老兄、林太郎の恋

人紀

文字の大きさ
上 下
1 / 10

その1

しおりを挟む
 今は亡き兄、林太郎りんたろうは、とにかく、落ち着きのないお人でございました。

 東に行けば惚れた腫れた。西に行けばやれ喧嘩だ祭りだの大騒ぎ。
 無鉄砲であり、一本槍であり、人の迷惑を考えず―――どころか、わたくしなどを積極的に巻き込んで―――がむしゃらに行動するお人でございました。
 それでいて、気づいた時には全て無かったかのようにしらっとした顔で、「そんなことよりも、桜子……」と新たな厄介事を持ち出してくるのでございますよ。
 それでも、まあ、憎めないと申しますか、何となく、許してしまうと申しますか。

 そういう、お人柄でございました。

 そんな兄が、あの世にふらりと出かけて一年が過ぎました。
 人に勧められて始めた、兄との思い出を書き出す作業も、その中で、故人を偲ぶ日々にも、少しは慣れて参りました。

 とにかく、逸話に事欠かないお人でございます。

 悲しいはずが、寂しいはずが、どうしても、口元が緩んでしまうのでございます。
 それらの中で、今回は兄の晩年に起きたドタバタをご紹介したいと思います。

 我が兄、山中やまなか 林太郎りんたろうが74歳の頃のお話でございます。

 その四年前に妻を亡くし、一つ年下の妹、つまり、わたくしの住むマンションに越して来ておりました。

 名目上は夫を亡くしたわたくしの面倒をみるために。
 実際は、わたくしに面倒をみさせるために、といった所でしょうか。

 とはいえ、助かっていた部分もございます。

 子供らと離れた年寄りの一人暮らし。
 ともすれば、小さく縮こまったまま日々を過ごし、ただただ、お迎えを待つだけの生活になりかねません。
 それを、無遠慮にやって来ては問題事に巻き込んで行く、あの元気旺盛なご老人が近くにいるだけで、気づくと持病の腰痛も忘れるほどの忙しくも充実した毎日を送ることになったのでございます。

 そう、あれは梅雨の時分でございました。

 ベランダを叩く雨音を聞きながら、ダイニングキッチンのテーブルで熱いお茶を飲みつつ、拙い俳句をひねりだしていた時にございます。
 そこへ、玄関のドアを乱暴に開きつつ、何やらまじめくさった顔の兄がズカズカと入って来て、わたくしの前の椅子にドカンと座ったのでございます。
 そして、芝居かかった調子で、
「わたくし、山中林太郎はぁ、嫁を貰うことになりそうろう」
などと言い出したのでございます。
「嫁、でございますか?」
とわたくしが確認すると、小柄な体を懸命に伸ばし、尊大な体で頷いてみせました。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 0

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...