老兄、林太郎の恋

人紀

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その5

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 若い子ならいざ知らず、七十過ぎのお婆ちゃんがこのようなことをさせられたら、体が粉々になってしまいます。
 自分では見ることが出来ないのでわかりませんでしたが、その時、恐らく真っ青な顔をしていたことでしょう。
 そんなわたくしなどお構いなしに、兄は自慢げな顔で、
「まあ、ここにいる輩は二段と言った所じゃろう。口惜しいが、初段であるわしは、まだこの域には達しておらん。
 もうちょっとで追いつくのじゃがなぁ」
と言っておりましたが、この時も、当然信じてはおりませんでした。
 明らかに、二ヶ月やそこらで追いつけるレベルではございません。
 ただ、わたくしはそのことについて、どうこう言っている状態ではなく、自分がどんなことをさせられるのか、そればかりでございました。

 わたくしは、心の底から許しを乞いました。

「兄様、ご勘弁ください。
 この年でこのような踊りなど、とてもとても無理でございます。
 考えただけで、心臓が止まりそうになります」
「やる前から何をいっておる!
 情けない奴め」
などと言っている兄に、わたくしは重ねて言いました。
「無理でございます!
 そもそも、嫁になる方を紹介していただけるのであれば、わざわざレッスンを受ける必要は無いではありませんか?
 むしろ、落ち着いて話すことが出来なくなります」
 無論、一度言い出したら岩にしがみつくかごとく態度で、譲らない方でございます。
 どのような理不尽千万な事を言い出すのかと構えておりました。
 ただ、兄は珍しくも少し言いにくそうな顔で頭を掻いておりました。
「まだ、その段階には至ってはおらん」
「はぁ?
 その段階とは?」
とわたくしが訊ねると、兄はむっとした顔で言いました。
「いずれ嫁になることは確かなれど、まだ、その段階には達しておらぬ、と言う事じゃ!
 だから、お前はわしの助けをするために、レッスンを受けろと言っておるではないか!」

 またしても、ではありますが、そのような話は聞いてはおりません。

 ただ、冷静に考えてみれば、わかりそうなことではございました。
 四十代後半の聡子姫にすら、年が離れすぎていると断られていたのに、十八、九歳の娘さんが簡単に婚姻を了承するとは思えません。
 本人もそうですが、当然親御さんもでございます。
 ただ、兄が嫁だ嫁だと言うものですから、ついついそのように思いこんでしまったのでございます。
「つまり、兄様はわたくしを出汁にしようというのでございますか?」
と、多分に嫌みを込めたのでございますが、兄はようやく分かったかと言わんばかりに頷き、
「その通りじゃ。
 お前はよい出汁になるからのう」
などと言っておりました。

 どうしようもない兄でございます。
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