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第十八章
殺意の理由2
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「なっ!」と声を漏らしたエリージェ・ソードルは、慌てて騎士リョウ・モリタから少し体を遠ざけ、女騎士ジェシー・レーマーが少しかばう素振りを見せる。
「お、お、お前、ふざけるな!」
顔を怒り色に染めた騎士リョウ・モリタが鞘に左手をかけ、騎士ギド・ザクスは「まあまあ」と言いながら両手を前に出す。
「その年頃の女性は一気に大人の”それ”になるじゃないですか?
それが我慢ならずっていう可能性があるってだけの――」
「お前、面白がっているのか何なのかは知らないが、いい加減黙れ!」
「でも、思い当たる節はありますね」
「ジェシー!?」
「女騎士や侍女の間では有名な話ですよ。
モリタさんが美しい女性に言い寄られても、素っ気ないのは、幼女好きか男色だからかって」
「お前ら、そんな噂を流してたのか!?」
女騎士ジェシー・レーマーが少しいたずらっ子のような顔で言う。
「モリタさんが悪いんですよ。
独り身の優良物件のくせに、女の匂いを一切させないから」
騎士リョウ・モリタは何かを耐えるように両目を閉じる。
そして、エリージェ・ソードルの方を向きながら、真摯な表情で言う。
「お嬢様、こいつらはこんなことを言っていますが、そのようなこと一切ありません。
そもそも、自分には婚約者がいるのです!」
「婚約者?」
エリージェ・ソードルは小首をひねる。
そんな話、”前回”も”今回”も含めて、聞いていなかったからだ。
「はい」と騎士リョウ・モリタは重々しく頷く。
「自分のような一騎士の事情をお嬢様にお聞かせするのも恐れ多いのですが、この婚約はお互いに思い合って両親に掛け合い、成立したものなのです。
なので、幼女好きとか男色とかは一切ございません」
「そうなの?
どちらの幼いご令嬢なのかしら?」
「幼くはありません!
同い年です!
騎士団長フランク・ハマンの長女、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢です」
「ああ、フランクの娘ね」
そう言いながら、この女、騎士団長フランク・ハマンの姿を思い出す。
「巨躯なフランクの娘なら、大柄な娘じゃ無いかしら?
あなたの好みには合わない気がするけど……」
「お嬢様!
いったん、幼女から離れてください!」
そして、騎士リョウ・モリタは目力を強くしながら言う。
「お嬢様!
自分はディアナを愛しているんです!
幼い頃からともに育ち、十三歳の頃に共に歩むと誓い合っているのです!
正式に騎士となり、護衛騎士として、ある程度経ってから迎えに行くことになっていたのですが……」
「ふ~ん」
エリージェ・ソードルは眉を少し寄せた。
その辺りの記憶が全くないからだ。
確かに、”前回”のこの時期は反乱の後始末などで多忙を極めてはいた。
ただ、自分に仕える――まして側近のもの達の”その辺り”は把握し、その都度、祝い金や品を贈っていたはずなのである。
にもかかわらず、全く知らないというのは、この女、非常に不可解に感じられた。
「なるほど、あなたがそう言い張るのであれば、良いでしょう」
「本当の話ですから!」
「だったら、今からその婚約者と称する者に会いに行きましょう!」
「えっ!?
今からですか!」
「本当に婚約者とやらがいるのであれば、問題ないでしょう?
本当にいるのであれば、ね」
「何で、そんなに疑ってかかっているのですか!?
それに、余りにも急な訪問はぁ~」
などと、騎士リョウ・モリタはギャアギャア喚くが、この女は一度決めれば、即実行する。
一切聞く耳を持たず、さっさとハマン騎士爵邸への先触れを指示し、訪問の準備をさせるのであった。
――
ハマン騎士爵邸応接室にて、恥ずかしそうに顔を赤める令嬢が座っている。
それを対面の長椅子につき、表情の無い顔で眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ハマン騎士爵邸に乗り込み、存在が(この女の中では)不確かな令嬢と対面することになったのだが、その余りにも”あれ”な女性(?)を前に言葉を失い、ただ、話を聞くのみとなっていた。
場を取りなすように、騎士リョウ・モリタが、お嬢様が自分の護衛騎士の婚約者を見てみたいという話になったと、訪問理由を、この本来物静かな騎士にしては珍しく、一生懸命、言葉を尽くしていた。
それに対して、一切疑うことをしないディアナ・ハマン騎士爵令嬢は「そうなんですか」と恥ずかしそうにしているのであった。
「……」
言葉を発しないエリージェ・ソードルをチラチラ見ながら、騎士リョウ・モリタはディアナ・ハマン騎士爵令嬢を愛称で呼ぶ。
「久しぶりだな、ディア。
ずいぶん、会いに来られなくて済まなかった」
ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は首を横に振った。
「ううん、良いのよリョウ。
わたし、あなたのことを信じてたし。
手紙だって送ってくれていたしね。
……でも、驚いたんじゃない?
わたし、ほら、あまり変わっていないから」
変わっていないというのは、恐らく成長していないと言うことだろう。
ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は褐色というオールマ王国の美女の基準からは外れた肌の色をしていた。
ただ、青い瞳が印象的な大きな目にスーッと通った鼻筋と、むしろそれが長所のように見える美しい令嬢であった。
間違いなく、美しい令嬢であった。
だが、小柄で、胸や臀部の凹凸が少ないほっそりとした体躯が災いしてか、年齢より若く見えた。
有り体に言えば、幼く見えた。
発育が良いとはいえ、十一歳のエリージェ・ソードル、それよりも下手をすると若く見える。
そんなご令嬢であった。
「……」
エリージェ・ソードルは後ろを振り返り、”他”の護衛騎士を見た。
”他”の護衛騎士は二人とも、何やら重々しく頷く。
騎士リョウ・モリタがそれに対して何か言いたそうにするも、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢が話し始める。
「あのう……。
リョウは、その、凄く素敵に成長しているのに、わたしは、こんなざまで……。
失望させてしまったかしら?」
上目遣いで騎士リョウ・モリタを見上げるディアナ・ハマン騎士爵令嬢に対して、訊ねられた騎士は片膝をつき、その手を取った。
「何を気にしているんだ。
俺――いや、わたしはお前だから共に歩みたいと思ったんだ。
それに、お前は昔も、今も美しい」
その真摯な返答に、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は「まぁ」と顔を赤める。
エリージェ・ソードルは立ち上がると、言う。
「わたくし、用件は済んだので、この辺りで失礼するわ」
はっとしたディアナ・ハマン騎士爵令嬢が、慌てて立ち上がると、両膝をついて頭を下げる。
「あ、も、も、申し訳ございません!
お嬢様をないがしろにしてしまい――」
それに対して、エリージェ・ソードルは右手を出して制す。
「気にしなくて良いのよ。
ディアナ、リョウの手綱を、しっかり持っておくのよ」
「え!?
あ、その、はい……」
などとモジモジするディアナ・ハマン騎士爵令嬢を横目に、エリージェ・ソードルは静かに歩き始める。
「お、お嬢様……」
慌てて付いてくる騎士リョウ・モリタに対して、この女、淡々と言う。
「リョウ、あなたは”ここに”残っても良いのよ」
「いえ!
わたしは護衛騎士なので!」
「……」
「……」
「……」
屋敷の中を黙々と歩く、女と他の護衛騎士に耐えきれなくなったのか、騎士リョウ・モリタは言葉を足すように言う。
「お嬢様……。
一人前になるまでの五年間、全く会っておりませんでしたので……」
そこに、付いてきていたディアナ・ハマン騎士爵令嬢がニコニコしながら肯定する。
「そうなんです。
リョウは生真面目というか、一本槍と言いますか、一人前になるまで会わないと言って――わたしなんかはそこが素敵だと思ってしまうと言いますかぁ」
エリージェ・ソードルはディアナ・ハマン騎士爵令嬢に対して”だけ”「そうなのね」と返答を返す。
そして、玄関から出て、馬車の手前に止まると、騎士リョウ・モリタを横目で見ながら言う。
「あなた、先頭を行きなさい」
騎士隊の先頭であれば、先駆けといえなくも無いが、護衛騎士で馬車から遠ざかるというのは少々意味は違ってくる。
まして、先ほどからのやり取りの後である。
信用の無い者の位置にも思える場所だった。
騎士リョウ・モリタは何かを言いたげにしたが、少し肩を落とし気味に「……畏まりました」と言うのみだった。
ただ、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢はその辺りが分かっていないのか、先頭に立つ婚約者を誇らしげに見つめていた。
――
〝前回〟の事だ。
騎士リョウ・モリタは、もっとも尊敬する祖父ジン・モリタを失った。
くだらないルーベ・ソードルが、くだらないお遊びをする時間を捻出するために、過労死したとのことだった。
騎士リョウ・モリタは、最も愛する婚約者ディアナ・ハマンを失った。
ぐらつく公爵家が隙を作ったばかりに、くだらない騎士達の反乱を生み、騎士リョウ・モリタが駆けつけた時には裏切り者に乗り込まれたハマン邸で、ディアナ・ハマンは息絶えていた。
強姦された彼女の顔は腫れ上がり、首がへし折られていた。
ディアナ・ハマンが隠し、一部始終を見ていた侍女は、彼女が最後の最後まで拒絶していたと号泣しながら話していた。
それだけでは無い。
母親はこの反乱で傷を負い、寝たきりになった。
父親は後始末に奔走し、祖父ジン・モリタの後を追うのでは無いかと心配になるほど、働き続けた。
だけど、騎士リョウ・モリタは――恨まなかった。
公爵家に対しても、もちろん、その後を継いだエリージェ・ソードルに対しても、恨まなかった。
当然だ。
モリタ家は代々、ソードル家に恩を受けていたし、後を継いだ幼い領主だって、必死になって働いていた。
本来恨むべき愚かな公爵が亡き後、どうしてそのようなことが出来るだろうか?
騎士リョウ・モリタは誓った。
愛すべき人を失った今、自分は公爵家のためにのみ生きようと。
モリタ家の者として、ソードル家の剣として、ただただ生きようと。
誓った。
だけど、領主は――それを否定した。
王国近衛隊に行くようにと。
あなたの才はそこでこそ輝くからと。
自分を、自分を、自分を、切り捨てた。
騎士リョウ・モリタは恨まない。
当然だ。
剣を選ぶのは、剣を持つ者の自由だ。
当然だ。
だけど、心の中に、どうしても、どす黒い何かが湧き出てきて……。
ところがである。
”今回”、祖父ジン・モリタは生きている。
反乱も防がれて、婚約者であるディアナ・ハマンも元気だし、母であるブルーヌ・モリタも精力的に働いている。
父であるマサジ・モリタは家令になり、少々忙しそうにしているが……。
それでも、優秀な重役の仕事量からは逸脱していなかった。
なので、そんな状況下、突然、自身のエリージェ・ソードルを殺す理由など尋ねられても、ただただ困惑するだけだった。
――
公爵邸執務室にて、熱弁を振るう女がいる。
エリージェ・ソードルである。
この女、公爵邸に到着すると、家令マサジ・モリタを執務室に呼び出し、凄まじい勢いで話し始めた。
ただ、家令マサジ・モリタとしては突然、自分の主に、己の息子の結婚を早めろとか言われて、ただただ困惑している様子だった。
因みに、話に上がっている騎士リョウ・モリタは疲れ切った表情のまま、部屋の隅に立っていて、他の護衛騎士は、どことなく、そんな彼からエリージェ・ソードルを守る位置に立っていた。
「マサジ、わたくし、うだうだと先延ばしにしてリョウが落ち着かないと、正直、不安で仕方がないの!」
「まあ、元々来年辺りには――という話になっていましたので、問題は無いのですが……」
家令マサジ・モリタは怪しげな気配を察したのか、騎士リョウ・モリタに鋭い視線を向けながら言う。
「リョウ、まさかお前、お嬢様に対して――」
「ち、違う!
いえ、違います、家令!
お嬢様が勘違いされているというか、何というか……」
「マサジ!
とにかく、ディアナと一緒にして頂戴!
あの子が側にいれば、取りあえずは問題ないでしょうから!」
この女、”前回”の騎士団長フランク・ハマンの最後や、その屋敷での惨劇は耳に入っていた。
直接的に名前を耳にしていなかったものの、少し考えれば、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢の死も想像できるはずだった。
だが、元々二人を結びつけて考えていなかったこともあり、とても頭が良いとはいえないこの女、全く”そこ”にたどり着かなかった。
なので、騎士リョウ・モリタにとって不幸なことに、この勘違いは結局解かれることも無く、この女の中に残り続けるのであった。
「お、お、お前、ふざけるな!」
顔を怒り色に染めた騎士リョウ・モリタが鞘に左手をかけ、騎士ギド・ザクスは「まあまあ」と言いながら両手を前に出す。
「その年頃の女性は一気に大人の”それ”になるじゃないですか?
それが我慢ならずっていう可能性があるってだけの――」
「お前、面白がっているのか何なのかは知らないが、いい加減黙れ!」
「でも、思い当たる節はありますね」
「ジェシー!?」
「女騎士や侍女の間では有名な話ですよ。
モリタさんが美しい女性に言い寄られても、素っ気ないのは、幼女好きか男色だからかって」
「お前ら、そんな噂を流してたのか!?」
女騎士ジェシー・レーマーが少しいたずらっ子のような顔で言う。
「モリタさんが悪いんですよ。
独り身の優良物件のくせに、女の匂いを一切させないから」
騎士リョウ・モリタは何かを耐えるように両目を閉じる。
そして、エリージェ・ソードルの方を向きながら、真摯な表情で言う。
「お嬢様、こいつらはこんなことを言っていますが、そのようなこと一切ありません。
そもそも、自分には婚約者がいるのです!」
「婚約者?」
エリージェ・ソードルは小首をひねる。
そんな話、”前回”も”今回”も含めて、聞いていなかったからだ。
「はい」と騎士リョウ・モリタは重々しく頷く。
「自分のような一騎士の事情をお嬢様にお聞かせするのも恐れ多いのですが、この婚約はお互いに思い合って両親に掛け合い、成立したものなのです。
なので、幼女好きとか男色とかは一切ございません」
「そうなの?
どちらの幼いご令嬢なのかしら?」
「幼くはありません!
同い年です!
騎士団長フランク・ハマンの長女、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢です」
「ああ、フランクの娘ね」
そう言いながら、この女、騎士団長フランク・ハマンの姿を思い出す。
「巨躯なフランクの娘なら、大柄な娘じゃ無いかしら?
あなたの好みには合わない気がするけど……」
「お嬢様!
いったん、幼女から離れてください!」
そして、騎士リョウ・モリタは目力を強くしながら言う。
「お嬢様!
自分はディアナを愛しているんです!
幼い頃からともに育ち、十三歳の頃に共に歩むと誓い合っているのです!
正式に騎士となり、護衛騎士として、ある程度経ってから迎えに行くことになっていたのですが……」
「ふ~ん」
エリージェ・ソードルは眉を少し寄せた。
その辺りの記憶が全くないからだ。
確かに、”前回”のこの時期は反乱の後始末などで多忙を極めてはいた。
ただ、自分に仕える――まして側近のもの達の”その辺り”は把握し、その都度、祝い金や品を贈っていたはずなのである。
にもかかわらず、全く知らないというのは、この女、非常に不可解に感じられた。
「なるほど、あなたがそう言い張るのであれば、良いでしょう」
「本当の話ですから!」
「だったら、今からその婚約者と称する者に会いに行きましょう!」
「えっ!?
今からですか!」
「本当に婚約者とやらがいるのであれば、問題ないでしょう?
本当にいるのであれば、ね」
「何で、そんなに疑ってかかっているのですか!?
それに、余りにも急な訪問はぁ~」
などと、騎士リョウ・モリタはギャアギャア喚くが、この女は一度決めれば、即実行する。
一切聞く耳を持たず、さっさとハマン騎士爵邸への先触れを指示し、訪問の準備をさせるのであった。
――
ハマン騎士爵邸応接室にて、恥ずかしそうに顔を赤める令嬢が座っている。
それを対面の長椅子につき、表情の無い顔で眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ハマン騎士爵邸に乗り込み、存在が(この女の中では)不確かな令嬢と対面することになったのだが、その余りにも”あれ”な女性(?)を前に言葉を失い、ただ、話を聞くのみとなっていた。
場を取りなすように、騎士リョウ・モリタが、お嬢様が自分の護衛騎士の婚約者を見てみたいという話になったと、訪問理由を、この本来物静かな騎士にしては珍しく、一生懸命、言葉を尽くしていた。
それに対して、一切疑うことをしないディアナ・ハマン騎士爵令嬢は「そうなんですか」と恥ずかしそうにしているのであった。
「……」
言葉を発しないエリージェ・ソードルをチラチラ見ながら、騎士リョウ・モリタはディアナ・ハマン騎士爵令嬢を愛称で呼ぶ。
「久しぶりだな、ディア。
ずいぶん、会いに来られなくて済まなかった」
ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は首を横に振った。
「ううん、良いのよリョウ。
わたし、あなたのことを信じてたし。
手紙だって送ってくれていたしね。
……でも、驚いたんじゃない?
わたし、ほら、あまり変わっていないから」
変わっていないというのは、恐らく成長していないと言うことだろう。
ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は褐色というオールマ王国の美女の基準からは外れた肌の色をしていた。
ただ、青い瞳が印象的な大きな目にスーッと通った鼻筋と、むしろそれが長所のように見える美しい令嬢であった。
間違いなく、美しい令嬢であった。
だが、小柄で、胸や臀部の凹凸が少ないほっそりとした体躯が災いしてか、年齢より若く見えた。
有り体に言えば、幼く見えた。
発育が良いとはいえ、十一歳のエリージェ・ソードル、それよりも下手をすると若く見える。
そんなご令嬢であった。
「……」
エリージェ・ソードルは後ろを振り返り、”他”の護衛騎士を見た。
”他”の護衛騎士は二人とも、何やら重々しく頷く。
騎士リョウ・モリタがそれに対して何か言いたそうにするも、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢が話し始める。
「あのう……。
リョウは、その、凄く素敵に成長しているのに、わたしは、こんなざまで……。
失望させてしまったかしら?」
上目遣いで騎士リョウ・モリタを見上げるディアナ・ハマン騎士爵令嬢に対して、訊ねられた騎士は片膝をつき、その手を取った。
「何を気にしているんだ。
俺――いや、わたしはお前だから共に歩みたいと思ったんだ。
それに、お前は昔も、今も美しい」
その真摯な返答に、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢は「まぁ」と顔を赤める。
エリージェ・ソードルは立ち上がると、言う。
「わたくし、用件は済んだので、この辺りで失礼するわ」
はっとしたディアナ・ハマン騎士爵令嬢が、慌てて立ち上がると、両膝をついて頭を下げる。
「あ、も、も、申し訳ございません!
お嬢様をないがしろにしてしまい――」
それに対して、エリージェ・ソードルは右手を出して制す。
「気にしなくて良いのよ。
ディアナ、リョウの手綱を、しっかり持っておくのよ」
「え!?
あ、その、はい……」
などとモジモジするディアナ・ハマン騎士爵令嬢を横目に、エリージェ・ソードルは静かに歩き始める。
「お、お嬢様……」
慌てて付いてくる騎士リョウ・モリタに対して、この女、淡々と言う。
「リョウ、あなたは”ここに”残っても良いのよ」
「いえ!
わたしは護衛騎士なので!」
「……」
「……」
「……」
屋敷の中を黙々と歩く、女と他の護衛騎士に耐えきれなくなったのか、騎士リョウ・モリタは言葉を足すように言う。
「お嬢様……。
一人前になるまでの五年間、全く会っておりませんでしたので……」
そこに、付いてきていたディアナ・ハマン騎士爵令嬢がニコニコしながら肯定する。
「そうなんです。
リョウは生真面目というか、一本槍と言いますか、一人前になるまで会わないと言って――わたしなんかはそこが素敵だと思ってしまうと言いますかぁ」
エリージェ・ソードルはディアナ・ハマン騎士爵令嬢に対して”だけ”「そうなのね」と返答を返す。
そして、玄関から出て、馬車の手前に止まると、騎士リョウ・モリタを横目で見ながら言う。
「あなた、先頭を行きなさい」
騎士隊の先頭であれば、先駆けといえなくも無いが、護衛騎士で馬車から遠ざかるというのは少々意味は違ってくる。
まして、先ほどからのやり取りの後である。
信用の無い者の位置にも思える場所だった。
騎士リョウ・モリタは何かを言いたげにしたが、少し肩を落とし気味に「……畏まりました」と言うのみだった。
ただ、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢はその辺りが分かっていないのか、先頭に立つ婚約者を誇らしげに見つめていた。
――
〝前回〟の事だ。
騎士リョウ・モリタは、もっとも尊敬する祖父ジン・モリタを失った。
くだらないルーベ・ソードルが、くだらないお遊びをする時間を捻出するために、過労死したとのことだった。
騎士リョウ・モリタは、最も愛する婚約者ディアナ・ハマンを失った。
ぐらつく公爵家が隙を作ったばかりに、くだらない騎士達の反乱を生み、騎士リョウ・モリタが駆けつけた時には裏切り者に乗り込まれたハマン邸で、ディアナ・ハマンは息絶えていた。
強姦された彼女の顔は腫れ上がり、首がへし折られていた。
ディアナ・ハマンが隠し、一部始終を見ていた侍女は、彼女が最後の最後まで拒絶していたと号泣しながら話していた。
それだけでは無い。
母親はこの反乱で傷を負い、寝たきりになった。
父親は後始末に奔走し、祖父ジン・モリタの後を追うのでは無いかと心配になるほど、働き続けた。
だけど、騎士リョウ・モリタは――恨まなかった。
公爵家に対しても、もちろん、その後を継いだエリージェ・ソードルに対しても、恨まなかった。
当然だ。
モリタ家は代々、ソードル家に恩を受けていたし、後を継いだ幼い領主だって、必死になって働いていた。
本来恨むべき愚かな公爵が亡き後、どうしてそのようなことが出来るだろうか?
騎士リョウ・モリタは誓った。
愛すべき人を失った今、自分は公爵家のためにのみ生きようと。
モリタ家の者として、ソードル家の剣として、ただただ生きようと。
誓った。
だけど、領主は――それを否定した。
王国近衛隊に行くようにと。
あなたの才はそこでこそ輝くからと。
自分を、自分を、自分を、切り捨てた。
騎士リョウ・モリタは恨まない。
当然だ。
剣を選ぶのは、剣を持つ者の自由だ。
当然だ。
だけど、心の中に、どうしても、どす黒い何かが湧き出てきて……。
ところがである。
”今回”、祖父ジン・モリタは生きている。
反乱も防がれて、婚約者であるディアナ・ハマンも元気だし、母であるブルーヌ・モリタも精力的に働いている。
父であるマサジ・モリタは家令になり、少々忙しそうにしているが……。
それでも、優秀な重役の仕事量からは逸脱していなかった。
なので、そんな状況下、突然、自身のエリージェ・ソードルを殺す理由など尋ねられても、ただただ困惑するだけだった。
――
公爵邸執務室にて、熱弁を振るう女がいる。
エリージェ・ソードルである。
この女、公爵邸に到着すると、家令マサジ・モリタを執務室に呼び出し、凄まじい勢いで話し始めた。
ただ、家令マサジ・モリタとしては突然、自分の主に、己の息子の結婚を早めろとか言われて、ただただ困惑している様子だった。
因みに、話に上がっている騎士リョウ・モリタは疲れ切った表情のまま、部屋の隅に立っていて、他の護衛騎士は、どことなく、そんな彼からエリージェ・ソードルを守る位置に立っていた。
「マサジ、わたくし、うだうだと先延ばしにしてリョウが落ち着かないと、正直、不安で仕方がないの!」
「まあ、元々来年辺りには――という話になっていましたので、問題は無いのですが……」
家令マサジ・モリタは怪しげな気配を察したのか、騎士リョウ・モリタに鋭い視線を向けながら言う。
「リョウ、まさかお前、お嬢様に対して――」
「ち、違う!
いえ、違います、家令!
お嬢様が勘違いされているというか、何というか……」
「マサジ!
とにかく、ディアナと一緒にして頂戴!
あの子が側にいれば、取りあえずは問題ないでしょうから!」
この女、”前回”の騎士団長フランク・ハマンの最後や、その屋敷での惨劇は耳に入っていた。
直接的に名前を耳にしていなかったものの、少し考えれば、ディアナ・ハマン騎士爵令嬢の死も想像できるはずだった。
だが、元々二人を結びつけて考えていなかったこともあり、とても頭が良いとはいえないこの女、全く”そこ”にたどり着かなかった。
なので、騎士リョウ・モリタにとって不幸なことに、この勘違いは結局解かれることも無く、この女の中に残り続けるのであった。
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流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。
「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」
これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。
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