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117話
しおりを挟む未来から来た私たち3人は本来呼ばれていないゲストだから、できる限り大人しくしていようと会場の隅にいた‥のだけど。
なんだかザワザワと会場中が煩くなり、次第に人々の視線がこちらに集まってきているような錯覚に陥った。
「ーーーーなんか、見られてない‥?」
冷静なふりをしながら思ったことを声に出してみると、レオンもバートン卿もコクリと頷いた。
「見られていますね」
「たぶん、小さい俺が原因かもしれませんね」
幼いレオンがお父様と何かを話しているのは遠目からでもわかるけど、その話の内容はもちろんここまでは聞こえない。
きっとその会話の内容が聞こえた人たちが騒ぎ出しているのね。
私たちが注目されているということは‥未来から来たことが話題にでもなっているのかしら。
‥でも幼いレオンが何故私たちのことを話す必要が‥‥
「どおりで似てらっしゃると‥!!」
「それ故のコーディネートということですね‥」
「で、では真実ということなのか?!」
そんな話し声が聞こえてきて首を傾げる私に、見覚えのある少女が声をかけてきた。
レオンよりも明るめな赤い髪の、気の強そうな美人さん。
「お久しぶりですわね!皇女様!」
そう言ってフン!と口の端を上げているのは、間違いなく‥
「ルイーズ嬢!」
忘れるわけもない。ルイーズ嬢の子ども姿は沢山見ていたもの。‥‥あれ?でも、“お久しぶり”って‥?
「貴女はやはり未来からお越しになった皇女様なのですね!それではきっと今の私の姿を見るのは久しいですわよね」
うふふ、と唇が弧を描いている。なるほど‥洒落たご挨拶をしてくれたのね。
フェリシテ様のオマケでここに来ていた異物に過ぎない私たちは、なかなか声を掛けられることがなかったけど、ルイーズ嬢はこういう時に物怖じせずに声を掛けてくれる。
改変前も、今も、勇気のある女の子だと思う。
「そうね!子ども姿のルイーズ嬢にお会いするのは久々だわ」
私がそう言って目を細めると、ルイーズ嬢は楽しげな笑い声をあげた。
「ということは‥そちらの方が皇女様のお相手の男性なのですね」
ルイーズ嬢がちらりとレオンを盗み見た。そして言葉を続けていく。
「凛々しくて爽やかで、とても素敵な男性ですわね。揃いのお衣装も素敵ですわ」
「あ、ありがとう‥!レオンっていうの‥」
恥ずかしながら、いま目の前にいるルイーズ嬢が10歳も歳下の少女だということを忘れてしまいそう。まるで同年代の女の子と恋愛話をしているような不思議な気分だ。
「あー‥そういう視線を集めてるんですね」
レオンが辺りを見ながら冷静に呟くと、ルイーズ嬢はその言葉を拾い上げた。
「ええ!そうですわ!先程幼いレオン様が皇帝陛下に高らかと“私はサマンサ様と結婚します”と宣言されたそうで」
「「「えっ」」」
目を丸める私たちをよそにルイーズ嬢の言葉は続く。
「未来から来た皇女様とレオン様はそういう仲なのだと、皇帝陛下にご説明なされたそうですわ。それ故会場中が、その未来の皇女様とレオン様に大注目なんですの」
な、なるほど‥そういう視線なのね。幼いレオンったら、なんて大胆なのかしら‥。でも、そうか‥未来の私たちが恋仲なのだという事実が知られれば、婚約を認めてもらえるのかもしれない。
「これは良い機会なのではないですか」
バートン卿がそう言って微笑む。
私たちはコクリと頷いて、「行ってきます」とその場を離れた。
多くの視線を浴びながらお父様の元へ向かう。レオンは私の方を見て、どうぞと肘を曲げた。そのレオンの肘にそっと手を添えてみせる。
初めてのエスコート。少し照れ臭くて、お互い口元が緩んでしまったかもしれない。むず痒くて、だけど嬉しい。不思議な感情だ。
トクトクと跳ねる心臓は緊張しているというよりも、期待に近い。
ここはきっと大切な場面。失敗は許されないのだと思う。
だけどここまでの辛く苦しかった日々に比べたら‥底のない沼の中をもがくような絶望や悲しみに比べたら。
ーーいくらでも強い気持ちを保持していられるの。
幼いレオンの真後ろに立つ。そしてレオンと私は深く頭を下げた。
お父様は私を見るなり、信じられないものを見ているのかのように瞬きを何度も何度も繰り返していた。
「‥サ、サマンサなのか‥」
「はい。サマンサでございます」
努めて優雅に笑ってみせると、お父様は「美しい娘になったな‥」と感慨深く頷いていた。次いでレオンの方に視線を送り、また私を見る。
「‥‥幼いレオンの言うとおり、未来のサマンサは本当にレオンと結ばれているのか‥?」
「はい。‥私は生涯、レオンだけを愛し続けます。‥‥どうか私たちの関係を認めてください」
私がそう言い切ると、お父様は胸を押さえてウッと唸った。周囲の人々の騒めきが凄い。きっと明日の朝刊は、どの新聞も一面この話題になっているでしょうね。
「レ、レオン‥お前もサマンサを想っているのか」
「はい。私は一生皇女様を愛し、守り続けます」
「そ、そうか‥」
フェリシテ様がニタニタと笑っている。一方のお父様は突然愛娘を嫁に出したような気持ちになったのか、ズンっと表情を暗くした。
未来からきた私たちがそう宣言してしまった以上、お父様は認めざるをえないのかもしれない。
やがて落ち込むお父様の元に大臣が小走りでやってきて、何やら耳打ちをした。なんだかこのシーンには少しだけ既視感があるような気もする。
お父様は大臣の話を聞くなり、「なにっ?!」と声を上げた。
「偽物の可能性‥だと?お前何を言っているのか分かっているのか」
「あ、あくまでも可能性の話でございます‥。魔女様たちの力は人智を超えますので、誰かが未来から来た皇女様の振りをする可能性もあると、諸外国の方々が‥」
あぁ‥成る程‥。私との婚約を狙っていた貴族たちもこの会場には沢山いるだろうし、誰もが素直に喜んでくれるわけではないわよね‥。
ちらりと辺りを見ると、フェリシテ様が面白くなさそうに顰めっ面になっている。
この“可能性の話”はレオンと婚約させることで喜ぶ誰かを疑うことになる。レオンと私が結婚して王宮と結びつきが深くなるのはフェリシテ様のみ。
つまり単純にフェリシテ様が疑われたことにもなってしまう。
「あんな不機嫌な顔初めて見ました‥」
大人のレオンが呑気にもそんなことを呟いている。
フェリシテ様は頬をパンパンに膨らませ、眉間に何本もの皺を作っていた。
改変前の“魔女の母”とはまた違う、少しあどけなさを感じるような怒り顔‥‥って、フェリシテ様を観察している場合ではない。
ーーーグレース皇后を救出した後の場面と似ているのかも。
恐らく既視感はそれのせい。あの時はグレース皇后も“魔女殺しの秘薬”を飲んだことでその身の潔白ができたけれど、今回はどうしたら‥。
小さく考え込んだ私は、その視界にとあるものを見つけた。
あぁ、私にはこれがあるじゃないか‥。
「それならば、私が私であることを証明してみせましょう」
私はそう言って、にっこりと口角を上げた。
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