上 下
85 / 123

84話

しおりを挟む


 ーーーどこまでも広がる草原の真ん中で目を覚ました。

 ツー、と滴り落ちる涙を拭いながら起き上がる。ここは一体‥?

「皇女様!!ご無事ですか?!」

 すぐ近くで聞こえたレオンの声に酷く安堵した。レオンは消えてしまう存在なのかもしれないという恐怖心からか、レオンが目の前にいるというだけで特別なことのように感じる。

「レオン‥。ここは‥?過去に飛んだのかしら‥」

 私がそう声を漏らすと、小さく呻くような声がすぐ右隣から聞こえた。

 血に塗れたままのバートン卿だ。

「バートン卿!大丈夫ですか‥?」

 私たちが想像するよりもより多くの時間をかけて、あの王宮から逃げ出してきたのだと思う。
 ぱっくり割れた太ももの傷口が痛々しくて目を背けてしまいそうになる。

「‥大丈夫です」

 痛みを堪えるようにしてそう呟いたバートン卿。レオンはすかさずマントの汚れていない部分に剣で切り込みを入れ、切り裂いた布でバートン卿の傷を止血していた。

「真新しい傷が何個もあります。谷の周辺でも戦っていたんですか?」

「ああ‥王宮で時間を稼いだあと、追われるようにして逃げてきた。魔女の母はそんな私にずっと刺客を送り続けていたから‥」

 私とレオンはバートン卿のおかげで魔女の母との距離があって攻撃を受けてなかったけど、バートン卿はその分相当ダメージを与え続けられながらここまで逃げてきたんだ。

 きっとろくに休むことも傷を癒すこともままならないままの長旅‥。なんて過酷なものだったのだろうか。

「まずはバートン卿の傷を治療できるところに向かいましょう。近くに町はないかしら‥」

 私がそう言うとバートン卿はふるふると首を横に振った。

「大丈夫です。そんなことより、現状を把握することを優先させましょう」

 バートン卿はそう言って立ち上がった。痛みを堪えているのか、あぶら汗が滲み出ている。

 レオンはそんなバートン卿の肩を抱えながら遠くに何かを見つけた。

「あそこに小屋があるようです。情報収集がてら一旦あそこに向かいましょう」

「そうね‥」

 レオンの提案に頷き、3人で小屋に向かって歩いた。

 ーーーいま私たちは一体どこにいて、そしてここは本当になのだろうか。

 小屋に着くとそこには誰もいなかった。様々な薬草が吊るされていたり瓶に詰められていて、難しそうな本が机の上に山積みになっていた。

「ここは薬師の家‥‥?」

 私がそう言うと、レオンも頷いた。

「恐らくそのようですね。バートン卿は一旦こちらに掛けて休んでいて下さい。俺たちで情報収集しますから」

 薬学書のようなものを調べれば今がいつの時代なのかも分かるかもしれない。そう思って本に手を触れた時だった。

「何者だお前ら!」

 突然響いた大きな声に思わず「わっ」と声をあげてしまった。慌てて振り向くと、小屋の入り口には褐色の少女がいた。少女が背負っている篭には沢山の草や花が入れられているようだ。

「勝手に入ってしまいすみません。実は怪我人がおりまして」

 レオンがその少女にそう説明すると、少女はバートン卿を見るなり眉を顰めて駆け寄った。

「はぁ?!なんだよこの兄さん!ボロボロじゃんか!!」

 褐色の肌の少女は太くキリッとした眉が印象的で、その印象どおり言葉も態度もハキハキとしていた。

「‥‥お助け願えますか。金なら払います」

 バートン卿が小さな声でそう漏らすと、少女は当たり前だろ!と大きな声をあげた。


 彼女の名前はジュンと言うらしい。
ジュンさんは瓶や篭に入った草花や実などを手に取ると、土器の中にそれらを入れた。それから何やら歌を口ずさむ様にしながら擦りこぎ棒で潰し始めると、たちまち土器の中が淡く光出していく。

「まさか‥」

 ーーこれは、魔法なんじゃ‥

 私とレオンが目を合わせていると、ジュンさんは大きな笑い声をあげた。

「おいおい、ここが魔女の薬屋だって分かったうえでここに来たんじゃないのかよ」

「魔女の薬屋‥?」

「リビ平原のど真ん中だぞ?この薬屋が目的じゃなかったら何の為にここらに来たって言うんだよ」

 ‥なるほど。ここはリビ平原なのね‥。

「いまの皇帝はアルフレッド皇帝陛下かしら‥」

「はぁ?何当たり前のこと言ってんだよあんた」

 ジュンさんはギャハハと笑いながらバートン卿の傷口に薬を塗りたくっている。バートン卿は時折目を瞑りながら「ぐっ」と声を我慢していた。余程染みるのか、相当痛そうだ。

 ーーリビ平原は昔帝国に存在した平原。今は都市として発展しているから、もう存在しない。
 アルフレッド皇帝陛下の次に即位したアロイス皇帝陛下がこの平原を都市に変えた。アロイス皇帝陛下は弟のカマル皇弟殿下と激しい王位継承戦の末にその座を手に入れた人物。

 カマル殿下は戦いに敗れた後、10数年後に突然王宮に戻り再びアロイス陛下と戦い、そして派手に処刑されることになる。

 カマル殿下が亡くなった直後に当時の皇后陛下も不審な死を遂げだとされているけど、そこらへんの記述は曖昧だった覚えがある。カマル殿下は元々かなり派手で豪快な人で、皇室の中でも特殊な人物だったとされていて‥その為か歴史的資料にはあまり詳細が書かれていない人物だ。

 でも、確かーーー‥カマル殿下が亡くなった頃から魔女狩りが始まったはず。

 カマル殿下の父であるアルフレッド皇帝陛下が今の世を治めているというのなら、今はまだ魔女狩りが始まる前なんだわ‥。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...