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第1章
5話 バージル視点
しおりを挟む左の膝上付近から発祥した禍々しい黒い痣が、いつのまにか両肩を覆って背面に行き、臀部にまで伸びていた。呪いが出現してまだ半年ほど。人によって進行の速さは違うそうだが、この調子ではあと2ヶ月ほどで全身を黒く染めるのではないかと思う。
この辺境の地を守る為にも長期間ここを離れるわけにもいかない。エンベリー家に行けば確かに呪いの痣は進行を止めだが、消えるまでには至らなかった。恐らくもっと滞在しなければいけないのだろうが、そんな時間は作れない。
祝福の子であるエラ・エンベリーが「また会いにきて欲しい」という手紙付きで祈りの花束や祈りの女神像を定期的に送ってくれる。この花束や女神像はエラの力を吸収しているらしく、確かに少しの間は呪いの進行を止めてくれた。
エラからの手紙は「毎日貴方を想ってる」とか「貴方の顔が忘れられない」とか、そんな内容で埋め尽くされている。そんなことよりも呪いの進行を抑える方法とか、そういうのが聞きたいんだが。
今回エンベリー家から送られてきた娘は、エラの近くで長年過ごしていたのだろうか。祈りの花束や祈りの女神像のように、エラの力を吸収していたのかもしれない。
もしかしたら他にもこういう子どもがいるのか?俺のようになかなか礼拝堂に行けない者にとっては有難いが、人道的にはアウトだろう。
まともに食べず、まともに風呂にも入っていなかった。メイドの話では、恐らくどこか暗い部屋に幽閉されていたのだろうとのこと。普通のことを何ひとつ経験せずにここへ来たようだ。
祝福の子がいるエンベリー家で、何故このようなことが起こったのだろうか。
ただ、何故か祈りの花束や女神像よりも効力がある。痣の進行が止まっているのはもちろんのこと、呪いによる頭痛や吐き気も治まっている。ギシギシと、痣から感じる体の芯を蝕むような痛みも感じない。
俺は執務中も、娘を室内に座らせていた。部屋が離れているよりも、近くにいた方がやはり効力があると気付いたのだ。
ずっと縛っているのも可哀想だから、最低限の絵本や遊び道具を与える。これだけでも本来、娘にとっては酷な環境の筈だ。自由じゃないのだから。
それでも娘は目をキラキラと輝かせ、俺を見た。
「バージル様、ありがとう!本当に優しいね」
「‥‥」
そう言って頬を緩ませる。心から感謝されてしまうと、さらに罪悪感が湧き上がる。初めて見た時の汚いという印象は勿論もうない。むしろ屈託ないその表情は、無垢でしかなかった。
敬語を使えないのは育った環境的に仕方がないんだろう。体も小さいが、この娘は一体何歳なんだ?10歳くらいか?
「お前‥歳は何歳だ」
聞いたところで知らなそうだが。
「歳?‥‥えーっとね、5歳の誕生日までセシルがいたの。私の誕生日には、長い鐘がなるの。セシルとバイバイしてから鐘は10回聞こえたから、15歳だと思う」
俺は言葉に詰まった。鐘というのは恐らく祝福の子の生誕日を祝う鐘。つまりエラ・エンベリーの為の鐘。エラも15歳だった筈だ。
この娘はそんなに小さい頃から劣悪な環境で過ごしていたのか。食べるものが少なく、体もこんなに小さいのだろう。
「マリア‥栄養が摂れる食べ物を持ってこい、鱈腹」
「は、はい!」
きっと普通なら命を落としたり、精神を病んでもおかしくない環境。エラの近くにいたから死なずに、心も病まなかったのか?
それでもあまりの劣悪さにエンベリー家に激しく抗議したいとも思う。ただ、娘の話を聞くと、誤ってここに送られてきた可能性もある。箱に入れて運び出されたと言っていたし。
この娘の身を守る為にも、やはり様子を見て保護しておくべきなのだろう。
「わー、食べ物たくさん!」
「‥‥食え」
「え?!いいの?!」
「‥‥残したら許さないからな」
「わぁーい!!バージル様優しいーーっ!!」
冷酷伯爵と呼ばれる俺を優しいと言うのはお前だけだぞ。
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