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104話
しおりを挟むレオンは片手を私の背に回し、もう片方の手で私の頭を撫でてくれていた。
私はもうすっかり自分の気持ちに素直になっているから、レオンの優しさに包まれながら涙が収まるのを待っていた‥のだが。
こほん、とフェリシテ様が小さく咳払いをした。ハッ、と我に返りレオンの腕の中から飛び出す。
私ったら周りが見えてないにも程があるわ‥!!今は大切な話の途中だというのに‥。
「邪魔して悪いんだが、皇后陛下が中で騒いでるんだ」
フェリシテ様は自身の鳩尾辺りを覗き込むようにしながらそう言った。
そうか‥。恐らく私が改変前に体を乗っ取られていた時と同じで、皇后陛下は意識がある状態なんだ。
何の事情も知らないまま突然私たちの話を聞かせてしまって、酷く混乱しているんじゃ‥
グレース皇后陛下の体から、幽体らしきフェリシテ様が姿を表した。
人間の体から別な体が乖離していく姿を見るのは勿論初めてのことで、思わず目が丸まってしまった。
私の時は眠っている間に声を掛けられ、気付いたら朝になって解放されていたから‥。
こんな感じでスゥッと抜けでるものなのね。
抜け出た後は幽体が徐々に実体へと変わっていくみたい。透明だったフェリシテ様の体が元へと戻っていく。
「ーーこれはとんでもない魔法だなぁ。自分の体を実体のない精神的なものに変化させて入り込むんだよ。いやぁ疲れる疲れる」
いつもの幼女の姿に戻ったフェリシテ様は肩を回して首をポキポキと鳴らした後に、「あっ」と声をあげた。
「皇后陛下、申し訳ないねぇ。あんた殺されそうだったから‥」
フェリシテ様が大きな瞳をパチパチさせたままの皇后陛下にそう声を掛けると、グレース皇后陛下は膝立ちの姿勢になり勢いよくフェリシテ様を抱き締めた。
「あぁ!初めまして魔女様!貴女がお噂に聞くフェリシテ様なのですね、なんでも魔女の母と呼ばれているのだとか!一度お会いしてみたかったのです!それが命を救われてこんな形でお目見えできるなんて!あぁっ、ありがとうございます!!」
すっごい喋るのね‥皇后陛下‥!
見た目だけではなく、声まで透き通っている。
私たちが皇后陛下の勢いに負けて思わず言葉を失っていると、皇后陛下はフェリシテ様に抱きついていた体を起こし、クルッと私たちの方を向いた。
ついさっきまでの興奮した様子はどこへやら、何やらスンッと澄ましているようにも見える。
「えーっと、貴女たちは未来を変える為に魔法でこの時代に来た未来人で‥貴女は皇女様、つまり私たちの子孫ということで間違いないかしら」
皇后陛下は優しく目を細めながら口角を上げた。その姿は女性の私でも思わず見惚れてしまうほどに美しい。
「は、はい‥。子孫にあたる、サマンサと申します」
皇后陛下は魔女狩りを終息させた私の祖父の祖母にあたる人。本来実際には会える筈のないご先祖さまだ。
皇后陛下は「そう‥」と呟いたあと数秒後にサッと片手を持ち上げた。口元を隠すように手を添え、どうやら私に何かを耳打ちしたいようだ。
「ところでそちらの彼とは恋仲なの?」
その言葉はあまりにも早く、声は異様に小さかった。
「‥その、想い合ってるんですが‥‥元の時代に戻った時にどうなってるかが不安で‥」
レオンの仮説を信じるならば、レオンはきっと私の隣にいてくれるはず。
だけど明確に“恋人”として隣にいて欲しいと願ったわけじゃない。
存在するかどうかすらわからない状況だからこそ、隣にいてくれることは本当に喜ばしいことだけど‥。
私の隣にどんな状態で、どんな関係でいてくれるのか。それは分からないままだ。
そもそもレオンの仮説がもし外れていたら‥存在すらしていないかもしれないし‥‥。というか魔女狩りがすぐ終わるとしたらその可能性の方が有りそうで、まじまじ考えるとやっぱり怖い。
どうしましょう。レオンに温めてもらった心がまた揺らいできてしまったわ。
「‥‥じゃあ貴女たちは今この時間を使って、心を1つにした方がいいわ」
皇后陛下は声のトーンを通常サイズに戻し、優しげにそう言った。
「‥え?」
「‥‥私は本来死ぬ運命だったのかもしれないけど、幼い子どもたちがいるから簡単に命を諦めたくないの、ごめんなさい。‥だけど貴女たちだけを苦しめたいわけじゃない。‥‥だからせめて覚悟を決めてから次に進みましょう」
きっと王宮に戻ったら、どんな未来につながるかも分からないまま時間が進んでいく。
短時間で覚悟が決まるわけもないけど、皇后陛下だって本当は一刻も早く王宮に帰って無事を知らせたいはず。
それでも時間をくれると言ってくれてるんだ。
「‥ありがとうございます‥!」
私はレオンの手を取って走り出した。
一面の野原に、私たちの身を隠してくれる場所などない。
それでもどこへ向かっているかも分からないまま、息が切れてもひたすらに走る。
「皇女様、どこへ‥」
「2人きりになれるところまでっ‥!!」
服をくれた若夫婦から貰った靴は、いつのまにか私の足にも馴染んでくれていた。
時間はあまり進んでいないようで、でも着実に先へ先へと進んでる。
どくどくと心臓が煩い。足がもつれて転びそうになった時、レオンが腕を引いて助けてくれた。
「‥皇女様‥」
レオンの声にすぐに反応できないほど、私の呼吸は乱れていた。髪も服も、すべてグチャグチャだ。汗も滲み出していて、突然フル稼働させられた肺が痛くて。もうめちゃくちゃだ。
肩で呼吸を繰り返しながら、私はレオンに飛び付いた。
「っ、そんなに慌てなくてもっ‥」
レオンはそう言いながらも私を受け止めてくれた。
乱れた呼吸を繰り返す私の背中を、優しく温かな手のひらで摩ってくれるレオン。
私はこの熱を失いたくない。
「‥‥レオン、好きよ。大好き‥」
レオンは私のことを強く抱き締めてくれた。少し痛いくらいだ。だけどこの痛みがむしろ幸せに思える。レオンに抱き締められているんだと痛感できる喜びに心が躍ってしまう。
「俺も‥俺も、貴女が好きです。心から想ってます」
ぎゅうっと強く抱き締められながら耳元でそう囁かれると、不安だらけの未来も錯覚なんじゃないかとすら思えてくる。
ずっとずっと、こうしていたい。
レオンと当たり前のように触れ合っていたいよ‥。
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