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エピローグ

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 それから一年後。よく晴れた初夏のとある日——首都にある聖堂で、聖騎士エルヴェ・グランジュとオービニエ侯爵令嬢レティシアの結婚式がつつがなく執り行われた。
 新郎は聖騎士の証、白い騎士礼装に身を包み、肩からは金の刺繍が美しいマントをなびかせて祭壇の前に立っている。
 その視線は、聖堂の入り口に真っ直ぐに注がれ、花嫁の入場を今か今かと待ちわびていた。
 やがて、ゆっくりと扉が開き、真っ白なドレスに身を包んだレティシアが父であるオービニエ侯爵に付き添われ、静かに場内へと入ってくる。
 肩口の大きく空いたドレスは、レティシアのアラバスターのような肌を美しく引き立てていた。腕の部分は繊細なレースに覆われていて、どこか禁欲的な雰囲気を漂わせている。
 きゅっと締まったウエストから、大きく膨らんだスカート部分にも、やはり同じレースがあしらわれていて、ふんわりと柔らかな曲線を描いていた。
 表情はまだ見えない。分厚いヴェールが、彼女の美しい赤い髪から首もとまでを覆い隠しているからだ。
 ごくり、と小さく喉を鳴らし、エルヴェはじっとその姿を見つめた。
 ——やっと、この日が来た。
 一体何年待ったことか。ずっと傍で見守ってきた少女が、今こうして自分の花嫁としてこの場に立っている。
 しずしずと赤い絨毯の上を歩いてきた二人が、エルヴェの前でピタリと足を止めた。分厚いヴェールの中で、彼女がこちらを見上げた気配がする。

「レティ」

 小さな声で呼びかけると、レティシアは小さく頷いて、白くて小さな手を差し出した。恭しくそれを受け取り、祭壇の方へと向き直る。
 既にその場に立っていた司祭は、二人を等分に見やると頷いて口を開いた。

「これより、エルヴェ・グランジュならびにレティシア・オービニエの婚姻の儀を執り行います。異議のあるものは?」

 慣習通り、たっぷりと時間を取って、司祭は周囲を眺め回した。だが、当然のことながら異議の声が上がることはない。
 再び頷いた司祭は、視線をエルヴェとレティシアの二人に戻した。

「異議のあるものなし。それでは、これより二人には夫婦としての……」

 手順通り、司祭の説教が始まる。だが、エルヴェは既にそれをほとんど聞いていなかった。隣に立つレティシアのことばかりが気になってしまうからだ。
 ——良い匂いがする……早く顔が見たい……。
 そわそわちらちらと視線を走らせるエルヴェとは違い、レティシアはじっと司祭の言葉に耳を傾けているようだった。それがなんだか悔しくなって、小さく咳払いをする。
 ——あとどれくらい経てば、二人きりになれる……?
 レースの編み目から見えるレティシアの肌に早く触れたい。この一年、ずっとこの日を待ちわびていたのだ。
 もう待てない。純白の花嫁衣装を早く脱がせて、余すところなく彼女の身体全てに触れたい——。

「ん、それでは……神の御前で誓いを」

 はっと気付いたときには、もう結婚式も終盤にさしかかっていた。そこまでにエルヴェが発言するべき場面もあったはずだが、無意識にこなしていたようだ。司祭の言葉に促され、レティシアのほうへと身体を向ける。彼女もまた、同じように体勢を変え、二人は祭壇の前で向かい合った。
 いよいよだと思うと手が震える。そっとヴェールに手をかけると、レティシアが小さく息を呑むのが聞こえた。
 逸る気持ちを抑え、ゆっくりとヴェールをあげる。魅惑的な口元に、愛嬌のあるかわいらしい鼻。それから、意志の強そうなくっきりとした青い瞳が順に現れる。
 そこには、エルヴェの女神がいた。

「レティ……綺麗だ……」

 思わず、そんな言葉が口から零れた。いや、いつだってレティシアは可愛い少女で、美しい女性だったが、今の彼女は記憶にあるどんな時よりも、ずっと可憐で煌めいて見えた。
 壊れ物に触れるかのように、そっとその頬に手を添える。愛らしいバラのつぼみのような唇にそっと触れると、これまでに交わしたどの口付けよりも甘い味がした。
 唇を離すと、潤んだ瞳のレティシアがこちらを見上げている。そのあまりの愛らしさに、背筋が震えた。

「もうこのまま、家に帰ろう」
「……何を言ってるの」

 半ば本気だったのだが、その言葉を聞いたレティシアが半眼になってエルヴェを軽く睨み付ける。いつだったかのことを思い出して、エルヴェは笑うと、もう一度その頬に口付けをした。
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