18 / 51
教育の時間ですわ
しおりを挟む社交パーティーを2日後に控えたこの日、私はアンナにお使いを頼んだ。白いアンティークの箱、通称パンドラの箱を開けるとアンナは目を丸くした。何だこれはと言いたげですけど、これ全部あんたの主人が買ったやつだからね?それともジュリア様のものをこんなに奪ってたのね?!とでも思ってるのかしら。
アンナは臍の枕で少しは学んだのか、へらへらする頻度が減ったと思う。無意識に悪気なく媚びてた甘え上手が、少し世間の厳しさを知った‥って感じかしらね。
そんなアンナの視線を感じながらテーブルの上に黄金の塊を置く。そう、黄金の眼鏡置きよ。
「こ、これは‥」
「これをライラに渡したいんだけど呼んできてくれるかしら?忙しそうにしてたら呼ばなくて大丈夫よ」
「わかりました‥」
暇だったのかライラはすぐに来ました。どこか頬は痩けているし、目は虚です。
「アウェイで頑張ってるみたいね‥」
「ホ、ホームに帰りたいです‥」
そろそろ疲れも溜まって、集中力も切れる頃でしょう。
「これを貴女にあげるわ!これで初心にかえるのよ!」
そう言って手渡したビカビカの黄金の眼鏡置き。
ライラが気の抜けたような溜息を吐きます。そうよね、しょうもないわよね。すごくわかるわ。
これ以上このしょうもないものが増えないように、見張りをお願い‥。
「‥っ、わかりました!!」
意を汲んでくれたらしいライラが涙を流しながら敬礼してくれた。ありがとう、ありがとう!ライラ!!!
「‥何かそっちで変わったことはある?気付いたこととか」
「んー‥特にはありませんけど‥‥あ!」
「なんですの?」
「意外にもジュリアお嬢様の侍女たちからアリー様の悪口を聞かないです」
「へー、それは意外ね」
ジュリアの侍女であるアンナが気まずそうな顔をしています。‥そりゃ当然ですわね。
「何故だかわかりませんが‥」
そう言ってライラはアンナを見ました。
「えっ」
視線を受けたアンナが固まっています。
「‥‥何故ですか?態度的にはアリー様のこと嫌ってますよね」
随分と直球ね、ライラ‥。
「‥‥‥っ、あの。その‥。ジュリア様がそういった話題を非常に嫌うので‥」
つまり言ってはいるのね。聞こえないようにしてるだけで。というより、へー‥ジュリアが嫌がるんだ。ふぅん。
「どういう風に嫌うの?お姉様の怒る姿なんて想像できないわ」
「あ‥えーっと。丸一日、どの侍女とも口を利いてくれなくなります‥」
「あはは、傑作だわ。静かに怒るのね、お姉様は」
私がそう笑うと、アンナは気まずそうにこめかみを掻いていた。
想像すると笑えるけど、やられたら精神的に地味にくるわね。まぁそういう私はジュリアなんかに怒られるだなんてヘマ絶対にしないのだけど!!!
ライラは蓋が開いたままのパンドラの箱を見てフッと笑った。
「どうしたの?ライラ」
「いえ‥少し久しぶりに見たので。ジュリア様の為にも頑張ります‥!」
パンドラの箱のガラクタが増えないように、という意味ね。
‥‥まぁ別にジュリアの為じゃないんだけど。何回言っても覚えないんだから!ジュリアの為じゃなくノーランド家の為よ!!
ふとアンナを見ると、アンナは意味がわからないようで眉を顰めていた。アンナはジュリアの侍女。どうして私の侍女であるライラがジュリアの為だなんて発言してるのか気になるわよね。あ、もちろんジュリアの為ではないけど!!
「‥‥アンナはこの箱の中を見てどう思った?」
「え、あ‥いや、その‥。ジュリア様が購入されていたものが、沢山あるなぁと‥」
遠回しに、全部あんたが奪ったのねとでも言いたいのかしら。
「そうよ。ここの箱にあるのは全てお姉様から奪ったもの」
「‥‥‥」
何故、と言いたいようだけど‥口答えするわけにもいかないから言えないのよね。もどかしそうだわ。
「‥‥一番最近購入したのは発毛剤だったけれど‥アンナはあの時あの場にいたわよね?」
「え、あ、はい」
「一体どんな精神状態で見ていたわけ?」
「え?‥‥珍しい商品を見て、ジュリア様がはしゃぐ姿が素敵だと‥」
「やっぱりね。その際のクラリッサ嬢の顔は見たのかしら?」
まぁジュリアしか見えていなくて、ぽわぽわしているんでしょうけど。
「ほ、微笑まれておりました」
「あ、そう。クラリッサ嬢はその時どう思ってるか分かる?」
「それは‥商品が売れて良かった‥ではないでしょうか」
何が言いたいの?と言いたげにアンナが眉を顰めています。私はそんなアンナがおかしくて笑ってしまいました。
「少しだけ正解してるわ、おめでとう。だけど正解にはちょっと足りないかしら。そうね‥‥わぁ、この阿保また自分には必要ない商品でも買ってくれた!ちょろいわ~、いいカモだわ~。って思ってるわね」
「なっ!!」
一気に顔を赤くして、アンナはついに怒りの表情を見せました。ジュリア様がそんなことを思われている筈がない!って怒ってるのかしら。
「ねぇ、前から思ってたけど貴女たちお姉様側の侍女はどうしてそんなにポンコツなの?私がただ意地悪で奪ってると思っているんでしょう。頭も悪いし目も悪いし、救いようがないわよ。ねぇ、お姉様がトマトを嫌いなこと、知ってる?」
「っ?!?!」
「ずーーーーっと昔から嫌いなのよ。でも貴女たちはぽわぽわして、ジュリア様かわいい~ってろくに仕事もしないで。主人の好き嫌いくらい、誰よりも分かるようになりなさい!!恥ずかしい!!」
私が捲し立ててそう言うと、アンナはついに涙を流し始めました。でもその表情に怒りはみえません。反抗心や怒りによる涙ではないはね。‥少しでも伝わったならいいけど。
「スーザン、アンナのこと部屋まで送って差し上げて?」
「えっでも!」
アンナが声をあげました。まだお仕事が!とでも思っていそうね。
「少しひとりで考えて、頭を冷やしてきなさい」
「‥‥はい」
そうして、アンナはスーザンと共に部屋を出て行きました。
*
「‥ジュリア様の好き嫌いが分かるようにとアリー様が仰っていたけど‥ジュリア様がこの世で一番好きなもの、何だかわかる?」
廊下を歩きながら、スーザンがぽつりと言葉を落とす。
「っ‥」
恥ずかしい、とアンナは顔を下げた。ジュリアは好きなものが沢山ある。それは知ってる。だけど、一番がわからないのだ。
「‥アリー様だよ」
「えっ」
「ジュリア様は、世界で一番アリー様が好き」
「な、何故‥」
「何故アリー様がジュリア様から奪うのか。何を奪っているのかよく考えてみるといい」
スーザンが言い終わった時、既にアンナの部屋の前だった。スーザンは小さく鼻で笑って、アンナの頭のてっぺんに片手を置いた。
「そう言う私も、アリー様が世界一好きだ。アリー様の本質を知ったら、たぶん誰もが好きになる。きっとアンナ、お前もな」
そう言って、スーザンはアリーの元へ帰っていった。
0
お気に入りに追加
2,495
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる