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親戚のおじさん
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初めにそれに気づいたのは、高校二年生の夏のときだ。
「あっ!そうだ!涼音のさ、親戚のおじさんってほんっといい人だよね!」
「えっ?」
その日、いつものようにクラスの友人と帰っていた時、友人からでたその言葉に、立ち止まってしまうほどの衝撃をうけた。
何気なく発せられたであろうその言葉は、私にとっては不気味な違和感を感じさせるには充分すぎる言葉だったからだ。
「この前あってさ、アイス買ってもらっちゃった!なんかごめんね!」
続けてそんなことを話し始める友人。
「ま、待って!鏡子!」
私は少し前を歩く友人である鏡子を呼び止めた。自分の中に生じた違和感を確認せずにはいられなかったからだ。
「ん?どしたの?」
立ち止まって振り向く鏡子は、いつもと変わらない顔で、いつもと変わらない態度で私にそう言う。そのいつも通りの態度に私は寒気を感じながら
「どうしたのって……私、鏡子に親戚のおじさんの話、したことあったけ?」
違和感の正体である疑問を、友人に話す。
私に親戚のおじさんがいるのは事実だ。だが、それは誰にも話したことの無い話で。勿論、親友である鏡子にも話したことはない。
この事を知っているのはお母さんとお父さん、それに一つ下の弟だけのはずなのだが。
「……どうしてって、結構前から、涼音が私に自慢してきてたじゃない。」
「自慢……?私が……?」
ありえない話だった。こう言うのもなんだが、私は親戚のおじさんの事を良く思っていない。ただ、嫌いという訳ではなく、おじさんの話す内容が、毎度私の心をざわつかせるものばっかりで、苦手意識があるという意味でだ。
自宅から車で二時間。山奥の小さな村にある一軒家。春休みや夏休みといった、少し長い休みの期間に何度か会いに行くことがある人なのだが、私はとにかく苦手だった。
「涼音……?」
「あ、いやなんでもない。ごめん忘れて!」
「なにそれっ……変なのっ」
「ごめんね!ははは!」
不自然な反応だった私をみて、私の顔を覗き込むようにして鏡子は心配してくれる。それを私は笑って誤魔化して。
(何か……誰かが話したのかな?)
突然の事でびっくりしたものの、その時の私はそのように考えていた。特にそこまで重く考えることでもないだろうと。
だが、一度気づいてしまった違和感を境に、私の日常は大きく狂っていくことになる。
****
「あっ!忘れ物しちゃった!涼音先乗っといて!」
「あっ!携帯携帯!涼音ー!準備できたら車に先に乗っといてくれー!」
そう慌ただしく朝からしているのは、お母さんとお父さんだった。
「もーー、二人ともしっかりしてよー。寝坊した私が一番乗りってどうなのさぁ。」
夏休み、親戚の家に行くということで早起きをし、支度をしたのはいいが、毎度の如く両親は忙しい。毎回寝坊した私より忙しくしているのは、最早我が家では名物のようになっていた。
「姉ちゃん、乗っとこうぜ。」
「そうだねぇ。後、十分か二十分は来ないね。」
「三十分は来ねえだろ。」
「いやいや三十分は……ありえるか?」
そんな二人を呆れるように待つのがもう一人。今年高校一年生になった弟の瞬だ。
自分で言うのもなんだが、私達姉弟はかなり仲が良い方だと思う。一緒にゲームはするし、買い物だって一緒に行ったりする。普通は姉とゲームや買い物なんて恥ずかしいという年頃だと思うのだが、嫌な顔一つせず付き合ってくれる自慢の弟だ。
そうして車で待つこと三十分。
「俺の勝ちっ」
「もーー、遅いよーお父さんお母さん!負けちゃったじゃーん」
結果、三十分を経過して、少し経った後にお父さんとお母さんは準備を終えやってきた。
「ごめんごめん!お父さんがバタバタしちゃって!」
「母さんだって忘れ物してたじゃないかー」
「私はいいのっあなたはダメっ」
「酷いなぁ。でもまぁ早めに時間設定してて良かった。向こうには十時頃着くかな?まだ間に合いそうだ。」
お母さんとお父さんはそんな会話をしつつ、車の中でもまだ少し慌ただしい様子で。
「んじゃまあとりあえず、涼音、瞬、シートベルトは大丈夫か?」
「閉めてるよ父さん。」
「瞬は三十分前から準備万端だもんね~」
お父さんのその言葉に答えた瞬に、少しだけ私が事実を付け加える。すると
「あれぇ、瞬?昨日はめんどくさいとか言ってたのに~?」
「う、うるさいな!いいだろ別に!おじいちゃんの家行くの久しぶりなんだし……」
そこにお母さんが追い打ちをかけ、可愛い弟は頬を少し赤くさせ、そっぽを向くようにお母さんから目を逸らす。
「あっ!!」
と、そんな事をしても隣には私が居るので今度は笑ってる私と目が合うわけなのだが
「ぷっ、くく。バレちゃったねぇ。楽しみにしてたの。」
「……そういえば姉ちゃん、昨日夜中にお母さんのロールケーキ食べてたよね。」
「えっ?!」
「あーー、美味しそうだったなー。一人だけバクバク食べてたもんなー」
なぜ知っている。たまたま起きて、飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けた時にあった、最強のスイーツ。我慢は失礼だと思って、念入りに誰も居ないかを確認して食べたのに。
「涼音~?」
「……ごめんなさい。食べました!」
前に座るお母さんからの鋭い目線を感じながら私は謝った。
「へっ、お返しだ。」
弟はそう言うと悪戯な笑みを浮かべて、してやったりという顔をする。
「ぬぐぐぅ、我が弟ながら中々やりよる。」
「俺に勝とうなんて百年早い。」
「参りましたぁ。」
「はーーはっはっは。」
不覚だ。今度からはもっと周りを確認してから食べるようにしよう。
「……ふっ。何を言い合ってるんだか。全く。さっ、もう出発するぞ。」
その一連のやり取りをみてお父さんは笑ってそう言うと、車を発進させる。
車で二時間。途中、二回ほどの休憩をしながらの旅行の始まりだった。
****
夜剣村。山奥にある親戚のおじさんが住んでる村の名だ。
自然豊かで、周りを山に囲まれている大自然の中にある村で、空気もおいしく、夜なんかは虫とカエルの鳴き声がとても気持ちよく聴こえる素敵な村だ。
「いらっしゃい、久しぶりだね皆。春以来かな?」
「久しぶりー!竜爺ちゃん!」
「二日ほど、お世話になります。ほら、二人共。」
そしてその村の中でも、他の家と少し距離を置いてあるところにあるのが、お母さんが竜爺ちゃんと呼ぶ、親戚のおじさんの家だった。
なんでも、お母さんとお母さんのお姉ちゃんがとてもお世話になった人で、お父さんも何度かお世話になっている人らしい。
「涼音ちゃん、瞬くん、遠慮せずにゆっくりしていってくれなぁ。何か欲しいものがあったりとかしたら遠慮せずに、な。」
「あっ……はい。よろしくお願いします。」
ここには何度か来たことあるはずなのだが、弟は緊張しているのか、凄く固い表情でそう言うとロボットのようにゆっくりと頭を下げる。
「……」
弟が頭を下げるのと同時に、弟ほどでは無いが、私も頭を下げた。
「はは、少し緊張しているのかな?それとも少し疲れているのかな?ここまで長かっただろう。中でゆっくりとくつろぐといい。」
「じゃあじゃあお言葉に甘えて~」
ここに来るとお母さんは楽しそうにはしゃぐ。
家の中は基本畳で、全体的に和風な感じの古民家だ。親戚のおじさんの家には、定期的に顔を出しに行く様なもので、なにか特別なことをする訳でなく、本当にただのお泊まりのようなものだった。お父さんとお母さんは何やら親戚のおじさんと話すことがあるらしいけれど、私と瞬は本当にただのお泊まりだ。
「ふぅ。畳気持ちいいー!」
「……毎回思うけど、来て初めにすることがそれなの?」
部屋は二つ貸してくれる。お父さんとお母さんの部屋、そして私と瞬の部屋だ。
部屋を紹介され、中に入るとすぐに畳の上を寝転がる瞬をみて私は毎回思う。
「瞬ってさ……ここ、好きだよね。」
「うん、好きだなぁ。こういう自然いっぱいの場所好きだし、夏だあー!って感じじゃん?お泊まりもできて、俺は好きだなぁ。」
私と違って、瞬はおじさんのことをかなり気に入っている。今年も泊まりがあるとお父さんに聞かされた時、隠れて喜んでいたり、実は楽しみにしていたりと私とは正反対の印象をもっている。
「あっ……姉ちゃんは苦手なんだっけ?」
「馬鹿っ、声がでかい!」
弟は気持ちが上がっている状態のままの声で、そんなことを言い始め一瞬焦る。
「あぁごめん、確か……不気味……だからとか言ってたよね?」
先程のロールケーキの件といい、余計な事に関してはよく覚えてるのが我が弟だ。
「確か……そうだ!丁度二年前だっけ?俺と姉ちゃんで怖い話で盛り上がっててさ、おじさんに怖い話とか無いの?って俺が聞いて、その後ぐらいから姉ちゃんから苦手って聞くようになったけな。」
とことん覚えているのが我が弟だ。
「よくそんな詳しく覚えているね……」
そう、私は元々おじさんが苦手だったわけではない。二年前にあったある出来事を境に私はおじさんのことが苦手になった。
「いやいや、そりゃあ覚えてるでしょ!あんな衝撃的なことを忘れられないよ逆に!
」
「私は忘れたいけどね……」
弟はその時のことを思い出しながら話しているのか、少し興奮した様子で話している。
(……やだなぁ。ここに来ると毎回思い出しちゃうんだよねぇ。瞬のやつ、よく平然と話せるなぁ。)
嫌なことを思い出す。二年前、その日にあった不気味で恐ろしい体験のことを。
****
二年前の夏、弟と初めて親戚のおじさんの家で夜更かしをした。
「ねね、姉ちゃん!夏といえば、やっぱり怖い話でしょ!やろうよ!」
風呂上がりの私に、気前よく布団をひいてくれていたから何かあると思っていたが、つまらない事だった。
「はぁ……怖い話って……瞬が寝れなくなるだけじゃん。」
「はっ?!寝れるし!あっ……そういう姉ちゃんこそビビってるんだろ?」
よくある話で、よくある挑発。怖い話なんて所詮作り話で何故そこまで盛り上がれるのか分からない。
「そんなことを言っても、私はやらないからね。それに、明日朝早くに帰るんだから早く寝ないと。」
「ちぇっなんだよつまんねーの。」
瞬は不機嫌そうな顔をみせるも、すぐに表情を元に戻す。自分の機嫌の変化で相手を怒らせるのが嫌だとかで、弟が大事にしてることらしかった。
(ほんと、できすぎてる弟なんだよなぁ。)
私はそんなことできない。嫌なものは嫌だと言っちゃうし、態度にもでるし、とても冷めている考え方しちゃうし。少し弟が羨ましいと思っちゃう時があるくらいだ。
「あっ……閃いた!」
と、そんなことを考えていると弟が急にそんなことを言い始め
「閃いたって?」
どうせまたろくな事じゃないだろうと思いつつも、聞いてほしそうな顔をしているので聞いてみる。
「ここってさ、なんだか古い感じの田舎じゃん?」
「あんたねぇ、言葉選びなさいよ。止めてもらってるのに失礼じゃん。」
「まあまあ聞いてよ!おじさんならさ、ここならではの怖い話とか知ってんじゃないかなって思うんだけどどう?!」
「まさか、聞く気?確かにそれは少し面白そうだけど……」
少しだけ興味があった。おじさんもまだ起きている時間帯だし、こういう田舎ならではの話というのは心惹かれるものがあって
「……少しだけ、おじさんがまだ寝る準備をしてなかったら聞いてみる?」
魔が差した。夏の夜で、明日で帰ってしまうというのもあって、何かあれば面白いという気持ちからだった。
「よしっ!決まり!そうと決まったら行こうぜ姉ちゃん!」
「あっ!こら!ゆっくり静かにね!夜なんだから!」
勢いよく部屋から飛び出していく弟を追って、私もおじさんの元へ向かう。
「おっ!いたいた!おじさーーん!」
リビングにある椅子に腰掛けてるおじさんを発見し、瞬が駆け寄る。
「あれ?お父さんとお母さんは?」
遅れて私も到着するも、先程までリビングで話していたお父さんとお母さんの姿がなく
「おお、おお、涼音ちゃんに瞬くん。そんな急いでどないしたんや?お父さんとお母さんは自室に戻ってもう寝る支度しとるよ。」
落ち着いた様子でそう答えてくれるおじさんに
「ねぇおじさん!怖い話ってなんか知ってたりしますか?」
いきなり、直球で瞬がおじさんに聞く。
すると、おじさんは薄く笑い
「怖い話……怖い話な。あるよ、沢山。」
コキッコキッ
おじさんはそう言うと顎を大きく動かし、そこの骨を鳴らすとこちらを向いて
「そういうの、やっぱり気になるか。話そう話そう。そこ座りなさいな。」
おじさんは自身の前を指さしそう言う。
「やった!だから言ったろ?姉ちゃん。座ろ座ろ!」
「う、うん……」
この時。この時からだ。私がおじさんを苦手に思うようになったのは。気持ちの上がっている弟と違い、私は何故かその時、寒気が止まらなかった。これ以上は聞いてはいけないような、何故かそう思わされる不気味なものをおじさんから感じ取っていた。
「これは、ワシがまだ高校生ぐらいの時の話なんじゃがな」
そうと思っていても、身体はもう聞く体勢にはいっており、今更抜け出すなんて雰囲気でもなかったため、私は残って弟の瞬と一緒に聞いていくことになったのだが
「丁度今と同じで、夏休みのことじゃった。二日だけ母の友人の家に行くということで行ったんじゃけど、母の友人がとても無愛想な人でな、もう母以外とはほとんど話さん人やったんや。」
そうして、心がざわつく中でおじさんの話は始まっていき
「正直、すごく気まずいお泊まりで、ワシもあまりいい思いはしとらんかった。そして特に何も面白いことがある訳でもなく、帰る日になっての。そこで、初めてその母の友人が自分から話しかけてきての。」
おじさんは私達の目をみて、真剣に話してくれている。なのに、私はそのおじさんがとても怖くてたまらなかった。
どうして?と言われても何となくとしか答えられないのだが、ただただ怖かったのだ。
「竜君。涼介君にお大事にと伝えてといね。と、別れ際にそう言われてな。ワシは驚いた。何せ、涼介はワシの高校の友達じゃったからじゃ。不思議じゃろう?知っているはずがないのに、そう言われたんじゃ。そして……不思議に思ったワシは家に帰るや、涼介に連絡して確認しようとしたんじゃがな、これがなんと、涼介は車に轢かれ入院しとったんじゃよ。」
瞬がそこで、怖っ、と小声で呟くと
「それで、どうなったんですか?」
すっかり怯えた目をした瞬が続けてそう聞くと
「全治四ヶ月じゃった。ワシは見舞いに行ったんじゃが、本当に恐ろしいのはそこからじゃった。見舞いに行くと涼介がな、お前のお母さんの友人は悪魔だ、と、そう叫ばれてな。その数日後に、涼介は死んだ。」
「「えっ?……」」
その最後に、弟と一緒の声がでた。
そして、それを聞いておじさんは薄く笑うと
「どうじゃ!怖かったろう!だはは!」
そう言って豪快に笑った。私達は固まって、何も言えなくて。
「話は終わりじゃ。ささっ早く寝なさい。ワシも寝る。」
そんな私達を今度は急かすように、そう言っておじさんはその場を立ち去っていた。
「姉ちゃん……今のって……流石に作り話だよね?」
「と、当然でしょ。そうに決まってる……」
私達二人は、急いで、その後は特に話すことも無く部屋に戻り、眠りについた。
そして翌日、帰る時、車に乗り、窓からありがとうございましたと伝えた瞬間
「涼音ちゃん、智君にお大事にと伝えといてくれな。」
「えっ……?」
おじさんにそう言われ、私は昨日の話を思い出し、そしてそれがどういう事なのかを考え
「あっ……」
そしてその予感は的中した。同級生の智は高所から落下し、両足を折るという大怪我をしていた。それを知ったのは夏休みがあけてからで
「おじさんに……ありがとうと言っといてくれ。」
特に喋ったこともなかった智君にそう言われ
コキッコキッ
顎を大きく動かし、そう鳴らした後に
「じゃっ。」
そう言って、智君は立ち去っていった。言葉の通り、彼はその日以降、学校に来なくなった。
根拠があるわけではないけれど、間違いなくおじさんが関わっているという確信があり、私はその日からおじさんのことがとにかく怖く、苦手になったんだ。
****
その日は朝からおじさんの農業の手伝いから始まった。
「助かるよ。」
「いいのいいの、来てる時ぐらいしか手伝えないからどんと言って!」
「微力ながら、手伝わせていただきます。」
おじさんとお母さんとお父さんが、農業の手伝いをし、私と瞬は好きに遊んでいていいということだった。
「つまんねーのー。なぁ姉ちゃん、どっか探検行かね?」
「……そうだねぇ。ずっとみてるだけってのも面白くないし。」
瞬にそう言われ、私もそれにのっかる。
「お母さん!ちょっと探検してくる!遅くならないうちに戻ってくるから!」
お母さんにそう叫ぶと
「はいはーい!行ってらっしゃい!」
「気をつけるんだぞ~!」
お母さんとお父さんが汗を拭いながら、そう返事をする。
「行こっか。」
「おっしゃあ!」
許可がでたので、私は瞬と村の探検にでた。と言っても、もう何度も来ている場所なので特に探検するような場所もなく、ただ無理矢理時間を潰すだけの散歩にすぎないのだが
「はぁ……面白くない……」
弟は走って楽しんでいるが、私からしたら何一つ楽しくない時間が続いた。
結局、夕方辺りまでそれが続き、家族全員が揃ったのは晩御飯の時だった。
「今日はお疲れ様。悪いね、涼音ちゃんも瞬君も。暇だったろう。何か用意しておけば良かったね。これはほんのお詫びだ。」
目の前に並ぶ豪華なお寿司とスパゲッティに、唐揚げ。
「大丈夫です!!」
「うん、大丈夫でした!!」
おじさんの用意してくれていた晩御飯に弟も私もメロメロになり、正直どうでも良くなった。
そうして、その後は各自お風呂に入り、何事もなく一日目が終わった。
二年前のこともあり、正直、夏のお泊まりにはいい思いがなく、かなり警戒していたのだが、考えすぎていたようだった。
(おじさんも……なんだが前より絡みやすい感じもするし……)
不思議なくらいに、楽しかった初日を思い返し、私は眠りについた。
そして、二日目もほとんどが変わらない内容だった。過去のことを忘れるくらいに楽しいことしかなかった。主に食事面で。
「いやーー、やっぱおじさんの家最高だな!」
「うん……なんだか、印象変わったかも。」
最終日も何事もなく、弟の瞬とそんな会話をして、私は眠りについた。
そして翌日、帰る時のこと。
「おじさん、二日間ありがとうございました」
皆が車に乗り、帰る支度をしている時、私はたまたまおじさんと話す機会があったので、今まで失礼な思いを持っていたことに対する謝罪も含めて、おじさんにそう伝えた。
「ええんやええんや、楽しんでもらえたのなら何よりや。」
おじさんは笑顔でそう話してくれて
「本当に、ありがとうございました!では!」
伝えるべきことを伝え、私がいざ帰ろうと車に向かおう振り向いた時だった。
「あぁ、最後に。鏡子ちゃんにお大事にって伝えといてくれなぁ。」
「えっ……」
後ろからおじさんにそう言われたんだ。
****
帰り道、私は気が気ではなかった。鏡子のことが心配で心配で仕方がなかった。
「急いで帰ろ!もっと急いで!」
お父さんとお母さん、そして瞬にも迷惑をかけると分かっていながら、何度もそう伝え、帰るのを急いだ。
鏡子の携帯にも何度も連絡をしたが、一向に返事がなく、より不安は強まった。
「姉ちゃん?どうしたそんなに急いで」
「何か用事でも思い出したの?」
弟とお母さんが心配して聞いてくれるが、正直におじさんの話ができるはずもなく
「と、とりあえず急いで!」
「んじゃぁ、そのまま帰るぞー」
私があまりに必死だったからか、お父さんさんもできるかぎり近道などもしてくれた。
「ここ!ここでいい!ここで降ろして!」
まだ家まであと少しあるところで、私はそう言って降ろしてもらい鏡子の家へと全力で走った。
(ありえない……そんなこと絶対ありえないよね……)
たった一度。智君のは偶然に偶然が重なっただけで、居なくなったのだって何か言えない事情があったはずだからで
「嫌だ……」
どれだけ誤魔化しの思考をしても、嫌な不安が、嫌な想像が止まらない。それが私の感情を揺すぶって、どんどん不安が高まっていって
「鏡子!!」
鏡子の家に着き、チャイムを鳴らし彼女のでてくれることを祈る。
(お願い……私の想像がただの妄想だったって……)
笑い話になってほしい。心配のしすぎだと笑ってほしい。
「あれ?涼音?どうしたの?」
と、そこで後ろから求めていた声が聞こえ
「鏡子!!」
「うええ?!どうしたの?!」
「どこからどう見ても無事な鏡子だ!」
「はぁ?あんた大丈夫?いきなり家の前にいるし、急に抱きついてきたかと思えば、変なこと言い始めるし……どうしたの?」
何も変わらない親友の姿に、私は安心しきって彼女に思いっきり抱きついた。彼女がとても心配そうに私のことを抱きしめ返してくれる。
「ちょっと……ね。色々あってさ……心配で……でも、もう大丈夫!」
「そ、そう?あんたがもう大丈夫なら、それでいいんだけど……」
お互い少し離れる。改めて、親友の姿を見るも、何一つ変わらずこちらに微笑み返してくれる彼女の姿をみて心底安心する。
「それで?何があったの?」
「いや……本当にもう大丈夫!馬鹿馬鹿しいことだから、気にしないで!」
「そ?じゃっ私、家に戻るね。」
「うん!じゃっ、ごめんね!急に!また遊ぼ!」
そう言って、私は彼女の家を後にしようとしたところ
「あっ待って!涼音!」
と、呼び止められ振り返る。
コキッコキッ
「えっ……?」
振り向くと彼女は、顎を大きく動かし音を鳴らすと、薄く笑って
「お父さんとお母さん、それと弟の瞬君に、お大事にって言っといてね?」
彼女はそう言うと、そのまま家の方へと戻っていった。
****
「はぁ……はぁ……違う……今のは違う……絶対に……ありえないよ……だって……」
確認したい。嘘だって言ってほしい。
でも、もしそうじゃなかったら。またあの薄く笑ってる顔をされたらと思うと、私は怖くて彼女のことを呼び止めることができなかった。
「お父さん……お母さん……瞬!」
私は親友から目を背けるように、走り出す。
「お父さんとお母さん、それと弟の瞬君にお大事にって言っといてね?」
おじさんの時と同じ。全く同じ言い方で、私にそう言った親友の言葉を思い出し、私は気が狂いそうな気持ちになる。
(どうして……?なんなの……何がおきてるの?)
寒気、不安、悪寒、恐怖、それら全てに襲われる。気が気じゃなく、あの薄ら笑いをするおじさんと親友の顔が脳裏から離れてくれない。
「はぁ……はぁ……」
精神的に追い詰められているせいか、息切れ、疲労、そういったものがいつもより苦しく感じる。それでも、今は走らなければいけなかった。
「あそこ……着いた!」
親友の家から自宅まで、止まることなく走り続け
「ただいま!お父さん、お母さん!瞬!いる?」
勢いよく家に入り、私は叫んだ。
「おっ、帰ってきたのか。おかえり涼音。それでどうしたんだ?用事は終わったのか?」
「あら、おかえり。もう大丈夫なの?」
「ほんっと今日の姉ちゃん、慌ただしく動きすぎだよ。どうしたの?」
お父さんも、お母さんも、弟の瞬も、皆変わらなかった。私を心配するように、玄関に皆で集まってきてくれる。
「ねえ……何か私に言うことない?」
それでも、私の不安は消えることがなかった。先程の親友の姿が、言葉が脳裏に深く残っていて、もしかしたら皆もと
「いや、涼音の方こそ何かあったんじゃないのか?」
「そうよ、急に急いで帰ってなんて言いだすかと思ったら、今度は途中で降ろしてなんて言ってどっか行っちゃうんだもの。」
「姉ちゃん、今日どこかおかしいぜ?本当に大丈夫か?」
お父さんも、お母さんも、瞬も、心配そうに私の方をみてくる。
「なにも……ない……?」
皆の変わらない態度に、私は安堵した。
「……じゃあ一体、鏡子は……」
私の中で、おじさんと鏡子の薄く笑ってる姿が思い出される。
そして、鏡子がおじさんのことを知っていた事も思い出し、私の中での謎がどんどん深まっていく。
(鏡子……もう一度会いに行こう。きっとなにかの間違いだ……)
変わった親友の姿を思い出し、身体が少し震える。馬鹿馬鹿しいと分かっていても、現実におきていることだと考えると、恐ろしくてたまらない。
「……瞬!それとお父さん、お母さん!やっぱりもう一度でかけてくる!」
私はそう言って、家をとびだした。
変わった親友と、会ってもう一度話そうと、走り出して
「お大事にな涼音。」
「お大事に行ってくるのよ涼音。」
「姉ちゃん、気をつけて、お大事に行ってこいよ。」
コキッ、コキッ、コキッ、コキッ、コキッ、コキッ
「……は?」
後ろから、そう変わった音がして、私は一人になった。
「あっ!そうだ!涼音のさ、親戚のおじさんってほんっといい人だよね!」
「えっ?」
その日、いつものようにクラスの友人と帰っていた時、友人からでたその言葉に、立ち止まってしまうほどの衝撃をうけた。
何気なく発せられたであろうその言葉は、私にとっては不気味な違和感を感じさせるには充分すぎる言葉だったからだ。
「この前あってさ、アイス買ってもらっちゃった!なんかごめんね!」
続けてそんなことを話し始める友人。
「ま、待って!鏡子!」
私は少し前を歩く友人である鏡子を呼び止めた。自分の中に生じた違和感を確認せずにはいられなかったからだ。
「ん?どしたの?」
立ち止まって振り向く鏡子は、いつもと変わらない顔で、いつもと変わらない態度で私にそう言う。そのいつも通りの態度に私は寒気を感じながら
「どうしたのって……私、鏡子に親戚のおじさんの話、したことあったけ?」
違和感の正体である疑問を、友人に話す。
私に親戚のおじさんがいるのは事実だ。だが、それは誰にも話したことの無い話で。勿論、親友である鏡子にも話したことはない。
この事を知っているのはお母さんとお父さん、それに一つ下の弟だけのはずなのだが。
「……どうしてって、結構前から、涼音が私に自慢してきてたじゃない。」
「自慢……?私が……?」
ありえない話だった。こう言うのもなんだが、私は親戚のおじさんの事を良く思っていない。ただ、嫌いという訳ではなく、おじさんの話す内容が、毎度私の心をざわつかせるものばっかりで、苦手意識があるという意味でだ。
自宅から車で二時間。山奥の小さな村にある一軒家。春休みや夏休みといった、少し長い休みの期間に何度か会いに行くことがある人なのだが、私はとにかく苦手だった。
「涼音……?」
「あ、いやなんでもない。ごめん忘れて!」
「なにそれっ……変なのっ」
「ごめんね!ははは!」
不自然な反応だった私をみて、私の顔を覗き込むようにして鏡子は心配してくれる。それを私は笑って誤魔化して。
(何か……誰かが話したのかな?)
突然の事でびっくりしたものの、その時の私はそのように考えていた。特にそこまで重く考えることでもないだろうと。
だが、一度気づいてしまった違和感を境に、私の日常は大きく狂っていくことになる。
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「あっ!忘れ物しちゃった!涼音先乗っといて!」
「あっ!携帯携帯!涼音ー!準備できたら車に先に乗っといてくれー!」
そう慌ただしく朝からしているのは、お母さんとお父さんだった。
「もーー、二人ともしっかりしてよー。寝坊した私が一番乗りってどうなのさぁ。」
夏休み、親戚の家に行くということで早起きをし、支度をしたのはいいが、毎度の如く両親は忙しい。毎回寝坊した私より忙しくしているのは、最早我が家では名物のようになっていた。
「姉ちゃん、乗っとこうぜ。」
「そうだねぇ。後、十分か二十分は来ないね。」
「三十分は来ねえだろ。」
「いやいや三十分は……ありえるか?」
そんな二人を呆れるように待つのがもう一人。今年高校一年生になった弟の瞬だ。
自分で言うのもなんだが、私達姉弟はかなり仲が良い方だと思う。一緒にゲームはするし、買い物だって一緒に行ったりする。普通は姉とゲームや買い物なんて恥ずかしいという年頃だと思うのだが、嫌な顔一つせず付き合ってくれる自慢の弟だ。
そうして車で待つこと三十分。
「俺の勝ちっ」
「もーー、遅いよーお父さんお母さん!負けちゃったじゃーん」
結果、三十分を経過して、少し経った後にお父さんとお母さんは準備を終えやってきた。
「ごめんごめん!お父さんがバタバタしちゃって!」
「母さんだって忘れ物してたじゃないかー」
「私はいいのっあなたはダメっ」
「酷いなぁ。でもまぁ早めに時間設定してて良かった。向こうには十時頃着くかな?まだ間に合いそうだ。」
お母さんとお父さんはそんな会話をしつつ、車の中でもまだ少し慌ただしい様子で。
「んじゃまあとりあえず、涼音、瞬、シートベルトは大丈夫か?」
「閉めてるよ父さん。」
「瞬は三十分前から準備万端だもんね~」
お父さんのその言葉に答えた瞬に、少しだけ私が事実を付け加える。すると
「あれぇ、瞬?昨日はめんどくさいとか言ってたのに~?」
「う、うるさいな!いいだろ別に!おじいちゃんの家行くの久しぶりなんだし……」
そこにお母さんが追い打ちをかけ、可愛い弟は頬を少し赤くさせ、そっぽを向くようにお母さんから目を逸らす。
「あっ!!」
と、そんな事をしても隣には私が居るので今度は笑ってる私と目が合うわけなのだが
「ぷっ、くく。バレちゃったねぇ。楽しみにしてたの。」
「……そういえば姉ちゃん、昨日夜中にお母さんのロールケーキ食べてたよね。」
「えっ?!」
「あーー、美味しそうだったなー。一人だけバクバク食べてたもんなー」
なぜ知っている。たまたま起きて、飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けた時にあった、最強のスイーツ。我慢は失礼だと思って、念入りに誰も居ないかを確認して食べたのに。
「涼音~?」
「……ごめんなさい。食べました!」
前に座るお母さんからの鋭い目線を感じながら私は謝った。
「へっ、お返しだ。」
弟はそう言うと悪戯な笑みを浮かべて、してやったりという顔をする。
「ぬぐぐぅ、我が弟ながら中々やりよる。」
「俺に勝とうなんて百年早い。」
「参りましたぁ。」
「はーーはっはっは。」
不覚だ。今度からはもっと周りを確認してから食べるようにしよう。
「……ふっ。何を言い合ってるんだか。全く。さっ、もう出発するぞ。」
その一連のやり取りをみてお父さんは笑ってそう言うと、車を発進させる。
車で二時間。途中、二回ほどの休憩をしながらの旅行の始まりだった。
****
夜剣村。山奥にある親戚のおじさんが住んでる村の名だ。
自然豊かで、周りを山に囲まれている大自然の中にある村で、空気もおいしく、夜なんかは虫とカエルの鳴き声がとても気持ちよく聴こえる素敵な村だ。
「いらっしゃい、久しぶりだね皆。春以来かな?」
「久しぶりー!竜爺ちゃん!」
「二日ほど、お世話になります。ほら、二人共。」
そしてその村の中でも、他の家と少し距離を置いてあるところにあるのが、お母さんが竜爺ちゃんと呼ぶ、親戚のおじさんの家だった。
なんでも、お母さんとお母さんのお姉ちゃんがとてもお世話になった人で、お父さんも何度かお世話になっている人らしい。
「涼音ちゃん、瞬くん、遠慮せずにゆっくりしていってくれなぁ。何か欲しいものがあったりとかしたら遠慮せずに、な。」
「あっ……はい。よろしくお願いします。」
ここには何度か来たことあるはずなのだが、弟は緊張しているのか、凄く固い表情でそう言うとロボットのようにゆっくりと頭を下げる。
「……」
弟が頭を下げるのと同時に、弟ほどでは無いが、私も頭を下げた。
「はは、少し緊張しているのかな?それとも少し疲れているのかな?ここまで長かっただろう。中でゆっくりとくつろぐといい。」
「じゃあじゃあお言葉に甘えて~」
ここに来るとお母さんは楽しそうにはしゃぐ。
家の中は基本畳で、全体的に和風な感じの古民家だ。親戚のおじさんの家には、定期的に顔を出しに行く様なもので、なにか特別なことをする訳でなく、本当にただのお泊まりのようなものだった。お父さんとお母さんは何やら親戚のおじさんと話すことがあるらしいけれど、私と瞬は本当にただのお泊まりだ。
「ふぅ。畳気持ちいいー!」
「……毎回思うけど、来て初めにすることがそれなの?」
部屋は二つ貸してくれる。お父さんとお母さんの部屋、そして私と瞬の部屋だ。
部屋を紹介され、中に入るとすぐに畳の上を寝転がる瞬をみて私は毎回思う。
「瞬ってさ……ここ、好きだよね。」
「うん、好きだなぁ。こういう自然いっぱいの場所好きだし、夏だあー!って感じじゃん?お泊まりもできて、俺は好きだなぁ。」
私と違って、瞬はおじさんのことをかなり気に入っている。今年も泊まりがあるとお父さんに聞かされた時、隠れて喜んでいたり、実は楽しみにしていたりと私とは正反対の印象をもっている。
「あっ……姉ちゃんは苦手なんだっけ?」
「馬鹿っ、声がでかい!」
弟は気持ちが上がっている状態のままの声で、そんなことを言い始め一瞬焦る。
「あぁごめん、確か……不気味……だからとか言ってたよね?」
先程のロールケーキの件といい、余計な事に関してはよく覚えてるのが我が弟だ。
「確か……そうだ!丁度二年前だっけ?俺と姉ちゃんで怖い話で盛り上がっててさ、おじさんに怖い話とか無いの?って俺が聞いて、その後ぐらいから姉ちゃんから苦手って聞くようになったけな。」
とことん覚えているのが我が弟だ。
「よくそんな詳しく覚えているね……」
そう、私は元々おじさんが苦手だったわけではない。二年前にあったある出来事を境に私はおじさんのことが苦手になった。
「いやいや、そりゃあ覚えてるでしょ!あんな衝撃的なことを忘れられないよ逆に!
」
「私は忘れたいけどね……」
弟はその時のことを思い出しながら話しているのか、少し興奮した様子で話している。
(……やだなぁ。ここに来ると毎回思い出しちゃうんだよねぇ。瞬のやつ、よく平然と話せるなぁ。)
嫌なことを思い出す。二年前、その日にあった不気味で恐ろしい体験のことを。
****
二年前の夏、弟と初めて親戚のおじさんの家で夜更かしをした。
「ねね、姉ちゃん!夏といえば、やっぱり怖い話でしょ!やろうよ!」
風呂上がりの私に、気前よく布団をひいてくれていたから何かあると思っていたが、つまらない事だった。
「はぁ……怖い話って……瞬が寝れなくなるだけじゃん。」
「はっ?!寝れるし!あっ……そういう姉ちゃんこそビビってるんだろ?」
よくある話で、よくある挑発。怖い話なんて所詮作り話で何故そこまで盛り上がれるのか分からない。
「そんなことを言っても、私はやらないからね。それに、明日朝早くに帰るんだから早く寝ないと。」
「ちぇっなんだよつまんねーの。」
瞬は不機嫌そうな顔をみせるも、すぐに表情を元に戻す。自分の機嫌の変化で相手を怒らせるのが嫌だとかで、弟が大事にしてることらしかった。
(ほんと、できすぎてる弟なんだよなぁ。)
私はそんなことできない。嫌なものは嫌だと言っちゃうし、態度にもでるし、とても冷めている考え方しちゃうし。少し弟が羨ましいと思っちゃう時があるくらいだ。
「あっ……閃いた!」
と、そんなことを考えていると弟が急にそんなことを言い始め
「閃いたって?」
どうせまたろくな事じゃないだろうと思いつつも、聞いてほしそうな顔をしているので聞いてみる。
「ここってさ、なんだか古い感じの田舎じゃん?」
「あんたねぇ、言葉選びなさいよ。止めてもらってるのに失礼じゃん。」
「まあまあ聞いてよ!おじさんならさ、ここならではの怖い話とか知ってんじゃないかなって思うんだけどどう?!」
「まさか、聞く気?確かにそれは少し面白そうだけど……」
少しだけ興味があった。おじさんもまだ起きている時間帯だし、こういう田舎ならではの話というのは心惹かれるものがあって
「……少しだけ、おじさんがまだ寝る準備をしてなかったら聞いてみる?」
魔が差した。夏の夜で、明日で帰ってしまうというのもあって、何かあれば面白いという気持ちからだった。
「よしっ!決まり!そうと決まったら行こうぜ姉ちゃん!」
「あっ!こら!ゆっくり静かにね!夜なんだから!」
勢いよく部屋から飛び出していく弟を追って、私もおじさんの元へ向かう。
「おっ!いたいた!おじさーーん!」
リビングにある椅子に腰掛けてるおじさんを発見し、瞬が駆け寄る。
「あれ?お父さんとお母さんは?」
遅れて私も到着するも、先程までリビングで話していたお父さんとお母さんの姿がなく
「おお、おお、涼音ちゃんに瞬くん。そんな急いでどないしたんや?お父さんとお母さんは自室に戻ってもう寝る支度しとるよ。」
落ち着いた様子でそう答えてくれるおじさんに
「ねぇおじさん!怖い話ってなんか知ってたりしますか?」
いきなり、直球で瞬がおじさんに聞く。
すると、おじさんは薄く笑い
「怖い話……怖い話な。あるよ、沢山。」
コキッコキッ
おじさんはそう言うと顎を大きく動かし、そこの骨を鳴らすとこちらを向いて
「そういうの、やっぱり気になるか。話そう話そう。そこ座りなさいな。」
おじさんは自身の前を指さしそう言う。
「やった!だから言ったろ?姉ちゃん。座ろ座ろ!」
「う、うん……」
この時。この時からだ。私がおじさんを苦手に思うようになったのは。気持ちの上がっている弟と違い、私は何故かその時、寒気が止まらなかった。これ以上は聞いてはいけないような、何故かそう思わされる不気味なものをおじさんから感じ取っていた。
「これは、ワシがまだ高校生ぐらいの時の話なんじゃがな」
そうと思っていても、身体はもう聞く体勢にはいっており、今更抜け出すなんて雰囲気でもなかったため、私は残って弟の瞬と一緒に聞いていくことになったのだが
「丁度今と同じで、夏休みのことじゃった。二日だけ母の友人の家に行くということで行ったんじゃけど、母の友人がとても無愛想な人でな、もう母以外とはほとんど話さん人やったんや。」
そうして、心がざわつく中でおじさんの話は始まっていき
「正直、すごく気まずいお泊まりで、ワシもあまりいい思いはしとらんかった。そして特に何も面白いことがある訳でもなく、帰る日になっての。そこで、初めてその母の友人が自分から話しかけてきての。」
おじさんは私達の目をみて、真剣に話してくれている。なのに、私はそのおじさんがとても怖くてたまらなかった。
どうして?と言われても何となくとしか答えられないのだが、ただただ怖かったのだ。
「竜君。涼介君にお大事にと伝えてといね。と、別れ際にそう言われてな。ワシは驚いた。何せ、涼介はワシの高校の友達じゃったからじゃ。不思議じゃろう?知っているはずがないのに、そう言われたんじゃ。そして……不思議に思ったワシは家に帰るや、涼介に連絡して確認しようとしたんじゃがな、これがなんと、涼介は車に轢かれ入院しとったんじゃよ。」
瞬がそこで、怖っ、と小声で呟くと
「それで、どうなったんですか?」
すっかり怯えた目をした瞬が続けてそう聞くと
「全治四ヶ月じゃった。ワシは見舞いに行ったんじゃが、本当に恐ろしいのはそこからじゃった。見舞いに行くと涼介がな、お前のお母さんの友人は悪魔だ、と、そう叫ばれてな。その数日後に、涼介は死んだ。」
「「えっ?……」」
その最後に、弟と一緒の声がでた。
そして、それを聞いておじさんは薄く笑うと
「どうじゃ!怖かったろう!だはは!」
そう言って豪快に笑った。私達は固まって、何も言えなくて。
「話は終わりじゃ。ささっ早く寝なさい。ワシも寝る。」
そんな私達を今度は急かすように、そう言っておじさんはその場を立ち去っていた。
「姉ちゃん……今のって……流石に作り話だよね?」
「と、当然でしょ。そうに決まってる……」
私達二人は、急いで、その後は特に話すことも無く部屋に戻り、眠りについた。
そして翌日、帰る時、車に乗り、窓からありがとうございましたと伝えた瞬間
「涼音ちゃん、智君にお大事にと伝えといてくれな。」
「えっ……?」
おじさんにそう言われ、私は昨日の話を思い出し、そしてそれがどういう事なのかを考え
「あっ……」
そしてその予感は的中した。同級生の智は高所から落下し、両足を折るという大怪我をしていた。それを知ったのは夏休みがあけてからで
「おじさんに……ありがとうと言っといてくれ。」
特に喋ったこともなかった智君にそう言われ
コキッコキッ
顎を大きく動かし、そう鳴らした後に
「じゃっ。」
そう言って、智君は立ち去っていった。言葉の通り、彼はその日以降、学校に来なくなった。
根拠があるわけではないけれど、間違いなくおじさんが関わっているという確信があり、私はその日からおじさんのことがとにかく怖く、苦手になったんだ。
****
その日は朝からおじさんの農業の手伝いから始まった。
「助かるよ。」
「いいのいいの、来てる時ぐらいしか手伝えないからどんと言って!」
「微力ながら、手伝わせていただきます。」
おじさんとお母さんとお父さんが、農業の手伝いをし、私と瞬は好きに遊んでいていいということだった。
「つまんねーのー。なぁ姉ちゃん、どっか探検行かね?」
「……そうだねぇ。ずっとみてるだけってのも面白くないし。」
瞬にそう言われ、私もそれにのっかる。
「お母さん!ちょっと探検してくる!遅くならないうちに戻ってくるから!」
お母さんにそう叫ぶと
「はいはーい!行ってらっしゃい!」
「気をつけるんだぞ~!」
お母さんとお父さんが汗を拭いながら、そう返事をする。
「行こっか。」
「おっしゃあ!」
許可がでたので、私は瞬と村の探検にでた。と言っても、もう何度も来ている場所なので特に探検するような場所もなく、ただ無理矢理時間を潰すだけの散歩にすぎないのだが
「はぁ……面白くない……」
弟は走って楽しんでいるが、私からしたら何一つ楽しくない時間が続いた。
結局、夕方辺りまでそれが続き、家族全員が揃ったのは晩御飯の時だった。
「今日はお疲れ様。悪いね、涼音ちゃんも瞬君も。暇だったろう。何か用意しておけば良かったね。これはほんのお詫びだ。」
目の前に並ぶ豪華なお寿司とスパゲッティに、唐揚げ。
「大丈夫です!!」
「うん、大丈夫でした!!」
おじさんの用意してくれていた晩御飯に弟も私もメロメロになり、正直どうでも良くなった。
そうして、その後は各自お風呂に入り、何事もなく一日目が終わった。
二年前のこともあり、正直、夏のお泊まりにはいい思いがなく、かなり警戒していたのだが、考えすぎていたようだった。
(おじさんも……なんだが前より絡みやすい感じもするし……)
不思議なくらいに、楽しかった初日を思い返し、私は眠りについた。
そして、二日目もほとんどが変わらない内容だった。過去のことを忘れるくらいに楽しいことしかなかった。主に食事面で。
「いやーー、やっぱおじさんの家最高だな!」
「うん……なんだか、印象変わったかも。」
最終日も何事もなく、弟の瞬とそんな会話をして、私は眠りについた。
そして翌日、帰る時のこと。
「おじさん、二日間ありがとうございました」
皆が車に乗り、帰る支度をしている時、私はたまたまおじさんと話す機会があったので、今まで失礼な思いを持っていたことに対する謝罪も含めて、おじさんにそう伝えた。
「ええんやええんや、楽しんでもらえたのなら何よりや。」
おじさんは笑顔でそう話してくれて
「本当に、ありがとうございました!では!」
伝えるべきことを伝え、私がいざ帰ろうと車に向かおう振り向いた時だった。
「あぁ、最後に。鏡子ちゃんにお大事にって伝えといてくれなぁ。」
「えっ……」
後ろからおじさんにそう言われたんだ。
****
帰り道、私は気が気ではなかった。鏡子のことが心配で心配で仕方がなかった。
「急いで帰ろ!もっと急いで!」
お父さんとお母さん、そして瞬にも迷惑をかけると分かっていながら、何度もそう伝え、帰るのを急いだ。
鏡子の携帯にも何度も連絡をしたが、一向に返事がなく、より不安は強まった。
「姉ちゃん?どうしたそんなに急いで」
「何か用事でも思い出したの?」
弟とお母さんが心配して聞いてくれるが、正直におじさんの話ができるはずもなく
「と、とりあえず急いで!」
「んじゃぁ、そのまま帰るぞー」
私があまりに必死だったからか、お父さんさんもできるかぎり近道などもしてくれた。
「ここ!ここでいい!ここで降ろして!」
まだ家まであと少しあるところで、私はそう言って降ろしてもらい鏡子の家へと全力で走った。
(ありえない……そんなこと絶対ありえないよね……)
たった一度。智君のは偶然に偶然が重なっただけで、居なくなったのだって何か言えない事情があったはずだからで
「嫌だ……」
どれだけ誤魔化しの思考をしても、嫌な不安が、嫌な想像が止まらない。それが私の感情を揺すぶって、どんどん不安が高まっていって
「鏡子!!」
鏡子の家に着き、チャイムを鳴らし彼女のでてくれることを祈る。
(お願い……私の想像がただの妄想だったって……)
笑い話になってほしい。心配のしすぎだと笑ってほしい。
「あれ?涼音?どうしたの?」
と、そこで後ろから求めていた声が聞こえ
「鏡子!!」
「うええ?!どうしたの?!」
「どこからどう見ても無事な鏡子だ!」
「はぁ?あんた大丈夫?いきなり家の前にいるし、急に抱きついてきたかと思えば、変なこと言い始めるし……どうしたの?」
何も変わらない親友の姿に、私は安心しきって彼女に思いっきり抱きついた。彼女がとても心配そうに私のことを抱きしめ返してくれる。
「ちょっと……ね。色々あってさ……心配で……でも、もう大丈夫!」
「そ、そう?あんたがもう大丈夫なら、それでいいんだけど……」
お互い少し離れる。改めて、親友の姿を見るも、何一つ変わらずこちらに微笑み返してくれる彼女の姿をみて心底安心する。
「それで?何があったの?」
「いや……本当にもう大丈夫!馬鹿馬鹿しいことだから、気にしないで!」
「そ?じゃっ私、家に戻るね。」
「うん!じゃっ、ごめんね!急に!また遊ぼ!」
そう言って、私は彼女の家を後にしようとしたところ
「あっ待って!涼音!」
と、呼び止められ振り返る。
コキッコキッ
「えっ……?」
振り向くと彼女は、顎を大きく動かし音を鳴らすと、薄く笑って
「お父さんとお母さん、それと弟の瞬君に、お大事にって言っといてね?」
彼女はそう言うと、そのまま家の方へと戻っていった。
****
「はぁ……はぁ……違う……今のは違う……絶対に……ありえないよ……だって……」
確認したい。嘘だって言ってほしい。
でも、もしそうじゃなかったら。またあの薄く笑ってる顔をされたらと思うと、私は怖くて彼女のことを呼び止めることができなかった。
「お父さん……お母さん……瞬!」
私は親友から目を背けるように、走り出す。
「お父さんとお母さん、それと弟の瞬君にお大事にって言っといてね?」
おじさんの時と同じ。全く同じ言い方で、私にそう言った親友の言葉を思い出し、私は気が狂いそうな気持ちになる。
(どうして……?なんなの……何がおきてるの?)
寒気、不安、悪寒、恐怖、それら全てに襲われる。気が気じゃなく、あの薄ら笑いをするおじさんと親友の顔が脳裏から離れてくれない。
「はぁ……はぁ……」
精神的に追い詰められているせいか、息切れ、疲労、そういったものがいつもより苦しく感じる。それでも、今は走らなければいけなかった。
「あそこ……着いた!」
親友の家から自宅まで、止まることなく走り続け
「ただいま!お父さん、お母さん!瞬!いる?」
勢いよく家に入り、私は叫んだ。
「おっ、帰ってきたのか。おかえり涼音。それでどうしたんだ?用事は終わったのか?」
「あら、おかえり。もう大丈夫なの?」
「ほんっと今日の姉ちゃん、慌ただしく動きすぎだよ。どうしたの?」
お父さんも、お母さんも、弟の瞬も、皆変わらなかった。私を心配するように、玄関に皆で集まってきてくれる。
「ねえ……何か私に言うことない?」
それでも、私の不安は消えることがなかった。先程の親友の姿が、言葉が脳裏に深く残っていて、もしかしたら皆もと
「いや、涼音の方こそ何かあったんじゃないのか?」
「そうよ、急に急いで帰ってなんて言いだすかと思ったら、今度は途中で降ろしてなんて言ってどっか行っちゃうんだもの。」
「姉ちゃん、今日どこかおかしいぜ?本当に大丈夫か?」
お父さんも、お母さんも、瞬も、心配そうに私の方をみてくる。
「なにも……ない……?」
皆の変わらない態度に、私は安堵した。
「……じゃあ一体、鏡子は……」
私の中で、おじさんと鏡子の薄く笑ってる姿が思い出される。
そして、鏡子がおじさんのことを知っていた事も思い出し、私の中での謎がどんどん深まっていく。
(鏡子……もう一度会いに行こう。きっとなにかの間違いだ……)
変わった親友の姿を思い出し、身体が少し震える。馬鹿馬鹿しいと分かっていても、現実におきていることだと考えると、恐ろしくてたまらない。
「……瞬!それとお父さん、お母さん!やっぱりもう一度でかけてくる!」
私はそう言って、家をとびだした。
変わった親友と、会ってもう一度話そうと、走り出して
「お大事にな涼音。」
「お大事に行ってくるのよ涼音。」
「姉ちゃん、気をつけて、お大事に行ってこいよ。」
コキッ、コキッ、コキッ、コキッ、コキッ、コキッ
「……は?」
後ろから、そう変わった音がして、私は一人になった。
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