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113話

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   フェリシテ様はパジャマ姿の2人を見るなり困ったような笑みを見せた。

「仕方ないねぇ‥。良い服を着せてやるからおいで」

   フェリシテ様の箒はプカプカと空に浮かびながら、すーっと滑らかに向きを変えた。服屋の看板が掲げられたお店に向かっているみたいだ。
   人で賑わう拠点には、樹上に造られたツリーハウスや二階建て、三階建ての木造建築が並び、【大樹通り】や【フクロウ通り】などの看板まで掲げられている。

「私が10歳ということは前回から7~8年経っていますよね‥。もう魔女狩りの活動も終わっていますよね‥?どうして拠点がこんなに賑わっているんですか?」

   私は宙に浮くフェリシテ様にそう尋ねた。
魔女狩りから逃れる為に拠点で避難生活を送る必要はもうないはずなのに‥。

   ‥カマル殿下はきっともうこの世界にはいないはずだ。振り返って、後ろを歩く幼いレオンを視界に入れる。

   カマル殿下のおかげで生まれてきてくれて、フェリシテ様がここまで守りながら育ててくれた命。尊い彼を、生涯大切に想い続けることが、カマル殿下とフェリシテ様の想いに報いることに繋がるのだと思う。

「魔女狩りが消えたあとは一般市民にも開放してちょっとした観光地になっているのさ」

「へぇ‥」

   だから魔女ではなさそうな人たちも通りを歩いているのね。

「テッドみたいに、家族が魔女って人もここに住み着いて暮らしてるんですよ!」

   幼いレオンがにっこりと笑顔で説明してくれた。

   確かに、魔女狩りから逃げる時に幼い息子を置いていけるわけがない。母と姉に連れられて拠点にきたテッドと、両親を亡くしてここで暮らすレオン。2人はこうして改変後も幼馴染として過ごしているのね。



   ーーこのあともこの世界の色々な話を聞きながら服屋さんに向かった。
 レオンの両親が健在の頃から、フェリシテ様はレオンのことを気にかけていたということ。ノエルの母国であるダルトワ王国の王族がカートライト帝国の魔女に命を救われたことで、両国間の関係性が今まで以上に強固なものになっているということ。‥カマル殿下の墓石が森の中にひっそりと建てられたこと‥。

   いつ何がきっかけで飛ばされてしまうかわからない私たちに、フェリシテ様は要点をまとめて簡潔に説明してくれた。

   改変前、友好国だったはずのダルトワ王国との間に戦争が起こって、ノエルは敗戦国の元貴族奴隷として離宮の牢屋に来ることになった。

 私が既に体を乗っ取られて離宮で暮らしているときに戦争は起こったから、どうして両国間が揉めてしまったのか、詳しいことは分からない。体を開放された後も、母国をボロボロにされてしまったノエルの前ではなかなか聞きにくいことだったし‥。あとでバートン卿とレオンに聞いてみましょう。

 兎も角、両国間の関係が良好ならばきっとこの先戦争が起きることもないでしょう。

 戦争という悲しみを回避できて良かった。魔女たちが健在でいてくれたおかげでダルトワ王国との関係性が深まったのなら、こんなところにも良い影響が現れているということね。ノエルも、奴隷だなんて辛い経験をせずに済んで本当に良かった‥。

 魔女の服屋の扉が開かれると、チリンチリンと鈴が鳴った。
 室内はこじんまりとしていて、服が飾ってあるわけじゃない。でもその代わり、数多くの素材の布が綺麗に陳列されていた。

「フェリシテ様!お待ちしていました。パーティー用の御衣装、ご用意できていますよ」

「あぁ、ありがとう。ついでと言っちゃなんだが、この3人もパーティー仕様にしてやってくれないか?デザインは無難な感じにお任せするよ」

「こちらの3名様ですね、かしこまりました」

 店員の女性が何かを唱えると、陳列されていた布がクルクルと回りだした。
 宙に浮いた大きなハサミがひとりでに布を切り、これまた宙に浮いた淡く金色に光る針がとてつも無い速さで小刻みに布と布を縫い合わせていく。

「す、すごい‥!」

「すごいだろう?こいつは仕立て屋の魔女。すぐにサイズぴったりの服を作ってくれるんだ」

 へぇ~!!な、なんて便利な能力なんでしょう‥!
‥‥というか、私たち用のパーティー服って‥??店員さんの魔法に圧倒されていたけど、ふと疑問が過ぎる。

 口を開いたのはバートン卿だった。

「‥私たちも皇女様のバースデーパーティーに‥?」

 そう、まさに私が抱いた疑問はそれだ。

「あぁ。バースデーパーティーに行こうとしていた私らの元に飛んできたんだ。一緒に行くってことだろ、たぶん」

 フェリシテ様がそう言うと、別な店員さんの魔法でパーティー服を着せられた幼いレオンが鏡を見て飛び跳ねた。

「すごい!俺なんかイカしてる!!」

 無邪気にはしゃぐ幼い自分を、レオンは恥ずかしげにため息を吐きながら見やった。

 改変前はこんなにはしゃぐこともなく、きっと淡々と復讐を誓って生きてきたのだと思う。改変後のレオンが真っ直ぐきらきらと成長していて、それが堪らなく眩しく感じた。

「招かれてなくてもいけるもんなのか」

 大人のレオンが尋ねると、フェリシテ様は「さぁな」と言い放った。耳の穴を小指でほじりながら、なんとも適当な具合だ。

「さぁなって‥」

 不服そうにレオンが腕を組む。

「まぁ、大丈夫だろ。私の客だといえば王宮は通すしかない筈だ」

「‥‥出世したみたいだな」

 レオンが目を丸めながらそう言うと、フェリシテ様はにやにやと笑った。

「まぁ、私は王宮に力をもたらす魔女の根源だからな。私がそっぽを向けば王宮にとって困ることばかりだろう。私以外に魔女を生み出せる存在がいないからな」

「‥‥本当に、世界は変わったんですね‥」

 ーーーそんな世界に、なったんだ。私たちが世界を変えたんだ‥。

「あぁ。もう今更、私が闇に堕ちて王宮を滅ぼそうと画策することもないだろ、たぶん」

「た、たぶんじゃなくて絶対って言ってください‥!!」

 ケラケラとフェリシテ様が笑う。その笑いに釣られて私も笑ってしまった。

 少しずつ、少しずつ、世界を変えたことが実感に変わっていく。私たち3人はこの時やっとどこか心を落ち着かせることができた気がしていた。

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