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4話

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 ーーー”あは、今日も可愛いわね、ノエル”

 魔女は部屋に彼を呼びつけると、いつも上機嫌で“ノエル”と呼んだ。だから彼の名前は分かる。
 でも、魔女が奴隷を買うのは基本的に夜中のこと。だから私は奴隷たちの情報を何ひとつ知らない。

 白金の髪に、水色の瞳。しっかりした体格をしているのに、顔は少し童顔。恐ろしいほどに綺麗な男の人。

 “俺を解放するだと?”

 その言葉の意味はなんだろう。誰だって解放されたいに決まっているのに。

 レオンは牢の柵に手を突っ込んでノエルの喉元に短剣を突き付けた。

「おい!早く皇女様から手を離せ!!」

 ノエルの喉からたらりと血が垂れ出した。

「血が!血が出てるわ!レオンやめて」

「しかし‥!」

 ノエルは舌打ちをした後にやっと私の手を離した。強く掴まれていた手首はジンジンと痛い。ノエルが手を離したことで、レオンも短剣を引っ込めた。

 赤くなった私の手首を見て、レオンは怒りを滲ませている。魔女がレオンを誑かしていたせいか、レオンは私にわりと懐いていたみたい。‥いや、懐くっていう表現はおかしいかもしれないけど、てっきり全員に嫌われていると思っていたから、こんな風に反応してくれるのは意外だった。

 ノエルの喉から流れる血はどうやらすぐに止まったようで、痛がる様子もない。ノエルは不機嫌そうに苛立った顔をしたまま、私が渡した宝石をぽいっとこちら側に投げ捨てた。

「っ、おい!いい加減にしろ!!」

「レオン、落ち着いて。‥‥貴方には必要なかったのね、ノエル」

 地面に転がる宝石をそっと拾う。
ノエルはもう一切こちらを見ていなかった。

 部屋に戻りながら、レオンの顔を見てみる。爽やかな筈の彼の顔は、先程のノエルに対して憤ったままだったようで、どこか怒りが滲んでいた。

「‥‥念のために言うけど、私の見てないところでノエルを痛ぶったりしたら駄目よ」

「っ、皇女様‥!私は勝手な行動はしません‥‥しかし、あの者の先程の無礼な態度を許してはなりません!ノエル・デ・グレンヴィルは確かに大きな力を持つ貴族でしたが、それも戦の前までのこと。我が帝国に敗戦したダルトワ王国の貴族が、カートライト帝国の皇女にあのような態度を取るなんて‥!!」

 カートライト帝国に敗れた、ダルトワ王国の貴族‥。
どういう経緯で魔女の奴隷になっていたのか分からないけど‥良いところの貴族だったならば尚更こんなところからとっとと出ていきたいと思うんだけど‥。

 というか‥貴族を奴隷にするなんて‥。いくら敗戦国と言えどよくもそんなことができたわね。そもそも奴隷を買うという意味が私には理解できない。

「‥‥皇女様が騎士団長からあの者を預かったと仰った時から、私はあの者が常に反抗的に見えていました」

「‥‥‥‥え?」

 レオンの言葉に私の声はあからさまに裏返った。“騎士団長”から“預かった”???
 どういうこと‥?捕虜、的な‥‥?何故皇女が‥?というか、私、騎士団長と繋がりあったの‥?

 駄目だ。夜の意識が飛んでいるせいで全然わからない。

「まさか‥覚えていらっしゃらないのですか?」

「‥‥あー、ほら、基本的に酔っていたじゃない、私」

「‥‥‥な、なるほど?」

 レオンが首を傾げながらそう言った。言葉と顔が合ってないわよ。

「待って。のなら、ノエルを勝手に解放するべきじゃないのかしら」

 騎士団長は血も涙もない、鬼のような男だと聞く。そんな男から預かっていたのなら、お返しするべきなのでは‥。

「あ、いえ、私も詳しくは分からないのですが、皇女様が騎士団長に協力したことの報酬としてあの者を預かっていた筈です。騎士団長は確か“生かすなり殺すなり好きにしろ”と仰っていたそうなので、騎士団長に返す必要はないのかと思います」

 その“生かすなり殺すなり好きにしろ”という言葉の中に、自国に帰すという選択肢は含まれていたのかしら。
 というか‥あの騎士団長に協力って‥‥。魔女、一体何をしたのよ‥。

「‥‥‥まぁ、いいわよね。好きにしろと言っていたのなら」

 自分に言い聞かすようにして、なんとか納得することにした。
でも‥なんだろう。なんだか、ノエルのこと見たことがあるような気がするのよね。‥たぶん、私が魔女に体を乗っ取られるより昔の話だと思うんだけど‥。

 私の体を乗っ取った魔女は、政治や社会情勢に全く興味を持っていなかったから、私にも周辺諸国の情報が入ってくることはなかった。
 私が幼かった頃までは、カートライト帝国とダルトワ王国は表面上は友好国だった筈なんだけどな‥。

 部屋に戻る途中で図書室で何冊か本を選んでいると、レオンは終始驚いていた。

「本当‥突然人が変わったようですね」

「そうかしら。こういう気分なのよ」

 選んだ本をレオンに持ってもらいながら廊下を歩いていた私を、誰かが殺気を込めて睨んでいたなんて、この時の私は気付いていなかった。

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