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第四話
しおりを挟むまるまる2日間寝ていたせいか、体のスイッチが完全に入り切っていないような気がする。
末端まで力が入らないのは単にエネルギー不足ということなのかもしれない。
メンテナンスされていない、燃料もほとんど入っていないショボめの車‥‥のような体を、突然アクセル全開で動かしている。
「はぁ、はぁ‥!!」
ギアが軽めの自転車は無駄に足が早く回っていて、シャカシャカシャカシャカと軽快な音だけが耳に響いた。先走る気持ちからか、まるで空回りしているような感覚に陥る。
息は切れても目はギンギンで、万全ではない状態のはずなのに何処までも行けそうな気分になっている。これはおそらくアドレナリンのせい。
街は人の姿があるもののみんな冷静に見えた。騒動が起きてから2日以上が経っている為、既に多くの人が避難を済ませているのかもしれない。
遠くの方で何台もの自衛隊車両や救急車、ワゴン車などが列をなして止まっていた。ゾロゾロと人々が乗り込もうとしている様子が視界の隅に入る。
きっと、何らかの福祉施設の人たちが移動しているところなのだろう。
個人で避難できる人たちは避難をして、行政も介入しながら街ごともぬけの殻になるのか。
大きなバイパス沿いは一般車の長い長い車列が見えた。逃げる人たちが渋滞を起こしているようだ。
きっと当初から逃げている人たちもいるだろうに、2日以上経ってもまだあそこで詰まってる。
ここまで何台もの車とすれ違った。きっとあの車たちも、あの渋滞の列に並ぶのだろう。
まる2日寝てしまった私のようなお間抜けさんはいなくても、「逃げる必要なんてないでしょ」と初動が遅れている人たちは思っているよりももっと沢山いるのかもしれない。
何となく視線を感じてパッとそちらに目をやると、古い木造の家の二階の窓から渋い顔をしてこちらを見つめる高齢の男性がいた。
昔ながらの頑固親父‥勝手にそんな印象を抱いてしまうような、難しい顔をしたお爺さんだ。
立入禁止区域内に大切な人がいるとか、ペットがいて移動できないとか、足腰が悪くて助けを待ってるとか、よく分からないまま住み慣れた土地を離れたくないとか‥‥“逃げられない、逃げたくない理由”はそれぞれあるのだと思う。
「ここから先は更に危険です!侵入禁止です!!身を守る行動をして下さい!」
大通りでは大田区方面に向かおうとする車を警察官達が静止していた。
定期的に警察官が立っていて、チラホラと表れる人たちに対して引き返すよう呼び掛けている。
私はその目を掻い潜るよう、細道を探しては通り抜けた。
品川区に入ると街の中に何らかの“形跡”を感じることが多くなった。
店のショーウィンドウが粉々に破られていたり、路地の奥の方では車が電信柱に突っ込んでいる。より人の気配は薄くなり、荒れていく光景がやっと私に恐怖心を与え始めた。
脳裏をよぎるのはあの日見た動画の映像だ。
凶暴化し、血を噴き出しながら他人に噛み付き、食い千切る。遠目で見ても背筋が凍りそうだった。
アレがいまこの瞬間に目の前に現れたっておかしくないのだ。その時私は逃げ切れるのだろうか。いや、玲花に「いま行く」というメッセージを送ったからには絶対に逃げ切らないと。
時折スマホのナビを確認しながら目的地である裕也くんの家に向かう。自転車を走らせながらチラッとスマホの画面を確認して、指示通りに角を曲がろうとしたその時ーーー
「うわっ!!!!」
ついにその光景を目にしてしまった。
地面にうつ伏せになって横たわるのは年配の女性。その女性の首元や足に齧り付く血塗れのゾンビ3体。
驚いた私の声に気付いたゾンビたちは低い声で唸りながらゆっくりと立ち上がった。目玉や鼻の穴から赤黒い血を流しているが、鼻や口の周りには見るからに真新しい鮮血がだらだらと付着している。
3体のゾンビの奥に、他にも数体いるようだ。地面には片腕や片足だけが落ちていたり、血を流したまま引き摺られたような大量の血痕もある。
目眩がしそうだ。
横たわる年配の女性は既に生き絶えたようだった。きっとこの人もじきにゾンビになってしまうのだろう。
ゾンビがこちらに向かってこようとするから、当然私は素早く方向転換をしてその場から離れることにした。
ーーー吐きそうだ、悍ましい。肉片が沢山落ちてた。気持ちが悪い。
何より、あのゾンビたちも数時間、数日前までは普通の人間たちだったのだ。なんて残酷な感染症なのだろう。
バッと振り返るとゾンビ達はのそのそとこちらに向かって進んでいるようだった。
どうやら生きた人間が大好きなようだ。もしこのまま大量のゾンビたちを引き連れたまま玲花の元に着いてしまったら、それこそ一貫の終わりじゃないか。
ゾンビ達は“生きてるわけじゃない”、何かの菌やウィルスが死体を動かしているのかもしれない。
別生物に寄生されてるって、あまりにも無慈悲で酷たらしい。
それでも私の声に反応した。聴力だけではなく視力や嗅覚もあるのかは分からないけど、次は大きい声を出さない方が安全なのかもしれない。
ゾンビ達のせいで方向転換をしてしまったから、元々のルートとは別の道を進む。
遠くの方から叫び声が聞こえる。ぎゅっと心臓を掴まれるような苦しさに襲われるけど、何の武器も持たない私はゾンビの群れに敵うわけがない。
ごめんなさい、ごめんなさい。
心の中でそう繰り返しながら、ひたすらペダルを漕いでいく。
この街はいままさにゾンビが増殖している最中。今日中に渋谷の方まで侵食されるかもしれない。
ーーーーーあ、あった!ジャングル荘Ⅲ!!
薄ピンクのザラザラとした外壁の二階建てのアパート。ここの104号室が裕也くんの部屋だ。
監禁するなんてどんな理由があったって許せないのに‥。それも、“逃げなくちゃいけないこんな時”に逃げられないようにするなんて、そんなのもう殺人と何も変わらない。
(裕也くん、いや、くん付けなんてしたくないな。“あのヤロウ”だ)
あのヤロウは一体何処に逃げたのか。
幸いこのアパートがある通りにゾンビはいなかった。このままゾンビに見つかる前に、玲花を救い出さなくては。
木でできた玄関扉のノブを引いてみるが鍵が掛かっていて開くことができない。
(まぁ‥そりゃそうか‥)
近くに警察官や自衛官がいれば助けて欲しかったけど、生憎この近辺では見つけられなかった。
窓ガラスを割るしかないけど、大きい音がしたらゾンビ達が来てしまう可能性もある。
(あ!そういえば‥!空き巣の手法をググればいいのでは‥?!)
そうして検索したのは『三角割り』という方法。マイナスドライバーさえあれば行えて、音もほとんど出ないらしい。
玄関の並びには台所のザラザラとした窓しかない。ここは割れたとしても侵入するのが難しそうだ。
となると、反対側に回って居室の窓を狙うしかない。
勢いよく駆け出すも、自転車を漕ぎ続けた太ももにあまり力が入らない。ここから更に元きた道を戻って逃げるのだから、明日は筋肉痛確定だろうな‥。
案の定、居室の窓はよくある大きな窓だった。古いアパートということもあり、特に防犯面で優れていそうな特徴もない。
「ただなー‥マイナスドライバーがないんだよな‥」
自分の耳にすら入ってこないくらいのボソボソとした音量で独り言を呟く。
辺りを見渡すと道路を挟んで斜向かいの民家が目に入った。ゾンビの襲撃でもあったのか、軽トラックが斜めに浮き上がりながら建物に突っ込んで放置されている。
車や日曜大工などを好んでいそうなお宅のようで、大きく開かれたガレージには工具もありそうな雰囲気だ。
(緊急事態なのでご容赦ください‥。あとで絶対返しに来ます)
心の中でそんなことを思いながら、見ず知らずのお宅のガレージに足を踏み入れようと、建物に近づいた時のことだった。
「ヴヴァァ‥」
低く唸るようなしゃがれた声にビクッと肩が跳ねる。声の方を振り向くと、民家の壁と軽トラに挟まれながらゾンビがこちらを見ていた。
軽トラはゾンビに乗り上げながらもゾンビを壁に埋め込んでいるような状態だ。
動くことの出来ないゾンビの前には、『お父さんごめんなさい』と書かれた紙がある。
この感染症の酷さを急激に実感して、胸の奥が重く苦しくなった。
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