8 / 10
その8
しおりを挟む
あのような場所に行くのはお互いに最初で、わたくしにとっては、最後のことでございました。
多くの若者がごった返す中、拡声器が陽気な歌声を広げる踊り場に、既に卒業した女学校の同窓生らと先生とで、なぜだか入ることになってしまったのでございます。
そして、友人らのいたずらによって、わたくしと先生は踊り場の中央に押しやられてしまったのでございます。
わたくし達は大いに焦りました。
このようなところとは全く無縁の生活をしてきた二人でございます。
それでも、素朴でおしゃれっ気のない先生が、わたくしのために必死に踊ってくださいました。
何とか形にしようと、がちがちに固まった体で必死になってくだったのでございますよ。
それが本当に嬉しかったのでございます。
格好のよい絵ではございませんでした。
周りにいる人たちからも、くすくす笑われた有様でした。
それでも、むしろその不格好さが、愛しく思えたのでございます。
その時、兄と真美先生ほどではないですが、十ほど年離れたその方に恋をしてしまいました。
あれも、今の兄と同じでございました。
わたくしが勝手に抱いていただけの、ちっぽけな恋でございました。
そして、許されない恋でもございました。
家のことを考えると、家柄のことを考えると、わたくしは諦めざる得なかったのでございます。
兄は「本当に良いのか? 桜子はそれで本当によいのか?」と何度も訊ねてきました。
その時のわたくしは、ただただ、頷くだけでした。
あの時、兄の何分の一かでも無茶をする勇気があったのならば、あの恋はどういう結末を迎えたのでしょうか?
今は亡き夫に悪いと思いつつも、わたくしはそう思わずにはいられませんでした。
少なくとも兄ならば、あのような選択はしなかったことでしょう。
そうでなくても、あの時、わたくしが兄に秘めていた恋心を明かしたとしたらと、考えてしまいました。
詮無きことと思いつつもです。
レッスンが終わり、質問をする生徒のみなさんに交じり、兄は必死で真美先生に話しかけておりました。
恐らくは元気なおじいちゃんとしか思われていない我が兄ではあります。
ただ、それも愛おしく感じました。
多くの若者がごった返す中、拡声器が陽気な歌声を広げる踊り場に、既に卒業した女学校の同窓生らと先生とで、なぜだか入ることになってしまったのでございます。
そして、友人らのいたずらによって、わたくしと先生は踊り場の中央に押しやられてしまったのでございます。
わたくし達は大いに焦りました。
このようなところとは全く無縁の生活をしてきた二人でございます。
それでも、素朴でおしゃれっ気のない先生が、わたくしのために必死に踊ってくださいました。
何とか形にしようと、がちがちに固まった体で必死になってくだったのでございますよ。
それが本当に嬉しかったのでございます。
格好のよい絵ではございませんでした。
周りにいる人たちからも、くすくす笑われた有様でした。
それでも、むしろその不格好さが、愛しく思えたのでございます。
その時、兄と真美先生ほどではないですが、十ほど年離れたその方に恋をしてしまいました。
あれも、今の兄と同じでございました。
わたくしが勝手に抱いていただけの、ちっぽけな恋でございました。
そして、許されない恋でもございました。
家のことを考えると、家柄のことを考えると、わたくしは諦めざる得なかったのでございます。
兄は「本当に良いのか? 桜子はそれで本当によいのか?」と何度も訊ねてきました。
その時のわたくしは、ただただ、頷くだけでした。
あの時、兄の何分の一かでも無茶をする勇気があったのならば、あの恋はどういう結末を迎えたのでしょうか?
今は亡き夫に悪いと思いつつも、わたくしはそう思わずにはいられませんでした。
少なくとも兄ならば、あのような選択はしなかったことでしょう。
そうでなくても、あの時、わたくしが兄に秘めていた恋心を明かしたとしたらと、考えてしまいました。
詮無きことと思いつつもです。
レッスンが終わり、質問をする生徒のみなさんに交じり、兄は必死で真美先生に話しかけておりました。
恐らくは元気なおじいちゃんとしか思われていない我が兄ではあります。
ただ、それも愛おしく感じました。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)
青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。
だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。
けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。
「なぜですか?」
「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」
イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの?
これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない)
因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

あなたへの恋心を消し去りました
鍋
恋愛
私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。
私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。
だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。
今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。
彼は心は自由でいたい言っていた。
その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。
友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。
だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。
※このお話はハッピーエンドではありません。
※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる