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第二章

シエルフォース侯爵家問題1

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 侍女ミーナ・ウォールが向かい、扉の外に一言二言話をする。
 そして、こちらを向くと「侍女長がお見えになっています」と言った。
 エリージェ・ソードルが入るように促すと、初老の侍女長が静かに入ってきた。
 すると、愛猫エンカがムクリと起き上がり、侍女長彼女の元に軽い足取りで歩みを進めた。
「こら!
 エン!」
と女が叱るも、聞こえていないように侍女長シンディ・モリタの腰の辺りに頬ずりをしている。
 そんな猫(?)に対して、いつも厳格な侍女長にしては珍しく、困ったように眉を寄せながら「エンカ、後でね」とその背をポンポンと軽く叩いた。
 だが、それも聞こえないのか、撫でろというようにゴロンと腹ばいになると「がぅ!」などと甘えた声を上げている。
 エリージェ・ソードルが再度声を掛ける。
「エン!
 こっちにいらっしゃい!
 ……エンカ!」
 最後は語気が強くなった女の声に、愛猫エンカはビクッと震えた。

 そして、不満そうに女を見る。

 だが、エリージェ・ソードルが眉を怒らせると、不承不承な感じで起きあがった。
 そして、自分の長い尾を侍女長シンディ・モリタの腰に軽く巻き、それを解きながら、女の方に戻って来る。

 基本、誰に対しても甘えたがる愛猫エンカであったが、侍女長シンディ・モリタが特にお気に入りであった。

 見えなければ、探すことまではしないが、目に入ったらくっついてなかなか離れない。
 一度、エリージェ・ソードルが急ぎ公爵領に戻らなくてはならなくなった時に「ガウガウ!」と言って離れたがらない事があった。
 その頃には、愛猫エンカもずいぶんと大きくなっていたので、まあいいかと王都に残し、エリージェ・ソードル一人で向かうことにしたのだが……。
 愛猫エンカとしても、ご主人たるエリージェ・ソードルと離れるのは本意でなかったようで、慌てて公爵邸を飛び出してしまった。
 女の乗る馬車を追いかけるために、日中の王都、しかもど真ん中の大通りを駆け抜け、国王オリバーにまで報告されるような、大騒ぎになってしまった。

 エリージェ・ソードルは不満そうな様子を隠そうともしない愛猫愛娘を苦笑しながら、自分のそばに座らせる。

 そして、侍女長シンディ・モリタに視線を戻した。

 侍女長シンディ・モリタは少しかがみつつ、愛猫エンカに向かって「夜になったら毛をかしてあげますからね」と優しく言って聞かせていた。
 そして、エリージェ・ソードルに向かって姿勢を正すと言う。
「お嬢様、シエルフォース侯爵家からの使者が参りました。
 近々、ご令嬢が訪問したいとの事です」
 エリージェ・ソードルは露骨に顔をしかめながら言う。
「今は多忙のために、そのような時間はないと断っておいて」
 女の返答に侍女長シンディ・モリタは苦笑する。
「ラーム伯爵令嬢のお茶会に参加しているのだから、その時間はあるはず――断ろうとしたら、そう伝えて欲しいともおっしゃってますが」
「我が家には我が家の事情があると言って、追っ払って!」
「かしこまりました」
 頭を下げる侍女長シンディ・モリタを見ながら、エリージェ・ソードルはため息を付いた。

 最近、この女はイェニファー・シエルフォース侯爵令嬢に絡まれて困っていた。

 それには弟マヌエル・ソードルの祖母、イーラ子爵夫人が関わっていた。

――

 ”前回”、弟マヌエル・ソードルとイーラ子爵夫人は幾度となく会っていた。
 だが、それは義母ミザラ・ソードルの問題からイーラ子爵家を敵視するエリージェ・ソードルをはばかる形になり、当然、周りに秘する形で行われることになった。

 だが、”今回”は違う。

 エリージェ・ソードルが会うことを認めたこともあり、おおっぴらとまでは行かないまでも、隠すことなく会っていた。
 そして、派閥内のお茶会などで話題になっても、特に隠し立てすることなくそれに答えていた。
 いや、祖母として可愛い孫を自慢したいという欲求も有ったのかもしれない。

 むしろ、熱っぽく語った。

 容姿端麗にして聡明でいて優しく、大貴族として十二分な素質を持たれる方だと――語った。
 剣の腕も既に騎士団に入っても問題ない実力だと、周りが少々引くぐらいに語りまくった。

 その時、必ず話したのは、老博士ヨアヒム・シュタインの賛辞だ。

 ”今回”もエリージェ・ソードルに魔術を教えることになった老博士は、女のたっての願いもあり、”前回”、交流がなかった弟マヌエル・ソードルの事も見ることになったのだが、その素質に驚嘆し、「ソードル公爵家を継ぐ立場であられなかったら、魔術の深遠を覗く研究を共にしたかった」などと悔しがっていた。

 そのことが、祖母として嬉しく誇らしいのか、イーラ子爵夫人はあちらこちらでそのことを宣伝しまくった。

 それは、イーラ子爵が所属する派閥内に広まり、その長まで届くにはさほど時間を置かなかった。
 その派閥――シエルフォース侯爵家の派閥であった。

 シエルフォース侯爵家とは端的に言えば魔術狂いの一族である。

 オールマ王国への忠義よりも前に魔術がある――そう思わせる節が、この一族にはあった。
 魔術の威力を高めるために資金を集め研究し、優秀な後継者はそれを元に鍛錬を続ける。
 この一族の指針はいつの時代もそれであった。
 噂ではあるが、優秀な血統を求める余り、世界を破滅に向かわせたと言われているおぞましき民の血すら取り込むために人をやり、探させているとさえ言われている。

 まさに、魔術に魅入られ、呪われた一族なのである。

 そんな長に――そんな親族に――非常に優秀な若者の話が入ってしまったのだ。

 結果は自明の理であった。

 シエルフォース侯爵家からの婚約打診の手紙を、不意打ちのように受け取ったエリージェ・ソードルは「ひゃ!?」という奇っ怪な声を上げてしまった。
 そして、イェニファー・シエルフォース侯爵令嬢の手紙に『エリージェお義姉おねえ様』と書かれているのを見て、この女をして卒倒しかけ、椅子から転げ落ちそうになった。
 慌てて、調べさせた結果、問題の根源にイーラ子爵夫人の存在があることを知ったエリージェ・ソードルは「イーラ! イーラ! またイーラ! あそこは誰も彼もろくなものじゃない!」と髪を掻き毟りながら憤慨した。

 この女が――。
 反省はしても後悔はしないこの女が――。
(もう一回やり直したい……)
 心の底から思った。

 だが無論、後悔してても致し方がないのは分かっていたので、行動はした。
 まずは、イーラ子爵夫妻を呼びつけ叱責し、「今度、余計なことをしたら一族全員、子爵邸の門や塀に吊してやるから!」と脅しておいた。
 次に、従者ザンドラ・フクリュウや家令マサジ・モリタらを集めて相談する。
 集まった提言を元に、シエルフォース侯爵家にはきっぱりはっきり断りを入れる。

 その時、理由は伝えない。
 下手に伝えると、その理由を潰しに来るだろうからだ。
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