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65話
しおりを挟むーーーお父様の体も震えていた。
間違いなく私を愛してくれていたお父様は、私が魔女に取り憑かれていたことで人知れず苦しみ続けたことでしょう。
私が魔女に取り憑かれたことを知られるわけにもいかないまま、世間が私に処罰を与えるよう求めても、そんな声から私を守ってくれていた。
だけどもうこれ以上の悪さをさせてはいけないと、バートン卿の匙加減で私を殺すようにも命じていた。間違いなくそこには苦悩と葛藤がひしめき合っていたはず。
一体この10年間、どんな気持ちで過ごしていたんだろう。
「‥‥サマンサ、本当はすぐにお前に会いに行きたかった‥。だが王宮には反対派も多くいてな‥。皇帝とはいえ、すべての人々から支持をされているわけじゃない。‥ここは大国だが、私の力は絶大じゃない。むしろ、こんなにも非力だ」
「お父様‥」
ーーカートライト帝国の皇室は魔女狩りを始めた頃から支持率が急激に下がり、各地では暴動やデモが頻繁に起きていた。サマンサは知らない話だが、その被害者のうちの一人が村を焼かれて家族を失ったレオンである。
先代皇帝が魔女狩りを終わらせても世の中は混沌としたまま、薄暗い時代を歩んでいた。
「娘ひとりを迎えに行き、抱き締めてやることさえ叶わなかった情け無い父を許してくれ、サマンサ‥」
「‥いまこうして抱き締めて下さってるだけで十分です」
皇帝であるお父様は背負っているものも、成すべきことも沢山ある。その行動は常に監視され、自由に動くこともままならない。
私が何故突然人が変わったようになったのか、察しのいい人ならば魔女の存在を疑っている人もいたはず。
恐らくそんな人たちから遠ざける為にも私は離宮にいたのだと思う。
多忙であるにも関わらずわざわざ離宮にいる私に会いに来ることも、わざわざ私を離宮から呼び出すことにも、きっと強く反対する臣下がいたりしたんだと思う。
私でさえ、この身をどう扱っていいのか分からない。まだ魔女の母に狙われている呪われた体だし、今更国民たちの前に姿を表して「私はもう正常です」と宣言するわけにもいかない。精神的な病を患っていたと言えば信じる人もいるかもしれないけど、精神を患っていた人も沢山魔女狩りの被害に遭ってきたという事実がある。だから国民たちが「よかったですね」と私を受け入れるわけがない。
それはこの王宮でも同じこと。下手に私を庇えば魔女の存在が露見される。
お父様は自身を無力だと嘆いているけど、こんな状況をうまく立ち回って打破できる人なんてきっとこの世にいないと思う。
ーーー何年も変わらず、私を愛してくれていたという想いだけで心が温かく溢れかえってくるのだから、もうこれだけで一生分の幸せを貰ったと言っても過言じゃないわ。
‥‥でも、私はもう人間じゃないから、本来ここにいること自体許されない。
だからもしかしたら、匿ってもらっている今この時がお父様やロジェと触れ合える最後の機会という可能性だってある。
いつまでもここに居たくなっちゃうけど、そもそも私がここにいることに反対する人たちも多くいるんだから、状況が落ち着き次第離宮に帰らないと。
ーー玉座の間には奥に扉が存在し、大きなソファとテーブルが並べられた空間があった。私たちはそこに移動し、これからのことを話し合うことになった。
この場に居合わせているのは、お父様とロジェと私と護衛の3人たち。
「‥レッドメイン侯爵家は魔女狩りには反対だと強く訴え続けていた。先代皇帝が魔女狩りを終わらせたことで皇室とも友好関係になり、のちにレッドメイン家の公女だったマリアナが皇后になった。‥魔女狩りを反対していたことで大衆からの支持も厚く、そういった政治的な理由もあって私とマリアナは結婚に至ったのだ」
お義母様と結ばれていなければきっともっと支持率が低かったのね。
レッドメイン家があそこまで自信に満ちていたのは、大衆が味方をしてくれるに違いないと踏んでのことだったというわけか。
「皇室がレッドメイン家を討てば更に国民たちからの支持を失う恐れがありますね」
バートン卿が眉間に皺を寄せてそう話すと、お父様は静かに頷いた。
「ただしレッドメイン家も皇室と本気で一戦交えるつもりもないだろう。相当強気だが、縁を切ってもお互い損なだけだ。皇后を解放させることさえ叶えば、あとはケロッと元通りの関係に戻るつもりなんだろう」
‥え?元通り‥?それはさすがにないんじゃ‥
私がぽかんとしたままお父様を見つめていると、ロジェがやれやれとため息を吐いてから口を開いた。
「姉上、レッドメイン家とはそういう家なのです。母上を観察していればわかりますよ。あそこの家の者たちは皆相当に図太いのです」
「‥でも、多くの騎士たちを率いて離宮に向かおうとしていたのよ?下手すりゃ離宮の人々は殺されてしまうし、離宮も壊れてしまうわ‥」
リセット前の話だから仮定の話でしかできないけど、実際こちらの被害なんて気にせずに攻め込んできたわよ‥?
「それでもレッドメイン家を引き離せないだろうと、絶対の自信があるんですよ、奴らは。まぁ悔しいことにその通りなんですが」
ロジェが髪をぽりぽりと掻きながら怠そうに言葉を落とした。
「‥‥ロジェよ。お前もその血が流れておることを忘れるなよ」
「むっ、分かっておりますよ父上!」
幼い頃のロジェは「あねうえ!」とどこまでも着いてきて、とても可愛らしかった。健気で真っ直ぐで、可愛らしくて‥。
ロジェはいつのまにか強く逞しく成長していたみたい。
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