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第七話
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「う、うそでしょお……?」
「残念ながら、本当だよ」
結論から言うと、エルヴェは決勝戦まで見事勝ち残って見せた。その時点で二位以内になるため、聖騎士になることは確定だ。
だというのに、なんとその決勝戦でもエルヴェは勝利を収め——つまり、優勝してしまったのである。
応援席で固唾を呑んで見守っていたレティシアが、呆然とするほどの快勝ぶりだった。
そして今——場所は再びのオービニエ邸。庭に設えられたあのテラス席で、レティシアはエルヴェと向かい合っていた。
正面に座ったエルヴェは上機嫌そのもの。真新しい白い騎士服に、今度は聖騎士の徽章を付けている。それを見せびらかしに来ただけで済めば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
机に置かれた手を、そっと上から覆うようにして握りしめたエルヴェが、顔を寄せて囁いてくる。
「これで、結婚してくれるね?」
「い、いえ……ちょっと待って、わ、私は考えるって言ったのよ」
「そう、オービニエ家の娘としての誇りにかけて、ね」
そう言うと、エルヴェはにんまりと笑って見せた。
「ね、いい加減素直になりなよ……レティシア、僕のことが好きでしょう?」
「なっ……ば、なっ……!?」
「僕は、きみが好きだよ、レティ。ううん……そんなのじゃ足りない、愛してるんだ」
「は、えっ……え?」
気付けば、エルヴェは既に席を立っている。テーブルを半周回ってレティシアの隣に立った彼は、机に手を突くとその身体を傾けた。
見上げた顔に影が差し、ゆっくりと彼が近づいてくる。避けようと思えば避けれるはずだし、以前と同じように手で防ごうと思えば防げたはず。
だが、レティシアは何かに魅入られたようにそのまま、彼の唇を受け入れた。
一度目は、唇同士を軽く触れあわせただけ。それを何度か繰り返すうちに、だんだんと一度の時間が長くなっていく。ちゅっと吸い付かれ、唇を舐められるとぞくぞくした感覚が背筋を這った。その得体の知れなさに、思わず逃げようとするものの、机に置かれたのとは反対の手が、いつの間にかレティシアの後頭部をしっかりと掴んでいる。
「レティ、聞かせて」
口づけの合間に、エルヴェが囁く。酸素が足りなくなってぼうっとした頭で、レティシアは小さく頷いた。
「すきよ……」
ぽろりと口を突いて出たのは、素直な気持ちだ。
そうだ、本当はずっと彼のことが好きだった。幼い頃、一緒に本を読んでくれて——ちょっと押しに弱くて、それでいていざという時は頼りになる、そんな男の子のことが。
だからこそ、彼の変化が怖かった。自分一人だけのものだった背中が、どんどん逞しくなって他の人にも見つかってしまう。それが本当は嫌だった。
まるで自分一人だけが取り残されているようで、彼のことになると全く素直になれない。そんな自分本位な自分のことも本当は嫌だった。
だけれど——そんな自分のことを、彼は愛していると言ってくれる。
「レティ、かわいい僕のレティ……」
そっと頬を撫でる手に拭われて、いつの間にか自分が泣いていることに気付く。唇が再び近づいて、今度はその涙を吸われた。
くすぐったさに身をよじるが、彼の力強い腕は離してくれない。
「僕と、結婚してくれるね」
「ええ……」
「や、やった……! レティ……!」
だめ押しのような一言に、レティシアはとうとう陥落した。
頷くと同時に、エルヴェが歓声をあげてぎゅっと抱きしめてくる。この腕の中では、もう素直になって良いのだ。胸板にぎゅっと顔を押しつけられながら、レティシアは陶然として目を閉じた。
「残念ながら、本当だよ」
結論から言うと、エルヴェは決勝戦まで見事勝ち残って見せた。その時点で二位以内になるため、聖騎士になることは確定だ。
だというのに、なんとその決勝戦でもエルヴェは勝利を収め——つまり、優勝してしまったのである。
応援席で固唾を呑んで見守っていたレティシアが、呆然とするほどの快勝ぶりだった。
そして今——場所は再びのオービニエ邸。庭に設えられたあのテラス席で、レティシアはエルヴェと向かい合っていた。
正面に座ったエルヴェは上機嫌そのもの。真新しい白い騎士服に、今度は聖騎士の徽章を付けている。それを見せびらかしに来ただけで済めば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかった。
机に置かれた手を、そっと上から覆うようにして握りしめたエルヴェが、顔を寄せて囁いてくる。
「これで、結婚してくれるね?」
「い、いえ……ちょっと待って、わ、私は考えるって言ったのよ」
「そう、オービニエ家の娘としての誇りにかけて、ね」
そう言うと、エルヴェはにんまりと笑って見せた。
「ね、いい加減素直になりなよ……レティシア、僕のことが好きでしょう?」
「なっ……ば、なっ……!?」
「僕は、きみが好きだよ、レティ。ううん……そんなのじゃ足りない、愛してるんだ」
「は、えっ……え?」
気付けば、エルヴェは既に席を立っている。テーブルを半周回ってレティシアの隣に立った彼は、机に手を突くとその身体を傾けた。
見上げた顔に影が差し、ゆっくりと彼が近づいてくる。避けようと思えば避けれるはずだし、以前と同じように手で防ごうと思えば防げたはず。
だが、レティシアは何かに魅入られたようにそのまま、彼の唇を受け入れた。
一度目は、唇同士を軽く触れあわせただけ。それを何度か繰り返すうちに、だんだんと一度の時間が長くなっていく。ちゅっと吸い付かれ、唇を舐められるとぞくぞくした感覚が背筋を這った。その得体の知れなさに、思わず逃げようとするものの、机に置かれたのとは反対の手が、いつの間にかレティシアの後頭部をしっかりと掴んでいる。
「レティ、聞かせて」
口づけの合間に、エルヴェが囁く。酸素が足りなくなってぼうっとした頭で、レティシアは小さく頷いた。
「すきよ……」
ぽろりと口を突いて出たのは、素直な気持ちだ。
そうだ、本当はずっと彼のことが好きだった。幼い頃、一緒に本を読んでくれて——ちょっと押しに弱くて、それでいていざという時は頼りになる、そんな男の子のことが。
だからこそ、彼の変化が怖かった。自分一人だけのものだった背中が、どんどん逞しくなって他の人にも見つかってしまう。それが本当は嫌だった。
まるで自分一人だけが取り残されているようで、彼のことになると全く素直になれない。そんな自分本位な自分のことも本当は嫌だった。
だけれど——そんな自分のことを、彼は愛していると言ってくれる。
「レティ、かわいい僕のレティ……」
そっと頬を撫でる手に拭われて、いつの間にか自分が泣いていることに気付く。唇が再び近づいて、今度はその涙を吸われた。
くすぐったさに身をよじるが、彼の力強い腕は離してくれない。
「僕と、結婚してくれるね」
「ええ……」
「や、やった……! レティ……!」
だめ押しのような一言に、レティシアはとうとう陥落した。
頷くと同時に、エルヴェが歓声をあげてぎゅっと抱きしめてくる。この腕の中では、もう素直になって良いのだ。胸板にぎゅっと顔を押しつけられながら、レティシアは陶然として目を閉じた。
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