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べとべと
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中学のクラスメイトに、気になる女子がいる。
彼女はいつも、柑橘系の薫りを漂わせる少女だ。
百合のような上品な容姿と、小春日和みたいな穏和な性格から男女ともに人気のある、そんな女の子だ。
彼女の周りには人が集まり、なにやらいつも楽しそう。
でも、気になる理由はほかにあった。
彼女はいつも、左頬に真っ黒な何かをべったりと付けているのだ。
白くて艶やかな彼女の頬は、その部分だけ重油の流出で汚れた海のようにどす黒くなっていた。
だからいつも、彼女に目がいってしまうのだ。
けれども、それが見えているのはわたしだけらしい。
友達にそれとなく聞いても、不思議な顔をされるだけで、すぐに別の話題に変えられてしまう。
本人も気づいていないらしい。
トイレでこっそりお化粧をしてるのを見かけた時も、パフに粘着力のある黒いものがつくのもお構いなしに、ファンデーションを塗りたくっていた。
実は彼女にそれがくっついた瞬間をわたしは見ている。
あれは梅雨が明けたばかりの、蒸し暑い日のことだった。
クラスの何人かがグランドの線引きを任されていて、その中に彼女とわたしも含まれていた。
初夏とは思えない唸るような陽光がグランドを照りつけ、視界が揺れて見えた。
湿度の高い空気が肺に入り息苦しかった。
吹き出る汗を首にかけていたタオルで拭き、わたしたちは真っ赤なライン引きを転がしていた。
ふと見上げると、グランドの脇にある巨木の――その幹にもたれるように彼女は座っていた。
周りにいるクラスメイトがペットボトルを心配そうに差し出していて、彼女はそれを申し訳なさそうに受け取っていた。
熱中症になっちゃったのかな?
なんてぼんやり考えていると、彼女の頭上に真っ黒の線がすぅーっと降りてきているのに気が付いた。
目をこすってよく見直したがそれは消えることはなく、ゆっくりゆっくりと延びていった。
そして、彼女の左頬に着地し、そのままくっついて離れなくなった。
だがそれを、誰一人指摘する者はいなかった。
わたしはどうしても気になって、その日の昼休み、彼女が座っていた木を調べてみた。
でも、いくら見上げてもあの黒い物が落ちてくる様子は無かったし、それの発生源らしいものも見あたらず、広く伸ばした枝とそこに広がる緑色の葉っぱが見えるだけだった。
すると、不審な動きをするわたしに、用務員さんが声をかけてきた。
そのおじいさんは何十年もこの学校に勤めているとのことで、わたしの荒唐無稽な話にも何度もうなずき聞いてくれた。
「それは”べとべと”じゃな」
「べとべと?」
「何年に一回か、そういう話を聞くんじゃわ。
かわいそうにのぅ」
用務員さんはそれが具体的になんなのかは教えてくれなかった。
ただ、その子には近づかん方がええ、と言うだけだった。
それから何日か過ぎた。
その頃になると、彼女に取り付いている黒い粘着物は大きく広がっていた。
それは顔の左半分を完全に覆い、首から左腕までべっちょりと張り付いていた。
なのに彼女は、柔らかな笑みを浮かべながらわたしに近付いてくる。
そして、ノートを差し出してきた。
「このノート、とても助かったわ。
ありがとう」
「いえ……」
わたしがそれを受け取ろうとすると、彼女の顎から真っ黒なそれがドロリと垂れ、ノートの上にぼとりと落ちた。
だけど、彼女はそれに全く気付かない。
渡し終えると友達の所にさっさと行ってしまう。
そして、黒く汚れた自分の首を押さえながら、
「最近、こってしょうがないの」
などと話していた。
首から離した彼女の右手にも、ベッタリと黒い何かがヘバリ着いていた。
わたしは受け取ったばかりのノートに視線を移した。
物理の文字を黒いそれが半分ほど覆っていた。
ただ黒いそれが気持ち悪い、気持ち悪かった。
わたしは恐る恐る指でそれに触れた。
生暖かかった。
生暖かく、そして――。
わたしはノートをゴミ箱に投げ込んだ。
綺麗に洗ったはずなのに、その日以降ずっと、わたしの指は何処と無く黒ずみ、そして、柑橘の香りがした。
彼女はいつも、柑橘系の薫りを漂わせる少女だ。
百合のような上品な容姿と、小春日和みたいな穏和な性格から男女ともに人気のある、そんな女の子だ。
彼女の周りには人が集まり、なにやらいつも楽しそう。
でも、気になる理由はほかにあった。
彼女はいつも、左頬に真っ黒な何かをべったりと付けているのだ。
白くて艶やかな彼女の頬は、その部分だけ重油の流出で汚れた海のようにどす黒くなっていた。
だからいつも、彼女に目がいってしまうのだ。
けれども、それが見えているのはわたしだけらしい。
友達にそれとなく聞いても、不思議な顔をされるだけで、すぐに別の話題に変えられてしまう。
本人も気づいていないらしい。
トイレでこっそりお化粧をしてるのを見かけた時も、パフに粘着力のある黒いものがつくのもお構いなしに、ファンデーションを塗りたくっていた。
実は彼女にそれがくっついた瞬間をわたしは見ている。
あれは梅雨が明けたばかりの、蒸し暑い日のことだった。
クラスの何人かがグランドの線引きを任されていて、その中に彼女とわたしも含まれていた。
初夏とは思えない唸るような陽光がグランドを照りつけ、視界が揺れて見えた。
湿度の高い空気が肺に入り息苦しかった。
吹き出る汗を首にかけていたタオルで拭き、わたしたちは真っ赤なライン引きを転がしていた。
ふと見上げると、グランドの脇にある巨木の――その幹にもたれるように彼女は座っていた。
周りにいるクラスメイトがペットボトルを心配そうに差し出していて、彼女はそれを申し訳なさそうに受け取っていた。
熱中症になっちゃったのかな?
なんてぼんやり考えていると、彼女の頭上に真っ黒の線がすぅーっと降りてきているのに気が付いた。
目をこすってよく見直したがそれは消えることはなく、ゆっくりゆっくりと延びていった。
そして、彼女の左頬に着地し、そのままくっついて離れなくなった。
だがそれを、誰一人指摘する者はいなかった。
わたしはどうしても気になって、その日の昼休み、彼女が座っていた木を調べてみた。
でも、いくら見上げてもあの黒い物が落ちてくる様子は無かったし、それの発生源らしいものも見あたらず、広く伸ばした枝とそこに広がる緑色の葉っぱが見えるだけだった。
すると、不審な動きをするわたしに、用務員さんが声をかけてきた。
そのおじいさんは何十年もこの学校に勤めているとのことで、わたしの荒唐無稽な話にも何度もうなずき聞いてくれた。
「それは”べとべと”じゃな」
「べとべと?」
「何年に一回か、そういう話を聞くんじゃわ。
かわいそうにのぅ」
用務員さんはそれが具体的になんなのかは教えてくれなかった。
ただ、その子には近づかん方がええ、と言うだけだった。
それから何日か過ぎた。
その頃になると、彼女に取り付いている黒い粘着物は大きく広がっていた。
それは顔の左半分を完全に覆い、首から左腕までべっちょりと張り付いていた。
なのに彼女は、柔らかな笑みを浮かべながらわたしに近付いてくる。
そして、ノートを差し出してきた。
「このノート、とても助かったわ。
ありがとう」
「いえ……」
わたしがそれを受け取ろうとすると、彼女の顎から真っ黒なそれがドロリと垂れ、ノートの上にぼとりと落ちた。
だけど、彼女はそれに全く気付かない。
渡し終えると友達の所にさっさと行ってしまう。
そして、黒く汚れた自分の首を押さえながら、
「最近、こってしょうがないの」
などと話していた。
首から離した彼女の右手にも、ベッタリと黒い何かがヘバリ着いていた。
わたしは受け取ったばかりのノートに視線を移した。
物理の文字を黒いそれが半分ほど覆っていた。
ただ黒いそれが気持ち悪い、気持ち悪かった。
わたしは恐る恐る指でそれに触れた。
生暖かかった。
生暖かく、そして――。
わたしはノートをゴミ箱に投げ込んだ。
綺麗に洗ったはずなのに、その日以降ずっと、わたしの指は何処と無く黒ずみ、そして、柑橘の香りがした。
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