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そしてあなたのいない日々 その4

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非常に快適な湯浴みを終えすっきりしたからか、はたまた故郷に着いた安心感からか強い眠気に襲われマリアンヌは食事まで少しの間ならと思い、綺麗に用意されたベッドに横になった。

しばらくして、どれくらい寝ただろうか、目を覚ますと周りはすっかり暗くなっていた。

(いけない、寝過ぎてしまった)

まだぼーっとする頭をおこしてベッドから出る。廊下に出るとすでに灯りが灯されていた。
しかし、人の気配が全くない。おかしいなと思い窓の外を見ると月の位置から深夜のようである。

(食事の時間にも間に合わないほど寝てしまっていたのね、どうしよう)

おそらく食事の時間に合わせマローたちと館の中で働く人たちや伯爵領内の主要な人物たちとの顔合わせが行われたと思うが、それには間に合わず眠りこけてしまったようだ。

覚えのない上掛けが目が覚めた時にかけられていたので、おそらく誰かは起こしにきてかけてくれたのだろうと思った。

(まだ眠気があるしもう少し寝てしまおう)

マリアンヌはベッドに戻りそのまま朝を迎えることにした。

目が覚め、日が高くなっていることに気づき慌てて起きあがると、ちょうどアザミが部屋に入ってくるところだった。

「あら、起こしちゃった?」

軽食と水差しののったカートを部屋の中に入れながらアザミが中に入ってくるのを呆然と見ていた。

「アザミ様、、、ごめんなさい。安心しすぎて眠りすぎてしまったみたい」

マロー以下王都兵士たちの応対なども任せきりにしてしまったとマリアンヌは慌てたが、頭があまりよくまわっていないため謝ることしかできなかった。

「いいのよ、疲れもあったのだろうし。それにあなた旅程での食事も気分が悪いとかであまり摂れなかったとマロー様からきいたわよ」

そうなのだ、精神的な疲れが頂点に達したあたりから食欲が落ち始めていた。あれだけ食べていたお芋さんたちにも全く食指が動かないでいた。

「まずは、お水をのんで。柑橘で果実水を用意したの」

差し出された果実水の美味しいこと。ぐいっと一飲みするのをアザミは見つめてすぐにもう一杯用意してくれた。

「美味しい・・・」

体に染み入るような故郷の美味しい水と、さっぱりとした柑橘の香りに少しあたまがすっきりとする。

「何も食べていないだろうから少し食べられるものを用意したわ」

カートからトレーを運びベッドの上で食べさせてくれる継母の優しさに感謝しかない。

トレーの上に並べられた食べ物に手を伸ばし食べる。久々に味わうような食事だった。しかし少し食べるともうお腹がいっぱいになってしまう。

「アザミ様、せっかく色々用意してもらったのにごめんなさい。すぐお腹いっぱいになってしまって・・・」

トレーの上には果物以外、手を伸ばされなかった軽食が残る。申し訳なく継母を見ると、その様子をじっと見ていたアザミがマリアンヌに尋ねる。

「あなた、月のものが最後に来たのはいつ?」

「え? えっと、、、たしか、、携行食のテストをしていた頃で、2ヶ月くらい前、で・・・」

そういいながら、マリアンヌは二月の間月のものが来ていなかったことに気づいた。いつもは定期的に訪れていたそれの訪がないことに忙しさや他ごとに気をとられ気づくことができなかった。

「あなた、恋人とそういう関係にあったのよね?」

もちろん、というかそういうことばかりやたらしていた関係だった。

最後そのような関係を持った日、たしか避妊薬の使用をしなかった。

「あの、わたし・・・」

「いいのよ、わかったわ。まずは確信をもてるところまでは安静にしたほうがいいわ、そうだったら産むんでしょ?」

そのように問われて、自分の心に問うたが浮かんできたのは”歓喜”だった。

「はい、もちろんです!」

義理の娘の喜びに満ちた表情をみて、望んで迎える子供なのならばと継母はすこしホッとした。

「では、もう少し横になりなさい。眠たいのでしょう?」

そういって食べられそうな果物の乗った皿と果実水のはいった水差しをベッドサイドに置き残りの食事はカートに戻された。

「アザミ様、ありがとう」

「いいの、気にしないで。マロー様たちにはあなたの体調不良を伝えておいたから。それに彼らはもう南へ向かったわ」

あまりの予定の速さにおどろくと、あなた丸2日眠っていたのよと言われさらに驚いた。

それは喉も渇いているはずである。

「しっかり水分は摂ってね」

ベッドに腰掛けマリアンヌの頭を優しく撫でるアザミのお腹に目がいく。

「アザミ様、もうすぐですよね?」

継母の出産予定日を尋ねる。

「そうね、でもまだもう少しあるわ」

記憶の中の妹たちを腹に入れていた頃の継母より随分と大きいお腹をしているようにも思ったのですぐにでも生まれると思ったのだが違ったようだ。

「あのね、おそらく双子ちゃんなの」

マリアンヌの思考を読んだかのようにそう言われ思わず継母の顔を見た。

「こんどこそ、男の子だといいのだけど。でも、また女の子の気がするわ。しかも2人よ」

軽く笑いながらふーっと息をはき大きな腹を撫でている。

「今回こそは父も立ち会いたがっていましたが」

以前父からの便りの中に、今度こそは出産に立ち会いたいと書いてあったが情勢をかんがえるとそれも難しいかもしれない。

「南方が落ち着けばカルド様も戻れるとは思うのよ。それにあと数ヶ月で冬籠ふゆごもりの時期がくれば、出産後は家族揃ってゆっくりできるわ。あなたもいるし」
そう言ってふたたび優しくマリアンヌの頭をアザミは撫でていた。




ここ北方領の、特に北寄りになればなるほど冬には皆 ”冬籠ふゆごもり” と言って、雪深くなる期間家の中に閉じこもり寒さをやり過ごす。

南方民はこの雪の対処を知らないので、まず冬籠の期間中は侵攻はされたことがない。

しかし冬籠のための準備を怠ると、ここに住むものにとっては即死を意味するため冬籠もその準備も重要な行事である。

ここ最近は食料備蓄の量も年間を通じて着々と増え、街道の整備で物資も豊富に入手できるようになったため年々快適に冬籠を過ごせるようになったと言われている。

冬籠の期間中は家族全員、そして使用人の家族たちもみんなで屋敷内で静かに過ごす。

子供たちにとっては、普段忙しく働いている大人たちと共に長い時間を過ごせる貴重な機会だった。その時間に読み書きや算術を教わったりするため北方領の子供達は、歴史的に見ても、貧しい割に賢い子供が多かった。

他の地区では、貧しければまず読み書きもできずお金の計算もできないひとたちが搾取されがちなのだ。そのいい例が南方で常に食糧難と紛争にさらされた人たちだった。

南方から来た避難民たちは一様に読み書きが不十分で、彼らが語るには、騙されて契約書に名前だけ署名させられ遠い異国に売られていく女子供や屈強な若者たちが後をたたなかったとのことだった。

そんな彼らを定期的に受け入れてきた北方地区だが、彼らをうまく定住させることができたのは同じく南方避難民でいまは男爵領主夫人となったアザミとその仲間たちの存在が大きかった。

元は南方の有力部族の長の娘だったが、争いに負け捕虜奴隷となったアザミとその一族はこの地に逃がれてきた。その後、彼女たちが北部で受け入れられるに従い徐々に積極的に南方避難民を受け入れるようになっていった。それは同胞の苦境を丁寧に北方地区民に説いて回った彼女たちの功績が大きかった。

識字や耕作などの点では北方の民に及ばなかったが、何より南方民は類稀なる戦闘センスを有するものが生来多く、彼らが男爵領の私兵団に入団したことで地区の防衛力は非常に高まった。

南方民が長らく不当占拠していた国境沿いの地域も、私兵の力がついてきたことで奪還も叶い前回の大規模侵攻の際も味方に死者はでなかった。

今回の侵攻も、きっとそんな彼らがうまく立ち回ってくれるに違いない。
時間が稼げれば冬には雪の積もる地域に近くなれば彼らは攻め入る手段を持たないのだから。

それにいち早く先手を打つために大将である父ファルマも南方戦線へ同行している。

侵攻するものを追い返すまでは妻の出産にも立ち会えないとかなりの力の入れ具合と聞いている。

マリアンヌが心配することはそこまでないのかもしれない。




「ここの屋敷と砦には私もユリスもいるし、私の隊のものも残っているからあなたは安心して自分の体を休めなさい。私のことも妹たちも大丈夫よ、心配しないで」

予定よりも早く南方へ出発してしまったマロー率いる兵士たちのことも気にはかかったが、今自分の体の状況を知ってしまえばやはりここに残り大事を取ることが大切なのだとマリアンヌは思うようにした。
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