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生真面目騎士様の晩餐
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「突然押し掛けたのに悪かったな」
「いやいや……こちらこそ、一人で待たせて悪かったね」
しばらくの後、通されたのはいつもよりも一回りほど小さい食堂だった。席に就いているのは、アーヴィンとその弟のステファンだけで、他の家族の姿はない。
それを訝しく思うものの、なんと切り出してよいかわからない。仕方なく、もくもくと食事を続けるヒューバートを、アーヴィンは悪戯っぽい笑みを浮かべて眺めている。隣に座ったステファンも、何か知っているのだろう。にやにや笑っているのが癪に障る。
モンクトン家の料理長は辣腕だが、この空気の中では料理の旨さは半減だ。実にもったいないことである。
「――何か言いたいことがあるのか?」
結局、食事の間には当たり障りのない世間話に終始した。主に喋っていたのはステファンで、アーヴィンもヒューバートもほとんど相槌を打っているだけで終わってしまったのだが。
思い返してみれば、彼は昔からよくしゃべる子どもだった。三男という立ち位置がそうさせたのだろうか。気を惹く言い回しで自分の話を聞かせることに、随分長けていたように記憶している。
その如才なさで、若手文官のホープだとか言われているらしい。口下手なヒューバートにしてみれば、羨ましい限りではあるのだが――手元のカップを覗いて、ふう、と小さくため息をつく。ここの兄弟は、昔から嫌なところばかり似ているのだ。
食事の間ずっとしゃべり続けていたステファンも、にこやかに相槌を打ちながら話を聞いていたアーヴィンも、食後のコーヒーを飲む間は静かだった。少なくとも、口は。
しかしその表情は雄弁だ。何を隠しているのかは知らないが、確実に面白がっている。
おそらくは、自分に関することに違いない。それくらいの事は、ヒューバートがどれだけ鈍い男でもわかっただろう。なにせ、二人の視線がヒューバートに集中しているのだから。
耐えかねて口を開いたヒューバートに、兄弟は顔を見合わせた。
「うん――いやまったく、きみは相変わらずこういうことは苦手だねえ」
わざとらしく肩をすくめたアーヴィンの言葉に、ぷっとステファンが吹き出す。
「気になってるんでしょう?父も母も――ルーファス兄さんはまぁともかく、リズもいないこと」
くすくす笑いながら言うステファンに図星を刺され、ヒューバートの表情はますます渋くなる。
アーヴィンの口調から、二人だけでの夕食になることは予想していた。しかし、ステファンが同席していることから考えると、どうやら他の面々は家にはいないと考えるの妥当だろう。
しかし、それが何故か――と問われると、ヒューバートはその解答を持たない。
渋面のまま、むっすりと二人に順に視線を送ると、アーヴィンはあっさりとその答えを口にした。
「今日はグローヴズ家の晩餐に招かれてね、四人で行っているんだ」
「グローヴズ……?確かあそこは……」
記憶をたどって、ヒューバートは一人の男を思い出した。グローヴズ侯爵家の次男が確か、近衛隊にいたはずだ。気取った感じの優男で、いかにも近衛隊向きだと思ったのを覚えている。
家柄が同格のヒューバートに対して、いくらかライバル意識があるらしく、ことあるごとに絡んできた時期もあった。確か、彼もヒューバートやアーヴィンと同じ歳であったはずだ。
「そう、あのミッチェルの家だよ」
表情から、ヒューバートが彼のことを思い出したことを察したのだろう。愉快そうな声で、アーヴィンが告げる。
「本来なら家族全員で、というところなんだけど――僕は今日は非番ではなかったし、ステファンも戻りが遅れてね、四人だけで行ったというわけさ」
声にならない呻き声が、喉の奥から出そうになって、ヒューバートは卓上のグラスを取って一気に中身を流し込んだ。まさか、と思っていた事態が既に動き始めていたのか、という不安で押しつぶされそうになる。
ミッチェル・グローヴズは確かまだ独身だったはずだ。いや、自分たちの年齢であれば、ちょうど――
「グローヴズ家からの打診でね、結構乗り気みたいですよ?」
軽い口調のステファンの言葉が、さらに追い打ちをかける。目の前が一瞬真っ暗になったような錯覚がヒューバートを襲った。
「なぜ――教えてくれなかった」
「なぜって……別に理由なんかないけど?」
絞り出すようなヒューバートの声に、妙に軽いアーヴィンの声が答える。その言葉に、目がくらくらした。
アーヴィンは怒っているのかもしれない。遅まきながら、ヒューバートはそこに思い至った。そうだ、どうしてその可能性を考えていなかったのだろう。
王宮中の噂になり、キスまでしたことを告白し――これは知らぬことだろうが、その身体にまで触れた――その男が、動くべき時に動かなかった。妹の幸せを願っている兄としては、許しがたい行為に違いない。
そうだった、と不意に思い出す。アーヴィンは、怒っているときほど笑顔を見せる男であった。その笑顔に騙されて、破滅した人間も少なくない。
自分もその一人に数えられることになるのではないか。青ざめたヒューバートに向かって、アーヴィンはくすりと笑った。
「随分顔色が悪いようだね、ヒューバート。やはり、冷えたのが良くなかったんじゃないか?」
「あ、いや……」
「おや、本当ですね!大変ですよ、体調を崩してはいけない……マリー!部屋を用意してくれないか、今日は泊まっていただこう」
ステファンが、兄の言葉に追随する。制止しようと立ち上がりかけたヒューバートだったが、足元がふらついて上手く立ち上がることができない。
そうこうしているうちに、用意された部屋に担ぎ込まれてしまう。こんなところで休んでいるわけにはいかない、と思うものの、一週間の激務に加え寒さに晒され、更にはショックを受けた心身は言うことを聞かず、ヒューバートは二人の言うまま、モンクトン邸の一室に宿泊することとなった。
「いやいや……こちらこそ、一人で待たせて悪かったね」
しばらくの後、通されたのはいつもよりも一回りほど小さい食堂だった。席に就いているのは、アーヴィンとその弟のステファンだけで、他の家族の姿はない。
それを訝しく思うものの、なんと切り出してよいかわからない。仕方なく、もくもくと食事を続けるヒューバートを、アーヴィンは悪戯っぽい笑みを浮かべて眺めている。隣に座ったステファンも、何か知っているのだろう。にやにや笑っているのが癪に障る。
モンクトン家の料理長は辣腕だが、この空気の中では料理の旨さは半減だ。実にもったいないことである。
「――何か言いたいことがあるのか?」
結局、食事の間には当たり障りのない世間話に終始した。主に喋っていたのはステファンで、アーヴィンもヒューバートもほとんど相槌を打っているだけで終わってしまったのだが。
思い返してみれば、彼は昔からよくしゃべる子どもだった。三男という立ち位置がそうさせたのだろうか。気を惹く言い回しで自分の話を聞かせることに、随分長けていたように記憶している。
その如才なさで、若手文官のホープだとか言われているらしい。口下手なヒューバートにしてみれば、羨ましい限りではあるのだが――手元のカップを覗いて、ふう、と小さくため息をつく。ここの兄弟は、昔から嫌なところばかり似ているのだ。
食事の間ずっとしゃべり続けていたステファンも、にこやかに相槌を打ちながら話を聞いていたアーヴィンも、食後のコーヒーを飲む間は静かだった。少なくとも、口は。
しかしその表情は雄弁だ。何を隠しているのかは知らないが、確実に面白がっている。
おそらくは、自分に関することに違いない。それくらいの事は、ヒューバートがどれだけ鈍い男でもわかっただろう。なにせ、二人の視線がヒューバートに集中しているのだから。
耐えかねて口を開いたヒューバートに、兄弟は顔を見合わせた。
「うん――いやまったく、きみは相変わらずこういうことは苦手だねえ」
わざとらしく肩をすくめたアーヴィンの言葉に、ぷっとステファンが吹き出す。
「気になってるんでしょう?父も母も――ルーファス兄さんはまぁともかく、リズもいないこと」
くすくす笑いながら言うステファンに図星を刺され、ヒューバートの表情はますます渋くなる。
アーヴィンの口調から、二人だけでの夕食になることは予想していた。しかし、ステファンが同席していることから考えると、どうやら他の面々は家にはいないと考えるの妥当だろう。
しかし、それが何故か――と問われると、ヒューバートはその解答を持たない。
渋面のまま、むっすりと二人に順に視線を送ると、アーヴィンはあっさりとその答えを口にした。
「今日はグローヴズ家の晩餐に招かれてね、四人で行っているんだ」
「グローヴズ……?確かあそこは……」
記憶をたどって、ヒューバートは一人の男を思い出した。グローヴズ侯爵家の次男が確か、近衛隊にいたはずだ。気取った感じの優男で、いかにも近衛隊向きだと思ったのを覚えている。
家柄が同格のヒューバートに対して、いくらかライバル意識があるらしく、ことあるごとに絡んできた時期もあった。確か、彼もヒューバートやアーヴィンと同じ歳であったはずだ。
「そう、あのミッチェルの家だよ」
表情から、ヒューバートが彼のことを思い出したことを察したのだろう。愉快そうな声で、アーヴィンが告げる。
「本来なら家族全員で、というところなんだけど――僕は今日は非番ではなかったし、ステファンも戻りが遅れてね、四人だけで行ったというわけさ」
声にならない呻き声が、喉の奥から出そうになって、ヒューバートは卓上のグラスを取って一気に中身を流し込んだ。まさか、と思っていた事態が既に動き始めていたのか、という不安で押しつぶされそうになる。
ミッチェル・グローヴズは確かまだ独身だったはずだ。いや、自分たちの年齢であれば、ちょうど――
「グローヴズ家からの打診でね、結構乗り気みたいですよ?」
軽い口調のステファンの言葉が、さらに追い打ちをかける。目の前が一瞬真っ暗になったような錯覚がヒューバートを襲った。
「なぜ――教えてくれなかった」
「なぜって……別に理由なんかないけど?」
絞り出すようなヒューバートの声に、妙に軽いアーヴィンの声が答える。その言葉に、目がくらくらした。
アーヴィンは怒っているのかもしれない。遅まきながら、ヒューバートはそこに思い至った。そうだ、どうしてその可能性を考えていなかったのだろう。
王宮中の噂になり、キスまでしたことを告白し――これは知らぬことだろうが、その身体にまで触れた――その男が、動くべき時に動かなかった。妹の幸せを願っている兄としては、許しがたい行為に違いない。
そうだった、と不意に思い出す。アーヴィンは、怒っているときほど笑顔を見せる男であった。その笑顔に騙されて、破滅した人間も少なくない。
自分もその一人に数えられることになるのではないか。青ざめたヒューバートに向かって、アーヴィンはくすりと笑った。
「随分顔色が悪いようだね、ヒューバート。やはり、冷えたのが良くなかったんじゃないか?」
「あ、いや……」
「おや、本当ですね!大変ですよ、体調を崩してはいけない……マリー!部屋を用意してくれないか、今日は泊まっていただこう」
ステファンが、兄の言葉に追随する。制止しようと立ち上がりかけたヒューバートだったが、足元がふらついて上手く立ち上がることができない。
そうこうしているうちに、用意された部屋に担ぎ込まれてしまう。こんなところで休んでいるわけにはいかない、と思うものの、一週間の激務に加え寒さに晒され、更にはショックを受けた心身は言うことを聞かず、ヒューバートは二人の言うまま、モンクトン邸の一室に宿泊することとなった。
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