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一話 まるでタイムカプセル

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「 …レイ、様……レイ様? 」

「 ぁ…何か用? 」

ぼんやりと中庭を眺めていれば横から聞こえてきた声にハッとし、見慣れた燕尾服を着た使用人の姿を見て問う。

「 いいえ。ぼんやりとしてたみたいなので……。何か御考えでもしてるのかと… 」

「 嗚呼…少し、幼い頃を思い出してただけ。余り覚えてはないが…… 」

問われた言葉に視線を中庭へと戻す。
母親の記憶は、もう姿が分からない程にぼんやりとしてるが、記憶の無い姉の名前を呼んでいたあの声だけは耳に染み付いている。
そして、滅多に帰ってこない父親が金と地位だけを与えたまま優雅に別荘を転々として暮らしてる事と知っている。

百人は居たはずの使用人や一族の者達も、
この屋敷から散らばって今ではこの使用人を含めた三人程が物好きだと言ってやりたい程に、根強く傍にいる。

「 私は、レイ様と出会った日から鮮明に覚えていますよ 」

「 猫の記憶力は悪いと聞いたんだけどな… 」

始まったとばかりに呆れて溜息は出るも、彼は燕尾服の裾をひらっと揺らしては胸元に片手を当て話し始めた。

「 それ以降の記憶はぼんやりとして覚えてませんが、あの日の事は覚えてます。なんせ愛らしい貴女が、お手を向けてくれた日なのですから! 」

「 はいはい……妄想乙 」

なんか、日に日に盛られてる気がする話だけど、今にも皮を剥がれそうだった彼には、どんな姿とは言えど、助けてくれた子供は天使や女神にでも見えるのだろう。
あの日からの溺愛っぷりは異常だと思う。

「 そんな事はありません!小さなお手を!いや、今でも細くしなやかな手をしてますが! 」

「 ……… 」

片手を取り、白手袋をした彼は手の甲を撫でるように触ってくる。
それを好きにしていながら、青年の容姿をした整った顔立ちに、三色の髪をし、蒼と金色の目をした彼の顔を見る。

獣人はある程度の年齢になれば、人族と同じような外見へと姿が変えることが出来る。
それは同じ様に生きる為でもあるが、二足歩行が動きづらい獣より、人形の方がマシだと先祖は思ったのだろう。
いつの間にか姿をかえれるようになった、明確な歳月まで知らない。

現に私も十歳の頃に急に変化が出来て、この茜を含めた使用人達に感動されてのだから、其処から獣人の姿であった彼等も同じように人の姿になって生活してくれている。

「 嗚呼…美しい…日に日に、美しくなられて… 」

「 ……… 」

顔が良くなければ気持ち悪いぐらい触ってるだろうなって思う茜を見ていれば、庭の方からやって来る茶髪に黒いメッシュの入った少年がやってきた。

「 レイさま~、またラブレターが届いてるぜ? 」

虎族のティガー。
性別は雄でありβという標準的な性別をしている。
御三家の使用人として代々仕えていたティグラート家の者だが、自分で仕える相手を選ぶ!とかで家出して、私の存在を知ってここに住み込みで働かせて欲しいと頭を下げに来た。

彼がまだ十一歳で、私が十六歳ぐらいの時だ。

゙ なんでもする!とは言えないけど、此処で働かせて欲しい!その為なら程々に頑張るから!力仕事は任せてほしい! ゙

゙ まぁいいけど ゙

゙ よっしゃー!働き口見つかった! ゙

゙ いいんですか、レイ様!? ゙

゙ いいよ、黒化である私を怖がらなければそれで ゙

雇う理由は、私の容姿を嫌う者ではないのが条件だった。
黒髪を揺らした後に、姿を黒豹へと変えた私にティガーは驚いたように目を見開いた後、白い歯を見せ笑った。

゙ すげぇー綺麗じゃん!初めて見た! ゙

怖がることなく褒めたのは彼で四人目、だから雇う事に躊躇はしなかった。
まぁ、仕事はサボることが多いと茜は文句を言ってるが、それでもやる時はやる様な性格だから何も言ってない。

現に持ってこなくてもいい物を白い歯を見せ笑いながら持ってきたのだからな。

「 はぁー…それで、今日はどこの人? 」

「 人族から?えーと、読もうと思ったけど…人族の文字は読めねぇや…… 」

「 貸してください。私が読みましょう 」

「 おん、頼むぜ! 」

人族と獣人族、交り合う事は滅多に無いが物好きの中では声を掛けてくる者がいる。

ティガーから受け取った手紙を茜は、一通り目を通してから声を出して、その特殊な文字を読み始めた。

「 拝啓、アスワド家のレイバン様へ。私は人族の光雅みやびヒノエと申します。光雅家の跡取りでありながら、Ωとして生まれてしまいました。結婚はしなくて構いません…どうか、美しい黒い毛並みを持つ貴女の子種だけを頂けたら…と、御手紙を書きました 」

雌からの恋文と呼ばれるものは、大半がΩからのもので、子種…言わば精子の提供の申し出ばかりだ。

雄と雌なんて厄介な見た目の区別以外にも、貴重種であり全体の一%にも満たない程に存在するα。

半数を占める平凡なβ、彼等はお互いに同じ性別の者と結婚する場合が多い。

そして、下位の存在として知られてるΩ。
彼等は雄にも、子を産むことが出来るために孕むだけの存在、そしてαの子を身ごもることで立場の主張をしている。
発情期の割合はそれぞれだが、Ωが発情したフェロモンの匂いはαには毒だと聞く。

私の周りに運良くΩが居ないからこそ、発情した匂いをモロに嗅いだことはないが、
街から帰ってきた使用人の身体に付いていただけでも、胸の奥から込み上げる何かがあった。

だから、Ωを直接的に会いたくは無い。

「 写真もセットで入ってましたが…、お見合いしてみますか? 」

「 却下。どうせ、人族は黒化した獣人が珍しいから見たいだけだろう。私は見世物になるのは御免だ 」

今まで、お見合い話を持ち掛けてきた者は容姿とαだという事しか書いてなかった。
誰一人として私自身を直接見る者はいなく、風の噂で聞いた宛先を送るのだろう。

反吐が出ると吐き捨て屋敷の中へと戻れば、背後では声が聞こえてくるが、いつもの話だと思って奥へと進んだ。

「 二十四歳で…α…番がいないのも、レイ様ぐらいじゃね? 」

「 別にいいのでは?私はレイ様に番が出来ない方が妬かなくていいので、嬉しいですがね 」

「 うわ……独占欲の塊。でもよ、ずっと引き篭もってもな…なんか、出るきっかけでもあればって思う 」

「 まぁ、それは一理ありますね 」

私は八年以上、この屋敷から出てはいなかった。

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