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第3話

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 学校がある日、私はいつも六時には目が覚めてしまう。目が覚めて、カーテンを開けると今日の空は曇り空でどんよりとした天気だった。


 私はあったかいご飯とお味噌汁に昨日のおかずの残りを食べて、ささっと準備を済ませ家を出た。


 家と学校が近い為、自転車を走らせれば朝の七時頃には学校に到着してしまう。学校に着いてからは、だいたいいつも今日の科目の予習をしている。


「……あれ、数Ⅰのノートが無い……」


 昨日も数学があったからそのまま入ってるものだと思ってたんだけど……


「あ」


 もしかして、昨日部室で急いで荷物整理して着替えてたからその時に部室に置いて来ちゃったのかも……


 鍵が空いているのか、空いていないのか分からなかったが時間もあるし、私は道場まで見に行くことに決めた。

 私は校舎を出て裏の長い階段を登り弓道場の前へとたどり着く。すると、弦音と的に当たる音と「っよし!」という掛け声が中から外のほうまで聞こえて来ていた。


「こんな朝から練習してるんだ……」


 そう言えば、芽衣が朝も自主練習できるらしいって言ってたな。

「……唯菜も芽衣も朝から練習来てるのかな」


 私は足を3歩ほど前へと進めた。しかし、少し考えてから、後ろへと振り返り階段へと足を運んだ。


「……やっぱりノートは部活のときでいいや」


 そう、小さく呟いて階段を降りようとすると前から神崎先生が階段を上がって来ていた。思わず私は姿を隠そうとあたふたしたが、隠れる場所もなく先生は目の前の私に気が付いた。


「……あれ、貴方は確か……理沙……さんだったかしら?」

「あ、はい!お、おはようございます」


 慌てて私は返事をして挨拶をした。すると、先生はにこっと微笑んだ。


「おはよう。どうしたの?あ、もしかして朝練?いいのよ、入っちゃって入っちゃって!」


 神崎先生は嬉しそうに私の体を反転させてぐいぐいと背中を押してきた。


「あ、えっと……すみません、私、違くて……」


 先生は私の背中を押すのを止め、私の顔を覗き込んだ。そしてもう一度にこっと笑い、「ちょっとそこでお喋りしない?」と尋ねた。

 私はなんだか断ることもできず、小さく縦に頷いた。そして、そのまま石畳の階段のところで腰を掛け話し始めた。


「理沙さんはさ、いつもこんなに朝早いの?」

「あ……はい。家が近いので。いつも教室で予習とか……してます」

「そーなの!?めちゃくちゃ偉いね!って先生がこんなこと言ってたら駄目か!」


 神崎先生はその整った綺麗な顔をくしゃっとさせて笑いながら話した。


「今日はどうしたの?」

「あ……今日は数Ⅰのノートを道場に忘れていったみたいで。それを取りに、来ました」

「あ~なるほどね!」



「「…………」」



 か、会話が!終わっちゃった!!

 な、何か話した方がいいの……かな?


 私は恐る恐る、神崎先生の顔を下から覗き込んだ。すると先生は私に微笑み掛け口を開いた。



「理沙さんはさ、どう?最近の部活」

「最近の部活……ですか?」


 私はきょとんとした顔をして先生に聞き返した。


「うん!部活……弓道……楽しい?」


 楽しい…………


「……正直、楽し……くはないかもしれません」


 私は小さな声を絞り出すようにして答えた。
 神崎先生は「……そっか」とだけ返事を返した。


 でも……


「でも、私ずっと憧れてたんです」

「……え」

「私……中学の時に弓道をしている女の子が出る漫画にハマっていて……しょうもない理由かもしれないんですけど、その頃からずっとやってみたいって思ってたんです」


 私……なんでこんな、めちゃくちゃどうでもいい事話し出してるんだろ。でも、先生は笑ったり馬鹿にしたりせずに真剣な眼差しで話を聞いてくれている。


「それからここに見学に来て……唯菜の弓を引く姿を見たとき……感動して……私もこんな風になりたいって……」


 私はついつい興奮気味に話している自分に気付いて、一瞬にして我に返り、神崎先生から顔を反らした。


「……なれたら、いいな……って思い、ました」


 神崎先生はそんな私の様子を見て、口角を少し上げて「そっか」と呟いた。


「唯菜みたいになるなら今のままじゃ、なれないかな」


 神崎先生は道場の方を向きながら話し始めた。


「唯菜も、芽依も、それに貴方達の先輩達も今自主練習に励んでる子達はみんな『全国』目指して頑張ってるの」


 私は『全国』という言葉にびくっと体を反応させた。


「…… でもね、ぶっちゃけね、全国なんて行かなくてもいいって私、思ってたの」

「……え?」


 私は先生の突然の言葉に驚き、思わず先生の顔を凝視した。


「今の子達の代よりずぅっと前の生徒達はね、地区大会通過が目標だったんだよ?」

「えっ!……そうだったんですか」


 先生は私の驚く反応を見てくすくすっと笑った。

「そうだったんだけどね……7年くらい前の代の子達かな。理沙さんみたいにいう子がいたの」

「私みたいな……って……」

「うん。弓道の漫画に憧れて私も全国目指したい!っていう子」


 わ、私以外にもそんな子いたんだ……



『っ神崎先生!あたし、全国行きたい!!ううん。行く!絶対全国行く!先生どうしたらいいですか?』

『え……全国って……そりゃあ、今みたいな生半可な練習量じゃあ、まず行けないね』

『じゃあ、今よりも、もっともっと練習する!!練習しよう!!』

『ただ量だけでも駄目よ?他の高校だってもっと練習してるんだし。どうしたら全国行けるか考えて練習しなきゃ、メニューも変えてみるとかね』

『はい!ありがとうございます!』 



 神崎先生は何か思い出したかのように、懐かしそうに笑った。そして、私の顔を真っ直ぐ見据えた。


「理沙さんは本当はどうなりたい?この弓道部で何がしたい?」

「…………」

「もしも、理沙さんがなりたい目標が高い目標であればあるほど、それを達成する為にはそれだけ厳しくて苦しい道にはなってくるわ」


 高い目標……

 私に……出来るのかな……


「ただね」


 神崎先生は私の右手を先生の両手で包み込んだ。先生の熱が両手の手のひらから、私の右手に伝わってくる。


「大事なのは達成出来るか出来ないかじゃないの。こうなりたい、こうしたいって思ってそれを最後まで突き通す気持ちや、過程が大事なの。周りの目線や意見なんて関係ないわ」


 神崎先生はそう言ってスルッと私の右手から両手を離した。その瞬間に、少し冷たい風が私の右手の指の間を通り抜ける。


「高校の三年なんてあぁっという間よ!理沙さんがこのままでいいならまったく問題ない!ただ、もしも違うなら……五年後、十年後、五十年後の自分に後悔だけはさせないでね。未来の自分を決めれるのは自分だけよ」


 神崎先生は「それじゃあ、また部活でね」と言って立ち上がり、弓道場の方へと歩きだす。


 五年後、十年後、五十年後……

 私はずっと……このままの私?

 ずっとなりたい自分にもなれない……私?


 私は……


 ふと唯菜の弓を引く姿が頭の中で浮かんだ。



「神崎先生っ!!」


 私は咄嗟に神崎先生を呼んでいた。
 先生はその声に立ち止まりこちらを振り返る。


「……ぁ……わたし、私!唯菜みたいにっ、唯菜みたいに引けるようになりたい!!唯菜の隣に立てれるような選手になりたい!……です」


 私はいつぶりだろうと思うくらいに、久々にこんな大きな声を出した。なんだか言った瞬間に恥ずかしさがこみ上げ、自分の顔が紅くなっていくのが分かった。

 先生はその姿を見てにこっと私に微笑んだ。


「じゃあ、後は行動あるのみね。今日の朝練は……どうする?」

「い、行きます!」


 私は真っ赤になった顔のまま答えた。
 先生は「よしっ」と言ってそのまま私に手を差し伸べた。


「じゃあ、行こうか」

「っはい!」


 私は返事を返して、弓道場の方へと走り出す。




 ガラガラッ

 道場の扉を開けた瞬間、先輩方の目線がこちらへと集中した。


「……理沙」

「ん?どうしたの唯菜……あれ!理沙~!!おはよう~!」


 先輩の集団の中に混ざっていた唯菜と芽依もこちらの存在に気付き、芽依は私にフリフリと手を振っている。

 神崎先生が副部長の杏菜先輩を手招きした。


「今日朝練に参加するみたいよ。練習時間削っちゃって申し訳ないんだけど、色々と教えて上げてちょうだい。」

「はい。分かりました!」


 杏菜先輩は先生にそう返事を返すと、クルッと私の方へ体を向き直した。


「じゃあ……準備体操して体ほぐしたら、ゴム弓やろうか!」

「はい。よろしくお願いします!」


 私が先輩の目を見てそう返事すると、杏菜先輩は少しだけ嬉しそうに笑った。


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