかけて殺してやる。妹もダンも殺してやらなければ、元の生活には戻れないからな。他に秘密を知った奴がいれば、そいつらも皆殺しだ」
「‥‥え‥」
私は、一瞬息が止まっていたと思う。
そして今度はなんでか酷く悲しくなって、急に辛くなって、自分でも自分の感情がわからないまま、ひとりになってからシクシクと泣いた。
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