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生真面目騎士様のほのかな目覚め

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 解らない。
 ヒューバートは布団を頭から被ると枕に顔を押し付けた。読書のことなど頭から飛んでしまって、先刻の出来事だけが頭の中をぐるぐるとまわる。
 リズベスが何を考えているのか、ヒューバートには全く理解できなかった。

 ――リズベスのささやきを聞いた瞬間、ヒューバートは全身が燃えるように熱くなったのを感じた。急に喉が渇いたように思えて、つばを飲み込む。リズベスが触れている場所から、得体のしれない感覚が這い寄ってきて、ヒューバートは更に体の温度が上がったような気さえした。そっとこちらを伺ってくるリズベスの視線。ささやき声を発した唇はつややかで、妙に色めいて見える。
 誰もいない図書館。二人きりの男女。美しく成長した幼馴染。その彼女が、自分に触れて――
「……なぁんて」
 硬直したまま動けなかったヒューバートに対し、リズベスは悪戯っぽい笑みを浮かべるとパッと手を離した。
「恋愛小説ではよくあるシチュエーションですよねえ……」
 うんうん、と一人で頷くとリズベスは笑顔でヒューバートに話しかける。
「ヒューバート様もこれくらい乗ってくださらなきゃ!」
「……つまり、リズは……恋愛小説のシーンを再現しようと……?」
「ええ、やっぱり――研究した後は実践、これがなければどれだけ成果があるかなんてわかりませんでしょう?……あ、そうだ」
 ぽん、と手を打ち合わせたリズベスは、ヒューバートの顔を再び覗き込むととんでもないことを言い出した。
「ヒューバート様、お願いがあるんですけど」
 にっこり、としか表現しようもないその笑顔。それを見た瞬間、逃げ出そうとしたヒューバートの腕をリズベスががっしりと掴む。
 ああそうだった、うっかり失念していた。ヒューバートがいくら後悔してももう遅い。もっと昔のリズベスをよく思い出しておくべきだった。
「リズベス、おま――」
「私の実践に、お付き合い――いただけますよね?」
 研究と実践。どんなささいなことでも、昔からリズベスが必ず行ってきたこと。そして、その「実践」に付き合わされるのは彼女の三人の兄たちではなく、自分だったことを。
 そして、一つだけヒューバートにも解っていることがあった。恋愛小説、という弱みを握られた自分には、リズベスの頼みを断ることなど到底不可能だ、ということだった。

「大体、成果ってなんだ成果って。恋愛小説を読んで――ああ、リズは女心がどうとか言っていたっけ」
 枕から顔を上げたヒューバートは、体勢を入れ替えて今度は仰向けに寝そべった。ふーっと深く息を吐きだす。
「シーンの再現なんて、そんなもんで本当に理解は深まるのか……?」
 昔からリズベスは、何でも自分で確かめないと気が済まない子供だった。目を閉じると、あの頃の思い出が蘇ってくる。
 誕生日プレゼントに両親から貰ったという星座の図鑑を繰り返し繰り返し眺める横顔。そしてそこから顔を上げたリズベスは、にっこり笑ってこう言うのだ。「ヒューにいさま、わたし、おほしさまを見たいわ」と。ヒューバートには姉妹がおらず、身近な女の子と言えば親友の妹であるリズベスだけだった。可愛らしいお願いに頷いたヒューバートは、その年の夏季休暇にリズベスをラトクリフ家の別荘へ招待して一緒に星を眺めた。二人で図鑑と夜空を交互に見つめながら星座を探す。
 そういえばあの時、最後はどうしたのだったか。二人で眺めた夜空だけが妙に記憶に残っている。
 ヒューバートは身を起こすと、サイドボードに並べてあった酒を手に取った。ゆっくりとグラスを傾けて味わいながら飲む。今日はとにかく疲れる日だった。
 全て明日、明日考えよう。今日はもう酔いに任せて寝てしまいたい。
 はあ、と重たいため息をつく。ヒューバートは酒には強い方だったが、今日はやけに身体が熱いような気がしてしまう。
「柔らかかった、な」
 自分の腿に触れたリズベスの手の感触を、つい思い出してしまう。女性とは、あんなに柔らかいものなのか……。背筋がぞくぞくする。決して不快からではなく、それは甘い疼きだった。
 次もリズベスは、そうやってこの身に触れてくれるというのだろうか。それは、とても心地よいのではないだろうか。
 この時、枕元に鏡がなかったことは、ヒューバートにとっては恐らく幸運だっただろう。そうでなければ、鏡に写った自身の顔に、初めて見る表情を見つけてしまっていただろう。

 それは、明らかに欲情した男の表情だった。
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