殺戮(逆ハー)エンドを迎えた悪役令嬢様も、二度目は一人に絞り込んだ模様です

人紀

文字の大きさ
上 下
123 / 126
第二章

ビ商会、レーヴ侯爵問題

しおりを挟む
 だが、そんな女に対して、ダヴィド・トーン商会長は難しい顔をして言った。
「公爵代行様、シンホンは極東国です。
 大陸でも西に位置するソードル領と直接取引をする商人は本当に限られております。
 その中で、シンホン本土から職人を引っ張ってくるほどの人脈と辣腕、そして、資金力を持つのは、ビ氏とビ商会以外には、現状、ございません」
 この女としては、出来れば弟マヌエル・ソードルが公爵となる前に、ある程度、紙の生産、販売に見通しを立てておきたかった。
 ダヴィド・トーン商会長以外にも、大商人ミシェル・デシャや数人の商人にも相談したが、誰もが似たような返答しか貰えなかった事もあり、最終的には、無駄に時間を浪費するぐらいならと、商人ジェローム・ビに頼る事となった。

 この女のそういう複雑な感情を見て取ったのだろう、従者ザンドラ・フクリュウが苦笑する。
「お嬢様が何故、ビ氏やビ商会が気に入らないのか分かりませんが、くせ者の多いシンホン彼の国の商人とは思えない誠実な人物だと思いますよ」

 シンホンという国には『だまされた子を見たら、まずはを責めよ』ということわざがある。
 だました方より先に、迂闊な子を叱れという意味である。

 仮に名目であっても、”神に見られている事を意識し、神に恥じる事の無い生き方”が”正しい”とされる西側諸国にとっては、なかなか理解し難い国で、特に貴族の間であるが、シンホンを信用ならぬ国だと見るきらいがある。

 だが、少なくとも、商売をするのであれば、親愛は持たないまでも、ある程度は信用して行かなくてはならない。
 従者ザンドラ・フクリュウはそのことを指摘したのだ。

 だが、エリージェ・ソードルは首を横に振る。

「大丈夫よ。
 わたくしとしてもジェロームの事は信用しているわ。
 ただ、それが次の世代も続くのか――。
 そこを懸念しているのよ」
「ああ、”その”ことですか」
 従者ザンドラ・フクリュウは頷きながら続ける。
「その辺りは、お嬢様のご懸念は分かります。
 わたしも、余り良い印象は受けませんでした。
 よく言えば、貪欲どんよくという事なのでしょうが……」

 商人ジェローム・ビの息子は、常に父親に付き従っている。
 ただ、温和で双方の利害調整を尊ぶ父親とは考え方が違うようで、裏でこそこそ動く所があった。
「正直、少なくとも息子あれだけは公爵領に入れたくないわ」
「なんでも、世継ぎにはあらかじめ全てを見せておくのが、シンホン商人の習わしだとか。
 当人が付いて行きたいという限り、外すのは難しいと思います」
「たかだか、商人に”世継ぎ”だの”習わし”だの大仰おおぎょうな話ね」
 女のけな言葉に、従者ザンドラ・フクリュウは苦笑する。
「お嬢様から見たらその通りかもしれませんが、あれだけの規模の商会です。
 継承もなかなか難儀らしいですので」
「面倒くさいわね。
 本人が付いて行きたくないと思わせる――例えば、ギド辺りが五、六発ぐらい殴れば――」
「止めてください!
 あんな軟弱そうな人にそんな事をしたら、一発目で普通に死んでしまいます!
 お嬢様、当代の方が健在です。
 今はそのままにしておきましょう。
 少なくとも、紙の生産や販売が問題なく行えるまでは、そのままで。
 軌道にさえ乗ってしまえば、そこから、必要に応じて対処――それこそ、切り捨てても問題無いと思います。
 今は、くれぐれもそのままでお願いします」
「仕方が無いわね」
 エリージェ・ソードルは一つ、ため息を付いた。
「なにか、もう少し景気のいい話は無いかしら?
 あ、そういえばザンドラ、絹の生産場については目処が付いたかしら」
 エリージェ・ソードルの問いに、従者ザンドラ・フクリュウは苦々しく言う。
「ある程度は辺りを付けています。
 第一候補はニーダーテューリの近い村ですが――そもそも、お嬢様、本当に絹の技術移転などされるのですか?」
「もしくは、生産分の五割ぐらいをブルクこちらに都合を付けるか、かしらね。
 わたくしにこれだけの無礼を働いたのだから、これぐらいは用意してくれないと」
 エリージェ・ソードルは機嫌良く口元を緩めながら言った。

 ラーム伯爵令嬢の無礼に対して、この女は当然の権利として、ラーム伯爵に賠償金を集る請求するつもりでいる。

 改めての茶話会については――まあ、第一王子ルードリッヒ・ハイセルの顔を立てて妥協はするが……。
 賠償こちらについては引くつもりは無かった。
 というより、引くか、引かないかを論ずるつもりが無いというか……。
 この女の中では、すでにどれぐらいのもの頂けるか――そういう話になっていた。

 執事ラース・ベンダーは困ったように言う。
「あの、お嬢様。
 賠償をさせるのはまあ、良いとして。
 技術移転にしても、五割融通にしても、流石に無理だと思いますよ。
 なんと言っても、ラーム伯爵家あそこは顧客的な意味でも、後ろ盾の意味でも、レーヴ侯爵家の影響力に左右される家ですから」
 そのげんに、エリージェ・ソードルの眉が不機嫌そうに寄る。
 そして、吐き捨てるように言った。
「レーヴ侯爵家がなんだって言うのよ!
 あんな頭が残念な上に裏切り者の侯爵なんて、文句を言ってきたら、今度は髪を引き抜いてやるわ!」

 この女、第一王子ルードリッヒ・ハイセルへの裏切りが判明したユルゲン・ペルリンガー伯爵子息の件も有り、レーヴ侯爵領にて起きた変事とやらのために、休んでいるとされていたマリオ・レーヴ侯爵子息についても調べさせていた。
 そして、知った。
 マリオ・レーヴ侯爵子息も従者を辞していた事を、だ。

 当然、激怒したエリージェ・ソードルだったが、相手は侯爵である。

 流石に、ペルリンガー伯爵にしたように追いかけ回す事など出来ない。
 怒りが収まらないこの女、通りかかったペルリンガー伯爵邸の門に”たまたま”風で飛ばされて来た様に見せかけ、馬車ほどの岩をぶつけて憂さを晴らしていた。
 それで、何とか感情を落ち着かせるぐらいしかなかった。
 あとは、たまたま王城で見かけたレーヴ侯爵の、無駄に整った髭――その左半分を思いっきり毟ったぐらいか……。

 この女をして、それぐらいしか出来ないのである。

 執事ラース・ベンダーは「まあまあ」と宥めるように言う。
「お嬢様のご不快は理解できますが――侯爵大貴族と事を構えるのは、後々まで悪影響を及ぼす可能性があります。
 言うまでも無いとは思いますが、レーヴ侯爵家だけでなく、その派閥の貴族家やレーヴ侯爵寄りの――例えばレノ伯爵家やホフマン伯爵家とも敵対までは行かないまでも、ギクシャクする事となります」
「分かっているわよ!」
と苛立ち、声を荒げると、床でその様子を見ていた愛猫エンカがむくりと起き上がり、”どうしたの?”というように、女の膝の上に顎を置いた。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】目覚めたらギロチンで処刑された悪役令嬢の中にいました

桃月とと
恋愛
 娼婦のミケーラは流行り病で死んでしまう。 (あーあ。贅沢な生活してみたかったな……)  そんな最期の想いが何をどうして伝わったのか、暗闇の中に現れたのは、王都で話題になっていた悪女レティシア。  そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。 「復讐って、どうやって?」 「やり方は任せるわ」 「丸投げ!?」 「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」   と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。  しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。  流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。 「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」  これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

処理中です...