彼女が消えたら

白鳥みすず

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2章

歪み2

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「灰猫依って名前。はいね、より、ね。漢字はね、灰色の灰に動物の猫。依はにんべんに衣。」
彼は自己紹介だけし終わると隣でパンの袋を開けて、ほおぼり出した。
僕は自分にできる限りののろまな速度で食事をした。
このまま移動してもついてきそうだし。
彼と会話したくなかったからだ。
諦めて何処かへ行ってくれることを切に願ったが、その願いもむなしく彼は隣に座ってずっと僕を待っていた。
無視を決め込むしかないのかもしれない。
ちょっとした楽しみを奪われてしまい、今日は最悪だ。
僕は立ち上がると彼も立ち上がり、あ、と声を上げる。
「思ったより小さい」
見下ろされる形になり、一瞬あった目を逸らす。おそらく鍛えているであろう筋肉のつき方をしている。僕はいくら走り込みをしても筋肉がつきにくい体質だというのに。
それに身長も163ほどしかない。
僕はゆっくりと彼の足を踏んだ。
彼が顔をしかめ、大袈裟に首を振った。
「結構容赦ないな。可愛いのに」
話しながらさりげなく僕の頭に手を置いてくる。その指は細くて長く、大きくて骨張っていた。
「さっき思ったんだけど、目、灰色のビー玉みたいで綺麗だよな」
その手は頭から頬に伸びてきて僕は飛び退いた。
この男は態度もおかしければ、距離感もおかしい。
「っ...喧嘩売ってるのか」
僕は急いでトレイを持ち、食器の返却に向かった。
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