神殿で巫女たちの「王子様」だった聖女ですが、このたび本物の王子様の婚約者になりました

綾瀬ありる

文字の大きさ
1 / 6

第一話 女の園の「王子様」

しおりを挟む
「きゃあ、リゼさまよ……!」

 背後から聞こえた悲鳴のような歓声に、リゼットは振り返った。視線の先にいるのは、おおよそ十二、三歳くらいの年若い少女ふたり。
 ローブの裾に施された刺繍の色からして、今年神殿入りした新人巫女見習いだろう。

 にっこり笑って手を振ってやると、彼女たちはまた「きゃあ」と悲鳴をあげ、手を握り合って飛び跳ねている。紅潮した頬がまるで林檎のようで愛らしい。

(うーん、かわいい……!)

 こちらの期待通りの反応に満足して、リゼットはもう一度手を振ってやると、目的地に向かって歩き出した。
 普段ならば話しかけて楽しいひと時を共有するのだけれど、とリゼットはため息をつく。

 今日は、この後会わなければならない相手が、既に到着してリゼットを待っているという知らせがきたところなのだ。



 ここは、王都にある中央神殿。信仰する女神に仕えるものの集まりではあるが、近年では年頃の少女たちの行儀見習いの場でもある。おかげで、周囲にいるのは若くて可愛らしい少女ばかり。

 その中にあって、リゼットは「聖女」と呼ばれ、六歳の頃からもう十年、ここで生活している。
 聖女の条件は二つある。浄化の術が使えること、そして「前世」の記憶があることだ。

 だが、ここ中央神殿と、東と西の神殿、合わせて三箇所にそれぞれ「聖女」が存在しているわけで。
 実は、大して珍しいものではないのではないか――なんて。
 リゼットはそんなふうに思っている。

 それはさておき、ここでの生活はとても楽しい。

 神殿は戒律が厳しく、神官と巫女とはきっちりと居住区を分けられている。一定以上の地位になければ、むさくるしい男性と顔を合わせることはない。

 少しばかり周囲よりも背が高く、スレンダーな体形に涼しげな瞳。背の中ほどまで伸ばした青みのある銀髪を、一つにまとめただけのシンプルな髪型。
 そして、あまり気取ることのないさっぱりとした性格。
 巫女たちにそれがウケたらしい。いつの間にかリゼットは、女子ばかりの花園のような神殿の中で「王子様」と呼ばれるようになっていた。

 いわゆる、アレだ。女子高で、ちょっとボーイッシュな女の子が呼ばれるやつである。
 かわいらしい女の子たちにちやほやされて、リゼットは非常に満足していたのだけれども。

「きゃあ……!」

 背後で先程よりも甲高い悲鳴が上がって、リゼットは小さく舌打ちした。あまり褒められた行動ではないのだけれど、我慢できない。

 ちらりと前方に視線を向けると、リゼットが予想したとおり、その先から優雅な仕草で歩いて来る一人の男性の姿が見えた。彼は、神殿の女性だけの区域に入ってこられる、ある特別な存在である。
 そして、彼がここで用事があるとするならば、その相手は必然的にリゼットということになるのだ。
 なぜなら――。

「やあ、リゼット。ご機嫌……麗し、くはなさそうだね、我が婚約者殿」
「さっきまでは良かったんですけどねぇ、アルフレッド様」

 軽く睨みつけてやったが、彼が気にする様子はなかった。ただ、いつも通りの甘い微笑みを浮かべているだけである。

 彼の名はアルフレッド・モンタニエ。ここ、モンタニエ王国の第二王子にして、正妃様のお産みになった唯一の王子殿下だ。

 そして、なんの因果か――リゼットはその王子様の婚約者なのだった。



◇◇◇



「なんだ、案外普通の女の子だね」

 これが、リゼットとアルフレッドが初めて対面した時に、彼から最初に言われた言葉である。

 夜空のような紺色の髪に、うっすらと紫がかった同色の瞳。すらりとした立ち姿は細身だが、なよなよとした印象はなく、きちんと鍛えられているのがわかる。
 まさに、物語の中の王子様のようなたたずまいをしたアルフレッドを、リゼットはもちろんよく知っていた。一方的に、だけれど。

 世俗とは関わらない神殿ではあるけれど、女神信仰は王家の庇護のもとに国教として認められている。儀式の際には、リゼットも聖女として参加するし、アルフレッドも王子として参加するからだ。
 ただし、聖女は分厚いヴェールを被っているので、おそらく彼からはリゼットの顔は見えていないだろう。

「……殿下には、ご機嫌麗しく」

 ムカムカする内心を押し隠し、リゼットは両手を前でそろえ、軽く頭を下げた。これは、神殿式の礼だ。女神を信仰する神殿では、最上の礼を受け取るのは女神であるので、失礼にはあたらない。
 アルフレッドもそれを理解しているのだろう。特に何を言うわけでもなく、騎士礼を返してくる。

 偉い人たちの間には、この神殿式の礼を「不敬だ」といって憤慨するようなものも少なくない。それを思うと、さすがは王子だという気分になる。

(確か、第二王子殿下は騎士団に所属してらっしゃるのよね……)

 その辺には、いろいろと政治的な思惑が絡んでいるらしいが、俗世から切り離された神殿に暮らしているリゼットにはよくわからないことだ。

 しかし、とリゼットは内心首を傾げた。

(どうして私が、ここに呼ばれたんだろう……?)

 ここは、神殿に訪れる貴人を迎えるための応接室だ。普段は大神官か、そのお付きぐらいしか入ることを許されていない。

 神殿なので華美さはないが、それなりに美しく設えられた室内。そこには、優美な曲線を描くソファや、細かい細工の足をしたテーブルが置かれている。
 壁には女神神話の一部分を切り取った絵画がかけられており、花も生けられていた。
 清貧を謳う神殿としては、最上級の部屋だろう。大神官の執務室だって、もうちょっと古びた感じだ。

 応接室の中にいたのは、アルフレッドとその従者だけで、リゼットを呼び出したはずの大神官の姿はない。

 リゼットが現実でも首を傾げた時、ちょうど応接室の扉が数回叩かれ、がちゃりと開いた。姿を見せたのは、大神官でありリゼットの養父でもある、ソニエールだ。

「おお、お待たせいたしました」

 中に揃っている面子を見回して、ソニエールはやはりリゼットと同じように神殿式の礼をした。リゼットもそれに返礼し、アルフレッドとその従者も同じように再び騎士礼をとる。

 全員が席に座ると、大神官のお付きをしている青年が入室して、全員にお茶をだしてくれた。
 そこで、改めて全員の名前を紹介される。従者の青年は、マクシムという名らしい。

「しかし、聖女殿がこれほどかわいらしい女性だとは、存じ上げませんでした」

 ぬけぬけとそう言ったアルフレッドに、リゼットはしらけた視線を送った。さっきは「案外普通」と言ったではないか。忘れていないぞ。

 だが、そんなリゼットの視線を軽く受け流して、アルフレッドは甘やかな笑みを浮かべる。なんだか、リゼットはその笑みにいけ好かなさを感じてしまった。

 だから、彼の次の言葉に思わず目をむいてしまう。

「このような方を婚約者に迎えられるとは、幸運なことです」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

妹が「この世界って乙女ゲーじゃん!」とかわけのわからないことを言い出した

無色
恋愛
「この世界って乙女ゲーじゃん!」と言い出した、転生者を名乗る妹フェノンは、ゲーム知識を駆使してハーレムを作ろうとするが……彼女が狙った王子アクシオは、姉メイティアの婚約者だった。  静かな姉の中に眠る“狂気”に気付いたとき、フェノンは……

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...