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第十六章
いらないものの
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「ごほっ!?」と漏らしながらぐにゃりと崩れ落ちる元男爵と「え!? ちょ、え!?」と焦る男爵がいる。
それを客室の席でお茶を飲みながら眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ブルクまで向かう道中、ハマーヘンにより、”前回”の問題、その解決の為に男爵邸に訪問していた。
そして、ペーター・カム男爵と共に挨拶に来た元男爵を騎士ギド・ザクスに殴らせて、控えさせていた騎士達に速やかに運ばせたのである。
「お、お嬢様!
あの、父が何か?」
などと、訊ねてくるペーター・カム男爵に、エリージェ・ソードルは茶碗を置きながら淡々と言った。
「ああ、気にしないで。
大したことでは無いから」
「た、大したことがって、いや、あのう……」
と女の爵位に怖じけづくき、言い淀むペーター・カム男爵だったが、それでも分からないままで終わらす愚を避けたのか、膝を付き、深々と頭を下げながら訊ねる。
「お嬢様、本当に、その、父がお嬢様に何か致しましたか?」
ペーター・カム男爵の言葉に、エリージェ・ソードルは扇子を手に取り、それで左掌をトントンと叩いた。
そして、視線をペーター・カム男爵に戻す。
「そうね、別にわたくしには何もやっていないわ」
(”今回”はミーナにもやってないわね)
と心の中で付け足す。
”前回”、侍女ミーナ・ウォールに対して、胸糞の悪い事をしでかした前カム男爵に対して、この女、特にもう、思う事は無い。
もちろん、本来、付き添うはずの侍女ミーナ・ウォールに別の用事を与えてこの席には同席させない等はしているが、その辺りの罰は”前回”与えたので良しとしている。
エリージェ・ソードルは話を続ける。
「ただまあ、実際の所、取るに足りない話ではあるのだけど、一応、やっておかないとね」
「は、はあ?
何を、でしょうか?」
「あえて言えば、疾患の除去かしら」
「……申し訳ございません、いまいち話が見えてこないのですが……」
「あなたのお父上、ほら、村娘とかに乱暴するとかやってるじゃ無い」
「あ!?
は、はい、お恥ずかしい限りです」
平民とはいえ、娘を攫って犯す。
いくら貴族とはいえ――いや、貴族だからこそ体裁が良いとはとても言えない。
ペーター・カム男爵は恥じ入る様に俯いた。
それに対して、エリージェ・ソードルは閉じた扇子を振って見せた。
「いいのよ。
そう言うのって殿方の病気だそうよね。
よく分からないけど、下半身が言う事が聞かないとか、溜めると良くないとか」
女の言に、女騎士ジェシー・レーマーが慌てて割って入る。
「ちょちょ!
お嬢様!
ご令嬢が口にする事ではありませんよ!
一体誰に吹き込まれたんですか!?」
と言いつつ、ギロリと睨む先にいる騎士ギド・ザクスがブルブル首を横に振りながら「あっしじゃあありませんぜ!」と必死に言っている。
エリージェ・ソードルは現在、十歳なので、女騎士ジェシー・レーマーの怒りは実にまっとうな反応である。
ただ、女がその話を聞いたのは”前回”の成人後、十七歳ぐらいの頃なので、適してるとは言えぬまでも、耳に入っても問題ない年頃であった。
ただ、まあ、エリージェ・ソードルにとって、その辺りはどうでも良い事だったので、女騎士ジェシー・レーマーを制しながら話を続ける。
「わたくし、その辺りが分かっていなかったから”前回”は申し訳ない事をしたと思っているのよ。
咳とかだって、出したくてしてる訳じゃ無いじゃない」
「は、はぁ……」
よく分からないと相槌をうったペーター・カム男爵だったが、何かに気付いたのか、目を大きく見開いた。
「おおお嬢様、疾患の”除去”って……ま、まさか、だだ男性の……」
そんなペーター・カム男爵にエリージェ・ソードルは人差し指と中指を広げて――それを閉じた。
「ええ、切らせて貰ったわ。
もう立派な跡継ぎだっているし、いらないでしょう?」
「ひゃ!」とペーター・カム男爵だけではなく、聞かされていなかったのだろう騎士ギド・ザクスら男性騎士が思わず声を漏らした。
何やら内股にしてあそこに手を押さえている者もいる。
「なななんてことを!
確かに父は”あれ”でしたが、そこまですることは――」
「でも、元男爵の為に子供が産まれなくなった子もいるらしいじゃない」
「それは――そうですが……」
元カム男爵は村娘を犯しては孕ませ、それを”問題”になるからと”無かった”事にさせていた。
その過程で”不幸”な事に”元々”子供の産めない女性が量産されて行ったのである。
「”あれ”がある事で我慢が出来なくなるんだったら、その元を切ってしまえば良いじゃ無い?」
「し、しかしですよ、お嬢様――」
「安心なさい」
「え?」
「”今回”はちゃんとした専門のお医者様を連れて来たから」
「いや、そうじゃなく!」
何やら頭を抱えるペーター・カム男爵から視線を外し、エリージェ・ソードルは閉じた扇子で自身の肩を叩いた。
この女としては村娘などという取るに足りない者の悲劇など、慮る事など一切無い。
ただ、そのために農民の数を減らしたり、やる気を損なったりする――効率を偏曲的に優先するこの女としては、看過出来ない。
「わたくし、思うのよ。
殿方の”あれ”って役割が終わったら切っちゃった方が良いんじゃないかってね」
周りの男性陣が顔を引きつらせるのも構わず、エリージェ・ソードルは続ける。
「だってそうでしょう?
”あれ”があるから、妾を囲って無駄に子供を産ませるから跡目で揉めるし、そうでなくても騒動が起きる。
そこまで行かなくても、発散するために娼館やらなんやらに通ってお金を浪費する訳でしょう?
そんな問題や出費を増やす原因は、除去するべきなのよ」
「確かに」と女騎士ジェシー・レーマーは納得する様に頷くも、周りの男性陣はそれどころでは無かった。
この女なら、そういう掟を作りかねないと思ったのだろう、男達の顔が蒼白となった。
だが、エリージェ・ソードルはそんな彼らの様子など頓着せず、別の事を話し始めた。
「そんな事は、今は良いわ。
それよりも、本題に入るわよ」
「ち、父の事とは別に、本題があるのですか!?」
「あなたの結婚相手の事よ」
意外な言葉だったのか、ペーター・カム男爵は目をぱちくりさせた。
「あなた、平民に思い人がいるらしいわね」
これも触れられて欲しくない事だったのか、「うっ!」っと言葉をつまらせる。
エリージェ・ソードルはそんな様子など気にせず、先を続ける。
「あなた、さっさと”それ”と婚姻しなさい」
「え、いや!?
でも、彼女は平民で……」
慌てるペーター・カム男爵をこの表情を余り変えない女なりに、訝しげに見る。
「でも、愛してるんでしょう?
だったら、さっさと妻にすれば良いじゃない?」
女の言に、ペーター・カム男爵は悲しげに首を横に振った。
「確かに、わたしは彼女を愛しています。
ただ、カム男爵を継いだ者として貴き血の中に卑しい血を入れる訳には参りません」
余りの言に、女騎士ジェシー・レーマーなどは顔をしかめていた。
エリージェ・ソードルは(男爵も平民も似た様なもんじゃないの?)などと更に酷い事を考えていたが――いちいちそのような事を言わず、扇子をペーター・カム男爵に突きつけた。
「そういうのは良いから、さっさと結婚しなさい。
平民と結婚したというのが体裁が悪いなら、一旦何処かの貴族の養女になってからとか、やりようはいくらでもあるでしょう?
なんだったら、わたくしが見繕ってあげるから」
「え、いや、ですので……」
などと、グダグダ言うペーター・カム男爵に、この女の目が険しく尖る。
「あなたは分かっていない様だから言っておくわ。
ハマーヘンはね、我が公爵家にとって非常に重要な町なの。
しかも今後、更にその度合が大きくなるわ」
エリージェ・ソードルはこの町を、王都との橋渡しとしての機能だけでは無く、紙の生産基地としても大いに期待している。
「にもかかわらず、その町の長が結婚の事で、訳のわからない理由でごちゃごちゃされたら非常に迷惑なの!
平民だろうが、卑しかろうが、その女と結婚しなさい!
愛してるんだったら、本望でしょう!
良いかしら?
もし別の女を嫁に貰おうとしたら、今度こそ、この近くにある池の底に叩き込むから、それだけの覚悟でしなさい!
分かったかしら!?」
女の怒気に飛び上がらんばかりに驚いたペーター・カム男爵は、
「ひゃぁ! ひゃい!
分かりました!」
と頭を深く下げるのであった。
それを客室の席でお茶を飲みながら眺める女がいた。
エリージェ・ソードルである。
この女、ブルクまで向かう道中、ハマーヘンにより、”前回”の問題、その解決の為に男爵邸に訪問していた。
そして、ペーター・カム男爵と共に挨拶に来た元男爵を騎士ギド・ザクスに殴らせて、控えさせていた騎士達に速やかに運ばせたのである。
「お、お嬢様!
あの、父が何か?」
などと、訊ねてくるペーター・カム男爵に、エリージェ・ソードルは茶碗を置きながら淡々と言った。
「ああ、気にしないで。
大したことでは無いから」
「た、大したことがって、いや、あのう……」
と女の爵位に怖じけづくき、言い淀むペーター・カム男爵だったが、それでも分からないままで終わらす愚を避けたのか、膝を付き、深々と頭を下げながら訊ねる。
「お嬢様、本当に、その、父がお嬢様に何か致しましたか?」
ペーター・カム男爵の言葉に、エリージェ・ソードルは扇子を手に取り、それで左掌をトントンと叩いた。
そして、視線をペーター・カム男爵に戻す。
「そうね、別にわたくしには何もやっていないわ」
(”今回”はミーナにもやってないわね)
と心の中で付け足す。
”前回”、侍女ミーナ・ウォールに対して、胸糞の悪い事をしでかした前カム男爵に対して、この女、特にもう、思う事は無い。
もちろん、本来、付き添うはずの侍女ミーナ・ウォールに別の用事を与えてこの席には同席させない等はしているが、その辺りの罰は”前回”与えたので良しとしている。
エリージェ・ソードルは話を続ける。
「ただまあ、実際の所、取るに足りない話ではあるのだけど、一応、やっておかないとね」
「は、はあ?
何を、でしょうか?」
「あえて言えば、疾患の除去かしら」
「……申し訳ございません、いまいち話が見えてこないのですが……」
「あなたのお父上、ほら、村娘とかに乱暴するとかやってるじゃ無い」
「あ!?
は、はい、お恥ずかしい限りです」
平民とはいえ、娘を攫って犯す。
いくら貴族とはいえ――いや、貴族だからこそ体裁が良いとはとても言えない。
ペーター・カム男爵は恥じ入る様に俯いた。
それに対して、エリージェ・ソードルは閉じた扇子を振って見せた。
「いいのよ。
そう言うのって殿方の病気だそうよね。
よく分からないけど、下半身が言う事が聞かないとか、溜めると良くないとか」
女の言に、女騎士ジェシー・レーマーが慌てて割って入る。
「ちょちょ!
お嬢様!
ご令嬢が口にする事ではありませんよ!
一体誰に吹き込まれたんですか!?」
と言いつつ、ギロリと睨む先にいる騎士ギド・ザクスがブルブル首を横に振りながら「あっしじゃあありませんぜ!」と必死に言っている。
エリージェ・ソードルは現在、十歳なので、女騎士ジェシー・レーマーの怒りは実にまっとうな反応である。
ただ、女がその話を聞いたのは”前回”の成人後、十七歳ぐらいの頃なので、適してるとは言えぬまでも、耳に入っても問題ない年頃であった。
ただ、まあ、エリージェ・ソードルにとって、その辺りはどうでも良い事だったので、女騎士ジェシー・レーマーを制しながら話を続ける。
「わたくし、その辺りが分かっていなかったから”前回”は申し訳ない事をしたと思っているのよ。
咳とかだって、出したくてしてる訳じゃ無いじゃない」
「は、はぁ……」
よく分からないと相槌をうったペーター・カム男爵だったが、何かに気付いたのか、目を大きく見開いた。
「おおお嬢様、疾患の”除去”って……ま、まさか、だだ男性の……」
そんなペーター・カム男爵にエリージェ・ソードルは人差し指と中指を広げて――それを閉じた。
「ええ、切らせて貰ったわ。
もう立派な跡継ぎだっているし、いらないでしょう?」
「ひゃ!」とペーター・カム男爵だけではなく、聞かされていなかったのだろう騎士ギド・ザクスら男性騎士が思わず声を漏らした。
何やら内股にしてあそこに手を押さえている者もいる。
「なななんてことを!
確かに父は”あれ”でしたが、そこまですることは――」
「でも、元男爵の為に子供が産まれなくなった子もいるらしいじゃない」
「それは――そうですが……」
元カム男爵は村娘を犯しては孕ませ、それを”問題”になるからと”無かった”事にさせていた。
その過程で”不幸”な事に”元々”子供の産めない女性が量産されて行ったのである。
「”あれ”がある事で我慢が出来なくなるんだったら、その元を切ってしまえば良いじゃ無い?」
「し、しかしですよ、お嬢様――」
「安心なさい」
「え?」
「”今回”はちゃんとした専門のお医者様を連れて来たから」
「いや、そうじゃなく!」
何やら頭を抱えるペーター・カム男爵から視線を外し、エリージェ・ソードルは閉じた扇子で自身の肩を叩いた。
この女としては村娘などという取るに足りない者の悲劇など、慮る事など一切無い。
ただ、そのために農民の数を減らしたり、やる気を損なったりする――効率を偏曲的に優先するこの女としては、看過出来ない。
「わたくし、思うのよ。
殿方の”あれ”って役割が終わったら切っちゃった方が良いんじゃないかってね」
周りの男性陣が顔を引きつらせるのも構わず、エリージェ・ソードルは続ける。
「だってそうでしょう?
”あれ”があるから、妾を囲って無駄に子供を産ませるから跡目で揉めるし、そうでなくても騒動が起きる。
そこまで行かなくても、発散するために娼館やらなんやらに通ってお金を浪費する訳でしょう?
そんな問題や出費を増やす原因は、除去するべきなのよ」
「確かに」と女騎士ジェシー・レーマーは納得する様に頷くも、周りの男性陣はそれどころでは無かった。
この女なら、そういう掟を作りかねないと思ったのだろう、男達の顔が蒼白となった。
だが、エリージェ・ソードルはそんな彼らの様子など頓着せず、別の事を話し始めた。
「そんな事は、今は良いわ。
それよりも、本題に入るわよ」
「ち、父の事とは別に、本題があるのですか!?」
「あなたの結婚相手の事よ」
意外な言葉だったのか、ペーター・カム男爵は目をぱちくりさせた。
「あなた、平民に思い人がいるらしいわね」
これも触れられて欲しくない事だったのか、「うっ!」っと言葉をつまらせる。
エリージェ・ソードルはそんな様子など気にせず、先を続ける。
「あなた、さっさと”それ”と婚姻しなさい」
「え、いや!?
でも、彼女は平民で……」
慌てるペーター・カム男爵をこの表情を余り変えない女なりに、訝しげに見る。
「でも、愛してるんでしょう?
だったら、さっさと妻にすれば良いじゃない?」
女の言に、ペーター・カム男爵は悲しげに首を横に振った。
「確かに、わたしは彼女を愛しています。
ただ、カム男爵を継いだ者として貴き血の中に卑しい血を入れる訳には参りません」
余りの言に、女騎士ジェシー・レーマーなどは顔をしかめていた。
エリージェ・ソードルは(男爵も平民も似た様なもんじゃないの?)などと更に酷い事を考えていたが――いちいちそのような事を言わず、扇子をペーター・カム男爵に突きつけた。
「そういうのは良いから、さっさと結婚しなさい。
平民と結婚したというのが体裁が悪いなら、一旦何処かの貴族の養女になってからとか、やりようはいくらでもあるでしょう?
なんだったら、わたくしが見繕ってあげるから」
「え、いや、ですので……」
などと、グダグダ言うペーター・カム男爵に、この女の目が険しく尖る。
「あなたは分かっていない様だから言っておくわ。
ハマーヘンはね、我が公爵家にとって非常に重要な町なの。
しかも今後、更にその度合が大きくなるわ」
エリージェ・ソードルはこの町を、王都との橋渡しとしての機能だけでは無く、紙の生産基地としても大いに期待している。
「にもかかわらず、その町の長が結婚の事で、訳のわからない理由でごちゃごちゃされたら非常に迷惑なの!
平民だろうが、卑しかろうが、その女と結婚しなさい!
愛してるんだったら、本望でしょう!
良いかしら?
もし別の女を嫁に貰おうとしたら、今度こそ、この近くにある池の底に叩き込むから、それだけの覚悟でしなさい!
分かったかしら!?」
女の怒気に飛び上がらんばかりに驚いたペーター・カム男爵は、
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