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第三章
ラーム伯爵家の本気
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ガタガタ揺れる部屋の中央に置かれた椅子――そこに腰掛けながら「キャァ~キャァ~!」騒ぎ立てる侍女に抱きつかれ、眉を寄せる女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ラーム伯爵邸の茶話会に参加していたのだが、ラーム伯爵夫人に面白い出し物があると言われて、侍女ミーナ・ウォールと共に、この入り口に段差がある、小さな窓しかない小部屋に案内されたのだが……。
中央に置かれた椅子に座るよう促され「少しお待ちを」とラーム伯爵夫人と令嬢が部屋から出た途端、突然、部屋がガタガタ揺れ初めて少々驚いた。
その揺れは断続的に続き、初めのうちは、この女、「ずいぶん、大がかりな出し物ね」と感心していたのだが……。
余りにも変化無く、ただただ揺れているだけなので、少々、飽きていた。
あと、侍女ミーナ・ウォールが「これ、ただ事ではありません!」とか「これ、誘拐じゃないですか!」とか、訳の分からない事をギャアギャア言い出し、挙げ句の果てに、「わ、わたしがお嬢様を守ります!」とか言って、女にへばりつき始めたのである。
エリージェ・ソードルは少々、嫌気がさしていた。
この女は、侍女ミーナ・ウォールの言う誘拐だなんだの言葉を真に受けてはいない。
勿論、この余り頭の良くない女も、この部屋が実は馬車で、どこぞに運ばれていること自体は分かっていた。
だがこの女、それも出し物の一端だと思っている。
この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。
貴族の中の貴族と言っても良い。
故にこの女、ただの伯爵夫人が自身に害をなそうなどと考えるとは、欠片も思っていない。
例えば、他国の王族や貴族なら……。
まあ、分からなくもない。
国と国の争いを辞さないのなら、それもあるかと納得出来た。
例えば、自国でも王族や大貴族なら……。
潰しに来ているのだと警戒もしただろう。
そして、相手が平民なら……。
”何も無き”者の破れかぶれの自殺――そう判断も出来ただろう。
だが、それが伯爵なら話は違う。
名目上、公爵代行とされているが、この女は”公”と名乗る事を許された存在である。
この女を害した場合は必ず、族滅にされる。
仮に五大伯爵が含まれていてもだ。
ハイセル王家の名の元に、確実に行われる。
その罰則は、王家の親族である太公――下手をすると、その場合よりも重い。
それは、この国におけるソードル公爵家が如何に重要なのか、それを如実に表していた。
そして、そのような事、貴族では誰もが知っている事と、この女は思っている。
故に、この女、自分ばかりか親族を巻き込んでまで自身を殺しに来る、狂った貴族など、ちょっと想像が出来ない。
なので、現状を”一生懸命もてなそうとして空回りをしている”――そんな風に思っている。
(別に、ラーム伯爵家程度に、大層な物など期待してないんだけど……)
部屋が大きく揺れ、侍女ミーナ・ウォールが床に転がり落ちそうになるのを、”黒い霧”で支えつつ、呆れたように目を細めた。
実はこの女、空回りをした”もてなし”を、何度か受けた事がある。
小洒落た事を言おうとして噛む令息や、優雅に先導しようとして転ぶ紳士、止せば良いのに自ら入れたお茶を、危なっかしい所作で運び、案の定、ぶちまけた令嬢――などなどだ。
それら全ては、最高位と行って良いこの女に対して、無理をしてでも心証を良くしようとした故の失敗で有り、エリージェ・ソードルもそのことは理解をしていた。
理解はしていたのだが……。
そんな場所に居合わせる身としては『普通で良いから!』『余計な事をせず、普通で良いから!』と遠い目をしてしまうのも、致し方がない事でもあった。
とはいえ、流石のこの女としても、一応、こちらに悪意がないと思われるそれらに対して、いちいち冷や水を浴びせる事を言って回る訳にはいかなかった。
なので、現在の状況も、一応、受け入れている。
勿論、この有様は流石に酷いと思っている。
この出し物の結末がどの様なものにせよ――仮にあり得ないと思うが、素晴らしい物だったとしても――一言二言は言わなくてはならないと心に決めている。
『凄く揺れたわよ!』とか、あと『お茶も出さないで待たせるのはいかがなものなの?』とかである。
因みに、この女が座っている椅子は、どうやら床に固定されているようで動かない。
とはいえ、座っている本人は止められていないので、時々、ズレ落ちそうになるのを、”黒い霧”で固定している。
そんな手間を取らせている点も、結構な失点だと思っている。
(いや、一叩きぐらい――例えば、扇子での一発ぐらいはしても良いんじゃないかしら?)
などと、徐々に苛立ち考え始めていると、突然、動いていた馬車が大きく揺れると止まった。
そして、外で何かをする音が聞こえてきた。
「やっとなの?」
ため息を付きつつ、エリージェ・ソードルは座り直した。
ついでに、支えていた侍女ミーナ・ウォールを”黒い霧”で本来立つべき場所に付かせる。
この女基準ではあるが、体を整えると、少々不機嫌そうに言う。
「で?
この見世物の終着点はどこなのかしら?」
「いや、お嬢様!
これ、絶対誘拐ですよ!」
「はあ?
誘拐だったら――」
エリージェ・ソードルがそこまで言うと、馬車の外が何やら騒々しくなる。
そして、何やらガチャガチャ言う音と、幾人もが動き回る気配がしばらく続く。
「あら?
今度は何かしら?」
エリージェ・ソードルは呆れつつも、自分が座る椅子――その膝当てに肘を付き、手で頭を支えつつ様子を窺う。
すると、男達の野太い声がひときわ大きく聞こえた。
それと同時に、再度、馬車がガクンと揺れた。
その揺れは、先ほどまでのものとは少々違うように、女は感じた。
「これは?」
エリージェ・ソードルが呟くと、馬車にある小さな窓、そこを覗いた侍女ミーナ・ウォールが悲鳴混じりの声を上げた。
「お、お嬢様ぁ!
ここ!
上に――上に上がってます!」
「あら?」
流石の女も、目を丸くした。
そして、椅子から立ち上がると、同じく、窓から外を見た。
小さな窓から見えるのは、一本の木と何やら朽ちた小屋だ。
それが、徐々に下に進んでいく。
どうやら、男達のかけ声と共に上昇しているようで、「せ~や!」と言う声に合わせて馬車が揺れた。
これには、”前回”を合わせて、多くの出し物を見てきたこの女をして「なかなか、面白い事をするわね」と感心した。
「いやいやいや!
大変な事です!
これ、逃げ場を無くす、大変な事なんです!」
などと、ミーナ・ウォールは侍女としても、貴族令嬢としても、不適切なほど狼狽するが――この女、エリージェ・ソードルは確信していた。
つまりこれは――ラーム伯爵の本気なのだと。
本気で、この女を歓待しようとしているのだと。
「ふふふ、良いでしょう。
ラーム伯爵家の本気とやら、見せて貰いましょうか」
「だから、誘拐!
絶対、誘拐ですってば!」
「……どうでも良いけど、ミーナ。
男爵令嬢のあなたが、伯爵家に対して誘拐犯扱いとか、流石に失礼でしょう?」
「だから、そんな事を言ってる場合じゃないんですってばぁぁぁ!」
侍女ミーナ・ウォールの叫び声が、馬車中に響き渡った。
エリージェ・ソードルである。
この女、ラーム伯爵邸の茶話会に参加していたのだが、ラーム伯爵夫人に面白い出し物があると言われて、侍女ミーナ・ウォールと共に、この入り口に段差がある、小さな窓しかない小部屋に案内されたのだが……。
中央に置かれた椅子に座るよう促され「少しお待ちを」とラーム伯爵夫人と令嬢が部屋から出た途端、突然、部屋がガタガタ揺れ初めて少々驚いた。
その揺れは断続的に続き、初めのうちは、この女、「ずいぶん、大がかりな出し物ね」と感心していたのだが……。
余りにも変化無く、ただただ揺れているだけなので、少々、飽きていた。
あと、侍女ミーナ・ウォールが「これ、ただ事ではありません!」とか「これ、誘拐じゃないですか!」とか、訳の分からない事をギャアギャア言い出し、挙げ句の果てに、「わ、わたしがお嬢様を守ります!」とか言って、女にへばりつき始めたのである。
エリージェ・ソードルは少々、嫌気がさしていた。
この女は、侍女ミーナ・ウォールの言う誘拐だなんだの言葉を真に受けてはいない。
勿論、この余り頭の良くない女も、この部屋が実は馬車で、どこぞに運ばれていること自体は分かっていた。
だがこの女、それも出し物の一端だと思っている。
この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。
貴族の中の貴族と言っても良い。
故にこの女、ただの伯爵夫人が自身に害をなそうなどと考えるとは、欠片も思っていない。
例えば、他国の王族や貴族なら……。
まあ、分からなくもない。
国と国の争いを辞さないのなら、それもあるかと納得出来た。
例えば、自国でも王族や大貴族なら……。
潰しに来ているのだと警戒もしただろう。
そして、相手が平民なら……。
”何も無き”者の破れかぶれの自殺――そう判断も出来ただろう。
だが、それが伯爵なら話は違う。
名目上、公爵代行とされているが、この女は”公”と名乗る事を許された存在である。
この女を害した場合は必ず、族滅にされる。
仮に五大伯爵が含まれていてもだ。
ハイセル王家の名の元に、確実に行われる。
その罰則は、王家の親族である太公――下手をすると、その場合よりも重い。
それは、この国におけるソードル公爵家が如何に重要なのか、それを如実に表していた。
そして、そのような事、貴族では誰もが知っている事と、この女は思っている。
故に、この女、自分ばかりか親族を巻き込んでまで自身を殺しに来る、狂った貴族など、ちょっと想像が出来ない。
なので、現状を”一生懸命もてなそうとして空回りをしている”――そんな風に思っている。
(別に、ラーム伯爵家程度に、大層な物など期待してないんだけど……)
部屋が大きく揺れ、侍女ミーナ・ウォールが床に転がり落ちそうになるのを、”黒い霧”で支えつつ、呆れたように目を細めた。
実はこの女、空回りをした”もてなし”を、何度か受けた事がある。
小洒落た事を言おうとして噛む令息や、優雅に先導しようとして転ぶ紳士、止せば良いのに自ら入れたお茶を、危なっかしい所作で運び、案の定、ぶちまけた令嬢――などなどだ。
それら全ては、最高位と行って良いこの女に対して、無理をしてでも心証を良くしようとした故の失敗で有り、エリージェ・ソードルもそのことは理解をしていた。
理解はしていたのだが……。
そんな場所に居合わせる身としては『普通で良いから!』『余計な事をせず、普通で良いから!』と遠い目をしてしまうのも、致し方がない事でもあった。
とはいえ、流石のこの女としても、一応、こちらに悪意がないと思われるそれらに対して、いちいち冷や水を浴びせる事を言って回る訳にはいかなかった。
なので、現在の状況も、一応、受け入れている。
勿論、この有様は流石に酷いと思っている。
この出し物の結末がどの様なものにせよ――仮にあり得ないと思うが、素晴らしい物だったとしても――一言二言は言わなくてはならないと心に決めている。
『凄く揺れたわよ!』とか、あと『お茶も出さないで待たせるのはいかがなものなの?』とかである。
因みに、この女が座っている椅子は、どうやら床に固定されているようで動かない。
とはいえ、座っている本人は止められていないので、時々、ズレ落ちそうになるのを、”黒い霧”で固定している。
そんな手間を取らせている点も、結構な失点だと思っている。
(いや、一叩きぐらい――例えば、扇子での一発ぐらいはしても良いんじゃないかしら?)
などと、徐々に苛立ち考え始めていると、突然、動いていた馬車が大きく揺れると止まった。
そして、外で何かをする音が聞こえてきた。
「やっとなの?」
ため息を付きつつ、エリージェ・ソードルは座り直した。
ついでに、支えていた侍女ミーナ・ウォールを”黒い霧”で本来立つべき場所に付かせる。
この女基準ではあるが、体を整えると、少々不機嫌そうに言う。
「で?
この見世物の終着点はどこなのかしら?」
「いや、お嬢様!
これ、絶対誘拐ですよ!」
「はあ?
誘拐だったら――」
エリージェ・ソードルがそこまで言うと、馬車の外が何やら騒々しくなる。
そして、何やらガチャガチャ言う音と、幾人もが動き回る気配がしばらく続く。
「あら?
今度は何かしら?」
エリージェ・ソードルは呆れつつも、自分が座る椅子――その膝当てに肘を付き、手で頭を支えつつ様子を窺う。
すると、男達の野太い声がひときわ大きく聞こえた。
それと同時に、再度、馬車がガクンと揺れた。
その揺れは、先ほどまでのものとは少々違うように、女は感じた。
「これは?」
エリージェ・ソードルが呟くと、馬車にある小さな窓、そこを覗いた侍女ミーナ・ウォールが悲鳴混じりの声を上げた。
「お、お嬢様ぁ!
ここ!
上に――上に上がってます!」
「あら?」
流石の女も、目を丸くした。
そして、椅子から立ち上がると、同じく、窓から外を見た。
小さな窓から見えるのは、一本の木と何やら朽ちた小屋だ。
それが、徐々に下に進んでいく。
どうやら、男達のかけ声と共に上昇しているようで、「せ~や!」と言う声に合わせて馬車が揺れた。
これには、”前回”を合わせて、多くの出し物を見てきたこの女をして「なかなか、面白い事をするわね」と感心した。
「いやいやいや!
大変な事です!
これ、逃げ場を無くす、大変な事なんです!」
などと、ミーナ・ウォールは侍女としても、貴族令嬢としても、不適切なほど狼狽するが――この女、エリージェ・ソードルは確信していた。
つまりこれは――ラーム伯爵の本気なのだと。
本気で、この女を歓待しようとしているのだと。
「ふふふ、良いでしょう。
ラーム伯爵家の本気とやら、見せて貰いましょうか」
「だから、誘拐!
絶対、誘拐ですってば!」
「……どうでも良いけど、ミーナ。
男爵令嬢のあなたが、伯爵家に対して誘拐犯扱いとか、流石に失礼でしょう?」
「だから、そんな事を言ってる場合じゃないんですってばぁぁぁ!」
侍女ミーナ・ウォールの叫び声が、馬車中に響き渡った。
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