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第一話 女の園の「王子様」

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「きゃあ、リゼさまよ……!」

 背後から聞こえた悲鳴のような歓声に、リゼットは振り返った。視線の先にいるのは、おおよそ十二、三歳くらいの年若い少女ふたり。
 ローブの裾に施された刺繍の色からして、今年神殿入りした新人巫女見習いだろう。

 にっこり笑って手を振ってやると、彼女たちはまた「きゃあ」と悲鳴をあげ、手を握り合って飛び跳ねている。紅潮した頬がまるで林檎のようで愛らしい。

(うーん、かわいい……!)

 こちらの期待通りの反応に満足して、リゼットはもう一度手を振ってやると、目的地に向かって歩き出した。
 普段ならば話しかけて楽しいひと時を共有するのだけれど、とリゼットはため息をつく。

 今日は、この後会わなければならない相手が、既に到着してリゼットを待っているという知らせがきたところなのだ。



 ここは、王都にある中央神殿。信仰する女神に仕えるものの集まりではあるが、近年では年頃の少女たちの行儀見習いの場でもある。おかげで、周囲にいるのは若くて可愛らしい少女ばかり。

 その中にあって、リゼットは「聖女」と呼ばれ、六歳の頃からもう十年、ここで生活している。
 聖女の条件は二つある。浄化の術が使えること、そして「前世」の記憶があることだ。

 だが、ここ中央神殿と、東と西の神殿、合わせて三箇所にそれぞれ「聖女」が存在しているわけで。
 実は、大して珍しいものではないのではないか――なんて。
 リゼットはそんなふうに思っている。

 それはさておき、ここでの生活はとても楽しい。

 神殿は戒律が厳しく、神官と巫女とはきっちりと居住区を分けられている。一定以上の地位になければ、むさくるしい男性と顔を合わせることはない。

 少しばかり周囲よりも背が高く、スレンダーな体形に涼しげな瞳。背の中ほどまで伸ばした青みのある銀髪を、一つにまとめただけのシンプルな髪型。
 そして、あまり気取ることのないさっぱりとした性格。
 巫女たちにそれがウケたらしい。いつの間にかリゼットは、女子ばかりの花園のような神殿の中で「王子様」と呼ばれるようになっていた。

 いわゆる、アレだ。女子高で、ちょっとボーイッシュな女の子が呼ばれるやつである。
 かわいらしい女の子たちにちやほやされて、リゼットは非常に満足していたのだけれども。

「きゃあ……!」

 背後で先程よりも甲高い悲鳴が上がって、リゼットは小さく舌打ちした。あまり褒められた行動ではないのだけれど、我慢できない。

 ちらりと前方に視線を向けると、リゼットが予想したとおり、その先から優雅な仕草で歩いて来る一人の男性の姿が見えた。彼は、神殿の女性だけの区域に入ってこられる、ある特別な存在である。
 そして、彼がここで用事があるとするならば、その相手は必然的にリゼットということになるのだ。
 なぜなら――。

「やあ、リゼット。ご機嫌……麗し、くはなさそうだね、我が婚約者殿」
「さっきまでは良かったんですけどねぇ、アルフレッド様」

 軽く睨みつけてやったが、彼が気にする様子はなかった。ただ、いつも通りの甘い微笑みを浮かべているだけである。

 彼の名はアルフレッド・モンタニエ。ここ、モンタニエ王国の第二王子にして、正妃様のお産みになった唯一の王子殿下だ。

 そして、なんの因果か――リゼットはその王子様の婚約者なのだった。



◇◇◇



「なんだ、案外普通の女の子だね」

 これが、リゼットとアルフレッドが初めて対面した時に、彼から最初に言われた言葉である。

 夜空のような紺色の髪に、うっすらと紫がかった同色の瞳。すらりとした立ち姿は細身だが、なよなよとした印象はなく、きちんと鍛えられているのがわかる。
 まさに、物語の中の王子様のようなたたずまいをしたアルフレッドを、リゼットはもちろんよく知っていた。一方的に、だけれど。

 世俗とは関わらない神殿ではあるけれど、女神信仰は王家の庇護のもとに国教として認められている。儀式の際には、リゼットも聖女として参加するし、アルフレッドも王子として参加するからだ。
 ただし、聖女は分厚いヴェールを被っているので、おそらく彼からはリゼットの顔は見えていないだろう。

「……殿下には、ご機嫌麗しく」

 ムカムカする内心を押し隠し、リゼットは両手を前でそろえ、軽く頭を下げた。これは、神殿式の礼だ。女神を信仰する神殿では、最上の礼を受け取るのは女神であるので、失礼にはあたらない。
 アルフレッドもそれを理解しているのだろう。特に何を言うわけでもなく、騎士礼を返してくる。

 偉い人たちの間には、この神殿式の礼を「不敬だ」といって憤慨するようなものも少なくない。それを思うと、さすがは王子だという気分になる。

(確か、第二王子殿下は騎士団に所属してらっしゃるのよね……)

 その辺には、いろいろと政治的な思惑が絡んでいるらしいが、俗世から切り離された神殿に暮らしているリゼットにはよくわからないことだ。

 しかし、とリゼットは内心首を傾げた。

(どうして私が、ここに呼ばれたんだろう……?)

 ここは、神殿に訪れる貴人を迎えるための応接室だ。普段は大神官か、そのお付きぐらいしか入ることを許されていない。

 神殿なので華美さはないが、それなりに美しく設えられた室内。そこには、優美な曲線を描くソファや、細かい細工の足をしたテーブルが置かれている。
 壁には女神神話の一部分を切り取った絵画がかけられており、花も生けられていた。
 清貧を謳う神殿としては、最上級の部屋だろう。大神官の執務室だって、もうちょっと古びた感じだ。

 応接室の中にいたのは、アルフレッドとその従者だけで、リゼットを呼び出したはずの大神官の姿はない。

 リゼットが現実でも首を傾げた時、ちょうど応接室の扉が数回叩かれ、がちゃりと開いた。姿を見せたのは、大神官でありリゼットの養父でもある、ソニエールだ。

「おお、お待たせいたしました」

 中に揃っている面子を見回して、ソニエールはやはりリゼットと同じように神殿式の礼をした。リゼットもそれに返礼し、アルフレッドとその従者も同じように再び騎士礼をとる。

 全員が席に座ると、大神官のお付きをしている青年が入室して、全員にお茶をだしてくれた。
 そこで、改めて全員の名前を紹介される。従者の青年は、マクシムという名らしい。

「しかし、聖女殿がこれほどかわいらしい女性だとは、存じ上げませんでした」

 ぬけぬけとそう言ったアルフレッドに、リゼットはしらけた視線を送った。さっきは「案外普通」と言ったではないか。忘れていないぞ。

 だが、そんなリゼットの視線を軽く受け流して、アルフレッドは甘やかな笑みを浮かべる。なんだか、リゼットはその笑みにいけ好かなさを感じてしまった。

 だから、彼の次の言葉に思わず目をむいてしまう。

「このような方を婚約者に迎えられるとは、幸運なことです」
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