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119話

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 果たして改変前の記憶は持ったままなのだろうか。
辛くて苦しいことも沢山あった。‥だけど決してそれだけじゃない。悪女と呼ばれた私のために尽くしてくれた仲間たちがいて、心を開いてくれた人たちがいて、私を愛してくれた人もいた。

 ノエルやテッドは改変前の記憶を持っていないし、ノエルに限っては自国で生活しているまま。
 つまり改変後にはノエルとの関わりも殆どない。テッドは騎士になっていたけど、クールなお節介だった改変前のテッドはいない。

 だけど私の心に改変前の記憶が刻まれていたら、何度でも彼らを思い出すことができる。

 共に過去への旅に出てくれたレオンとバートン卿とのかけがえのない思い出も、どうか心に留めておきたい。

 ーーもうすぐ時空の間から抜け出るらしい。まるでフィルター越しに見えていたような景色が鮮明になっていく。‥夜が明けるように、そして霧が晴れるように。

 時空の間では3人で会話をすることも叶わなかった。だけど時空の間から抜け出て意識を失うその瞬間、私たちは目を合わせ、小さく笑い合っていた。


***


「本当に大丈夫なのでしょうか」

「さぁ‥魔法騎士団の設立が叶い、やっと今日に至りましたな‥」

「やはりあのパーティーの際のお2人は偽物だったのでは。今のお2人とはまるで別人でしたよ。噂では手すら握られていないのだとか」

「そうは言っても皇女様も頑なにレオン様ではないと結婚しないと言い張っておられたそうで‥。まぁ今日はようやく待ちに待った結婚式ですからなぁ‥。今日を境にお2人の関係が深まれば良いのですが」

「‥皇太子殿下と皇太子妃にはもう2人も御子息がおられるというのに‥」


 今日のこの良き日に、人々に愛され続けた皇女サマンサと、初代魔法騎士団長として多くの注目を浴びるレオンとの結婚式が執り行われることとなった。

 会場は多くの人々で溢れ、人望のある2人を祝おうと笑顔の花が咲き乱れている。

 だがそれでも清すぎた2人の関係にヤキモキし続ける者は多く、2人のこれからの行く末を案じる者も多かった。  
 高貴な血筋のものほど早くに結婚を済ませる時代だった為、周囲が気を揉むのもある意味当然のことである。

 レオンは魔法騎士団長としての素質を早くから買われ、着々と準備が進んでいたが、“魔法騎士団員”が育つのに多くの時間を要してしまった。
 その為、10年以上が経ってから漸く念願が叶ったのである。


 王宮全体が色とりどりの花に囲まれて祝福ムード一色の中、改変前にはサマンサを敵視していたマリアナ皇后も笑顔を見せていた。
 なんせ改変後、サマンサは10歳の誕生日の日からレオンを一途に想い続けており、よその男を一切受け入れなかった。

 女としてサマンサに妬いていた筈のマリアナ皇后はすっかりその棘を落としていたのだ。

 そのうえ改変前には結婚をしていなかったロジェは改変後には若くして父親となった。

 サマンサの幸せを切実に願っていた改変前と、幸せなサマンサが側にいる改変後では、ロジェの心境もまた異なるものだったのだろう。

 結果的に2人の孫がいる“ばあば”となったマリアナ皇后は孫たちにメロメロであり、自ら皇室を離れようとしているサマンサに対する殺意など露ほども持ち合わせていなかった。


 会場には他国からの来賓としてノエルの姿もあった。
帝国との戦争もなく、公爵家の令息となったノエル。もちろん彼は目を見張るほど美しく、若い女性から多くの熱視線を集めていた。
 10年前にピシャリと恋心を折られた彼は、そこから立ち直るのに随分と時間を要したらしい。この後に現れる花嫁姿のサマンサにまた恋心を奪われてしまうのだが、もちろん彼は略奪愛など望んではいない。
 日々多くの縁談が舞い込む彼は、恐らくそう遠くない未来で他の誰かと結ばれるのだろう。それでも彼の心にはいつまでもサマンサの影があるのかもしれない。


 大きな鐘が鳴って、レオンとサマンサが入場してきた。
2人は緊張した面持ちを浮かべながらも、真っ直ぐに前を向いている。

 長い入場シーンの中、2人が顔を見合わせることはなかった。さりげなく組まれた腕は少しよそよそしさを感じてしまうほどだ。
 そんな2人の様子に、またもや会場のあちらこちらで2人を不安視する声が漏れ出していく。


 だが、その時のことだった。


 突然レオンとサマンサの体に稲妻が走ったように、2人の体が揺れた。いや、2人だけではない。2人を近くで護衛していた騎士団長のバートン卿も何やら衝撃を受けたようだった。

 突然胸元を抑えて下を向く3人に大きな響めきが起きる。わらわらと周囲の人々が駆け寄ろうとしたその時だった。

「ーーーー‥やっと帰ってこられたわね」

 物静かなサマンサの印象からはあまり想像できないような、悪戯をした少年のような明るい声色が響く。

「‥‥まさか式の最中に戻るなんて」

 周囲に真面目でお堅い印象を植え付けていたレオンも、サマンサを見て柔らかく口の端を上げた。

「あー‥注目を浴びてますよ。ここは一旦冷静に‥」

 唯一、バートン卿は改変前と改変後に大きな印象の変化はなかったようだった。

 彼の言葉を聞いて、サマンサとレオンはにっこりと笑う。

「冷静になれると思いますか‥‥?だって、結婚式ですよ‥?私たち、成し遂げられたんですよ‥」

 サマンサの声は歓喜に震えていた。

 多くの不安を乗り越えて進んだ先に、これ程までに素敵な世界が広がっていた。愛する人と生きていいのだと皆に認めてもらえたのだ。

 3人は改変後のこれまでの記憶や経験もすんなりとその体に刻まれていた。
 むしろ、改変後の人格が改変前の彼らを吸収したといっても間違いではない。



 レオンは目を潤ませるサマンサの頬に手を当てた。
2人に駆け寄ろうとしていた多くの人たちが、その光景に「おおっ」と声を上げる。

 どうやら2人と騎士団長は特に問題がない様子。
だが何故か先程まで視線すら合わせていなかった筈の2人が目を合わせて微笑み合っている。

 レオンの顔がゆっくり近づいていくと、サマンサは目を瞑り彼の唇を受け入れていった。2人の唇はいつまで経っても離れなかった。

 ーーーーーこの日をどれほど夢見ていたか。


 異常なほどに愛のこもった長すぎる口付けの話は、一夜にして帝国中を駆け巡った。2人の熱すぎる関係に多くの人々が赤面し、そして心から祝福をしたのだという。

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