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第十七章
寝台問題解決
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「ふざけるなぁぁぁ!」
という怒声と共に、殴られた娘の夫が吹っ飛んでいく。
それに向かって飛びかかろうとする男がいた。
家具職人ミランである。
この職人、昼の休憩がてら自身が作り出した最高傑作を機嫌良さげに磨いていたのだが、突然やって来た娘の夫が「国王陛下のご訪問に合わせて、これを購入したい」とか訳のわからん事を抜かしやがったので、殴り飛ばしたのである。
”当然の権利”として追い打ちをかけようとしたのだが――工房の親方らが「落ち着け!」とか言いながら羽交い締めにしてくる。
家具職人ミランは忌忌しい事だったが、男共にしがみつかれた状態ではどうする事も出来ない。
代わりに、ギロリと睨み付けながら怒鳴った。
「ふざけるなよ、てめえぇ!
それには指一本とて触れさせねえぞぉ!」
激しい闘志で目をギラつかせる家具職人ミランだったが、工房の親方がとんでもない事をのたまった。
「いや、ミラン……。
あれは国王陛下に使用して頂くため、公爵様に買って頂く事にする」
済まなそうに意味の分からない事を抜かす工房の親方に家具職人ミランは「はぁ?」と目を尖らせる。
だが、工房の親方は何かを決意するかの様に目に力を入れながら抜かす。
「あれに幾らかかっていると思ってるんだ!
力を貸してくれた工房への利も考えなければならん!
本当に買って頂けるかどうかも分からん公爵姫様よりも、恐れ多くも両陛下に使って頂けるんだ!
第一、どちらも公爵――痛い痛い!
止めやがれ!」
余りにも胸糞悪い言葉を垂れ流すので、家具職人ミランが親方の髭を思いっきり引っ張ったら、”生意気”にも殴って来たので、蹴り返す。
「人の作った物を勝手に売るたぁ、それでも職人かぁぁぁ!」
「うるせぇ!
嫌なら、さっさと独立すれば良かったんだぁぁぁ!」
などともみくちゃになりながらギャアギャアやっていると、家具職人ミランの視界に寝台を運び出そうとする公爵家の者らしき一団が目に入った。
「あ!
おい待ちやがれ!
このクズ野郎!」
家具職人ミランの怒声に娘の夫はビクっと震え、足を止めるも、親方の「ここは構わず、先に行けぇぇぇ!」との芝居かかった言葉に「申し訳ない! 申し訳ない!」などと振り向きもせず、先導をし始めた。
「ちょっと、父さん!
落ち着いて!」
と、すっかりこぎれいな恰好が板に付いた娘ヴァラが慌てた様子で工房に入ってくる。
だが、家具職人ミランは無視して、娘の夫をギロリと睨みながら叫く。
「返せ、このクズ野郎!
泥棒!
泥棒!
娘泥棒ぉぉぉ!」
前に立ちはだかった娘ヴァラが「ちょっと! 父さんの娘はわたしでしょう!」と”的外れ”な事を抜かしているが無視をして、男共の抑え付けてくる腕から逃れようともがき続ける。
その瞳からポロリと涙が零れた。
「くそぉぉぉ!
くそぉぉぉ!」
そんな、家具職人ミランの眼前で、寝台が静かに運び出されていくのだった。
――
公爵領公爵邸にある空き部屋で、目を丸くしながら寝台を眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、昼過ぎに出した国王夫妻の為の寝台捜索、その結果が六刻ほどで返ってきたとの報告を受け、急いで見に来たのだが……。
空き部屋に置かれたその出来に、喜ぶ前に驚いてしまった。
「凄い出来ね。
これほどの物が平民の工房に置かれていたの?」
大貴族の筆頭ともいえるソードル公爵家、その公爵代行である女をして、その出来は素晴らしいと絶賛出来る代物だった。
芸術的逸品といっても言いすぎでは無い。
そう、素直に思える物だった。
そんな、エリージェ・ソードルの言葉に、余り表情を変えぬ家令マサジ・モリタをして、満足げに頷く。
「お嬢様、これなら両陛下がお使いになっても不足はございません」
「そうね、問題はこれの元々の依頼主が誰かってことなんだけど……」
エリージェ・ソードルが視線を若い区長補佐に移す。
育ちの良さの為かやや軟弱そうに見えていたが、それでも、高い才気と自信を常に溢れさせていたその若者のその顔は――今は何処と無く萎れている。
更に言うならば、左目が赤黒く腫れていて目が開いているのかわからない有様だった。
このケチな女をして、急ぎ医療魔術師を呼んだほどだった。
エリージェ・ソードルが続ける。
「これほど豪奢な物であれば、依頼主は王族か大貴族、五大伯爵ぐらいに思えるんだけど、どうかしら?」
訊ねられた若い区長補佐は少し困った様に答える。
「実はお嬢様の為に作られた寝台でして」
「え?
わたくし?」
意外な言葉にエリージェ・ソードルが何度か目を瞬かせると、若い区長補佐は頷いて見せた。
「はい、お嬢様が王家に嫁がれる時の嫁入り道具として、様々な工房が力を集めて作った物らしいのです。
国王夫妻の為の――とは説明したのですが、この有様でして……」
自分の左目を指差し苦笑する若い区長補佐に、家令マサジ・モリタが得心言ったという様に頷いた。
「なるほど。
上品ではありますが、少し愛らしいと感じていたのですが、お嬢様への物なら納得できます。
ああ、この太陽の柄は公爵家の家紋を示しているのですね」
「でも、わたくし用っていくら何でも気が早くないかしら?」
エリージェ・ソードルが小首をひねると、従者ザンドラ・フクリュウが話し始める。
「そうでもありません。
王家に運ばれるような失敗の出来ない物は、何年も前からいくつも作り、その中からもっとも良い物を献上すると聞いたことがあります。
その一つ目と考えれば、さほど不思議ではありません」
「そうなの?
少し、勿体ない気がするけど……」
「彼らにとっては――まあ、少々不敬なことですが、”我らの姫様”が王家に嫁がれる、という気持ちなのでしょう。
それぐらいはしますよ。
それに、自分の町から王妃様が登場すること事態、誇らしいことですし、大貴族であるソードル家が治めるブルクであっても滅多にありません。
そんな滅多が自分の代で訪れたら、職人としては少しでも関わりたいと思うのではありませんか?」
「なるほどね」
といいつつ、エリージェ・ソードルは視線を寝台に戻す。
細かいところまで丁寧に作り込まれているそれが、自分に対する忠義と思えば――この冷淡な女とて、悪い気はしない。
そして、婚約破棄によってその思いが踏みにじられることを――普段なら平民のことなど眼中にないこの女にしては珍しく、少々、決まり悪い思いになっていた。
エリージェ・ソードルは若い区長補佐に視線を向けると言った。
「工房には代金のほかに礼金もいくらか払って上げなさい。
あと、携わった工房全てを調べて頂戴。
わたくしから礼状を送るから」
「恐れ入ります。
大変助かります」
ほっとした表情の若い区長補佐から従者ザンドラ・フクリュウに視線を移す。
彼女は最近、エリージェ・ソードルの指示書を代筆するようになっていた。
なので、立ったままで、木製の下敷きの上に指示書を置き、万年筆を紙面に走らせている。
従者ザンドラ・フクリュウはそのままの姿勢で言う。
「お嬢様、礼状も良いのですが、念のために”真偽の魔術石”での確認も必要ではございませんか?」
「ああ、そうね」
と家令マサジ・モリタに視線を移す。
すると、「礼金と工房の調査を含めて、こちらでやっておきましょう」と返ってきたので、従者ザンドラ・フクリュウが書いた指示書を確認すると、家令マサジ・モリタに渡した。
家令マサジ・モリタが続ける。
「両陛下がお使いになるのであれば、これでも良いですが、大将軍夫妻には少し若々しすぎるので、その辺りについても、少し相談させます」
「その辺りの采配はあなたに任せるわ」
家令マサジ・モリタは丁寧に頭を下げた。
という怒声と共に、殴られた娘の夫が吹っ飛んでいく。
それに向かって飛びかかろうとする男がいた。
家具職人ミランである。
この職人、昼の休憩がてら自身が作り出した最高傑作を機嫌良さげに磨いていたのだが、突然やって来た娘の夫が「国王陛下のご訪問に合わせて、これを購入したい」とか訳のわからん事を抜かしやがったので、殴り飛ばしたのである。
”当然の権利”として追い打ちをかけようとしたのだが――工房の親方らが「落ち着け!」とか言いながら羽交い締めにしてくる。
家具職人ミランは忌忌しい事だったが、男共にしがみつかれた状態ではどうする事も出来ない。
代わりに、ギロリと睨み付けながら怒鳴った。
「ふざけるなよ、てめえぇ!
それには指一本とて触れさせねえぞぉ!」
激しい闘志で目をギラつかせる家具職人ミランだったが、工房の親方がとんでもない事をのたまった。
「いや、ミラン……。
あれは国王陛下に使用して頂くため、公爵様に買って頂く事にする」
済まなそうに意味の分からない事を抜かす工房の親方に家具職人ミランは「はぁ?」と目を尖らせる。
だが、工房の親方は何かを決意するかの様に目に力を入れながら抜かす。
「あれに幾らかかっていると思ってるんだ!
力を貸してくれた工房への利も考えなければならん!
本当に買って頂けるかどうかも分からん公爵姫様よりも、恐れ多くも両陛下に使って頂けるんだ!
第一、どちらも公爵――痛い痛い!
止めやがれ!」
余りにも胸糞悪い言葉を垂れ流すので、家具職人ミランが親方の髭を思いっきり引っ張ったら、”生意気”にも殴って来たので、蹴り返す。
「人の作った物を勝手に売るたぁ、それでも職人かぁぁぁ!」
「うるせぇ!
嫌なら、さっさと独立すれば良かったんだぁぁぁ!」
などともみくちゃになりながらギャアギャアやっていると、家具職人ミランの視界に寝台を運び出そうとする公爵家の者らしき一団が目に入った。
「あ!
おい待ちやがれ!
このクズ野郎!」
家具職人ミランの怒声に娘の夫はビクっと震え、足を止めるも、親方の「ここは構わず、先に行けぇぇぇ!」との芝居かかった言葉に「申し訳ない! 申し訳ない!」などと振り向きもせず、先導をし始めた。
「ちょっと、父さん!
落ち着いて!」
と、すっかりこぎれいな恰好が板に付いた娘ヴァラが慌てた様子で工房に入ってくる。
だが、家具職人ミランは無視して、娘の夫をギロリと睨みながら叫く。
「返せ、このクズ野郎!
泥棒!
泥棒!
娘泥棒ぉぉぉ!」
前に立ちはだかった娘ヴァラが「ちょっと! 父さんの娘はわたしでしょう!」と”的外れ”な事を抜かしているが無視をして、男共の抑え付けてくる腕から逃れようともがき続ける。
その瞳からポロリと涙が零れた。
「くそぉぉぉ!
くそぉぉぉ!」
そんな、家具職人ミランの眼前で、寝台が静かに運び出されていくのだった。
――
公爵領公爵邸にある空き部屋で、目を丸くしながら寝台を眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、昼過ぎに出した国王夫妻の為の寝台捜索、その結果が六刻ほどで返ってきたとの報告を受け、急いで見に来たのだが……。
空き部屋に置かれたその出来に、喜ぶ前に驚いてしまった。
「凄い出来ね。
これほどの物が平民の工房に置かれていたの?」
大貴族の筆頭ともいえるソードル公爵家、その公爵代行である女をして、その出来は素晴らしいと絶賛出来る代物だった。
芸術的逸品といっても言いすぎでは無い。
そう、素直に思える物だった。
そんな、エリージェ・ソードルの言葉に、余り表情を変えぬ家令マサジ・モリタをして、満足げに頷く。
「お嬢様、これなら両陛下がお使いになっても不足はございません」
「そうね、問題はこれの元々の依頼主が誰かってことなんだけど……」
エリージェ・ソードルが視線を若い区長補佐に移す。
育ちの良さの為かやや軟弱そうに見えていたが、それでも、高い才気と自信を常に溢れさせていたその若者のその顔は――今は何処と無く萎れている。
更に言うならば、左目が赤黒く腫れていて目が開いているのかわからない有様だった。
このケチな女をして、急ぎ医療魔術師を呼んだほどだった。
エリージェ・ソードルが続ける。
「これほど豪奢な物であれば、依頼主は王族か大貴族、五大伯爵ぐらいに思えるんだけど、どうかしら?」
訊ねられた若い区長補佐は少し困った様に答える。
「実はお嬢様の為に作られた寝台でして」
「え?
わたくし?」
意外な言葉にエリージェ・ソードルが何度か目を瞬かせると、若い区長補佐は頷いて見せた。
「はい、お嬢様が王家に嫁がれる時の嫁入り道具として、様々な工房が力を集めて作った物らしいのです。
国王夫妻の為の――とは説明したのですが、この有様でして……」
自分の左目を指差し苦笑する若い区長補佐に、家令マサジ・モリタが得心言ったという様に頷いた。
「なるほど。
上品ではありますが、少し愛らしいと感じていたのですが、お嬢様への物なら納得できます。
ああ、この太陽の柄は公爵家の家紋を示しているのですね」
「でも、わたくし用っていくら何でも気が早くないかしら?」
エリージェ・ソードルが小首をひねると、従者ザンドラ・フクリュウが話し始める。
「そうでもありません。
王家に運ばれるような失敗の出来ない物は、何年も前からいくつも作り、その中からもっとも良い物を献上すると聞いたことがあります。
その一つ目と考えれば、さほど不思議ではありません」
「そうなの?
少し、勿体ない気がするけど……」
「彼らにとっては――まあ、少々不敬なことですが、”我らの姫様”が王家に嫁がれる、という気持ちなのでしょう。
それぐらいはしますよ。
それに、自分の町から王妃様が登場すること事態、誇らしいことですし、大貴族であるソードル家が治めるブルクであっても滅多にありません。
そんな滅多が自分の代で訪れたら、職人としては少しでも関わりたいと思うのではありませんか?」
「なるほどね」
といいつつ、エリージェ・ソードルは視線を寝台に戻す。
細かいところまで丁寧に作り込まれているそれが、自分に対する忠義と思えば――この冷淡な女とて、悪い気はしない。
そして、婚約破棄によってその思いが踏みにじられることを――普段なら平民のことなど眼中にないこの女にしては珍しく、少々、決まり悪い思いになっていた。
エリージェ・ソードルは若い区長補佐に視線を向けると言った。
「工房には代金のほかに礼金もいくらか払って上げなさい。
あと、携わった工房全てを調べて頂戴。
わたくしから礼状を送るから」
「恐れ入ります。
大変助かります」
ほっとした表情の若い区長補佐から従者ザンドラ・フクリュウに視線を移す。
彼女は最近、エリージェ・ソードルの指示書を代筆するようになっていた。
なので、立ったままで、木製の下敷きの上に指示書を置き、万年筆を紙面に走らせている。
従者ザンドラ・フクリュウはそのままの姿勢で言う。
「お嬢様、礼状も良いのですが、念のために”真偽の魔術石”での確認も必要ではございませんか?」
「ああ、そうね」
と家令マサジ・モリタに視線を移す。
すると、「礼金と工房の調査を含めて、こちらでやっておきましょう」と返ってきたので、従者ザンドラ・フクリュウが書いた指示書を確認すると、家令マサジ・モリタに渡した。
家令マサジ・モリタが続ける。
「両陛下がお使いになるのであれば、これでも良いですが、大将軍夫妻には少し若々しすぎるので、その辺りについても、少し相談させます」
「その辺りの采配はあなたに任せるわ」
家令マサジ・モリタは丁寧に頭を下げた。
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