53 / 79
そしてあなたのいない日々 その5
しおりを挟む
ゆっくり静養すればよいの、と言われたが何かしないわけにもいかないと思いやれることを考えていたのだが。
そんなことはすぐに吹き飛んでしまった。
とにかく体調が悪いのだ。食べることができず食べては吐いて、吐いては食べて。
もう食べたくない、と思ってもどんどん痩せていくマリアンヌを周りが放っておくはずもなく様々なものを食べさせられる。
マリアンヌ自身も食べなくてはいけない、と思い食べるのだがなんとか食べても吐いてしまうの繰り返し。
いつまでこのような日々が続くのかと気が遠くなる毎日だった。
吐き気がおさまっているわずかな時間に、妊娠、出産などに関する書物を集めてきてもらい読み漁るのだが驚くほど頭に入ってこない。
神童だ、才女だ、と囃し立てられた自分はどこへいったのだろうかと驚くばかりだ。
しかたなく、読書に疲れると冬籠のための準備に参加させてもらった。
今の自分には動くことができる時間が少ないため、冬籠にむけて用意しておくと良いであろう薬草や目新しい保存食料など王都にいたときに調べていたことをひたすら書き出していき屋敷内のひとたちに渡していく。
屋敷内の中にいるものたちにも、嘔吐を繰り返している様子や継母の気遣う様子からさすがに私が妊娠していることは伝わっているようであった。
屋敷の中は女手が多いこともあり子供がいるものも多く、痒いところに手が届く気遣いをマリアンヌはしてもらいみなに感謝していた。
ある時、屋敷で新しく働き出した東方からきたという使用人と話していると、彼女から珍しいお芋の食べ方を教わった。
マリアンヌが芋好きかつ妊婦であることから、自分の育った場所では妊婦が好んで食べる揚げ芋なるものがあるという話だった。
最初は揚げ芋なんて、油っぽくて気持ち悪くなるに違いないと思って聞いていたが何故か食指が動く気がしてきて動ける時に自ら厨房へ行き教えてもらった話に基づき料理人と共に挑戦してみた。
その結果、なんと!
食べられる食べられる、揚げ芋恐るべし。
これ以外はさっぱりとしたものばかりを食べていたのでそんなバカな、と思っていたが恐ろしいほど食べることができた。もちろん食べすぎると気分が悪くなってしまうが加減すればしっかり食すこともでき、痩せすぎた体も元に戻り始めた。
(この揚げ芋はすごいわ!!)
貴重な油をふんだんに使うので、工夫が必要であることを除けばおいしさも調理の幅も抜群である。
揚げ芋パワーで復活し出したマリアンヌは、これを今季の冬籠準備期間の課題にしようと鼻息荒く取り組み始めた。
継母のアザミも何故かマリアンヌと同じ時期に、臨月間近のこの時期に吐きつわり症状に陥っていたがこちらも揚げ芋に救われていた。
マリアンヌは継母とお腹にいるきょうだいのため、敷いてはこの領のすべての妊婦のためにと使命感に駆られ次々と研究を広げていった。
お芋の種類、揚げ芋の形状、合わせる調味料などなどさまざまな角度から揚げ芋を研究し屋敷内で働く人にも次々に振る舞っていった。
忙しく働く人々にもこの揚げ芋は大好評で、なかでも薄くスライスしたお芋を揚げた料理、名付けて ”おいもチップス” は大人から子供まで大好評だった。
冷めても美味しくシンプルにお塩だけで味つけているため日持ちもするので厨房入り口に ”お好きにどうぞ” などと書いて置いておくとすぐに完食され大人気となった。
マリアンヌのおいもレシピを一気に広げた揚げ芋ちゃんたちであった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「姉様、父様より鳥がきたよ」
そんな芋三昧な妊娠初期をすごしていたマリアンヌの元に、父からの便りを弟が持ってやってきた。
「あらユリス、お帰りなさい。揚げたばかりのお芋食べる?」
姉の手元にあるほくほく揚げ芋に満面喜色の様子でわーいと近づいてくる弟と、芋の乗った皿と父からの便りを交換し厨房の椅子に2人で腰掛けた。
「姉様、体調良さそうだね。あんなに吐いて痩せて一時はどんな病気かと思ったけど、まさか子が腹にいるなんて思いもしなかったよ。アザミ様まで姉様のおえ~が移っちゃうし伝染病かと最初ものすごく心配したんだからね」
もぐもぐと次から次へとお芋を口に放り込みながら、姉のつわりを振り返る弟に心配させてごめんねとマリアンヌも謝る。
「ほんとうにそうよね。私もあんなことになるとは思っていなかったの。もっと事前に妊娠や出産に関わる書物を読み込んで研究しておけばよかったと反省しきりよ」
いや、そこじゃないよと内心弟は思いながら話を続けた。
「子の父親はあの恋人なんだろ?どうするの?」
芋で上がった機嫌もこの話になると弟のご機嫌は急降下である。
「んー、なにも。彼には伝えるつもりもないし。私はここで一人この子を育てていくわよ」
北方辺境に逃れてきた避難民には、一人で子を産まざるを得ない女性が多くいた。
みな様々な事情を抱えていたが、北方民は厳しい環境を共に助け合うことで生き延びてきた民族でもあり一人で子を産まなくてはならない女性の苦労には寄り添って受け入れてきた。
貴族家の男爵領の姫さんがまさかのおひとりさま出産、と驚くものもいたがみなその事情に踏み込むよりもマリアンヌの不安や不調に寄り添ってくれた。
しかし、男親で貴族家当主である父は少し事情が異なった。
相手は誰だ、こうなった経緯は何故だなどなど事細かく文を通じて詰めてくる。
本当は父が領地に戻るまでは伝えるつもりはなく継母ともそのように話していたのだが、事情を知らない弟ユリスが吐きづわりで苦しむマリアンヌの様子を伝染病に罹患しているかもしれないなどと緊急の鳥を飛ばしたことで事態が露呈してしまったのだった。
とはいえ、ユリスが悪いのではない。この情勢下で父の悩みの種をふやした娘が悪いのである。
手にしている父からの便りにはこう綴られていた。
まずはマリアンヌの体調を気遣う文で始まり、ついで今後のマリアンヌと腹の子の戸籍や処遇について父の判断などだ。
父は子を養子に出すことも念頭に置き、マリアンヌは領内の信頼のおけるものに嫁がせることを提案してきた。もう何人か候補者もいるらしい。
これは誠に困った話である。
まず、子と離れる気はない。これは絶対だ。もちろんそのためには周囲の協力を仰がねばならないがそれが叶わないのであれば王都に戻り職業婦人となることも辞さない構えで父とは話し合おうと思う。
嫁ぐか嫁がないかは、貴族家の娘であるためやむを得ない場合もあることは承知しているが、そもそもとんだ傷物であるため貰われる相手にも失礼だと考えるのでできればそれもなしでお願いしたい。
幸い、自分には十分な資産もあるためできれば領内で仕事をもらい子供と共に暮らせればと考えていた。
こういってはなんだが、体面を気にするほどの爵位でも周囲の環境や習慣もない田舎領である。
当主の父さえ頷けばなんとかなるのではと、父の情に訴えかけようとも思っていた。
子には悪いが、体面がどうしてもという伯爵家の家臣衆がいる場合は、マリアンヌを貴族籍から抜いてもらっても構わないと伝えることも覚悟の上だ。
そんなことを頭の中でつらつらと考えていると、隣のユリスはマリアンヌの考えを尋ねてきた。
「姉様はその子とこれからどうするつもりでいるの?」
「そうねぇ、この家はいずれあなたが継ぐのだろうからその時までには2人で屋敷をでて領内のどこかに住まう家を用意するわ。それまでは申し訳ないけど、可能ならこの屋敷に置かせてもらって私にできる仕事をしていきたいわ」
弟には正直に自分の希望するところを話してみた。
「あの、ねえさん。実はさ、僕・・・」
なんだか言いにくそうな様子に周囲を見回す。厨房は今の時間誰もいない。
声を小さくして尋ねた。
「どうしたの? 話しにくい相談?」
「実は、僕、その、、、好きな人がいて」
突然の恋バナである、大好物だ、身内とてウェルカムである。おもわず大きな声で応じそうになってしまったがここはひそひそ声で対応だ。
「なになに?だれなの?私の知っている人?いつから?もうお付き合いしているの?」
予想以上の姉のぐいぐい加減に若干弟は引き気味だが、ユリスも覚悟の上の相談のため思い切って告げることにした。
「あのね、、、ウルドなんだ」
「んん?ウルド、ってあのウルド?」
この領内、マリアンヌの知るウルドとは一人しかいない。
アザミの義弟である。
「そう」
下を向き恥ずかしそうにするユリスに思わず椅子から立ち上がり叫んでしまった。
「え”っ”ーーーーーーーーー?????」
確かに、ユリスは生まれた時からウルドの後を追いかけ大好きなのは知っていた。
線が細くあまり体の丈夫でないユリスがウルドのいる私兵団に参加するため、騎獣調教なら自分にもできるとその道を小さい頃から極め私兵団を実質的に率いるウルドに常に付き従っていたことも知っている。
しかし、である。
相手は男性。しかも継母に近い年齢である。なんなら義理ではあるが対外的には叔父にあたる。
一通り頭の中で逡巡した後、自分が叫んでしまったことにはたと気づき周りを見渡したが幸い誰もいなかった。落ち着きを取り戻し、倒れた椅子を戻してユリスに近づきこそこそと話し出す。
「えっと、それでそのことはウルドには告げているの?」
「うん、ずっと言い続けてる。相手にはしてもらえないけど。あ、このことアザミ様は知っているよ」
あの継母が知っているなら、まぁいいか、そしてユリスの様子からして寛容な彼女は大して反対もしなかったのだろう。
「そっかぁ、でも好きなだけならいいんじゃないの。あ!でも、ということはあなた政略とかで女の人と結婚したくないとかそういうこと?」
自分のこと以外は結構うまく勘の働くマリアンヌである。
「うん、そうなんだ。ウルドに受け入れられなくても僕は他の誰かとどうこうしたいとか、ましてや女性と婚姻を結ぶなんて絶対無理。だからさ、姉様継いでくれないかなぁ、と思って」
てへっ、という感じで上手く甘えてくる弟に困ってしまうマリアンヌである。
「それは困るわよ、だって私は未婚子持ちの、下手したらこれから貴族籍からも抜かれるかもしれない身なのよ?」
「そうならないためにもさ、この領の後継だとなればうるさく言ってくる人もいないんじゃないの?姉様がとりあえず継いで将来的にはその腹の子にさらに継いで貰えばいいんだから後継問題も次代まで解決だよ!いえ~い、万事解決~!」
完璧な案を思いついた自分を褒めて、と言わんばかりにつぶらな瞳でこちらを見つめてくるがこればかりは手放しに賛成できるものではない。どうしたものか。
「そんなこといっても、まずは父様に聞かないと。父様には話したの?」
「ん~、さすがにそれはまだ。姉様に了承をもらったらそれを土産に交渉しようかなぁ、と考えていた」
なかなかに強かである。情に訴えかけようとしていた自分とは違う弟の要領の良さに感心してしまう。
しかし、たしかにこの案であれば自分と子供の身分の保障や弟の恋路も守られるのかもしれない。
「それならば父様に2人で相談してからね、あとウルド様との恋路うまくいくといいわね」
私兵団の中には男性同士で恋人になっている人たちがいることは小さい頃から知っていたし、確かウルドにも一時男性の恋人がいた記憶がある。
それならうまくいけばユリスにもチャンスがあるかもしれない。まぁ、年齢差はどうしようもないし保守的な考えで反対するものも出てくるかもしれないがそこは家族として応援しようとマリアンヌは考えた。
思いもかけないところに転がっていた禁断の恋バナに鼻の穴を大きくして興奮しながらお芋を口へ放り込み、自分たちの将来に思いを馳せるマリアンヌであった。
そんなことはすぐに吹き飛んでしまった。
とにかく体調が悪いのだ。食べることができず食べては吐いて、吐いては食べて。
もう食べたくない、と思ってもどんどん痩せていくマリアンヌを周りが放っておくはずもなく様々なものを食べさせられる。
マリアンヌ自身も食べなくてはいけない、と思い食べるのだがなんとか食べても吐いてしまうの繰り返し。
いつまでこのような日々が続くのかと気が遠くなる毎日だった。
吐き気がおさまっているわずかな時間に、妊娠、出産などに関する書物を集めてきてもらい読み漁るのだが驚くほど頭に入ってこない。
神童だ、才女だ、と囃し立てられた自分はどこへいったのだろうかと驚くばかりだ。
しかたなく、読書に疲れると冬籠のための準備に参加させてもらった。
今の自分には動くことができる時間が少ないため、冬籠にむけて用意しておくと良いであろう薬草や目新しい保存食料など王都にいたときに調べていたことをひたすら書き出していき屋敷内のひとたちに渡していく。
屋敷内の中にいるものたちにも、嘔吐を繰り返している様子や継母の気遣う様子からさすがに私が妊娠していることは伝わっているようであった。
屋敷の中は女手が多いこともあり子供がいるものも多く、痒いところに手が届く気遣いをマリアンヌはしてもらいみなに感謝していた。
ある時、屋敷で新しく働き出した東方からきたという使用人と話していると、彼女から珍しいお芋の食べ方を教わった。
マリアンヌが芋好きかつ妊婦であることから、自分の育った場所では妊婦が好んで食べる揚げ芋なるものがあるという話だった。
最初は揚げ芋なんて、油っぽくて気持ち悪くなるに違いないと思って聞いていたが何故か食指が動く気がしてきて動ける時に自ら厨房へ行き教えてもらった話に基づき料理人と共に挑戦してみた。
その結果、なんと!
食べられる食べられる、揚げ芋恐るべし。
これ以外はさっぱりとしたものばかりを食べていたのでそんなバカな、と思っていたが恐ろしいほど食べることができた。もちろん食べすぎると気分が悪くなってしまうが加減すればしっかり食すこともでき、痩せすぎた体も元に戻り始めた。
(この揚げ芋はすごいわ!!)
貴重な油をふんだんに使うので、工夫が必要であることを除けばおいしさも調理の幅も抜群である。
揚げ芋パワーで復活し出したマリアンヌは、これを今季の冬籠準備期間の課題にしようと鼻息荒く取り組み始めた。
継母のアザミも何故かマリアンヌと同じ時期に、臨月間近のこの時期に吐きつわり症状に陥っていたがこちらも揚げ芋に救われていた。
マリアンヌは継母とお腹にいるきょうだいのため、敷いてはこの領のすべての妊婦のためにと使命感に駆られ次々と研究を広げていった。
お芋の種類、揚げ芋の形状、合わせる調味料などなどさまざまな角度から揚げ芋を研究し屋敷内で働く人にも次々に振る舞っていった。
忙しく働く人々にもこの揚げ芋は大好評で、なかでも薄くスライスしたお芋を揚げた料理、名付けて ”おいもチップス” は大人から子供まで大好評だった。
冷めても美味しくシンプルにお塩だけで味つけているため日持ちもするので厨房入り口に ”お好きにどうぞ” などと書いて置いておくとすぐに完食され大人気となった。
マリアンヌのおいもレシピを一気に広げた揚げ芋ちゃんたちであった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「姉様、父様より鳥がきたよ」
そんな芋三昧な妊娠初期をすごしていたマリアンヌの元に、父からの便りを弟が持ってやってきた。
「あらユリス、お帰りなさい。揚げたばかりのお芋食べる?」
姉の手元にあるほくほく揚げ芋に満面喜色の様子でわーいと近づいてくる弟と、芋の乗った皿と父からの便りを交換し厨房の椅子に2人で腰掛けた。
「姉様、体調良さそうだね。あんなに吐いて痩せて一時はどんな病気かと思ったけど、まさか子が腹にいるなんて思いもしなかったよ。アザミ様まで姉様のおえ~が移っちゃうし伝染病かと最初ものすごく心配したんだからね」
もぐもぐと次から次へとお芋を口に放り込みながら、姉のつわりを振り返る弟に心配させてごめんねとマリアンヌも謝る。
「ほんとうにそうよね。私もあんなことになるとは思っていなかったの。もっと事前に妊娠や出産に関わる書物を読み込んで研究しておけばよかったと反省しきりよ」
いや、そこじゃないよと内心弟は思いながら話を続けた。
「子の父親はあの恋人なんだろ?どうするの?」
芋で上がった機嫌もこの話になると弟のご機嫌は急降下である。
「んー、なにも。彼には伝えるつもりもないし。私はここで一人この子を育てていくわよ」
北方辺境に逃れてきた避難民には、一人で子を産まざるを得ない女性が多くいた。
みな様々な事情を抱えていたが、北方民は厳しい環境を共に助け合うことで生き延びてきた民族でもあり一人で子を産まなくてはならない女性の苦労には寄り添って受け入れてきた。
貴族家の男爵領の姫さんがまさかのおひとりさま出産、と驚くものもいたがみなその事情に踏み込むよりもマリアンヌの不安や不調に寄り添ってくれた。
しかし、男親で貴族家当主である父は少し事情が異なった。
相手は誰だ、こうなった経緯は何故だなどなど事細かく文を通じて詰めてくる。
本当は父が領地に戻るまでは伝えるつもりはなく継母ともそのように話していたのだが、事情を知らない弟ユリスが吐きづわりで苦しむマリアンヌの様子を伝染病に罹患しているかもしれないなどと緊急の鳥を飛ばしたことで事態が露呈してしまったのだった。
とはいえ、ユリスが悪いのではない。この情勢下で父の悩みの種をふやした娘が悪いのである。
手にしている父からの便りにはこう綴られていた。
まずはマリアンヌの体調を気遣う文で始まり、ついで今後のマリアンヌと腹の子の戸籍や処遇について父の判断などだ。
父は子を養子に出すことも念頭に置き、マリアンヌは領内の信頼のおけるものに嫁がせることを提案してきた。もう何人か候補者もいるらしい。
これは誠に困った話である。
まず、子と離れる気はない。これは絶対だ。もちろんそのためには周囲の協力を仰がねばならないがそれが叶わないのであれば王都に戻り職業婦人となることも辞さない構えで父とは話し合おうと思う。
嫁ぐか嫁がないかは、貴族家の娘であるためやむを得ない場合もあることは承知しているが、そもそもとんだ傷物であるため貰われる相手にも失礼だと考えるのでできればそれもなしでお願いしたい。
幸い、自分には十分な資産もあるためできれば領内で仕事をもらい子供と共に暮らせればと考えていた。
こういってはなんだが、体面を気にするほどの爵位でも周囲の環境や習慣もない田舎領である。
当主の父さえ頷けばなんとかなるのではと、父の情に訴えかけようとも思っていた。
子には悪いが、体面がどうしてもという伯爵家の家臣衆がいる場合は、マリアンヌを貴族籍から抜いてもらっても構わないと伝えることも覚悟の上だ。
そんなことを頭の中でつらつらと考えていると、隣のユリスはマリアンヌの考えを尋ねてきた。
「姉様はその子とこれからどうするつもりでいるの?」
「そうねぇ、この家はいずれあなたが継ぐのだろうからその時までには2人で屋敷をでて領内のどこかに住まう家を用意するわ。それまでは申し訳ないけど、可能ならこの屋敷に置かせてもらって私にできる仕事をしていきたいわ」
弟には正直に自分の希望するところを話してみた。
「あの、ねえさん。実はさ、僕・・・」
なんだか言いにくそうな様子に周囲を見回す。厨房は今の時間誰もいない。
声を小さくして尋ねた。
「どうしたの? 話しにくい相談?」
「実は、僕、その、、、好きな人がいて」
突然の恋バナである、大好物だ、身内とてウェルカムである。おもわず大きな声で応じそうになってしまったがここはひそひそ声で対応だ。
「なになに?だれなの?私の知っている人?いつから?もうお付き合いしているの?」
予想以上の姉のぐいぐい加減に若干弟は引き気味だが、ユリスも覚悟の上の相談のため思い切って告げることにした。
「あのね、、、ウルドなんだ」
「んん?ウルド、ってあのウルド?」
この領内、マリアンヌの知るウルドとは一人しかいない。
アザミの義弟である。
「そう」
下を向き恥ずかしそうにするユリスに思わず椅子から立ち上がり叫んでしまった。
「え”っ”ーーーーーーーーー?????」
確かに、ユリスは生まれた時からウルドの後を追いかけ大好きなのは知っていた。
線が細くあまり体の丈夫でないユリスがウルドのいる私兵団に参加するため、騎獣調教なら自分にもできるとその道を小さい頃から極め私兵団を実質的に率いるウルドに常に付き従っていたことも知っている。
しかし、である。
相手は男性。しかも継母に近い年齢である。なんなら義理ではあるが対外的には叔父にあたる。
一通り頭の中で逡巡した後、自分が叫んでしまったことにはたと気づき周りを見渡したが幸い誰もいなかった。落ち着きを取り戻し、倒れた椅子を戻してユリスに近づきこそこそと話し出す。
「えっと、それでそのことはウルドには告げているの?」
「うん、ずっと言い続けてる。相手にはしてもらえないけど。あ、このことアザミ様は知っているよ」
あの継母が知っているなら、まぁいいか、そしてユリスの様子からして寛容な彼女は大して反対もしなかったのだろう。
「そっかぁ、でも好きなだけならいいんじゃないの。あ!でも、ということはあなた政略とかで女の人と結婚したくないとかそういうこと?」
自分のこと以外は結構うまく勘の働くマリアンヌである。
「うん、そうなんだ。ウルドに受け入れられなくても僕は他の誰かとどうこうしたいとか、ましてや女性と婚姻を結ぶなんて絶対無理。だからさ、姉様継いでくれないかなぁ、と思って」
てへっ、という感じで上手く甘えてくる弟に困ってしまうマリアンヌである。
「それは困るわよ、だって私は未婚子持ちの、下手したらこれから貴族籍からも抜かれるかもしれない身なのよ?」
「そうならないためにもさ、この領の後継だとなればうるさく言ってくる人もいないんじゃないの?姉様がとりあえず継いで将来的にはその腹の子にさらに継いで貰えばいいんだから後継問題も次代まで解決だよ!いえ~い、万事解決~!」
完璧な案を思いついた自分を褒めて、と言わんばかりにつぶらな瞳でこちらを見つめてくるがこればかりは手放しに賛成できるものではない。どうしたものか。
「そんなこといっても、まずは父様に聞かないと。父様には話したの?」
「ん~、さすがにそれはまだ。姉様に了承をもらったらそれを土産に交渉しようかなぁ、と考えていた」
なかなかに強かである。情に訴えかけようとしていた自分とは違う弟の要領の良さに感心してしまう。
しかし、たしかにこの案であれば自分と子供の身分の保障や弟の恋路も守られるのかもしれない。
「それならば父様に2人で相談してからね、あとウルド様との恋路うまくいくといいわね」
私兵団の中には男性同士で恋人になっている人たちがいることは小さい頃から知っていたし、確かウルドにも一時男性の恋人がいた記憶がある。
それならうまくいけばユリスにもチャンスがあるかもしれない。まぁ、年齢差はどうしようもないし保守的な考えで反対するものも出てくるかもしれないがそこは家族として応援しようとマリアンヌは考えた。
思いもかけないところに転がっていた禁断の恋バナに鼻の穴を大きくして興奮しながらお芋を口へ放り込み、自分たちの将来に思いを馳せるマリアンヌであった。
52
お気に入りに追加
354
あなたにおすすめの小説
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる