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第五話 ドレスを作ろう(2)

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 しばらく三人でお茶を楽しんでいる間にわかったことだが、どうやら最初に直感した通り、アルフレッドはジョゼットに頭が上がらないようである。
 なんでも、母を亡くしてからは、ジョゼットが母親代わりとしてかなり面倒を見てくれたのだとか。
 その辺りのことに触れるのは何となく憚られて、語られる内容以上のことはあえて聞かなかったけれど、二人の関係が良好なのはわかる。

 リゼットは、少しだけ安心した。



 さて、三人でしばしお茶を楽しんだ後は、お待ちかねの採寸タイムである。

「よく考えたら、今日アルフレッド様がいる意味あります?」
「えっ、ひどいな……」

 調子を取り戻したリゼットがそう言うと、アルフレッドはぼやいた。

「採寸もするけど、ドレスのデザインも決めるでしょ? そこには少しくらい僕の意見も……」
「いるかしら」
「いるでしょうか」

 すっかり意気投合した二人が声をそろえると、アルフレッドは「えぇ……」と情けない悲鳴をあげた。
 ここでの彼は、神殿で見せていたような完璧な王子様の姿とは少し違う。なんだか、こちらの方が親近感がわく気がして、リゼットは小さく笑った。

「いいわ、採寸が終わったら呼んであげる。まあ、まずはこの義母に任せておきなさい」
「……わかりました」

 さすがに、採寸まで見るつもりはないらしい。ジョゼットの言葉に頷くと、アルフレッドは少しだけ肩をすくめた。
 残念そうな表情を浮かべ、リゼットに歩み寄ってくる。

「リゼット」
「はい?」

 名を呼ばれて、リゼットは彼の方に向き直った。すると、するりと手を取られ――それを持ちあげられる。
 あ、と思ったときには、指先に唇が触れていた。思わず目を瞬かせる。
 一拍遅れて、妙な声が出た。

「にゃッ……!?」
「できれば、傍にいたいのだけれど仕方ない。また後でね」

 にっこりと笑ったアルフレッドは、そう言うと片手を振って部屋から出て行った。
 けれど、リゼットはその体勢のまま彫像のように固まっている。

(なっ、なによおおおお!?)

 まるで、恋愛小説に出てくる王子様みたいだ。さすがにリゼットでさえ、こういうことは巫女たちにやったことはない。
 ドッドッド、と心臓が痛いくらいに鳴っている。
 宥めようと思うのに、身体がちっとも動こうとしない。
 せっかく取り戻したと思った調子が、みるみるうちに狂っていく。

「は、破壊力ゥ……」
「どうしたの?」

 固まったまま小さく呟いたリゼットを、ジョゼットが覗き込む。そうして、にまぁ、と口元に笑みを浮かべた。

「あらあ……かわいいこと。お顔が真っ赤よ」
「ううぅ……」

 もちろん、自分でもわかっている。ものすごく顔が熱いから。
 ナチュラルにああいうことをするの、ホント辞めて欲しい。
 ぐぬぬ、と唸り声をあげると、リゼットは上げたままだった手をプラプラと振った。



 採寸は、当然のことながら下着姿で行われる。ローブを脱ぎ、中の服も脱ぐと、なんだか同性しかいない部屋の中でさえ妙に気恥ずかしい。
 リゼットが縮こまっていると、ジョゼットはその背中をぽんと優しく叩いた。

「ほら、背筋伸ばして……そう」

 うう、と覚悟を決めて、リゼットは真っすぐに立つ。採寸担当の女性は、慣れているのかさくさくと作業は進められた。
 くるくると手際よくあちこちを計りながら、てきぱきと指示を出してくる。その指示に従って、リゼットは腕を開いたり閉じたりと忙しい。

「リゼットちゃんは身長も高いし、ほっそりしてるから……どんなドレスでも似合いそうねえ」

 のんびりとそれを眺めていたジョゼットが、にこにこしながらそんなことを言う。

「そうでしょうか……」

 かわいいものは大好きだし、ドレスを着られることに浮かれてすっかりわすれていたけれど、とリゼットは自分の身体を見おろしてため息をついた。
 あまり、女性らしさのない身体つきだ。特に、と目の前にやってきたシュゼットの柔らかそうな膨らみに目をやって、もう一度ため息をつく。

 これまで、あまり気にしたことはなかったけれど、ドレスを着るとなればやはり目立ってしまうだろう。

 ――この、胸の小ささは。

 リゼットの視線でそれを察したのか、ジョゼットは一瞬目を見開いた後、声を上げて笑い出した。

「あっは……そんなの気にしなくていいのよぉ……女性の魅力は、無限なんだから」
「無限……」

 およそ、女性に求められる美をすべて有していそうな女性の言葉に、リゼットは疑わし気な視線を向ける。
 すると、採寸に従事していた女性も、うんうん、と大きく頷いた。

「お任せくださいな、リゼット様。最大限にリゼット様の魅力を引き出すドレス、必ずおつくりいたします」
「腕が鳴るわね~!」

 そんなことを言いながら、二人はあれこれとデザインについて話し始めた。
 その間に服を着たリゼットは、ちょこんと腰かけ二人の話を聞いている。初めて聞く単語がたくさん飛び出してきて、なんだかちんぷんかんぷんだ。
 すすっと近寄って来た侍女がお茶を出してくれるのに軽く礼をして、リゼットはカップに口をつけた。

 しばらくすると、コンコン、と軽いノックの音と共に、外からアルフレッドの声がする。

「義母上、リゼット、どう? そろそろ終わったんじゃない?」
「あら」

 よほど話が盛り上がっていたのか、ジョゼットはその音でハッとしたように顔をあげた。
 リゼットの方はといえば、もう話に加わることを放棄して、お茶うけに出されたお菓子の方に夢中になっている始末である。
 同じくアルフレッドの声で現実に戻り、目の前にある机の上を見れば、ドレスのデザイン画と思しき絵が散乱している。どうやらかなりの時間が過ぎていたようだ。

 ジョゼットが頷くと、扉の側に控えていた侍女が扉を開く。ありがとう、とアルフレッドがにっこりと微笑めば、侍女は表情こそ変えなかったが、僅かに口元が緩んでいた。

 もやっ、とリゼットの中になんだか得体のしれない感覚が忍び込んでくる。

(……?)

 首をひねっていると、そのアルフレッドがリゼットの近くまでやって来た。
 顔を覗き込まれて、思わず反射的に逸らしてしまう。アルフレッドが、その態度に首を傾げたのが気配で分かった。

 おかしな態度をとってしまったことはわかるのだけれど、どうしていいのかわからない。

 うぐ、と小さな声で呻くと、向かい側に座っていたジョゼットがぷっと噴き出した。
 だが、アルフレッドはなにがなんだかわからず、ただジョゼットとリゼットを交互に見て首を傾げている。

「え、どうした……?」
「ううーん、リゼットちゃんがあまりにもかわいくて……」

 ほらほら、おいで、とジョゼットが腕を広げてくれる。その中にすっぽりとおさまって、リゼットは「うーん」と小さく呟いた。
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