上 下
126 / 126
第三章

ラーム伯爵家の本気

しおりを挟む
 ガタガタ揺れる部屋の中央に置かれた椅子――そこに腰掛けながら「キャァ~キャァ~!」騒ぎ立てる侍女に抱きつかれ、眉を寄せる女がいた。

 エリージェ・ソードルである。

 この女、ラーム伯爵邸の茶話会に参加していたのだが、ラーム伯爵夫人に面白い出し物があると言われて、侍女ミーナ・ウォールと共に、この入り口に段差がある、小さな窓しかない小部屋に案内されたのだが……。
 中央に置かれた椅子に座るよう促され「少しお待ちを」とラーム伯爵夫人と令嬢が部屋から出た途端、突然、部屋がガタガタ揺れ初めて少々驚いた。
 その揺れは断続的に続き、初めのうちは、この女、「ずいぶん、大がかりな出し物ね」と感心していたのだが……。

 余りにも変化無く、ただただ揺れているだけなので、少々、飽きていた。

 あと、侍女ミーナ・ウォールが「これ、ただ事ではありません!」とか「これ、誘拐じゃないですか!」とか、訳の分からない事をギャアギャア言い出し、挙げ句の果てに、「わ、わたしがお嬢様を守ります!」とか言って、女にへばりつき始めたのである。

 エリージェ・ソードルは少々、嫌気がさしていた。

 この女は、侍女ミーナ・ウォールの言う誘拐だなんだの言葉を真に受けてはいない。
 勿論、この余り頭の良くない女も、この部屋が実は馬車で、どこぞに運ばれていること自体は分かっていた。
 だがこの女、それも出し物の一端だと思っている。

 この女、エリージェ・ソードルは公爵代行である。
 貴族の中の貴族と言っても良い。

 故にこの女、ただの伯爵貴族夫人が自身に害をなそうなどと考えるとは、欠片も思っていない。

 例えば、他国の王族や貴族なら……。
 まあ、分からなくもない。
 国と国の争いを辞さないのなら、それもあるかと納得出来た。
 例えば、自国でも王族や大貴族なら……。
 潰しに来ているのだと警戒もしただろう。
 そして、相手が平民なら……。
 ”何も無き”者の破れかぶれの自殺――そう判断も出来ただろう。

 だが、それが伯爵貴族なら話は違う。

 名目上、公爵代行とされているが、この女は”公”と名乗る事を許された存在である。

 この女を害した場合は必ず、族滅にされる。
 仮に五大伯爵貴族が含まれていてもだ。

 ハイセル王家の名の元に、確実に行われる。
 その罰則は、王家の親族である太公たいこう――下手をすると、その場合よりも重い。

 それは、この国におけるソードル公爵家が如何いかに重要なのか、それを如実にょじつに表していた。

 そして、そのような事、貴族では誰もが知っている事と、この女は思っている。
 故に、この女、自分ばかりか親族を巻き込んでまで自身を殺しに来る、狂った貴族存在など、ちょっと想像が出来ない。

 なので、現状を”一生懸命もてなそうとして空回りをしている”――そんな風に思っている。

(別に、ラーム伯爵家程度に、大層な物など期待してないんだけど……)
 部屋が大きく揺れ、侍女ミーナ・ウォールが床に転がり落ちそうになるのを、”黒い霧”で支えつつ、呆れたように目を細めた。

 実はこの女、空回りをした”もてなし”を、何度か受けた事がある。

 小洒落た事を言おうとして噛む令息や、優雅に先導しようとして転ぶ紳士、止せば良いのに自ら入れたお茶を、危なっかしい所作で運び、案の定、ぶちまけた令嬢――などなどだ。
 それら全ては、最高位と行って良いこの女に対して、無理をしてでも心証を良くしようとした故の失敗で有り、エリージェ・ソードルもそのことは理解をしていた。

 理解はしていたのだが……。

 そんな場所に居合わせる身としては『普通で良いから!』『余計な事をせず、普通で良いから!』と遠い目をしてしまうのも、致し方がない事でもあった。

 とはいえ、流石のこの女としても、一応、こちらに悪意がないと思われるそれらに対して、いちいち冷や水を浴びせる事を言って回る訳にはいかなかった。
 なので、現在の状況も、一応、受け入れている。

 勿論、この有様は流石に酷いと思っている。

 この出し物の結末がどの様なものにせよ――仮にあり得ないと思うが、素晴らしい物だったとしても――一言二言は言わなくてはならないと心に決めている。

『凄く揺れたわよ!』とか、あと『お茶も出さないで待たせるのはいかがなものなの?』とかである。

 因みに、この女が座っている椅子は、どうやら床に固定されているようで動かない。
 とはいえ、座っている本人は止められていないので、時々、ズレ落ちそうになるのを、”黒い霧”で固定している。
 そんな手間を取らせている点も、結構な失点だと思っている。

(いや、一叩きぐらい――例えば、扇子での一発ぐらいはしても良いんじゃないかしら?)

 などと、徐々に苛立ち考え始めていると、突然、動いていた馬車部屋が大きく揺れると止まった。

 そして、外で何かをする音が聞こえてきた。

「やっとなの?」
 ため息を付きつつ、エリージェ・ソードルは座り直した。
 ついでに、支えていた侍女ミーナ・ウォールを”黒い霧”で本来立つべき場所に付かせる。

 この女基準ではあるが、ていを整えると、少々不機嫌そうに言う。

「で?
 この見世物の終着点はどこなのかしら?」
「いや、お嬢様!
 これ、絶対誘拐ですよ!」
「はあ?
 誘拐だったら――」
 エリージェ・ソードルがそこまで言うと、馬車部屋の外が何やら騒々しくなる。
 そして、何やらガチャガチャ言う音と、幾人もが動き回る気配がしばらく続く。
「あら?
 今度は何かしら?」
 エリージェ・ソードルは呆れつつも、自分が座る椅子――その膝当てに肘を付き、手で頭を支えつつ様子をうかがう。
 すると、男達の野太い声がひときわ大きく聞こえた。
 それと同時に、再度、馬車部屋がガクンと揺れた。

 その揺れは、先ほどまでのものとは少々違うように、女は感じた。

「これは?」
 エリージェ・ソードルが呟くと、馬車部屋にある小さな窓、そこを覗いた侍女ミーナ・ウォールが悲鳴混じりの声を上げた。
「お、お嬢様ぁ!
 ここ!
 うえに――うえに上がってます!」
「あら?」
 流石の女も、目を丸くした。
 そして、椅子から立ち上がると、同じく、窓から外を見た。
 小さな窓から見えるのは、一本の木と何やら朽ちた小屋だ。

 それが、徐々に下に進んでいく。

 どうやら、男達のかけ声と共に上昇しているようで、「せ~や!」と言う声に合わせて馬車部屋が揺れた。
 これには、”前回”を合わせて、多くの出し物を見てきたこの女をして「なかなか、面白い事をするわね」と感心した。
「いやいやいや!
 大変な事です!
 これ、逃げ場を無くす、大変な事なんです!」
 などと、ミーナ・ウォールは侍女としても、貴族令嬢としても、不適切なほど狼狽するが――この女、エリージェ・ソードルは確信していた。

 つまりこれは――ラーム伯爵の本気なのだと。
 本気で、この女を歓待しようとしているのだと。

「ふふふ、良いでしょう。
 ラーム伯爵家の本気とやら、見せて貰いましょうか」
「だから、誘拐!
 絶対、誘拐ですってば!」
「……どうでも良いけど、ミーナ。
 男爵令嬢のあなたが、伯爵家に対して誘拐犯扱いとか、流石に失礼でしょう?」
「だから、そんな事を言ってる場合じゃないんですってばぁぁぁ!」
 侍女ミーナ・ウォールの叫び声が、馬車部屋中に響き渡った。
しおりを挟む
感想 9

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

此処寝
2024.05.20 此処寝
ネタバレ含む
人紀
2024.05.25 人紀

まあ、護衛騎士としては……。
少なくとも、やりがいは無いと思いますけどね。笑

解除
じゅう
2024.03.05 じゅう

お返事わざわざありがとうございます。
とても嬉しかったです。

そして今日、更新されているのを発見し、嬉しくて仕事の疲れも吹っ飛ぶ勢いでした!

人紀
2024.03.10 人紀

いえいえ、こちらこそありがとうございます。^^
更新はゆっくりとなってしまいますが、気長にお待ち頂ければと思います。><

解除
じゅう
2024.02.17 じゅう

このお話、好きなのです。

もう続きは更新されませんか?

人紀
2024.02.18 人紀

好きだと言って頂けて、とても嬉しいです。

個人的にも大好きな作品ですし、まだまだ書きたいことがあるのですが、別作品等で時間が取られてしまっているのが現状です。
少しずつでも投稿できるように準備をしている所ですので、もう少々お待ち頂ければ幸いです。^^

解除

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

契約破棄された聖女は帰りますけど

基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」 「…かしこまりました」 王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。 では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。 「…何故理由を聞かない」 ※短編(勢い)

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……

Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。 優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。 そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。 しかしこの時は誰も予想していなかった。 この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを…… アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを…… ※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。