上 下
66 / 123

65話

しおりを挟む


 ーーーお父様の体も震えていた。
間違いなく私を愛してくれていたお父様は、私が魔女に取り憑かれていたことで人知れず苦しみ続けたことでしょう。

 私が魔女に取り憑かれたことを知られるわけにもいかないまま、世間が私に処罰を与えるよう求めても、そんな声から私を守ってくれていた。

 だけどもうこれ以上の悪さをさせてはいけないと、バートン卿の匙加減で私を殺すようにも命じていた。間違いなくそこには苦悩と葛藤がひしめき合っていたはず。

 一体この10年間、どんな気持ちで過ごしていたんだろう。


「‥‥サマンサ、本当はすぐにお前に会いに行きたかった‥。だが王宮には反対派も多くいてな‥。皇帝とはいえ、すべての人々から支持をされているわけじゃない。‥ここは大国だが、私の力は絶大じゃない。むしろ、こんなにも非力だ」

「お父様‥」

 ーーカートライト帝国の皇室は魔女狩りを始めた頃から支持率が急激に下がり、各地では暴動やデモが頻繁に起きていた。サマンサは知らない話だが、その被害者のうちの一人が村を焼かれて家族を失ったレオンである。

 先代皇帝が魔女狩りを終わらせても世の中は混沌としたまま、薄暗い時代を歩んでいた。


「娘ひとりを迎えに行き、抱き締めてやることさえ叶わなかった情け無い父を許してくれ、サマンサ‥」

「‥いまこうして抱き締めて下さってるだけで十分です」


 皇帝であるお父様は背負っているものも、成すべきことも沢山ある。その行動は常に監視され、自由に動くこともままならない。
 私が突然人が変わったようになったのか、察しのいい人ならば魔女の存在を疑っている人もいたはず。
 恐らくそんな人たちから遠ざける為にも私は離宮にいたのだと思う。

 多忙であるにも関わらずわざわざ離宮にいる私に会いに来ることも、わざわざ私を離宮から呼び出すことにも、きっと強く反対する臣下がいたりしたんだと思う。


 私でさえ、この身をどう扱っていいのか分からない。まだ魔女の母に狙われている呪われた体だし、今更国民たちの前に姿を表して「私はもう正常です」と宣言するわけにもいかない。精神的な病を患っていたと言えば信じる人もいるかもしれないけど、精神を患っていた人も沢山魔女狩りの被害に遭ってきたという事実がある。だから国民たちが「よかったですね」と私を受け入れるわけがない。

 それはこの王宮でも同じこと。下手に私を庇えばの存在が露見される。

 お父様は自身を無力だと嘆いているけど、こんな状況をうまく立ち回って打破できる人なんてきっとこの世にいないと思う。

 ーーー何年も変わらず、私を愛してくれていたという想いだけで心が温かく溢れかえってくるのだから、もうこれだけで一生分の幸せを貰ったと言っても過言じゃないわ。

 ‥‥でも、私はもう人間じゃないから、本来ここにいること自体許されない。

 だからもしかしたら、匿ってもらっている今この時がお父様やロジェと触れ合える最後の機会という可能性だってある。
 いつまでもここに居たくなっちゃうけど、そもそも私がここにいることに反対する人たちも多くいるんだから、状況が落ち着き次第離宮に帰らないと。


 ーー玉座の間には奥に扉が存在し、大きなソファとテーブルが並べられた空間があった。私たちはそこに移動し、これからのことを話し合うことになった。

 この場に居合わせているのは、お父様とロジェと私と護衛の3人たち。

「‥レッドメイン侯爵家は魔女狩りには反対だと強く訴え続けていた。先代皇帝が魔女狩りを終わらせたことで皇室とも友好関係になり、のちにレッドメイン家の公女だったマリアナが皇后になった。‥魔女狩りを反対していたことで大衆からの支持も厚く、そういった政治的な理由もあって私とマリアナは結婚に至ったのだ」

 お義母様と結ばれていなければきっともっと支持率が低かったのね。

 レッドメイン家があそこまで自信に満ちていたのは、大衆が味方をしてくれるに違いないと踏んでのことだったというわけか。

「皇室がレッドメイン家を討てば更に国民たちからの支持を失う恐れがありますね」

 バートン卿が眉間に皺を寄せてそう話すと、お父様は静かに頷いた。

「ただしレッドメイン家も皇室と本気で一戦交えるつもりもないだろう。相当強気だが、縁を切ってもお互い損なだけだ。皇后を解放させることさえ叶えば、あとはケロッと元通りの関係に戻るつもりなんだろう」

 ‥え?元通り‥?それはさすがにないんじゃ‥

 私がぽかんとしたままお父様を見つめていると、ロジェがやれやれとため息を吐いてから口を開いた。

「姉上、レッドメイン家とはそういう家なのです。母上を観察していればわかりますよ。あそこの家の者たちは皆相当にのです」

「‥でも、多くの騎士たちを率いて離宮に向かおうとしていたのよ?下手すりゃ離宮の人々は殺されてしまうし、離宮も壊れてしまうわ‥」

 リセット前の話だから仮定の話でしかできないけど、実際こちらの被害なんて気にせずに攻め込んできたわよ‥?

「それでもレッドメイン家を引き離せないだろうと、絶対の自信があるんですよ、奴らは。まぁ悔しいことにその通りなんですが」

 ロジェが髪をぽりぽりと掻きながら怠そうに言葉を落とした。

「‥‥ロジェよ。お前もその血が流れておることを忘れるなよ」

「むっ、分かっておりますよ父上!」


 幼い頃のロジェは「あねうえ!」とどこまでも着いてきて、とても可愛らしかった。健気で真っ直ぐで、可愛らしくて‥。

 ロジェはいつのまにか強く逞しく成長していたみたい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【R18】微笑みを消してから

大城いぬこ
恋愛
共同事業のため、格上の侯爵家に嫁ぐことになったエルマリア。しかし、夫となったレイモンド・フローレンは同じ邸で暮らす男爵令嬢を愛していた。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...