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第十八章
殺意の理由1
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公爵邸の廊下にて、身振り手振りを加えながら熱弁を振るう女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、昼食を取った後、滞在期間中に弟マヌエル・ソードルの指導をお願いしたルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンと共に騎士団の鍛錬場に向かう最中、興が乗ったかのように、当主論を語り出したのだ。
「わたくし思うのよ。
時々、民に媚びるかのように『彼らと寄り添う』とかなんとか言っている貴族がいるけど、そうじゃないと!
わたくし達は導くものなのだから、一歩前に出るぐらいを歩くべきなのよ。
少なくとも、わたくしはそういう意識でやって来たわ。
それに対する答えが、あの寝台だと思うのよ!」
少々、”うっとうしい”な感じに話し続けている女に対して、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンはただただ優しく目を緩ませながら、相づちを打っている。
鍛錬所の入り口に付くと、弟マヌエル・ソードルが緊張した顔で立っているのが見えた。
鍛錬用の動きやすい服装の上に軽鎧を装備していて、左手には木剣が握られていた。
弟マヌエル・ソードルはエリージェ・ソードルらが鍛錬場に入ると、深々と頭を下げる。
「クリンスマン卿、今日もよろしくお願いします!」
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンはそれに対して、少し満足そうに頷きながら、「はい、よろしくお願いします」と言う。
そこに、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが第一王子ルードリッヒ・ハイセルを引っ張りながら、やって来る。
そして、満面の笑みで言った。
「団長、殿下共々、今日もよろしくお願いします!」
「ぼ、僕はもう満足なんだけど……」
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンは二人に対してもにっこり微笑みながら、挨拶を返している。
エリージェ・ソードルは既に疲れた顔をしている第一王子ルードリッヒ・ハイセルを一瞥した後、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンに言う。
「ウルフなら大丈夫だと思うけど、オーメはともかくとして、殿下やマヌエルには余り無理をさせないでね」
「ハハハッ!
お任せください、お嬢様。
鍛えるのはちょっとばかし、自信がありますので」
エリージェ・ソードルは”前回”、剣術を教わった時の事を思い出す。
(確かに、凄く分かりやすかったわね)
と何度も頷きながら、弟マヌエル・ソードルに視線を向けると言った。
「マヌエル、ウルフの言うことをしっかり聞くのよ。
無茶はしないようにね」
女の言に、弟マヌエル・ソードルは気合いの入った顔で、「はい!」と応えて見せた。
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンが「男子は多少、無茶するぐらいがちょうど良いんですよ」と言い、エリージェ・ソードルが「そうかも知れないけど、わたくしは心配なのよ」と応えていると、侍女ミーナ・ウォールが近寄ってきた。
そして、女のそばで一礼すると、鍛錬所の端の方を手で指しながら言う。
「お嬢様、席はあちらにご用意しましたが、よろしかったでしょうか?」
視線を向けると、一人用のお茶席が用意されている。
エリージェ・ソードルが頷くと、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンに向き直り、「よろしくね」と言った。
席に向かって歩を向けたエリージェ・ソードルだったが、それはすぐに止められることとなった。
近づいてくる騎士の姿が見えたからだ。
「……」
端正な顔の騎士、その表情は静かながらも、どことなく憤然としたものが見える気がした。
その騎士は、女の側まで来ると片膝を付き、頭を垂れる。
そして、言った。
「お嬢様、少々お話ししたい事があります。
よろしいでしょうか?」
その騎士――リョウ・モリタを前にして、この表情を余り変えぬ女にしては珍しく、表情を露骨にゆがませた。
――
騎士リョウ・モリタのたっての願いで、公爵邸執務室移ったエリージェ・ソードルは、気が乗らない感じで執務机に座った。
その前に、直立不動がどこか傲然とした雰囲気までにじみ出している騎士リョウ・モリタが立った。
侍女ミーナ・ウォールが少し心配そうに、エリージェ・ソードルの前に茶器を置くと、静かに出て行った。
執務室にエリージェ・ソードルと護衛騎士が三人という状態になった所で、騎士リョウ・モリタが口を開いた。
「お嬢様、護衛騎士である自分が、何故か騎士団に押しつけられている状態の理由を、教えて頂けませんでしょうか?
わたしの母からは、毎日のように『何か無礼をしたのではないか?』、『お嬢様が意味も無く、あなたを遠ざけるはずが無い』など言われ続けているのです!
せめて、理由だけでも教えて頂けませんでしょうか?」
騎士リョウ・モリタの母親は、侍女長ブルーヌ・モリタである。
エリージェ・ソードルは少し、眉を寄せた。
「そう、ブルーヌ”には”悪いことをしたわね」
そして、お茶を一口飲む。
「そうね、リョウ……。
別に、あなたがわたくしに何かをしたと言うことは無いわ」
エリージェ・ソードルは心の中で(”今回”は)と付け加える。
そして、少し黙考した後に言った。
「これは、あくまでもわたくしの問題よ。
もしどうしても聞きたいのであれば言っても構わないけど……。
あなたに理解できるかどうかは、別問題だと思って頂戴」
「はあ……」
よく分からないと言った面持ちの騎士リョウ・モリタだったが、表情を引き締めると言う。
「それでも、構いません。
わたしは常に公爵家にお仕えしてきたモリタ家の嫡子として、このような形で遠ざけられる訳にはいかないのです!」
エリージェ・ソードルは頷く。
「そうね、では話しましょう。
この事は他言無用よ」
「わたし達は下がりましょうか?」
と女騎士ジェシー・レーマーが訊ねてくるが、「不要よ」と答える。
「モリタ家が絡む問題で、確かにこのまま放置は出来ないわ。
なので、あなた達の意見も聞かせて頂戴」
「あっしらの意見ですかい?
ジェシーはともかく、あっしはどうなんでしょう?」
と騎士ギド・ザクスが少し困った顔をする。
それに対して、エリージェ・ソードルは「あなたも残りなさい」と答える。
この女としては、”前回”、自分を躊躇無く殺しに来た騎士リョウ・モリタに対して、やはり少々怖さがあった。
エリージェ・ソードルは端的に言う。
「リョウ、わたくし、あなたに殺される”夢”を見たの。
だから、出来るだけ側には置きたくない。
そう思っているのよ」
流石のこの女も、時間が戻ったなどと言う荒唐無稽なことが、なかなか受け入れられないと分かっていた。
なので、”夢”ということで押し切ることにした。
「夢、ですか?」
騎士リョウ・モリタがこの感情を余り出さないこの騎士が、ポカンとした顔で反芻する。
それを、エリージェ・ソードルは肯定する。
「ええ、夢よ。
あなたにとって、理不尽に感じるかも知れないけど……。
それ以来、わたくしの心の中に恐怖心があるのよ」
騎士リョウ・モリタは何ともいえない顔をする。
それに対して、騎士ギド・ザクスが頷いた。
「なるほど、それが余りにも現実味があるので怖さがある。
そういうことですかい?」
「それよ」
とエリージェ・ソードルが同意すると、女騎士ジェシー・レーマーが難しい顔で言う。
「それって……。
いえ!
そう、どうしようも無い事じゃないですか?
モリタさんがどうこうできる問題じゃないですし」
騎士リョウ・モリタは懇願するように言う。
「お嬢様!
自分はソードル公爵家に代々使えてきたモリタ家の者として、一命を賭してお嬢様をお守りしたいと心から思っています!
信じて頂けませんか!?」
エリージェ・ソードルは思案するように眉を寄せながら、閉じた扇子で肩を叩く。
この女としても、モリタ家も騎士リョウ・モリタも、少なくとも”前回”のあの日までは信じていたのだ。
だが、それを砕くような一突きを、自身の胸に突き立てられていた。
「わたくし、夢の中で殺されたこと自体は仕方が無いことだと思っているの。
その時のわたくしは、国に仇なす存在になっていたし、リョウは王国近衛隊に編入していたしね。
……ねえ、ジェシー、ギド、あなた達ならどうかしら?
もしも、わたくしを討伐しないといけなくなった時、どういう態度でいる?」
女騎士ジェシー・レーマーは眉を寄せながら考え込む。
「お嬢様が……国に仇なす存在になるってのがいまいちピンときませんが……」
女騎士ジェシー・レーマーは視線を騎士ギド・ザクスに向ける。
視線を向けられた騎士は、厳つい顔を困らせながら答える。
「王国近衛隊に入隊しているのであれば、与えられた命令は実行しなくちゃなりません。
それでも、以前使えていたお嬢様と対峙するのは……。
そうですねぇ、『お嬢様! 何で、なんでこんなことをぉぉぉ!』とか訊ねはしますが、騎士としての義務は全うせざる得ないんじゃないですか?」
「それよ!」
「それ、ですかい?」
「少なくとも、訊ねはするでしょう?
事情とかなんとか」
「ええまあ」
「リョウは先陣を切ってドアを破ると、即、わたくしの心臓を一突きしたの」
「ええぇ……」
「それはちょっと」
騎士ギド・ザクスと女騎士ジェシー・レーマーが引いた顔で騎士リョウ・モリタを見る。
騎士リョウ・モリタは慌てて「夢! 夢のことだろう!」などと言っている。
エリージェ・ソードルははっきり言った。
「わたくし、何故あそこまでわたくしを殺したがっていたのか?
それが分かるまでは、あなたを側に置くことは控えたいの」
「お、お嬢様!?
夢、の話ですよね?」
「夢の話でもよ。
あなた、何か思い当たることはあるかしら?」
「え?
いや、全くありませんが……。
あの、夢、ですよね?
こんな事を言っては何ですが、余り気になさらない方が……」
そこに、女騎士ジェシー・レーマーが口を挟む。
「仮に夢の話でも、始終側にいる護衛騎士に怖さを感じているのは、気が休まらないと思いますよ」
「しかし……」
騎士リョウ・モリタは納得のいかない顔で言葉を漏らす。
騎士ギド・ザクスが沈痛な顔をする騎士リョウ・モリタを一瞥すると、女に訊ねてくる。
「それは一体どういう状況だったんです?
国に仇なすとかなんとかおっしゃってましたが」
「ええそうよ。
……細かいことは、まあ、覚えていないけど」
この女、不都合な部分を不明で押しながら続ける。
「わたくし、学院の生徒会室にいたの」
女騎士ジェシー・レーマーが小首をひねる。
「学院?
つまり、ずいぶん先の話なんですね」
「そうよ。
わたくしは十七歳で、オールマ学院に在籍しているの」
騎士リョウ・モリタが「ずいぶん設定が細かいですね」何て言っているが、エリージェ・ソードルは先を進める。
「王国近衛隊がわたくしのいる生徒会室に乗り込んできて、リョウがわたくしを刺し殺したの。
さっきも言ったとおり、先陣を切ってね」
「でも、モリタさんを擁護するようですが――」
「いや、別に擁護しても良いだろう!?」
「リョウさんが珍しく必死なので、擁護したくないのですが――」
「おい!」
半笑いの女騎士ジェシー・レーマーが言う。
「いまいち、理由が分かりませんね。
仮に、王国近衛隊に移籍しても、実家であるモリタ家との繋がりは切れたわけでは無いのでしょう?」
「そうね」
エリージェ・ソードルもそれに頷いてみせる。
だが、騎士ギド・ザクスが何やら訳知り顔で言う。
「あっしはちょっと、分かってきやしたぜ!」
「あら、そうなの?」
「簡単な話です。
お嬢様が十七歳、それはそれは美しくなられたことでしょう。
ズバリ、片恋をひねらせた末の犯行って奴だと思いますぜ!」
「お前は何を言っているんだ!」
と騎士リョウ・モリタは怒鳴るも、この女、少し考える。
「でもわたくし、ずいぶん前から殿下と婚約しているわけだけど、その辺りはどうかしら?」
「そうですね。
いよいよ結婚の時期が近づいて思いあまってって奴では?」
「……そんな素振りは一切見せてなかったけど。
いえ、それ以前に、リョウは王国近衛隊に所属していたから、会うのも二年ぶりぐらいだったような」
「しつこいようですが、夢の話ですよね?
何か、読んだ小説にそんな設定があるとかでは無く?」
などと、騎士リョウ・モリタが胡乱げな目で訊ねてくるが無視して、騎士ギド・ザクスと話を進める。
「う~ん、二年ぶりと言うことは十五歳となると、それ以前からお嬢様に懸想してた事になるんですが……。
そうなると、別の疑惑も浮上してきますぜ」
「別の疑惑?」
女の合いの手に、騎士ギド・ザクスは神妙な顔で言う。
「つまり、少女愛説です!」
エリージェ・ソードルである。
この女、昼食を取った後、滞在期間中に弟マヌエル・ソードルの指導をお願いしたルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンと共に騎士団の鍛錬場に向かう最中、興が乗ったかのように、当主論を語り出したのだ。
「わたくし思うのよ。
時々、民に媚びるかのように『彼らと寄り添う』とかなんとか言っている貴族がいるけど、そうじゃないと!
わたくし達は導くものなのだから、一歩前に出るぐらいを歩くべきなのよ。
少なくとも、わたくしはそういう意識でやって来たわ。
それに対する答えが、あの寝台だと思うのよ!」
少々、”うっとうしい”な感じに話し続けている女に対して、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンはただただ優しく目を緩ませながら、相づちを打っている。
鍛錬所の入り口に付くと、弟マヌエル・ソードルが緊張した顔で立っているのが見えた。
鍛錬用の動きやすい服装の上に軽鎧を装備していて、左手には木剣が握られていた。
弟マヌエル・ソードルはエリージェ・ソードルらが鍛錬場に入ると、深々と頭を下げる。
「クリンスマン卿、今日もよろしくお願いします!」
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンはそれに対して、少し満足そうに頷きながら、「はい、よろしくお願いします」と言う。
そこに、幼なじみオーメスト・リーヴスリーが第一王子ルードリッヒ・ハイセルを引っ張りながら、やって来る。
そして、満面の笑みで言った。
「団長、殿下共々、今日もよろしくお願いします!」
「ぼ、僕はもう満足なんだけど……」
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンは二人に対してもにっこり微笑みながら、挨拶を返している。
エリージェ・ソードルは既に疲れた顔をしている第一王子ルードリッヒ・ハイセルを一瞥した後、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンに言う。
「ウルフなら大丈夫だと思うけど、オーメはともかくとして、殿下やマヌエルには余り無理をさせないでね」
「ハハハッ!
お任せください、お嬢様。
鍛えるのはちょっとばかし、自信がありますので」
エリージェ・ソードルは”前回”、剣術を教わった時の事を思い出す。
(確かに、凄く分かりやすかったわね)
と何度も頷きながら、弟マヌエル・ソードルに視線を向けると言った。
「マヌエル、ウルフの言うことをしっかり聞くのよ。
無茶はしないようにね」
女の言に、弟マヌエル・ソードルは気合いの入った顔で、「はい!」と応えて見せた。
ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンが「男子は多少、無茶するぐらいがちょうど良いんですよ」と言い、エリージェ・ソードルが「そうかも知れないけど、わたくしは心配なのよ」と応えていると、侍女ミーナ・ウォールが近寄ってきた。
そして、女のそばで一礼すると、鍛錬所の端の方を手で指しながら言う。
「お嬢様、席はあちらにご用意しましたが、よろしかったでしょうか?」
視線を向けると、一人用のお茶席が用意されている。
エリージェ・ソードルが頷くと、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンに向き直り、「よろしくね」と言った。
席に向かって歩を向けたエリージェ・ソードルだったが、それはすぐに止められることとなった。
近づいてくる騎士の姿が見えたからだ。
「……」
端正な顔の騎士、その表情は静かながらも、どことなく憤然としたものが見える気がした。
その騎士は、女の側まで来ると片膝を付き、頭を垂れる。
そして、言った。
「お嬢様、少々お話ししたい事があります。
よろしいでしょうか?」
その騎士――リョウ・モリタを前にして、この表情を余り変えぬ女にしては珍しく、表情を露骨にゆがませた。
――
騎士リョウ・モリタのたっての願いで、公爵邸執務室移ったエリージェ・ソードルは、気が乗らない感じで執務机に座った。
その前に、直立不動がどこか傲然とした雰囲気までにじみ出している騎士リョウ・モリタが立った。
侍女ミーナ・ウォールが少し心配そうに、エリージェ・ソードルの前に茶器を置くと、静かに出て行った。
執務室にエリージェ・ソードルと護衛騎士が三人という状態になった所で、騎士リョウ・モリタが口を開いた。
「お嬢様、護衛騎士である自分が、何故か騎士団に押しつけられている状態の理由を、教えて頂けませんでしょうか?
わたしの母からは、毎日のように『何か無礼をしたのではないか?』、『お嬢様が意味も無く、あなたを遠ざけるはずが無い』など言われ続けているのです!
せめて、理由だけでも教えて頂けませんでしょうか?」
騎士リョウ・モリタの母親は、侍女長ブルーヌ・モリタである。
エリージェ・ソードルは少し、眉を寄せた。
「そう、ブルーヌ”には”悪いことをしたわね」
そして、お茶を一口飲む。
「そうね、リョウ……。
別に、あなたがわたくしに何かをしたと言うことは無いわ」
エリージェ・ソードルは心の中で(”今回”は)と付け加える。
そして、少し黙考した後に言った。
「これは、あくまでもわたくしの問題よ。
もしどうしても聞きたいのであれば言っても構わないけど……。
あなたに理解できるかどうかは、別問題だと思って頂戴」
「はあ……」
よく分からないと言った面持ちの騎士リョウ・モリタだったが、表情を引き締めると言う。
「それでも、構いません。
わたしは常に公爵家にお仕えしてきたモリタ家の嫡子として、このような形で遠ざけられる訳にはいかないのです!」
エリージェ・ソードルは頷く。
「そうね、では話しましょう。
この事は他言無用よ」
「わたし達は下がりましょうか?」
と女騎士ジェシー・レーマーが訊ねてくるが、「不要よ」と答える。
「モリタ家が絡む問題で、確かにこのまま放置は出来ないわ。
なので、あなた達の意見も聞かせて頂戴」
「あっしらの意見ですかい?
ジェシーはともかく、あっしはどうなんでしょう?」
と騎士ギド・ザクスが少し困った顔をする。
それに対して、エリージェ・ソードルは「あなたも残りなさい」と答える。
この女としては、”前回”、自分を躊躇無く殺しに来た騎士リョウ・モリタに対して、やはり少々怖さがあった。
エリージェ・ソードルは端的に言う。
「リョウ、わたくし、あなたに殺される”夢”を見たの。
だから、出来るだけ側には置きたくない。
そう思っているのよ」
流石のこの女も、時間が戻ったなどと言う荒唐無稽なことが、なかなか受け入れられないと分かっていた。
なので、”夢”ということで押し切ることにした。
「夢、ですか?」
騎士リョウ・モリタがこの感情を余り出さないこの騎士が、ポカンとした顔で反芻する。
それを、エリージェ・ソードルは肯定する。
「ええ、夢よ。
あなたにとって、理不尽に感じるかも知れないけど……。
それ以来、わたくしの心の中に恐怖心があるのよ」
騎士リョウ・モリタは何ともいえない顔をする。
それに対して、騎士ギド・ザクスが頷いた。
「なるほど、それが余りにも現実味があるので怖さがある。
そういうことですかい?」
「それよ」
とエリージェ・ソードルが同意すると、女騎士ジェシー・レーマーが難しい顔で言う。
「それって……。
いえ!
そう、どうしようも無い事じゃないですか?
モリタさんがどうこうできる問題じゃないですし」
騎士リョウ・モリタは懇願するように言う。
「お嬢様!
自分はソードル公爵家に代々使えてきたモリタ家の者として、一命を賭してお嬢様をお守りしたいと心から思っています!
信じて頂けませんか!?」
エリージェ・ソードルは思案するように眉を寄せながら、閉じた扇子で肩を叩く。
この女としても、モリタ家も騎士リョウ・モリタも、少なくとも”前回”のあの日までは信じていたのだ。
だが、それを砕くような一突きを、自身の胸に突き立てられていた。
「わたくし、夢の中で殺されたこと自体は仕方が無いことだと思っているの。
その時のわたくしは、国に仇なす存在になっていたし、リョウは王国近衛隊に編入していたしね。
……ねえ、ジェシー、ギド、あなた達ならどうかしら?
もしも、わたくしを討伐しないといけなくなった時、どういう態度でいる?」
女騎士ジェシー・レーマーは眉を寄せながら考え込む。
「お嬢様が……国に仇なす存在になるってのがいまいちピンときませんが……」
女騎士ジェシー・レーマーは視線を騎士ギド・ザクスに向ける。
視線を向けられた騎士は、厳つい顔を困らせながら答える。
「王国近衛隊に入隊しているのであれば、与えられた命令は実行しなくちゃなりません。
それでも、以前使えていたお嬢様と対峙するのは……。
そうですねぇ、『お嬢様! 何で、なんでこんなことをぉぉぉ!』とか訊ねはしますが、騎士としての義務は全うせざる得ないんじゃないですか?」
「それよ!」
「それ、ですかい?」
「少なくとも、訊ねはするでしょう?
事情とかなんとか」
「ええまあ」
「リョウは先陣を切ってドアを破ると、即、わたくしの心臓を一突きしたの」
「ええぇ……」
「それはちょっと」
騎士ギド・ザクスと女騎士ジェシー・レーマーが引いた顔で騎士リョウ・モリタを見る。
騎士リョウ・モリタは慌てて「夢! 夢のことだろう!」などと言っている。
エリージェ・ソードルははっきり言った。
「わたくし、何故あそこまでわたくしを殺したがっていたのか?
それが分かるまでは、あなたを側に置くことは控えたいの」
「お、お嬢様!?
夢、の話ですよね?」
「夢の話でもよ。
あなた、何か思い当たることはあるかしら?」
「え?
いや、全くありませんが……。
あの、夢、ですよね?
こんな事を言っては何ですが、余り気になさらない方が……」
そこに、女騎士ジェシー・レーマーが口を挟む。
「仮に夢の話でも、始終側にいる護衛騎士に怖さを感じているのは、気が休まらないと思いますよ」
「しかし……」
騎士リョウ・モリタは納得のいかない顔で言葉を漏らす。
騎士ギド・ザクスが沈痛な顔をする騎士リョウ・モリタを一瞥すると、女に訊ねてくる。
「それは一体どういう状況だったんです?
国に仇なすとかなんとかおっしゃってましたが」
「ええそうよ。
……細かいことは、まあ、覚えていないけど」
この女、不都合な部分を不明で押しながら続ける。
「わたくし、学院の生徒会室にいたの」
女騎士ジェシー・レーマーが小首をひねる。
「学院?
つまり、ずいぶん先の話なんですね」
「そうよ。
わたくしは十七歳で、オールマ学院に在籍しているの」
騎士リョウ・モリタが「ずいぶん設定が細かいですね」何て言っているが、エリージェ・ソードルは先を進める。
「王国近衛隊がわたくしのいる生徒会室に乗り込んできて、リョウがわたくしを刺し殺したの。
さっきも言ったとおり、先陣を切ってね」
「でも、モリタさんを擁護するようですが――」
「いや、別に擁護しても良いだろう!?」
「リョウさんが珍しく必死なので、擁護したくないのですが――」
「おい!」
半笑いの女騎士ジェシー・レーマーが言う。
「いまいち、理由が分かりませんね。
仮に、王国近衛隊に移籍しても、実家であるモリタ家との繋がりは切れたわけでは無いのでしょう?」
「そうね」
エリージェ・ソードルもそれに頷いてみせる。
だが、騎士ギド・ザクスが何やら訳知り顔で言う。
「あっしはちょっと、分かってきやしたぜ!」
「あら、そうなの?」
「簡単な話です。
お嬢様が十七歳、それはそれは美しくなられたことでしょう。
ズバリ、片恋をひねらせた末の犯行って奴だと思いますぜ!」
「お前は何を言っているんだ!」
と騎士リョウ・モリタは怒鳴るも、この女、少し考える。
「でもわたくし、ずいぶん前から殿下と婚約しているわけだけど、その辺りはどうかしら?」
「そうですね。
いよいよ結婚の時期が近づいて思いあまってって奴では?」
「……そんな素振りは一切見せてなかったけど。
いえ、それ以前に、リョウは王国近衛隊に所属していたから、会うのも二年ぶりぐらいだったような」
「しつこいようですが、夢の話ですよね?
何か、読んだ小説にそんな設定があるとかでは無く?」
などと、騎士リョウ・モリタが胡乱げな目で訊ねてくるが無視して、騎士ギド・ザクスと話を進める。
「う~ん、二年ぶりと言うことは十五歳となると、それ以前からお嬢様に懸想してた事になるんですが……。
そうなると、別の疑惑も浮上してきますぜ」
「別の疑惑?」
女の合いの手に、騎士ギド・ザクスは神妙な顔で言う。
「つまり、少女愛説です!」
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しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。
流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。
「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」
これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。
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