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第十八章
得られなかった称賛
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到着初日に行われるちょっとした晩餐会が終わり、エリージェ・ソードルはルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢と共に談話室に向かって歩いていた。
略式なものとはいえ公爵家で行われるものであり、また、王族、侯爵が揃う場だったからだろう、大人しくしていたルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢だったが、侍女や従者、そして護衛を除けば二人っきりになった事もあり、女の腕を少し引っ張りながら嘆く。
「ちょっと、両陛下がお見えになるなんて聞いてないわよ!
第一王子殿下や王弟殿下を合わせれば、王族が四名もいらっしゃるなんて、わたし、どうすれば良いの!?」
そんな、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に対して、エリージェ・ソードルは少し呆れた顔になる。
「大丈夫よ、ルー。
お相手はわたくしかお爺様がする事になるわ。
まあ、ご挨拶はする事になるとは思うけど……あなたの場合、それだけよ。
それに、お二人ともお優しい方だから、よほどの無礼を働かない限り大丈夫だから」
エリージェ・ソードルの言葉に少し安心出来たのか、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢はやや堅いながらも頬を綻ばせた。
「そ、そうよね!
正直、侯爵夫妻でも恐れ多くて一杯一杯だから気が動転していたけど、わたしが両陛下のお相手をする事なんて、あり得ないものね!」
「そこまで卑下する事は無いと思うけど、まあ、あなたはあくまで客人だから、肩肘張らないで、のんびりしていて。
主賓のお相手はわたくしに任せて頂戴」
因みにだが、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢という少女、王族や大貴族達から密かにだが注目されている。
王族に次ぐ名門ソードル家、その実質家長であるエリージェ・ソードル、その”初めて”の友人だからだ。
身辺捜査から人柄、趣味嗜好まで一通りは調べ上げられるぐらいには、興味深く見られている。
そして、多忙な国王夫妻がわざわざソードル領に向かう理由に、エリージェ・ソードルの誕生日を祝う事ももちろんあったが、それを口実にルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に会っておこうという意図もあったのだが……。
そんな事もつゆ知らず、すっかり気楽になったルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は、「ご挨拶したら、エタと書庫に引きこもっておこうかしら」なんて言いながら笑顔になるのだった。
エリージェ・ソードルが「ルーはともかく、エタが問題なのよ!」とエタ・ボビッチ子爵令嬢について悪態を付こうとした時に、こちらに向かって歩いて来る少女が目に入った。
クリスティーナである。
何やら本を抱えた少女は、エリージェ・ソードルに気付くと、ニコニコしながら駆け寄ってきた。
「エリ~ちゃん!
エリ~ちゃんにお願いがあるの!」
エリージェ・ソードルが表情を弛めながら「何かしら?」と訊ねると、クリスティーナは抱えている本を開くと、女の方に見せてくる。
そこには、凜とした表情の令嬢が膝に猫を乗せながら座る挿絵があった。
「エリ~ちゃん、クリス、猫が欲しい!」
「猫?
え、この猫が欲しいの?」
「うん!
凄く可愛いの!」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も覗きに来て言う。
「なんか平凡そうな猫ね」
「見た目は平凡だけど、おじょ~様が困っている時に助けてくれるの!
ファイア~ちゃんは凄いんだから!」
クリスティーナの拙い説明によれば、持ってきた本の題名は『高貴なお嬢様と町猫ファイアー』で、お嬢様に命を救われた町猫ファイアーが恩返しをしようと奮闘する物語との事だった。
「この本を読んだら、凄く猫を飼いたくなったの!
あと、エリ~ちゃんが猫を可愛がったら、すっごく良いと思うの!」
「は、はあ……」
エリージェ・ソードルは興奮気味のクリスティーナに、少々気圧され気味だったが、閉じた扇子を口元に置きながら少し考える。
「猫って、どこから手に入れるのかしら?」
視線を従者ザンドラ・フクリュウに向けると、側に控えていた彼女は一歩前に出る。
「種類にもよります。
貴族用の洗練された猫であれば、専用の商会に。
町猫といった雑種であれば、平民の倉庫街に行けば確実に手に入ります。
魔道具が使えない平民は、鼠を追い払う方法として使ってますから。
こちらで、探してみましょうか?」
「そうね、お願いしようかしら。
クリス、どんな猫が良いの」
「ファイア~ちゃんは黄色の瞳に茶色っぽい赤毛の猫なの」
「ふ~ん。
ザンドラ、どうかしら?」
「そこまで珍しい猫でも無いようですし、何匹か確保するよう指示を出しておきます」
従者ザンドラ・フクリュウはそう言いながら、指示書に筆を走らせる。
「わ~い! 楽しみ!」とはしゃぐクリスティーナに目を細めていると、視線の端に、顔をしかめた弟マヌエル・ソードルが従者らに肩を借りながら歩いているのが見えた。
エリージェ・ソードルが少し目を見開きながら、「マヌエル、どうしたの!?」と訊ねると、弟マヌエル・ソードルは弾かれる様に自分で立つ。
だが、無理をしているようで、体がかすかに震えていた。
エリージェ・ソードルは少し早足で近付くと、「どうしたの?」と再度訊ねた。
「いや、その、何でもありません」
と弟マヌエル・ソードルは決まりが悪そうに俯く。
それに変わるように、隣にいる従者シンジ・モリタが苦笑しながら言う。
「マヌエル様は鍛錬を張り切りすぎてしまいまして」
「ちょ!
余計な事を言うな!」
慌てて止めようとする弟マヌエル・ソードルに対して、従者シンジ・モリタは肩をすくめる。
「下手に隠すと、お嬢様にご心配をおかけすることになります。
それは、本意では無いでしょう?」
「だからといって……」
と弟マヌエル・ソードルは不満そうに、従者シンジ・モリタを睨み付ける。
その態度は、この弟にしては非常に珍しいものだった。
”前回”の事もあり、少し気になったが、エリージェ・ソードルは本筋の話をする。
「マヌエル、わたくしの為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理はいけないわ」
「はい……」
少ししゅんと項垂れる弟マヌエル・ソードルに対して、エリージェ・ソードルは少し困った顔をしながら続ける。
「まあ、と言っても出来るに越した事はないから、無茶にならない程度であれば良いのよ?
そうね、オーメではなく、ウルフがしてくれる優しい指導から始めるのはどうかしら?」
「え?」
何故か驚愕する弟マヌエル・ソードルに対して、この女、力強く頷いてみせる。
「ウルフだったら、間違いないわ。
しっかりと、そして、無理をしないように教えてくれるわ。
オーメにもウルフにもわたくしから伝えておくから、そうなさい」
エリージェ・ソードルとしては、これを機に弟とルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマン、更に言えばルマ家騎士団との交流を持たせようと考えての発言だった。
また、なまじ”前回”、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンから剣を教えて貰っていた事もあり、騎士団に対してはともかく、その他の者に対しては優しく教えるものと思い込んでいた。
実際の所は――祖父マテウス・ルマら恩のある者達の”姫様”であり、幼い頃から懐いてくれた”可愛らしい”お嬢様であるエリージェ・ソードルが特別なだけなのだが……。
この凡庸な女は気づきもしない。
なので、「まずはウルフので慣れたら、少し厳しい訓練を受ければ良いのよ」などと簡単に言う。
エリージェ・ソードルの話を呆然と聞いていた弟マヌエル・ソードルだったが、しばらくすると強く決意した顔で頷いて見せた。
「分かりました!
クリンスマン卿に師事を受けて、強くなります!」
すると、女騎士ジェシー・レーマーが慌てて割り込んでくる。
「ちょちょちょっと待ってください!
若様!
まずはほら、段階を――そう、ハマン団長から始めたらいかがですか!?」
「いや、クリンスマン卿にお願いする!
僕、決めたんだ!」
「え、いや、その……」
エリージェ・ソードルは不思議そうな顔で、わたわたする女騎士ジェシー・レーマーを見る。
「ジェシー、何を焦ってるの?
ウルフなら大丈夫でしょう?」
「いや、それは……」
まだ何か言いたそうにする女騎士ジェシー・レーマーをそのままに、エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルに向き直る。
「ただ、くどいようだけど剣にばかり熱中しては駄目よ。
上に立つ人間が強いに越したことは無いけれど、やっぱり領民に求められているのは、普段から領のために働いてくれる領主だと思うわよ」
そこで、エリージェ・ソードルは寝台の件を思い出し、話した。
輿入れ用というのは、婚約破棄になる都合上問題がある。
なので、成人祝いと置き換えて、平民達が女のために”無償”で寝台を準備していた事にした。
「――特に現在は比較的平和が保たれているのだから、なおさらね。
強くなりたいという気持ちも良いけど、どのようにすれば公爵領がより良くなるか、今のうちから考えておきなさい。
そうすれば、領民だって付いてきてくれるわよ」
エリージェ・ソードルがそこまで言うと、突然、パチパチと音が聞こえてきた。
視線を向けると、クリスティーナが目をキラキラさせながら拍手をしていた。
エリージェ・ソードルが不思議そうにすると、クリスティーナが興奮しながら言う。
「エリ~ちゃん、凄い!
凄い、領主様なんだね!」
「え?
いや、違うのよクリス、わたくしなんて、当たり前のことを普通にしたにすぎないのよ」
この女をして、少し照れたように応えると、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が感心したように言う。
「エリー、そんな当たり前のことを頑張れるのが凄いのよ!
それに、そんな高価な寝台を頼まれもしないのに準備してくれているなんて、よほど慕われていないとあり得ないわよ!
少なくとも、わたし、そんな話聞いたこと無いもの!」
「え、いや、まあ、そんな大げさな話じゃないのよ!」
「お姉様!
僕もお姉様は凄いと思います!
僕、本当に尊敬します!」
「お嬢様はお年のことを差し引いても、ご立派な方だとわたしも思います」
「わたしも、尊敬できる方に御仕え出来ていると誇りに思います」
「やはり、お嬢様は凄いと再認識しました!」
弟マヌエル・ソードルや女騎士ジェシー・レーマーに続けて、従者ザンドラ・フクリュウや従者シンジ・モリタなどからも、笑顔で賞賛される。
エリージェ・ソードルは、この女にしては珍しく狼狽え、「そ、そんなこと無いわよ」といいつつ、扇子を広げて顔を隠した。
”前回”、この女は必死に働いた。
必死にあらがったといっても良い。
凡庸な頭を必死に動かし、寝る間を惜しんで働いた。
だが、そのことごとくは、無駄に終わった。
努力のおかげで好転することなど、ほとんどなかった。
領民は洪水、飢え、疫病に苦しんだ。
財政は逼迫し、公爵家の誇りである家宝を失い続けた。
働いても、働いても、働いても。
罵声を浴びせかけられても、誉められることはなかった。
頑張ってると言われても、凄いと言って貰えたことはなかった。
だから”今回”、突然誉められて、困惑してしまったのだ。
クリスティーナに抱きつかれ「エリ~ちゃん、照れてるの?」と訊ねてこられても、扇子を下ろすことが出来なかった。
略式なものとはいえ公爵家で行われるものであり、また、王族、侯爵が揃う場だったからだろう、大人しくしていたルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢だったが、侍女や従者、そして護衛を除けば二人っきりになった事もあり、女の腕を少し引っ張りながら嘆く。
「ちょっと、両陛下がお見えになるなんて聞いてないわよ!
第一王子殿下や王弟殿下を合わせれば、王族が四名もいらっしゃるなんて、わたし、どうすれば良いの!?」
そんな、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に対して、エリージェ・ソードルは少し呆れた顔になる。
「大丈夫よ、ルー。
お相手はわたくしかお爺様がする事になるわ。
まあ、ご挨拶はする事になるとは思うけど……あなたの場合、それだけよ。
それに、お二人ともお優しい方だから、よほどの無礼を働かない限り大丈夫だから」
エリージェ・ソードルの言葉に少し安心出来たのか、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢はやや堅いながらも頬を綻ばせた。
「そ、そうよね!
正直、侯爵夫妻でも恐れ多くて一杯一杯だから気が動転していたけど、わたしが両陛下のお相手をする事なんて、あり得ないものね!」
「そこまで卑下する事は無いと思うけど、まあ、あなたはあくまで客人だから、肩肘張らないで、のんびりしていて。
主賓のお相手はわたくしに任せて頂戴」
因みにだが、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢という少女、王族や大貴族達から密かにだが注目されている。
王族に次ぐ名門ソードル家、その実質家長であるエリージェ・ソードル、その”初めて”の友人だからだ。
身辺捜査から人柄、趣味嗜好まで一通りは調べ上げられるぐらいには、興味深く見られている。
そして、多忙な国王夫妻がわざわざソードル領に向かう理由に、エリージェ・ソードルの誕生日を祝う事ももちろんあったが、それを口実にルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢に会っておこうという意図もあったのだが……。
そんな事もつゆ知らず、すっかり気楽になったルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢は、「ご挨拶したら、エタと書庫に引きこもっておこうかしら」なんて言いながら笑顔になるのだった。
エリージェ・ソードルが「ルーはともかく、エタが問題なのよ!」とエタ・ボビッチ子爵令嬢について悪態を付こうとした時に、こちらに向かって歩いて来る少女が目に入った。
クリスティーナである。
何やら本を抱えた少女は、エリージェ・ソードルに気付くと、ニコニコしながら駆け寄ってきた。
「エリ~ちゃん!
エリ~ちゃんにお願いがあるの!」
エリージェ・ソードルが表情を弛めながら「何かしら?」と訊ねると、クリスティーナは抱えている本を開くと、女の方に見せてくる。
そこには、凜とした表情の令嬢が膝に猫を乗せながら座る挿絵があった。
「エリ~ちゃん、クリス、猫が欲しい!」
「猫?
え、この猫が欲しいの?」
「うん!
凄く可愛いの!」
ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢も覗きに来て言う。
「なんか平凡そうな猫ね」
「見た目は平凡だけど、おじょ~様が困っている時に助けてくれるの!
ファイア~ちゃんは凄いんだから!」
クリスティーナの拙い説明によれば、持ってきた本の題名は『高貴なお嬢様と町猫ファイアー』で、お嬢様に命を救われた町猫ファイアーが恩返しをしようと奮闘する物語との事だった。
「この本を読んだら、凄く猫を飼いたくなったの!
あと、エリ~ちゃんが猫を可愛がったら、すっごく良いと思うの!」
「は、はあ……」
エリージェ・ソードルは興奮気味のクリスティーナに、少々気圧され気味だったが、閉じた扇子を口元に置きながら少し考える。
「猫って、どこから手に入れるのかしら?」
視線を従者ザンドラ・フクリュウに向けると、側に控えていた彼女は一歩前に出る。
「種類にもよります。
貴族用の洗練された猫であれば、専用の商会に。
町猫といった雑種であれば、平民の倉庫街に行けば確実に手に入ります。
魔道具が使えない平民は、鼠を追い払う方法として使ってますから。
こちらで、探してみましょうか?」
「そうね、お願いしようかしら。
クリス、どんな猫が良いの」
「ファイア~ちゃんは黄色の瞳に茶色っぽい赤毛の猫なの」
「ふ~ん。
ザンドラ、どうかしら?」
「そこまで珍しい猫でも無いようですし、何匹か確保するよう指示を出しておきます」
従者ザンドラ・フクリュウはそう言いながら、指示書に筆を走らせる。
「わ~い! 楽しみ!」とはしゃぐクリスティーナに目を細めていると、視線の端に、顔をしかめた弟マヌエル・ソードルが従者らに肩を借りながら歩いているのが見えた。
エリージェ・ソードルが少し目を見開きながら、「マヌエル、どうしたの!?」と訊ねると、弟マヌエル・ソードルは弾かれる様に自分で立つ。
だが、無理をしているようで、体がかすかに震えていた。
エリージェ・ソードルは少し早足で近付くと、「どうしたの?」と再度訊ねた。
「いや、その、何でもありません」
と弟マヌエル・ソードルは決まりが悪そうに俯く。
それに変わるように、隣にいる従者シンジ・モリタが苦笑しながら言う。
「マヌエル様は鍛錬を張り切りすぎてしまいまして」
「ちょ!
余計な事を言うな!」
慌てて止めようとする弟マヌエル・ソードルに対して、従者シンジ・モリタは肩をすくめる。
「下手に隠すと、お嬢様にご心配をおかけすることになります。
それは、本意では無いでしょう?」
「だからといって……」
と弟マヌエル・ソードルは不満そうに、従者シンジ・モリタを睨み付ける。
その態度は、この弟にしては非常に珍しいものだった。
”前回”の事もあり、少し気になったが、エリージェ・ソードルは本筋の話をする。
「マヌエル、わたくしの為に頑張ってくれるのは嬉しいけど、無理はいけないわ」
「はい……」
少ししゅんと項垂れる弟マヌエル・ソードルに対して、エリージェ・ソードルは少し困った顔をしながら続ける。
「まあ、と言っても出来るに越した事はないから、無茶にならない程度であれば良いのよ?
そうね、オーメではなく、ウルフがしてくれる優しい指導から始めるのはどうかしら?」
「え?」
何故か驚愕する弟マヌエル・ソードルに対して、この女、力強く頷いてみせる。
「ウルフだったら、間違いないわ。
しっかりと、そして、無理をしないように教えてくれるわ。
オーメにもウルフにもわたくしから伝えておくから、そうなさい」
エリージェ・ソードルとしては、これを機に弟とルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマン、更に言えばルマ家騎士団との交流を持たせようと考えての発言だった。
また、なまじ”前回”、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンから剣を教えて貰っていた事もあり、騎士団に対してはともかく、その他の者に対しては優しく教えるものと思い込んでいた。
実際の所は――祖父マテウス・ルマら恩のある者達の”姫様”であり、幼い頃から懐いてくれた”可愛らしい”お嬢様であるエリージェ・ソードルが特別なだけなのだが……。
この凡庸な女は気づきもしない。
なので、「まずはウルフので慣れたら、少し厳しい訓練を受ければ良いのよ」などと簡単に言う。
エリージェ・ソードルの話を呆然と聞いていた弟マヌエル・ソードルだったが、しばらくすると強く決意した顔で頷いて見せた。
「分かりました!
クリンスマン卿に師事を受けて、強くなります!」
すると、女騎士ジェシー・レーマーが慌てて割り込んでくる。
「ちょちょちょっと待ってください!
若様!
まずはほら、段階を――そう、ハマン団長から始めたらいかがですか!?」
「いや、クリンスマン卿にお願いする!
僕、決めたんだ!」
「え、いや、その……」
エリージェ・ソードルは不思議そうな顔で、わたわたする女騎士ジェシー・レーマーを見る。
「ジェシー、何を焦ってるの?
ウルフなら大丈夫でしょう?」
「いや、それは……」
まだ何か言いたそうにする女騎士ジェシー・レーマーをそのままに、エリージェ・ソードルは弟マヌエル・ソードルに向き直る。
「ただ、くどいようだけど剣にばかり熱中しては駄目よ。
上に立つ人間が強いに越したことは無いけれど、やっぱり領民に求められているのは、普段から領のために働いてくれる領主だと思うわよ」
そこで、エリージェ・ソードルは寝台の件を思い出し、話した。
輿入れ用というのは、婚約破棄になる都合上問題がある。
なので、成人祝いと置き換えて、平民達が女のために”無償”で寝台を準備していた事にした。
「――特に現在は比較的平和が保たれているのだから、なおさらね。
強くなりたいという気持ちも良いけど、どのようにすれば公爵領がより良くなるか、今のうちから考えておきなさい。
そうすれば、領民だって付いてきてくれるわよ」
エリージェ・ソードルがそこまで言うと、突然、パチパチと音が聞こえてきた。
視線を向けると、クリスティーナが目をキラキラさせながら拍手をしていた。
エリージェ・ソードルが不思議そうにすると、クリスティーナが興奮しながら言う。
「エリ~ちゃん、凄い!
凄い、領主様なんだね!」
「え?
いや、違うのよクリス、わたくしなんて、当たり前のことを普通にしたにすぎないのよ」
この女をして、少し照れたように応えると、ルイーサ・ヘルメス伯爵令嬢が感心したように言う。
「エリー、そんな当たり前のことを頑張れるのが凄いのよ!
それに、そんな高価な寝台を頼まれもしないのに準備してくれているなんて、よほど慕われていないとあり得ないわよ!
少なくとも、わたし、そんな話聞いたこと無いもの!」
「え、いや、まあ、そんな大げさな話じゃないのよ!」
「お姉様!
僕もお姉様は凄いと思います!
僕、本当に尊敬します!」
「お嬢様はお年のことを差し引いても、ご立派な方だとわたしも思います」
「わたしも、尊敬できる方に御仕え出来ていると誇りに思います」
「やはり、お嬢様は凄いと再認識しました!」
弟マヌエル・ソードルや女騎士ジェシー・レーマーに続けて、従者ザンドラ・フクリュウや従者シンジ・モリタなどからも、笑顔で賞賛される。
エリージェ・ソードルは、この女にしては珍しく狼狽え、「そ、そんなこと無いわよ」といいつつ、扇子を広げて顔を隠した。
”前回”、この女は必死に働いた。
必死にあらがったといっても良い。
凡庸な頭を必死に動かし、寝る間を惜しんで働いた。
だが、そのことごとくは、無駄に終わった。
努力のおかげで好転することなど、ほとんどなかった。
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財政は逼迫し、公爵家の誇りである家宝を失い続けた。
働いても、働いても、働いても。
罵声を浴びせかけられても、誉められることはなかった。
頑張ってると言われても、凄いと言って貰えたことはなかった。
だから”今回”、突然誉められて、困惑してしまったのだ。
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