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第六話
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騎士団の宿舎は、王宮のすぐ傍にある騎士団本部の中にある。オービニエ家からは、馬車で三十分ほどといったところだ。
連絡もせずに来てしまったので、会えるかどうか怪しいところだったが、受付に尋ねるとちょうど訓練が休憩時間にさしかかるところだという。木陰で待っているようにすすめられて、レティシアは帽子を被り、日傘を差した格好で訓練場の傍まで歩いて行った。
訓練場の中では、何人かが打ち合っているのが見える。その中に、特徴的な青みのある黒髪を見つけて、レティシアは小さく息を呑んだ。
——いつもと、全然違うわ……。
琥珀色の瞳はいつもより鋭く、気迫に満ちている。その視線の先に立っているのは、エルヴェよりも一回りは体格の良い、壮年の騎士だ。
ぐっと歯を食いしばったエルヴェが、その騎士に向かって鋭い一撃を振り下ろす。だが、簡単にいなされ、逆に反撃をされてしまった。ぎりぎりで防いだ——ように見えるものの、遠目に見てももうエルヴェはフラフラだ。
「エルヴェ……」
思わず固唾を呑んで見つめるレティシアの視線には気付いてもいないだろう。乱雑に汗を拭い、肩で大きく息をしたエルヴェが、再び騎士に向かって攻撃を仕掛ける。
一撃、二撃——すべていなされ、防がれ、反撃され。それを繰り返しているうちに、どうやらエルヴェの体力が限界を迎えたらしい。手から剣がすっぽ抜け、からんと音を立てて地面に落ちた。
はあ、と荒い息を吐きながら地面にへたり込むと、エルヴェは悔しそうにそれを見て、それから天を仰ぐ。
その姿を目に焼き付けると、レティシアは黙って踵を返した。おそらく彼は自分にこの姿を見られたくないはずだ。
レティシアの脳裏に、幼い頃の彼の面影がふとよぎった。
五つも年上の割に、エルヴェはなんだか頼りない、大人しい男の子だった。兄たちがそとで棒きれを振って遊んでいるのに、自分はレティシアと一緒に本を読んで過ごすような、そんなタイプ。
一度は、兄に無理矢理に外に連れ出され、棒で叩かれて泣いてしまった、なんてこともあった。
——けど……。
暗いところと高いところも大嫌い。
それなのに——レティシアと一緒に屋根裏に閉じ込められてしまい、夜を迎えてしまった時には、暗い部屋の中で「僕がいるから大丈夫」と震えるレティシアを慰めてくれたことを思い出す。
「ずるいわよ……自分ばっかり……」
すっかり男の人になってしまって——。ざわめく胸を押さえ、小さくため息をつくと、受付に荷物を預け、レティシアは馬車に乗り込んでそのまま騎士団本部を後にした。
連絡もせずに来てしまったので、会えるかどうか怪しいところだったが、受付に尋ねるとちょうど訓練が休憩時間にさしかかるところだという。木陰で待っているようにすすめられて、レティシアは帽子を被り、日傘を差した格好で訓練場の傍まで歩いて行った。
訓練場の中では、何人かが打ち合っているのが見える。その中に、特徴的な青みのある黒髪を見つけて、レティシアは小さく息を呑んだ。
——いつもと、全然違うわ……。
琥珀色の瞳はいつもより鋭く、気迫に満ちている。その視線の先に立っているのは、エルヴェよりも一回りは体格の良い、壮年の騎士だ。
ぐっと歯を食いしばったエルヴェが、その騎士に向かって鋭い一撃を振り下ろす。だが、簡単にいなされ、逆に反撃をされてしまった。ぎりぎりで防いだ——ように見えるものの、遠目に見てももうエルヴェはフラフラだ。
「エルヴェ……」
思わず固唾を呑んで見つめるレティシアの視線には気付いてもいないだろう。乱雑に汗を拭い、肩で大きく息をしたエルヴェが、再び騎士に向かって攻撃を仕掛ける。
一撃、二撃——すべていなされ、防がれ、反撃され。それを繰り返しているうちに、どうやらエルヴェの体力が限界を迎えたらしい。手から剣がすっぽ抜け、からんと音を立てて地面に落ちた。
はあ、と荒い息を吐きながら地面にへたり込むと、エルヴェは悔しそうにそれを見て、それから天を仰ぐ。
その姿を目に焼き付けると、レティシアは黙って踵を返した。おそらく彼は自分にこの姿を見られたくないはずだ。
レティシアの脳裏に、幼い頃の彼の面影がふとよぎった。
五つも年上の割に、エルヴェはなんだか頼りない、大人しい男の子だった。兄たちがそとで棒きれを振って遊んでいるのに、自分はレティシアと一緒に本を読んで過ごすような、そんなタイプ。
一度は、兄に無理矢理に外に連れ出され、棒で叩かれて泣いてしまった、なんてこともあった。
——けど……。
暗いところと高いところも大嫌い。
それなのに——レティシアと一緒に屋根裏に閉じ込められてしまい、夜を迎えてしまった時には、暗い部屋の中で「僕がいるから大丈夫」と震えるレティシアを慰めてくれたことを思い出す。
「ずるいわよ……自分ばっかり……」
すっかり男の人になってしまって——。ざわめく胸を押さえ、小さくため息をつくと、受付に荷物を預け、レティシアは馬車に乗り込んでそのまま騎士団本部を後にした。
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