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109話
しおりを挟む屋根の上にはレオンのお父さんがレオンの為に作ってくれた隠し部屋があったらしい。幼いレオンは両親を亡くしたあと、1人でジッとそこに蹲っていたそうだ。
まだ5~6歳の小さな男の子。彼はこの数日間、どれほどの孤独と絶望に苛まれていたのだろうか。
家の裏にある大きな木には水分を多く含んだ果実がなっていて、屋根の上から手が届く位置にその実が垂れ下がっているらしい。それを食べていたおかげか衰弱している様子はないけど、早くお医者さんに診てもらわないと‥。
私は幼いレオンのことを抱きしめながら、何度も何度もその名を呼んだ。頭を撫でるたびに、レオンの心が開かれていく。やがて彼は泣きながら自分の気持ちを吐露してくれた。
「父ちゃんも、母ちゃんも、いつも‥俺の為に働いてるって言ってた‥。だけど2人とも働きに行って死んじゃった。だから俺のせいで死んだんだ」
その声は力なく震えていて、私は胸が苦しくて仕方がなかった。冷たく感じるレオンの肌に、少しでも私の熱が移ってほしいと心から思う。
「レオン、あなたのせいなんかじゃないわ」
ーーーカマル殿下や皇后陛下は死ぬはずだった運命が変わったけど、レオンの両親は死の運命から逃れられなかった。それは‥改変後もレオンが私の隣にいる為‥?
ついさっきまでレオンが存在してくれたことが堪らなく嬉しかった筈なのに、私の心は途端に冷たく凍りついていった。
両親が生きていたらこの家で幸せに過ごして、騎士という道を選ぶことはなかったかもしれない。
「レ、オン」
なんて声をかけていいのかも分からないまま、私は彼の名を呼んだ。ガラス玉のような綺麗な双眼が私の両目を射抜く。
私が願ったせいだなんて謝っても、ただただ混乱させてしまうだけだと分かってる。でも…
「‥‥お姉ちゃんがいてくれてよかった」
私が口を開いたのと、レオンがどこか吹っ切れたように目を細めて微笑んだのは同時だった。
「え‥?」
「だってお姉ちゃん、なんか俺のことめっちゃ好きじゃない?」
ケロッとそんなことを言い放った幼いレオン。堪らず私の後ろで大人のレオンとバートン卿が吹き出している。
「す、好きよ!大好き。でも私のせいで、レオンのお父さんとお母さんは事故に遭ってしまったのかもしれない」
嫌われて恨まれるかもしれない。でも私はこの子の純粋な好意を甘んじて受ける資格はないと思った。
「え‥?」
「私はあなたに会うために遠くからやってきたの。あなたが大人になった時に私の隣にいて欲しい‥そう願ってしまったから‥だから‥」
「ははっ」
幼いレオンは突然小さな笑い声をあげた。
「な、なんで笑うのよ‥」
「だって全然意味わからないんだもん」
た、確かに大人に説明したってうまく伝わらないかもしれない。どう伝えたら分かりやすいのかしら‥。
なんと返そうか言い淀んでいると、幼いレオンは笑顔を浮かべたまま言った。
「‥‥もしかして、お姉ちゃんがサマンサ?」
すかさず大人のレオンが「おいっ!」と声をあげた。
「皇女様と呼べよバカッ」
「皇女様ってお姫様だよね?」
大人のレオンにそう尋ねた幼いレオン。
「あ?そうだけど」
幼いレオンはパァっと更に表情を明るくし、頬を赤く染めた。
「俺将来ね、魔法騎士団長ってのになってサマンサをお嫁にもらうって決めてたんだよね」
少し恥じらいながらも堂々と言い切ったレオン。もちろん私たち3人は目を瞬かせて言葉を失っている。魔法騎士‥?何よそれ‥‥。というか、私をお嫁に‥?!
「あー、でも困ったな。俺、サマンサがこんなにお姉ちゃんだと思ってなかったから。俺大人になるまでもう少しかかるんだけどそれまで待てる?」
バートン卿が盛大に吹き出している。彼がここまで爆笑している姿を見たのはこれが始めてのこと。大人のレオンは両手で顔面を覆い、どうやら恥ずかしがっている様子だ。
もちろん私も、あまりにも可愛すぎて笑ってしまった。
「安心して。私は未来からきたの。だからあなたのお嫁さんになるサマンサは、今頃お城のお庭で遊ぶ小さな女の子よ」
「未来?そうなんだ‥!でも俺、お姉ちゃんのサマンサと結婚したかったなぁ」
ーーえ?!まさかの返答だわ‥!もしかしてレオンって年上の女性の方が好きなのかしら‥。不安になって大人のレオンに目をやった。大人のレオンは私の考えを察してかブンブンと顔を横に振っている。
レオンと私は確か3歳差で、レオンの方が年が上なのよね。
「小さなサマンサは嫌?」
「いやっていうか‥俺小さいサマンサを見たことないし。おっぱいあるお姉ちゃんの方好きだもん」
バートン卿はついに崩れ落ちた。幼いレオンがよっぽどツボらしい。素直すぎる幼いレオンは私も心から愛おしく思う。‥思うけど、レオン‥‥あなた‥
ちらりと大人のレオンを見ると、レオンは顔を真っ赤にしながら幼いレオンを私から引き剥がした。
「うわぁ!何すんだよ!!放せ変態!」
「うるせぇ!変態じゃない!
俺は!!!大人になったお前だよ!!!」
首根っこを掴まれて宙に浮きながら、幼いレオンは大人のレオンを頭の天辺から爪先まで観察した後に顔を歪めた。
「えぇぇぇぇぇ‥‥」
あからさまな落胆の声である。
「文句あんのかよ」
レオンが眉間に皺を寄せている。レオンったら、自分に腹を立てるなんて‥
「だって全然騎士じゃないじゃん。パジャマ?だっさ。えー、俺いやなんだけど。かっこいい大人になりたいのに!!」
レオンがレオンの首根っこを持ったまま怒りに震えている。私は幼いレオンを抱き上げるようにして地面に下ろした後、幼いレオンに言った。
「大人のレオンはね、私のことをどんな時でも守ってくれるし、何でもできて凄いのよ。それに今はたまたまこんな格好だけど、かっこいい騎士様なんだから」
「‥‥ふーん??」
どうやら幼いレオンは渋々ながらも納得してくれたみたいだ。
「兎にも角にも彼が元々騎士を目指していたのなら、皇女様の願いのせいではないと思いますよ」
バートン卿が優しくそう呟いた。大人のレオンも同意の意を込めて頷いている。
「俺もそう思います」
レオンはそう言って、目を細めて笑った。
2人の言葉に心が救われたような気がした。どうか目の前にいる可愛らしい男の子が、この苦しみを乗り越えて健やかに育って欲しい。
そう願うばかりだ。
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